先週掲載された845GLベースのマザーボードに関するミニレポートでも分かる通り、筆者は先週、IDF Japanが開かれている舞浜へ出かけた。だがこの週は、米国シアトルでMicrosoft主催によるWinHECが開かれる週でもあった。つまり、筆者はシアトルに行かず、IDF Japanを選んだことになる。その昔、まだ日本でもWinHECが開かれていた時代(ちょうど今IDFが日本でも開かれているように)を含め、この10年間でWinHECに出かけなかったのは、おそらく初めてのことではないかと思う。
どうして、今回IDF Japanを選んだのか。ひとつには、IDF Japanの充実が挙げられる。前回、つまりは昨年秋のIDF Japanはテロ事件の影響で、Intel本社など、海外からのスピーカーがことごとく来日できなくなり、非常に寂しいものになってしまった。その反動というわけでもないのだろうが、今回のIDF Japanは海外から多数のスピーカーが来日するなど、明らかに力が入っていたことは間違いない。
だが、IDF Japanが良いとか悪いとか言う前に、WinHECに行こうというモチベーションが高まらなかったのも事実だ。ここ数年のWinHECでは、筆者の最大のフォーカスであるPCのハードウェア、それもメインストリームのクライアントPCに関する新しい話が、あまり聞かれなくなってしまっているのである。
現在、Microsoftが最も注力しているテーマが.NETであることを、知らない人などまずいないだろう。.NETそのものの良し悪し、あるいは好き嫌いは別にして、.NETのコンセプトは、あまりハードウェアには関係しない。全く関係ない、ということはないかもしれないが、.NETのフレームワークそのものが他のプラットフォーム、それもWindows以外のプラットフォームにも提供されるということが.NETのハードウェアに対する非依存性、あるいはOSに対する非依存性を示している。
もちろん、非Windowsプラットフォームのサポートはあくまでも「公約」であり、それがいつ頃実現するのかは分からないが、少なくともその理念として.NETがプラットフォーム非依存を指向していることは間違いない。逆に言えば、.NETはハードウェアの革新とは直接関係しないということである。
ところが、MicrosoftのOS開発のフォーカスは、当然のことながら.NETのサポートに向けられている。つまり、OS開発のフォーカスはハードウェアサポートから、ある種のミドルウェアにあたっていることになる。
OSにおけるミドルウェアの重要性を否定するつもりはないが、それは筆者個人の職業的フォーカスとは異なるのである。プラットフォームにフォーカスのある筆者に対して、Microsoftのフォーカスがもはやプラットフォームにはない。これが筆者にとってWinHECをつまらなくしている理由であり、おそらくWinHECというイベントそのものの存在意義が薄くなっている理由だ。
そもそもWinHECは、Windows Hardware Engineering Conferenceの略であり、本来プラットフォームのサポートと密接な関係にある。Microsoftのフォーカスがプラットフォームから外れてしまったら、WinHECというイベントそのものがフォーカスを失ってしまう。別にMiraやFreestyle、あるいはTablet PCが悪いとは言わないが、筆者にはメインストリームの話題とは思えない。
ここ数年、WinHECにおいてPCが主役でなくなりつつあるのを感じ、筆者はWinHECに行くたびに、ある種の苛立ちを感じずにはいられなかった。また、活気のないプレスルームには、寂しさを禁じえなかったのである。
とはいえ責任を.NETにばかり押し付けるのは、おそらく間違っているのだろう。今流行りのWebコンピューティング自体が、ハードウェアやプラットフォームに対する非依存を指向したものであるからだ。
筆者はインターネットやWebの利便性を否定するものではない(こうやって筆者が書いた原稿を読んでもらえるのも、インターネットやWebのおかげである)が、なんでもかんでもインターネットとWebで行なうという考えには同意しかねる。実際、そういう指向性を持ったシンクライアントは、掛け声ばかりで、ちっとも普及しないではないか。
シンクライアントにすればアプリケーションのバージョン管理等がラクになるとも言われるが、もうソフトウェアをバージョンアップするという行為そのものが、過去のものになりつつあるようにさえ思う(これに対する危機感が、逆にMicrosoftを.NETのような方向性に導いているのかもしれないが)。
プラットフォームで行なった方が良い作業はプラットフォームで行なうべきだし、インターネットベースでやるべきことは、インターネットでやれば良い。
ここで問題なのは、プラットフォームでやるべきことがまだあるのかということだ。言い換えれば、プラットフォームが十分成熟したため、プラットフォームにフォーカスしたWinHECがつまらなくなったのではないか、ということである。
確かに、PCにしても、その上で動くWindowsにしても、数年前に比べればはるかに良くなっている。しかし、現状のWindows XPが改良する余地のない、完成されたものかといえば、答えはノーだ。
使っているうちに、だんだん調子が悪くなってくる(俗に言うWindowsが腐ってくる)という本質的な問題は別にしても、たとえば、なぜ1台のマシンに複数のTVチューナーやビデオキャプチャデバイスが平和裏に共存してくれないのか(PCで裏番組録画はいつ実現するのだろう)とか、PCがいっしょくたに扱うWaveデバイスの音量を、プロセスごとに(アプリケーションごとに)コントロールできれば良いのに、とかいうのは筆者が日常的に感じている不満である。
こうした現状のWindowsに関する不満、特にプラットフォームの機能に関する不満というのは、まだまだたくさんあるハズだ。にもかかわらず、そうした部分がフォーカスされず、.NETのようなミドルウェアにフォーカスがあたるのは、おそらくプラットフォームのサポートが「お金」にならないからだ。
すでにOSに関しては、Windowsは他を駆逐し、独占的な立場を築いている。逆に言えば、放っておいても売れるし、改良したからといって、他所からシェアを奪えるわけでもない。普及率も先進国では5割を超えてしまった。プラットフォームを地道に改良しても、それが売上や利益につながらなくなってしまっている。
これに対し、.NETのようなミドルウェアには、まだライバルが多数存在する。ライバルがいるということは、そこに奪うべき市場が存在する、ということである。WinHEC、あるいはMicrosoftのOSが抱える本質的な問題は、プラットフォームのサポートというインフラの問題を、Microsoftや資本市場が、売上や利益といった数字で評価してしまうことではないだろうか。
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【4月18日】【元麻布】IDF展示の新マザーボードに見るIntelプラットフォームの今後
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0418/hot197.htm
WinHEC 2002レポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/link/winhec02.htm
IDF 2002 Spring Japanレポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/link/idfsj02.htm
(2002年4月25日)
[Text by 元麻布春男]