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PlayStation 3の正体は“Cell+Linux+グリッド+自律コンピューティング”


●全体像が見通せるようになった次世代PlayStation

 ついに、第3世代PlayStationの正体が見えてきた。これまでも断片は示されていたが、全体が見通せるようになってみると、その構想の壮大さには改めて唖然とさせられる。この構想が実現すれば、第3世代PlayStationは、ゲーム機単体のハードウェアのパワーに縛られることがなくなり、理論上無限のパフォーマンスを手に入れることができる。その意味では、端末の箱のハード&ソフトに限定された“PlayStation”という概念は消え、“The Network is PlayStation(ネットワークこそPlayStation)”となる。

 第3世代PlayStation、つまりPlayStation分散環境には、次のような要素が盛り込まれると思われる。

[1] SCEIとIBM、東芝で共同開発している新プロセッサアーキテクチャ「Cell」
[2] 分散コンピューティングコンセプト「グリッドコンピューティング(Grid Computing)」のプロトコルの発展型
[3] 自律コンピューティング(Autonomic Computing)機能
[4] LinuxベースOS
[5] 新マンマシンインターフェイス
[6] PlayStation型の端末から数万個のCellを搭載したサーバーまでのスケーラビリティ

SCEIの岡本伸一常務兼CTO

 これらの要素は、先週サンノゼで開催された「GDC(Game Developers Conference)」でのソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)の岡本伸一常務兼CTOのキーノートスピーチで明らかにされたか、示唆されたものだ。

 これらの要素が示されたことで、今までばらばらに発表されていたピースが全て線でつながり始めた。そもそも、オープンソース系の人なら、IBMとグリッドコンピューティング(Grid Computing)とLinuxの3キーワードが並んだ段階でポンと膝を打っているだろう。コンピュータサイエンス系の人なら、自律コンピューティング(Autonomic Computing)とCell(ular)アーキテクチャとIBMと数万個のCellサーバーが並んだところでピンと来ているだろう。これらの要素は密接に関わっており、線をたぐって行くと、第3世代PlayStation分散環境の輪郭が見えてくる仕掛けだ。

 まず、簡単に要約すると次のようになる。Cellは、おそらく複数個のプロセッサコア+相当量のDRAMメモリ、それにネットワークインターフェイスを内蔵し、自律コンピューティング機能を備えたチップになる。その上でLinuxベースで、オープンソースコミュニティGlobus(Globus.org)のグリッドプロトコルに基づいた分散コンピューティングを実現する構想だと推測される。

 また、Cellは家庭に入るPlayStationボックスだけでなく、ネットワークのバックエンドや他のクライアントにも存在、そのネットワークを分散OSがカバーするようになる。データやコンピューティングは、ほとんどがその上で分散される。つまり、家庭のボックスでゲームをプレイしても、データやそのデータの処理はローカルのボックスではなく、ネットワークどこかにあるという形態が当たり前になる。だから、PlayStation 3という箱に縛られない、パフォーマンスやデータが手に入るというわけだ。


●PlayStation 2の1,000倍の性能がターゲット

 では、今回の発表を順を追って説明しよう。まず、岡本氏はスピーチの中で、PlayStationに求められているパフォーマンスについて説明。初代PlayStationの時は、クリエイタから次世代機にリアルタイムCGを実現できるグラフィックスパフォーマンスが求められたと語った。実際のところ、PlayStation 2ではそこまでは達成できなかったものの300倍のパフォーマンスアップを実現した。

説明のスライド

 ところが、PlayStation 2リリース後に、クリエイターとミーティングをしたところ、第3世代機にはむしろシミュレーション部分のパフォーマンスが要求されたという。つまり、リアルタイムCG+ワールドシミュレーションができる1,000倍のパフォーマンスが次のターゲットだという。右が、その説明のスライドだ。

 で、問題はこの1,000倍の性能をどうやって達成するかになる。ムーアの法則だと1,000倍のパフォーマンスを達成するには15年(18カ月で2倍の場合)~20年(2年で2倍の場合)かかる。つまり、PlayStation 2と同じコストで第3世代PlayStationを製造できるようになるのは、最長2020年となってしまう。もちろん、そこまで待つことはできない。そこで、SCEIの出した結論は何だったかというと「Concurrency(同時性)」、つまり同時並列処理で1,000倍パフォーマンスを達成することだという。


 次の4つが、そのためのキーとして岡本氏が示した要素だ。

1.分散環境でのリアルタイム処理
2.プロダクティビティ
3.新アプリケーション
4.新マンマシンインターフェイス

PS2の1,000倍のパフォーマンス実現への4つの要素

 そう、ここで分散コンピューティングが登場する。ネットワーク上で処理を分散することで、家庭に入るマシンでは実現できない、1,000倍のパフォーマンスを実現しようというわけだ。確かに、この方法なら理論上は1,000倍のパフォーマンスを2005年に実現できる。



●強調されるIBMとの関係

 岡本氏によると、SCEIはこの目標に向けて一歩一歩進んでいるという。まず、PlayStation 2アーキテクチャベースのレンダリングマシーンであるGScubeで、パラレルプロセッシングのレッスンを積んだ。次に、分散環境であるインターネットへPlayStation 2を持ち込みつつある。しかし、次のブレイクスルーであるリアルタイム分散コンピューティングを実現するには、ブロードバンドを待つ必要があると岡本氏は説明する。そこで登場するのがCellだ。

 Cellは、分散コンピューティングを前提として設計される、ブロードバンドネットワーク時代のプロセッサだ。SCEIはIBMとCellのコンセプトを作り、東芝を巻き込んで共同開発を始めた。開発は、米オースチンにあるIBMの拠点ですでに進んでいる。

 今回、岡本氏は「第3世代(のPlayStation)がCellのテクノロジをベースにする」ことを明らかにした。また、岡本氏が現在担当している開発業務の主要部分は、Cellの開発が占めていると説明した。岡本氏のプレゼンテーションでは、現在のインターネット環境は下の左図のような姿だが、これがCellが登場する2005年以降は右図のようになるという。

Cellのインターネット利用概念図

 この図については詳しくは次のコラムで説明するが、明確なのはCellは現在の概念でのクライアント(PlayStation)側にだけ存在するのではないということだ。というか、あらゆる場所に偏在するのがCellというカタチに描かれている。実際、岡本氏は、Cellは、SCEIが採用するだけでなく、IBMなど他社からも様々な搭載機器が登場すると示唆する。

 岡本氏は、この分散コンピューティング環境の構築ではIBMと密接に協力していることを強調する。その場面で、岡本氏は次の2枚のプレゼンテーションを示した。これは何かというと、昨年、IBMのIrving Wladawsky-Berger副社長(Technology & Strategy, IBM Server Group)がグリッドコンピューティングの推進を明らかにした時に使ったプレゼンテーションからとったものだ。

IBMのグリッドコンピュータのプレゼンテーション

 岡本氏は、インターネット上で分散コンピューティングを実現するグリッドコンピューティングを簡単に説明したあと、このコンセプトをリアルタイムアプリケーションに適用できたら、とつなげる。つまり、今のグリッドでは、まだゲームのようにリアルタイム性が必要なアプリケーションには適用できないが、発展させれば可能だと言うわけだ。そして、それこそが、Cellネットワークの正体だと思われる。


●自律コンピューティングも視野に

 また、岡本氏はIBMのプレゼンテーションで触れられている自律コンピューティングにも言及。人体と同じように、自律的に自己を管理できる機能をコンピュータが持つようになると説明した。Cellとその分散OSの基本アーキテクチャに、この自律コンピューティングが含まれていることは確実だろう。

Linux for PS2

 さらに、Linuxについても岡本氏は言及。PlayStation 2にLinuxを移植した目的は、リアルタイム分散コンピューティング環境の汎用OSの研究のためと説明した。じつは、IBMもグリッドコンピューティングではLinuxを推進しており、ここでもリンクする。

 もっとも、完全に分散環境にするなら、OSの役割や概念も変わってくる。分散OSは、ネットワーク上のマシン上に分散されて、ネットワークとそれに接続されたコンピュータ群をあたかも1台のコンピュータのように扱うことができるようになる。言ってみればネットワークの上で動く新しい概念のOS(従来の言い方ならミドルウエア)になる。その場合、端末をブートするOSは、単にローレベルのサービスを提供するだけのものになる。

 最後に岡本氏は次世代インターフェイスのプロトタイプについても説明した。下のような様々な3Dインターフェイスが示され、また、グリーンのボールを使ったジェスチャ入力によるゲームプレイのデモも行なわれた。キーノートの中でこのデモはいちばん派手だったのだが、PC業界の人間にとってはじつは面白くなかった。というのは、この手の次世代インターフェイスのデモは、Microsoftを始めPC系の大企業のカンファレンスの定番だからだ。ようは、誰もが研究していて、しかも派手な成果を見せやすい、広告塔の部分なのだ。

 もっとも、SCEIらしいのは、そのあたりをわかっている点だ。その証拠に岡本氏は「これはソニー版のIEのコンセプトと言ってもいいだろう」と言ってのけた。もちろん、その瞬間、会場が拍手に包まれたことは言うまでもない。

Browsing Interface
Browsing Interface Multimedia Player
グリーンボールでCCDにジェスチャを入力 ボール操作でコマンドを入力
ゲーム画面の中の自分自身 ボール操作で画面中でファイアボールを発射



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(2002年3月25日)

[Reported by 後藤 弘茂]

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