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富岳、カラオケや居酒屋などでのマスクの防御効果を解析

富岳

 理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」を利用したウイルス飛沫感染のシミュレーションの結果について発表した。

 これまでにも、富岳によるシミュレーション結果や進捗状況について説明を行なってきたが、今回は、飛沫飛散における湿度や距離の影響のほか、飲食店における飛沫感染リスク評価、合唱時のリスク評価とリスク低減対策効果などについても説明した。

 理化学研究所 計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームリーダーである坪倉誠氏(神戸大学システム情報学研究科教授)は、「4人で訪れた居酒屋で、座った位置によって、感染リスクが異なることを定量化できたことに意味がある。合唱でも人がたくさん集まることによるリスクは想定していたが、人が少なくなったほうがエアロゾルの拡散効果が薄れるという興味深い結果も出ている。マスクをしていれば安全であるとか、距離を取っていれば安全であるということではなく、複数の対策を組み合わせることが有効であることも浮き彫りになった」などとした。

理化学研究所 計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームリーダーの坪倉誠氏

 理研では、2021年度の共用開始を目指して、富岳を開発、整備中であるが、文部科学省と連携して、新型コロナウイルス対策に貢献する研究開発に対して、富岳の一部計算資源を供出し、複数の実施課題に取り組んでいる。

 今回、進捗状況を説明したのは、「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」への取り組みであり、内閣官房の「スマートライフ実現のためのAI などを活用したシミュレーション調査研究業務」の支援を受けて実施するとともに、研究の一部は、「新型コロナウイルス感染症対応HPCI臨時課題(課題番号hp200154)」を通じて、東京大学が提供するスーパーコンピュータ「Oakbridge-CX」の計算資源の提供を受けて実施したという。

 坪倉氏は、「富岳の性能を用いることで、約2千の計算ケースでシミュレーションを行なうことができた。京で、これをやろうとしたら1年以上かかっていた。飛沫感染シミュレーションの難しさは状況によって大きく変化することであり、居酒屋の検証結果を、そのままオフィスに活用するのは難しい。富岳があることで、これだけのスピードで検証結果を出すことができる」とした。

会話、歌唱、咳時の飛沫の飛び方の違い

 これまでのシミュレーションでは、強い咳を2回した場合に、飛沫がどう飛ぶのかを示してきたが、今回のシミュレーションでは、咳を2回した場合と、普通に会話をしているときや、歌を歌っているときの飛沫の飛び方の差を新たに比較した。

通常の会話の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
歌を歌っている場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
強い咳を2度した場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 会話は、英語で「one, two, three, ..., ten」を5.5秒で発話し,それを繰り返し、歌では、大きな声で「one, two, three, ..., ten」を5.5秒で発話し,それを繰り返した。英語での発話としたのは、参照する文献や事例などの多さを考慮したものであり、日本語よりも飛沫などが飛びやすいと見ている。

 これによると、20分程度の会話を続ければ、結果的には、咳1回と同じ程度の飛沫およびエアロゾル(0.5μm以下の飛沫)が発生。歌唱時は、通常会話と比較して飛沫量は数倍になり、より遠くまで飛び、5分程度で、咳1回分の飛沫、エアロゾルが飛散することになることがわかった。

 「カラオケで1曲歌うと、咳1回分の飛沫、エアロゾルが飛散するのと同じ状況になる。歌唱ではかなりの飛沫が飛んでいる。歌唱することのリスクを認識しておく必要がある」と指摘した。

歌唱時にマスク、フェイスシールド、マウスガードを装着した場合

 また、歌唱時にマスクやフェイスシールド、マウスガードをしているさいのシミュレーションも実施。マスクは、隙間からエアロゾルは漏れるが、発生しているエアロゾルの半分以上を防御できるのに対して、フェイスシールド、マウスガードでは、10μm以上の大きな飛沫の飛散抑制効果はある程度期待できるが、エアロゾルは相当量が漏れ出てしまうという。

マスクの場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
フェイスシールドの場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
マウスガードの場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「フェイスシールド、マウスガードでは、エアロゾルが漏れるということに気をつかってもらい、室内の換気などによる小さな飛沫への対策を考えなくてはならない」とした。

マスクの防御効果

 マスクやフェイスシールドの被感染防止効果についても改めて説明した。

 吸気時におけるウイルス飛沫やエアロゾルの体内への侵入防御という観点でみると、不織布マスクを着用することで、上気道に入る飛沫数を3分の1にすることができ、とくに大きな飛沫については侵入をブロックする効果が高いという。

 だが、20μm以下の小さな飛沫に対する効果は限定的であり,マスクをしていない場合とほぼ同数の飛沫が、気管奥にまで達するという。

マスクなしの場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
不織布マスクの場合(顔隙間あり)
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 これについて、坪倉氏は、「マスクに効果がないというわけではない。マスクは、自分を守るためにもしっかり着用してほしい。街中では、鼻の部分を露出している人がいるが、自分を守るためには鼻の部分までマスクしたほうがいい」と述べたほか、「大きな飛沫への対策と、エアロゾル対策はべつべつに考えるべきである。マスクだけでは完璧ではなく、換気だけでも完璧ではないことを知っておくべきである」とした。

フェイスシールドの防御効果

 一方、フェイスシールドは、飛散してくる飛沫を防御する効果は高いが、エアロゾルに対しては、隙間からの侵入が避けられないこと、自分が発した飛沫の飛散を抑制する効果では、大きな飛沫に対しては有効であるものの、エアロゾルは大量に漏れ出すことを示した。

 また、正しく垂直に装着している場合と、口元を広くして装着している場合とでは飛沫の飛び方が大きく異なることも指摘。口元を広くして装着している場合には、かなりの量の飛沫が自分の下側から飛んでいくことになるという。

フェイスシールドで感染者からの飛沫を防御する効果
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
フェイスシールドで感染している場合の飛沫の飛散を防御する効果
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「のどに基礎的な疾患がある人や、小さな子供の場合、あるいは、口の動きが重要になる教育現場や手話などでは、どうしてもマスクが使えない場合がある。フェイスシールドは、大きな飛沫に対しては効果があり、正しく装着することで、ある程度の防御効果があると判断できる。

 だが、この結果はフェイスシールドが、マウスの代替となることを保証するものではない。自分を守るためのフェイスシールド、他人を守るためのマスクといったように、可能であれば、フェイスシールドとともに、マスクの装着を検討してほしい」としている。

湿度の影響による飛散の違い

 今回は新たに湿度の影響についても触れた。

 シミュレーションでは、オフィスの机で、4人掛けをして、そこで1人が咳をした場合を想定。30%、60%、90%の湿度設定で検証した。

 この結果、相対的に湿度が高くなると、机に落下する飛沫の量が増加すること、湿度が低くなると、エアロゾル化して空中に浮遊する飛沫の量が増えることがわかった。

 机の反対側に座った人までの距離が、ソーシャルディスタンスを取った1.8mの場合でも、湿度30%の場合には、飛沫の約6%が到達するが、湿度90%だと2%にとどまるという。一方で湿度90%の場合には、飛沫の8%が机に落ちるという。

飛沫のエアロゾル飛散「湿度30%」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
飛沫のエアロゾル飛散「湿度60%」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
飛沫のエアロゾル飛散「湿度90%」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「湿度が高いと、机に落ちる飛沫の量が増加するということは、それを手で触ってしまい、自分の顔を触れるなどの接触感染リスクが高まることにつながる。また、乾燥した空気により飛沫のエアロゾル化が急速に進むことしもわかった。とくに、湿度が30%より小さくなるとそれが顕著になる。

 これから迎える冬場には、加湿器などによる湿度のコントロールとともに、エアロゾルに対する対策を強化する必要がある。換気は有効な手法であり、送風機などを使って、エアロゾルを速く希釈することも大切である」と提案した。

4人席での距離の差による飛散の違い

 机をはさんで座る距離を0.8m、1m、1.2mとした検証も実施した。

飛沫飛散における距離の影響「0.8m」で咳をした場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
飛沫飛散における距離の影響「1m」で咳をした場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
飛沫飛散における距離の影響「1.2m」で咳をした場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「離れた距離を2倍に増やしたからと言って、リスクが半分になるというものではない。飛沫の到達数は距離によって大きく変化する。真正面に感染者がいて咳をした場合、1.2m離れていれば、到達する飛沫は、咳をした場合に発声する総飛沫数に対して、5%程度であるが、1mになれば20%、0.8mでは40%に達する。1mを切ったところから急激に増加しているのがわかる」とした。

飲食店の4人席で感染リスクが高い位置

 こうした検証結果をもとに、飲食店に置き換えた場合の感染リスクと、飲食店の再開に向けて有効な対策についても発表した。

 ここでは、人と人が挟んで対面すると、0.6mとなる、居酒屋で一般的に利用されているテーブルに4人が着席し、正面、はす向かい、隣といった、それぞれの相席者に向かって、1分程度会話をした場合を想定。英語で「one, two, three, ..., ten」までを5.5秒で発話して、それを繰り返す検証と、感染者が1人いた場合、座る場所によって到達する飛沫の個数がどう変化するのかを評価した。

 この結果、飛沫は比較的直進性が強いため、話しかけた人以外にはほとんど到達しないこと、感染者が在席者に均等に話しかけた場合には、隣の席の被感染リスクがもっとも高く、真正面に比べて5倍の飛沫到達数になること、はす向かいからの飛沫到達数は、真正面に比べると4分の1程度に減少することがわかった。

 感染者の隣に座った人がもっとも感染リスクが高く、ついで、正面、はす向かいという順になる。

飲食店における飛沫感染リスク「真正面」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
飲食店における飛沫感染リスク「対角上」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
飲食店における飛沫感染リスク「真横(80度)」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「通常の会話は、咳に比べると大きな飛沫は出ないが、長時間話をしていると小さな飛沫が空気中を漂い、テーブルの上にも多くの飛沫が落ちる。話しかけている相手に対して飛沫が飛ぶという傾向があり、感染者が正面を向って話をした場合には、正面の人に5%の飛沫が到達するが、それ以外の席の人にはまったく到達しない。

 だが、隣の席の人に向かって話をした場合の到達数は25%を超える。感染者から対角上の席はリスクが低い場所だが、隣席はかなり大きな飛沫が飛ぶことになり、危険な状態と言える。感染者がいた場合、座る場所によって、感染リスクはかなり変わることになる」と指摘した。

 この検証結果からは、互い違いに座ることが効果的であることを実証することになったが、逆に並んで座ることが感染リスクが高いことを示す結果にもなった。

 これに対して坪倉氏は、「隣を向かなければ、リスクは低い。たとえば、カウンターで他人が横並びで座っていても会話はないのでリスクは低い。知り合い同士で顔を向けて話をするとリスクは高い。そうした場合、カウンターの前面に鏡を置いて、お互いに隣を見ずに、鏡を見ながら話しをするといった工夫も有効かもしれない」と述べた。

飲食店でマウスガードをした場合の効果

 一方、飲食店におけるマウスガードの効果に関する検証結果についても発表した。

 食事をするときにマスクが着用できないという状況を想定し、5cm×18cmの大きさで、口元部分が8cm開いているマウスガードを着用した場合のシミュレーションであり、1分間の会話を前提とした。

 ここでは、数10μmの大きな飛沫をブロックする効果は期待できるが、数μmのエアロゾルに対してのブロック効果はほとんどないことがわかった。また、漏れ出たエアロゾルは感染者の周囲を漂い、来店客の体温によって上昇気流により上空に運ばれることになるという。

飲食店におけるマウスガードの効果「非着用時」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
飲食店におけるマウスガードの効果「着用時」の場合
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「飲食店でマウスガードを着用しても、安全性を確保することはできない。マウスガードで大きな飛沫を抑えたうえで、換気などによって、エアロゾルに対する対策を行なうことが飲食店には必要である。

 もし、マウスガードを着用するかたちで営業を再開するのであれば、換気との併用が必須である。また、横の席への感染リスクが高いことから、正面とはす向かいはマウスガードで抑え、隣の席との間にパーティションを置くといった対策方法も考えられる」などと述べた。

 なお、理化学研究所では、居酒屋やレストランを想定したかたちで、エアコンやサーキュレーターなどを使った換気の影響についても検証をしていく予定であり、今後それらの検証結果を示せるとした。

 「飲食店は、さまざまなレイアウトが想定されるなかで普遍的なものとして検証することは難しい。だが、換気機能がないエアコンを動作させた場合に、換気扇との組み合わせで、いい方向に働くのか、悪い方向に働くのかといったことも検証していきたい」と述べた。

合唱時の感染リスク

 もう1つ新たな検証を行なったのが、合唱時の感染リスクの検証だ。

 年末には「第九」を聴きたい、あるいは歌いたいという人もいるだろう。これは、そうしたシーンを想定してシミュレーションしたものだと言っていい。

 坪倉氏は、「この検証は、年末の『第九』を意識して進めてきたものでもある」と明かしながら、「私のFacebookにも、合唱をやっているが再開できなくて困っているという書き込みがあった。検証結果の発表が遅くなり、すでにコンサートの中止を決めてしまったケースがあるのは残念である。

 合唱は感染リスクを減らすことは難しいと考えていたが、なんとか再開してもらいたいという気持ちもあった。歌を歌うことは、会話以上に感染リスクが高まるのは確かだが、有効な対策をとってもらうことや、見直しが進んでいるガイドラインを活用してもらうことで、実施する側で対応を考えてもらいたい」などとした。

 検証では、コンサートホールなどの機械式換気設備が行き届いている場所で、ステージ上の25人全員が歌っている状態を想定。人と人の間は横が約60cm、前後が1mの距離を標準とし、そのなかにいる1人の感染者による影響が、人と人との距離を取った場合や、すべての人がマウスガードした場合などにおいて、どの程度、リスクが低減できるのかをシミュレーションした。

 この結果、合唱時は多くの人が同時に発声するため、1人で歌っているときよりも、前方への飛沫飛散が強まる一方、体温による上昇気流が生まれ、エアロゾルが拡散されることもわかった。また、人を少なくすることで、直接飛沫を受けるリスクを低下することもできるという。

合唱時の感染リスク評価とリスク低減策の効果「対策なしの場合」
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
合唱時の感染リスク評価とリスク低減策の効果「通常より距離を取った場合」
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
合唱時の感染リスク評価とリスク低減策の効果「通常より大きく距離を取った場合」
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「歌唱時に作られる気流によって、飛沫は、通常発話時よりも遠くまで流され、感染リスクを上げる要因になっている。前列はかなりリスクが高い状態となる。一方で、左右の距離を開けて、互い違いに配置し、標準の2分の1の人員となった場合には、前例への感染リスクが軽減する。

 さらに、前後左右を2m開けて、ソーシャルディスタンスと言える距離にし、標準の8分の1の人員にした場合には、直接、飛沫が人に飛散するリスクは低減するが、人が減ったことにより、体温による上昇気流が弱まり、エアロゾルが高濃度になるという状況が生まれることもわかった。

 これは、人が少ないほうが危険ということを示すものではないが、合唱に対する対策の難しさを示すものと言える」とした。

 また、全員がマウスガードを装着して合唱した場合のシミュレーションでは、飛沫が前方に飛ぶことが抑制されるとともに、前方方向への空気の流れが抑制され、発生したエアロゾルは上空に運ばれるという。

合唱時の感染リスク評価とリスク低減策の効果「マウスガードなし」
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大
合唱時の感染リスク評価とリスク低減策の効果「マウスガード装着」
提供:理研・豊橋技科大・神戸大,協力:京工繊大・阪大

 「これは、マウスガードを着用すれば、合唱時の安全性が保障されるというものではない。だが、距離を取って、マウスガードをすれば、感染リスクが低減するのは明らかだ」と述べた。

 さらに、「マウスガードよりは、マスクのほうが、効果が高い。可能なかぎりマスクを装着したり、距離を取ったりといった対策を併用することが必要である。教育現場での合唱の練習などでは、各種ガイドラインを参照して実施してほしい」と語った。