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東京メトロ、オープンデータ活用コンテスト結果発表

~列車がダイヤ通り動かない時に役立つアプリがグランプリ

 東京地下鉄株式会社(以下東京メトロ)は20日、東京メトロの創立10周年を記念して2014年9月14日~11月17日の期間に実施していた「オープンデータ活用コンテスト」の結果発表・表彰式を都内で開催した。

 同コンテストは、東京メトロ全路線の運行状況や列車位置情報をオープンデータ化し、当該データを利用して開発したアプリケーションを広く募る趣旨のコンテスト。コンテストの概要発表から約2カ月の応募期間だったにもかかわらず、最終的に2,328件のユーザー登録と281件の作品応募があり、選外にするには捨てがたい作品が多いとの理由から、当初8点としていた入賞数を急遽16点とし、用意していた賞金も総額200万円から282万円へ増額した。なお募集開始時の模様は、山田祥平氏のコラムで詳しくレポートしている。

 賞金はグランプリ(1点)に100万円、優秀賞(2点)に50万円、Goodデザイン賞に15万円、10thメトロ賞(10点)に5万円、特別賞(1点)に2万円。

 東京メトロは今回、日本の鉄道事業者としては初めてオープンデータを公開。これまで公開していなかったリアルタイムの運行状況や位置情報を公開することで、利用者の利便性の向上を図った。

 グランプリを受賞したのは、時刻表アプリの「ココメトロ」。次の列車の発車時刻や乗り換え路線の発車予定時刻を確認できる。列車が予定通り動かない場合でも、取得したオープンデータによって運行情報や前後の列車の位置を見られる。いわゆる乗り換え案内アプリとは異なり、目的地がいつも行く駅、一度行ったことのある駅など、乗るべき路線、乗り換える駅をすでに知っている人のためのアプリ。プラットフォームの行き先表示板を手元で実現することを目指し、起動してすぐに欲しい情報が得られるアプリを目指したという。

ココメトロ

 開発者の池間健仁氏はインタビューに対し「自分の力を試してみたくて参加した。まさかグランプリをいただけるとは思っていなかったので驚いている」と回答。API関係のプログラミングは経験が浅く苦労したという。オープンデータ化について今後期待することとしては「東京メトロに限らず、ほかの鉄道会社にもオープンデータに取り組んでいただきたい」と話す。池間氏だけでなく、優秀賞を獲得した2人も「リアルタイムに取得できるデータが増えれば、自分が今回開発したアプリをより利便性の高いものにできる」と口を揃えた。

左から株式会社エムティーアイの開発チーム代表、池間健仁氏、Ahiru Factory

 優秀賞を受賞したのは、降水情報や運行情報などを組み合わせ、いつもより早く起こしてくれる「もしもアラーム」(Ahiru Factory)と、列車の遅延時に可能な限りリアルタイムの運行状況を報せる「遅延予報 東京メトロ版」(株式会社エムティーアイ)。どちらも実生活の中で遭遇したイレギュラーな体験を出発点とし、既存のアプリではカバーしきれない部分の解決にオープンデータを利用したものだ。株式会社エムティーアイ開発チームの代表者は、次のようにコメントしている。

 「オープン化したデータを使って、いかに自分達の生活に役立てるかといったところに関心がある。鉄道に限らず、これまで使えなかったデータを使えるようになったことで、新たな可能性が拓け、アプリの利便性が向上した。今後、鉄道以外の分野で別のデータがオープンになった際にも、機会があればアプリの開発にチャレンジしたいと思っている」。

もしもアラーム
遅延予報 東京メトロ版

 なお、すべての応募作品は専用サイトから閲覧できるほか、一部のアプリはApp Store、Google Play、Windows Storeより入手可能。

データをアプリを通して、間接的にユーザーと繋がる

 東京メトロでは、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックを見据えて、いくつかの施策を進めている。東京メトロ代表取締役社長の奥義光氏は「開催国の主要な交通インフラを担う企業として、しっかりと役割を果たしていきたい」と意気込みを語るとともに、応募作品について言及。「応募者のみなさんのアプリケーション開発にかける強い情熱を感じた。もっと東京をよくしたいという気持ちが伝わるとともに、東京メトロもっと頑張れよ、という激励としても受け止めたい。何よりも、東京メトロとしてまだまだより良いサービスの提供ができる余地がある、ということを実感できるコンテストになった」とコメントした。

奥義光氏

 審査員の1人でもある同社常務取締役の村尾公一氏は、オープンデータを活用したコンテストの開催動機について次のように語っている。

 「オープンデータは全く新しい世界。自社のデータをオープン化してアプリを募集するというのは日本の鉄道事業者として初めての試みだが、今回は10周年を記念したイベントなので、次の10年、20年先を見据えていく上では、東京メトロ自身が変わっていく、イノベーションを重ねていくことが重要と考えた。そうした意味では、今回のコンテストは最適だったと思っている」。

 企業としてはデータだけを公開し、ユーザーにアプリケーションの開発を委ねることで、どのようなメリットがあるのだろうか。村尾氏はこの点について「多様な視点で東京メトロを捉え、応募いただいたことで、アプリを通して我々に期待されていることがわかった」と説明する。

村尾公一氏

 「アプリのマーケットでは当該アプリに対してさまざまな評価が付くので、利用者による人気投票の様相を呈する。その人気投票を分析することは、一種のマーケティングと捉えることができると思う。また、いろんなアプリが出てきているので、ユーザーが東京メトロに何を求めているのかが分かり、マーケティング的にも非常に有益だった」(村尾氏)。

 例えばトイレの位置を伝えるアプリが出てきたとしたら、それはトイレの位置が分からないと感じる人が一定数存在すると考えられる。そしてそのアプリのダウンロード数が伸びるということは、そう感じる人が相当数いるということ。オープンデータ化によって、そのアプリの製作者や利用者と間接的に繋がって行くことが可能になるので、利用者が何を考えて東京メトロを使っているのかが見えてくるという。

 「自社でアプリを開発していたら、利用者のリアルな部分はそういった形では絶対に見えてこないし、メンテナンスにコストもかかってしまう。これからは自社でアップデートやクレーム対応を含め、すべてを抱え込んで自社でアプリケーションを作る体制は厳しいのではないかと考えている。オープンデータ化において、我々としてはデータに対して絶対の責任を持つが、サービスとしてどういうアプリが良いのかという点においては、それぞれのアプリに対しデータをオープンにしたことによって、情報社会の市場性に任せたい。企業がデータをオープン化していることで、ユーザーは自分が必要だと感じるアプリを自由に開発することができる。そこから生まれるイノベーションの度合いには大変な可能性があると思う」(村尾氏)。

 オープンデータに対する反応も予想を超えるものだった。

 「まさか2,000を超える方々が登録され、たった2カ月の間に281ものアプリが応募されるとは予想していなかった。今回、当社としても全く新しい経験をさせていただいて、ありがたく思っている。まだオープンにしていないデータはあるので、これからそれをどのようなフォーマットで出していくかを模索することが課題だと考えている。また、データをメンテナンスするにもある程度コストがかかる。そうしたコストと、我々が提供するサービスの革新性や有益性を考慮しつつ、今後オープンにしていくデータを考えていく必要はある」(村尾氏)。

 数分の遅延があるとはいえ、リアルタイムのデータをオープンにすることで、安全性に問題はないのか、との問いには「データが悪用されることも考えられるので、データを止めることもできる。危険性と安全性を比較考慮しながら、いかに利便性とイノベーションを求めていくのかを考える」と回答。

 オープンデータのビジネス活用については、「今回はビジネスを前提とした取り組みは行なっていない。今後はデータを売るのか、データを使ったアプリから料金をいただくのか、色々な形が考えられる。そこは東京メトロの10年後、20年後を考える上で知恵の出しどころだと考えている」とした。

イノベーションの鍵は「国と企業がオープンデータ化すること」

 今回のコンテストで審査員長を務めた東京大学大学院情報学環教授でYRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長の坂村健氏は、成熟した社会が成長を続けていくにはイノベーションが必要であり、その方法を模索する方法の1つがオープンデータであると主張する。

坂村健氏

 「効率良くイノベーションを進めるためには、国が持っているあらゆるデータを、コンピュータで操作できる形で出していくことが重要。具体的には、生のデータとAPI。米国では『公共の利益に繋がる何かに役立ててもらいたい』としてこれを公開したところ、これが上手くいった」(坂村氏)。

 当初数十件だったオープンデータは、現在は十数万件まで増大している。その根底にある考え方は、これまで政府が抱え込んでいたデータを公開し「皆で問題を解決する」ことだという。

 坂村氏は成功事例としてロンドンオリンピックに際して英国が取り組んだロンドン市街の鉄道に関するオープンデータを紹介。今回の東京メトロと同じようにリアルタイムの運行状況や位置情報を提供したところ、世界各国語へのローカライズや身体障害者が利用しやすい移動ルートなどがボランティアにより別の形に加工され、大成功を収めた。

 現在は日本政府もオープンデータ化を進めているが、イノベーションを起こすためには、政府だけでなく民間も一緒になってオープンデータを進めることが重要。日本でもオープンデータを推進したが、データを公開することに対するテロなどのリスクを懸念する声により上手く話が進まなかった。そんな中手を挙げたのが東京メトロだった。坂村氏は「民間会社がオープンデータ化してビジネスの活性化を図るというのは、まだ多くの事例があるわけではない。そういう意味では、東京メトロがこの情報通信技術の時代で一歩先んじた」と評価している。

(関根 慎一)