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スパコン富岳が導き出した飲食可能なフェイスシールド

理研のスーパーコンピュータ「富岳」
提供 : 理化学研究所

 理化学研究所(理研)は、サントリー酒類および凸版印刷と連携し、飲食に特化したフェイスシールドのプロトタイプを開発したことを発表した。安全面においては、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」による、新型コロナウイルス飛沫感染シミュレーションの研究成果をもとに、「おわん型」の形状にしている点が特徴だ。

 富岳を活用した科学的知見をもとに、企業が実効性のある現実への対策を実施する協働での取り組みと位置づけられている。

 サントリー酒類の山田賢治社長は、「コロナ禍において、厳しい状況にある飲食店を応援するために、飲食の場に適した感染対策はないかと考えて取り組んだのが、今回開発した『飲食時に相応しいフェイスシールド』である。サントリー酒類と凸版印刷では解決できない安全性に対する科学的検証の課題と、理研の研究成果の実効性を検証する機会を探しているという状況が一致した。サントリー酒類と凸版印刷は、実用性検証と具現化を行ない、理化学研究所は科学的検証を行なうことになる」と、今回の協業の背景を説明した。

 また、サントリー酒類および凸版印刷では、完成した設計情報をオープンデータ化し、無償で公開。誰でも生産、利用できるようにするという。

 理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「オープンデータ化することは、理化学研究所もこだわった点である。早期の普及を目指すこと、オープンにすることで、さらなる改善が進むことを期待している。より優れた形状、より優れた使い方が実現できるだろう。飲食店だけでなく、スポーツ観戦や劇場でも役立つ可能性がある。そうした用途に向けた最適化も進められる。いち早く、安全、安心を確保したい」とした。

サントリー酒類 代表取締役社長の山田賢治氏
理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長

 富岳は、政策的目標として、シミュレーションを中心にした計算科学の研究基盤に位置づけるとともに、Society5.0実現への貢献が明示されている。そのなかには、新型コロナウイルス対策に関する研究開発を通じたノウハウを蓄積するとともに、富岳を活用した科学的知見をもとに、企業による実効性のある新型コロナウイルス対策を実施することが盛り込まれている。

 「今回の協働は、日本の飲食店を支援するという点に着目したものである。富岳によって、Society5.0の実現に貢献する取り組みになる」と位置づけた。

 理化学研究所では、富岳を使用して、新型コロナウイルス対策に関する実施課題に取り組んでおり、「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」において、飲食店における感染リスクのシミュレーションを実施している(富岳、カラオケや居酒屋などでのマスクの防御効果を解析参照)。

 その結果、飛沫は比較的直進性が強く、話しかけた人以外にはほとんど到達していないこと、感染者が在席者に均等に話しかけた場合には、隣への被感染リスクがもっとも高く、真正面の人に比べて5倍の飛沫到達数にあること、その一方で、はす向かいからの飛沫到達数は、真正面の4分の1にとどまることなどを明らかになっている。

 また、飲食店を想定した4人掛けテーブルで、1分程度会話をした場合に、どのような形状のマウスカバーをすることが有効であるのかといったことも検証しており、「口元のみをカバー」、「口元と鼻をカバー」、「顎から鼻までをカバー」、「顎から鼻までおわん型でカバー」の4種類の形状を比較したところ、感染リスク対策で、一番効果があったのがおわん型だったことがわかったという。

理化学研究所 計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームリーダー/神戸大学 システム情報学研究科教授の坪倉誠氏

 理化学研究所 計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームリーダー/神戸大学システム情報学研究科教授の坪倉誠氏は、「形状が異なると、飛沫やエアロゾルの飛び方がかなり変化する。口元のみをカバーする形状では、下に重たい飛沫が落ち、上には軽いエアロゾルがどんどん出ていくことになる。口元と鼻をカバーする形状では、少しはよくなるが、下から飛沫が漏れている。

 また、顎から鼻までをカバーするデザインでは、下に落ちる飛沫がかなり減少するがエアロゾルは多い。これに対して、顎から鼻までおわん型でカバーする形状では、大きな飛沫が抑えられるのに加えて、小さな飛沫が漏れ出る量が抑えられる。横を向いて隣の席の人に話をしても、直接飛沫がかかることがなく、飛沫到達数が少なくなる。エアロゾルも、おわん型が一番少ない」とした。

 富岳によるシミュレーションでは、口元のみをカバーする形状の場合、約30%の飛沫がマウスガードに付着し、残りの70%が空気中に放出され、周りへの感染リスクが高いが、顎から鼻までおわん型でカバーする形状では、約70%の飛沫がマウスガードに付着。空気中には約30%しか放出されなかったという。

 なお、理研では、「この結果は、マウスガードの装着のみで、飲食時の安全性を保障するものではない。マウスガードは、マスクと比較すると相当数のエアロゾルが漏れ出る。飲食店では、漏れ出たエアロゾルに対する換気対策を十分にとるとともに、接触感染へ各種対策を併用する必要がある。それにより、ある程度、使えるマウスガードなどを飲食店に提案でき、感染リスクの低減に貢献できる」としている。

 今回の飲食に特化したフェイスシールドのプロトタイプの開発は、2020年6月上旬からスタートしている。

 開発において、サントリー酒類と凸版印刷が重視したのは、ストレスなく装着や使用ができる「簡便さ」、飲食時に使用することに最適化した「飲食のしやすさ」、楽しい飲食の場を実現するための「表情が見える」、飲食の場に相応しい「見た目」、来店客や従業員が使用、管理しやすい「運用面」の5つだという。

 ここに、富岳を活用した新型コロナウイルスに関する研究と科学的検証を用いて、「安全性」を付加。感染リスクを軽減するためのデザインを実現した。

口の部分のシールドが開閉する

 本体には、メガネタイプのフレームを採用し、誰でも直感的に、簡単に着脱ができ、装着していても髪形も崩れないデザインとしたほか、鼻と口を守るシールド部分は、メガネ部分から伸びたフレームを動かすことで、ワンタッチで横に開閉でき、ストレスなく飲食が楽しめるという。また、会話のさいには、ワンタッチでもとの位置に戻すことができる。

凸版印刷 取締役専務執行役員 情報コミュニケーション事業本部長の新井誠氏

 凸版印刷 取締役専務執行役員 情報コミュニケーション事業本部長の新井誠氏は、「フレーム、シールドとともに、透明な素材を採用し、フレームパーツも極力削減した構造にし、お互いの表情を見やすくし、見た目の違和感を極力排除している。目の部分を覆っていることで、飛んできた飛沫を防御できること、直接顔を触りにくい構造になるため、手についた飛沫による接触感染のリスクを下げられる」とする。

 また、メガネをかけている人もそのまま装着でき、目のシールド部分が不要だという場合には、その部分を取り外すことができる。

 サントリー酒類の山田社長は、「外食に特化したフェイスシールドとして、どんな形状が最適なのかという観点から、さまざまなデザインを考えた。目を覆うとストレスが増えるのではないかということも考えたが、メガネ型にしたのは、誰でも直感的に装着でき、手で目をこすることもないというメリットがあるため」とした。

 さらに、「口部分のシールドを上に持ち上げたり、下げたりということも検討したが、実際に飲食しながら使ってみると、横に開閉するのが、一番邪魔にならない構造だった」とする。

 凸版印刷の新井取締役専務執行役員は、「これが流行れば、どこでもオリンピックが開催できる。外食産業の活気を取り戻す一助になることを期待している」と自信をみせる。

 凸版印刷では、フレームにはABS樹脂を使用。シールドには曇り止めの加工も行なう予定であり、「いつでも生産できる準備はしている。だが、理研の飛沫検証や、サントリーのアセスメント調査を踏まえて、デザインをさらにブラッシュアップしたい」とする。

 現時点で価格は未定としているが、「一般的なフェイスシールドの単価にしたい」という。

 想定している利用形態は、個人が各自でフェイスシールドを所有し、繰り返し利用するというスタイル。また、高単価の接待型店舗では、飲食店が主体となって、フェイスシールドを提供するといった仕組みも視野に入れているという。

 「スピード感を持って、一日も早く、日本国内に普及させ、感染の軽減に結びつけたい」としており、忘年会シーズとなる12月には実用化につなげたい考えだ

 また、オープンデータをもとにして、射出成型での生産のほか、3Dプリンタでの生産も可能になっているという。

 「海外企業にもデータを公開していく一方で、粗悪なものが出回らないように、品質面での管理の仕方は検討していく」(凸版印刷の新井取締役専務執行役員)としている。

 サントリー酒類では、10月上旬から、首都圏の8店舗において、アセスメント調査を実施している。居酒屋や接待型店舗など、さまざまな業態を対象に、実際の飲食シーンにおいて、来店客や店舗従業員が使用し、安心感、衛生面、利便性、運用面から実用性を検証。印象や使用感などの約10項目を、5段階評価と自由記述でアンケートに回答してもらうという。

 約200個のサンプルを用意する予定であり、早期に100以上のデータを収集したいとのことだ。

 「フェイスシールドを使ってみると、安心感が高まる、意外と簡単だという声がある一方で、使い慣れていないので若干の違和感があるという声もある。こうした声を反映して、フェイスシールドの完成を目指す。つけているのが当たり前と言われるようなものに完成度を高めたい。フェイスシールドと、さまざまな感染対策と併用することで、外食の安心感を高めたい」(サントリー酒類の山田社長)と述べた。

 サントリー酒類の山田社長は、「日本の外食は世界に冠たる日本の文化である」と語る。

 「日本人ならではの『おもてなしの心』を感じることができ、大切な人と語り合い、みんなと笑いあえる場所でもある。その文化を守りたい。だが、新型コロナウイルスの影響により、飲食店は厳しい状況にある。とくに、パブ、レストラン、居酒屋など酒主体の飲食店への影響が大きい。

 そこにサントリーはなにができるのか。外食のすばらしさや価値を認識してもらいたいいまだからこそ、最高に美味しい状態で提供する活動に力を入れている」と語る。

 そして、「今回のフェイスシールドの開発は、コロナ前の状況に戻っていない厳しい状況にある飲食店を応援するために、飲食の場に適した感染対策はないかと考えて実施したものである」と位置づけた。

 飲食店を活性化するために、富岳が活用されることになる。

提供 : 理化学研究所