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産総研、HDDの高密度化と低消費電力化を両立する磁化スイッチングに成功

Fe-Ptとパーマロイを積層化させた薄膜試料における磁気モーメントの模式図
4月17日 発表

 東北大学金属材料研究所(高梨弘毅教授および関剛斎助教のグループ)、慶應義塾大学理工学部(能崎幸雄准教授)、および産業技術総合研究所ナノスピントロニクス研究センター(今村裕志研究チーム長)は17日、共同研究により磁気モーメントの波を利用した低エネルギー磁化スイッチングに成功したと発表した。

 HDDなどの磁気記憶デバイスでは、磁石の向きで1bitの情報を記録する。情報の書き込みには、外部から磁場を加えて、磁石の方向をスイッチングさせるが、高記録密度化が進むにつれ、熱エネルギーで情報の保持が困難になる「磁化の熱揺らぎ問題」が顕在化し始める。その回避には、大きなスイッチング磁場が必要だが、その結果今度は、消費電力が増す問題が発生する。

 今回、研究グループは、鉄白金(Fe-Pt)合金と、パーマロイ(Ni-Fe)合金という、スイッチング磁場の異なる2種類の磁石をナノメートルの領域で積層化した薄膜を作製した。Fe-Pt合金はスイッチング磁場が大きく(ハード磁性)、パーマロイ合金は小さい(ソフト磁性)。この薄膜に外部磁場を加えると、パーマロイ層から徐々にスイッチングが始まるが、Fe-Pt層はスイッチング磁場が大きいためスイッチングが起きず、薄膜内に磁気モーメントが空間的にねじれた構造が出現。これにより、磁気モーメントの歳差運動が空間的にずれて伝播するスピン波が主にパーマロイ層に励起され、パーマロイ層とFe-Pt層の界面を介してFe-Pt層の磁気モーメントの運動に影響を与えることが分かった。さまざまな条件でFe-Pt層のスイッチング磁場を評価したところ、スピン波の励起により、Fe-Pt層のスイッチング磁場を10分の1にまで低減することに成功した。

 スピン波を利用した類似の手法にマイクロ波アシスト磁化反転(MAMR)がある。MAMRでは、均一な歳差運動を利用するため、数十GHz以上の高い周波数が必要で、実用化の障壁になっている。今回のスピン波は、ソフト磁性材料中で励起されるため、ハード磁性材料の特製に依存せず、励起周波数を数GHz程度に抑えることができ、効率を約2倍に高められることが分かった。

 この手法は、HDDのさらなる高密度化を低い消費電力で実現できるたけでなく、MRAMやSpin-RAMといったスピントロニクス素子の書き込み技術としても利用できるため、磁気記憶デバイス全般に応用可能としている。

(若杉 紀彦)