レビュー

フリーソフト「ThrottleStop」で格安ノートの性能を120%引き出す

ThrottleStop

 先日、天空の4万円切りノートPC「TENKU SlimBook 14」のレビューをお届けしたのだが、ベンチマークの段階で1点引っかかることがあった。それは、本機では搭載されているCPUのTDP(最大消費電力)が8Wに設定されていることだ。

 弊誌ではこれまで何度か述べているが、現代的なPCの性能は、システムの熱設計に左右される。まったく同じ型番のCPUであっても、大掛かりな放熱機構を搭載し、メーカーが許容した電力と温度が高ければ、より高い性能を発揮できるし、逆にスペースや重量の関係で放熱機構が小さい場合は、性能を制限することもできる。どちらを取るかはメーカー次第だ。

 このような仕組みは最新でメインストリームやハイエンドのCoreプロセッサのみが対象の話だと思われがちなのだが、じつは格安ノートに多数使われているAtom系のアーキテクチャの流れを汲むCeleron N/Jプロセッサでも同じなのだ。

TENKU SlimBook 14

 さてTENKU SlimBook 14の場合だが、CPUにはIntel公式でTDPが10Wとされている「Celeron J4115」を搭載している。しかし本体がファンレスということもあってか、Power Limitと呼ばれる電力上限を設定するパラメータ(PL1)が8Wに設定されている。このためCPUパッケージ全体の電力が8Wに達すると、それ以上の電力を消費しないよう制限がかけられる。

 具体的にどういう挙動になるかというと、全コアに高負荷がかかった場合、本来の最大バーストクロックである2.4GHzではなく、2GHzで動作するのだ(例としてCinebench R23.200の場合)。CPUを高クロックで動作させようとする場合、より高い電圧を必要とし、電流量も増える。そのため消費電力が上がるのだが、8Wに制限すると負荷時に達成できるクロックが2GHzになるわけだ。

TENKU SlimBook 14は標準で8Wの電力制限があり、全コア高負荷時の動作クロックは2GHzとなっている(HWiNFO64画面の「CPU Package Power」と「Core 0 Clock」に注目)

 ちなみにこのCPUの電力制限は本機にかぎった話ではない。十数万円~数十万円するような高価格帯のノートでも、さまざまな理由や観点から制限をかけていることもある。たとえば筆者手持ちの「Razer Blade Stealth(2020前期モデル)」もそうで、Ice Lakeが本来25Wで駆動できるところ12Wに制限している。これによって薄型デザインと軽量性、静音性を保っているわけだ。

 ただ、この制限はメーカーがBIOSでパラメータ(先述のPower Limit)を設定することで行なっており、Power Limitの値をWindows上からユーザーが変更できるソフトが存在する。それが海外のTechPowerUp誌が配布している「ThrottleStop」だ。このソフトを使えば、現行のほとんどのIntelプロセッサのPower Limitを設定できるのだ。これを利用して制限を引き上げようというのが、本記事の趣旨である。

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 このソフト、Coreプロセッサなどを搭載しているマシンでは多くの設定項目が有効であり、この解説だけでも記事が1本できるぐらいなのだが、それでは長くなるので、本記事ではTENKU SlimBook 14の制限解除方法に絞って解説を行なう。

 ソフトを起動したら、右下の「TPL」ボタンを押し、Turbo Power Limitsウィンドウを出す。そのなかで「Long Power PL1」と「Clamp」のチェックがついていると思うが、その横の数字の「8」が、8Wに制限しているということを示しているのだ。この数字が8より大きい値を直接入力して「OK」または「Apply」ボタンを押せば、そのW数まで電力制限を解除できる。設定はたったこれだけだ。

 先述のとおりCeleron J4115自体はTDPが10Wなのだが、実際にTENKU SlimBook 14で試してみたところ、12Wまで引き上げることができた。一応、数字自体は127まで入るが、12Wですでにクロック上限値である2.4GHzに達するため、設定しても意味はない。

設定で12Wに設定したところ

 気になるPL1=12W設定時の性能だが、ほとんどのベンチマークで性能向上が見られた。たとえばCPU性能を計測する「Cinebench R23.200」ではスコアが約32%向上したし、GPU性能を計測する「ドラゴンクエストXI ベンチマーク」ではスコアが42%も向上し、「やや重い」という評価から「普通」の評価に切り替わった。

SlimBook 14 PL=12WSlimBook 14 PL1=8W(標準)
PCMark 10
PCMark 10 Score1,7391,666
Essentials4,6884,567
App Start-up Score4,7004,860
Video Conferencing Score4,7694,477
Web Browsing Score4,5994,378
Productivity2,5952,610
Spreadsheets Score2,6532,667
Writing Score2,5402,555
Digital Content Creation1,1741,054
Photo Editing Score1,1871,083
Rendering and Visualization Score848740
Video Editting Score1,6111,464
3DMark
Time Spy148129
Fire Strike462401
Wild Life1,1801,007
Night Raid2,0081,657
Cinebench R23.200
CPU(Multi Core)1,4661,111
ドラゴンクエストX ベンチマーク
1,280×720ドット 標準品質3,2382,265

 電力向上となると当然温度上昇も避けられないのだが、室温20℃の環境でCinebench R23.200で全コア負荷をかけてみたところ、標準状態と比較して+12℃の83℃前後に落ち着いた。標準状態だと開始直後すぐに70℃前後まで上がり落ち着くが、12Wに設定すると温度がじわりじわりと上がっていく印象だ。

 ただ、12Wに設定するとその分処理が早く終わる。Cinebenchの実行時間は8W設定時が11分程度だったのが、12W設定時には9分10秒で処理を終えた。逆算すると約21%高速である。これはCPUのクロックにほぼ比例し、クロックの分だけ性能向上したことが確認できた。

【グラフ】Cinebench R23.200実行中のクロックと温度推移をHWiNFO64でログ取得し、プロットしてみた。PL1=12Wを設定するとCPUクロックは最大の2.4GHz張り付きとなる

 このように、ThrottleStopを使えば、TENKU SlimBook 14のような電力制限がかかっているシステムで性能の制限を解除できるが、万能というわけではない。ThrottleStopはBIOSで設定されているPLの値は変更できるが、システムによってはその値をECファームウェア(よりきめ細かい電力を管理するコントローラ)が上書きしてしまい、有効にならない場合があるからだ(Razer Blade Stealthもこれに該当する)。

 また、当然のことながらこの設定で消費電力は増えるため、バッテリ駆動では不利になることが想像される(とはいえ処理待ち時間は減るので相殺はされる)。また、性能が20%向上すると言ってもCeleron J4115は絶対性能が低いので、そもそも動作しないような重い3Dゲームが快適に動くようになる、というわけではない。

 さらにこのような行為を行なうのはメーカーの保証外であり、設定で万が一壊れてしまったらメーカーの保証を受けられない。といっても現代的なPCはさまざまな保護機能があるため壊れる可能性は低いが、熱は増えるし、メーカーの想定外の動作なので寿命が縮むのは確実だろう。

 こうしたデメリットもあるのだが、ThrottleStopで手軽に格安ノートで+20%の性能向上が図れるのはなかなか面白いとは思う。TENKU SlimBook 14を例に挙げたが、ほかのPCでも使える可能性があるため、リスクを受け入れられるなら、自己責任で色々試してみてほしい。