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リコー、バッテリ駆動の機器でも搭載できる超低消費電力/小型の原子時計を開発

~東工大、産総研との共同研究

ULPAC。内寸は33×38×9mm(幅×奥行き×高さ)

 株式会社リコーは、同社と国立大学法人 東京工業大学、国立研究開発法人 産業技術総合研究所の研究グループが、小型電子機器に搭載できる、超低消費電力の小型原子時計(ULPAC:Ultra-Low-Power Atomic Clock)の開発に成功したと発表した。

 原子にマイクロ波を照射する共振器を持つ従来の原子時計では、共振器の大きさで全体の大きさが決まってしまうため、数百立方cmのサイズが必要で小型化できないという問題点があった。しかしコヒーレントポピュレーショントラッピング(CPT、原子と電磁波の共鳴現象の一種)を用いることで、マイクロ波で変調したレーザー光を原子に照射するだけで時間の基準となる正確なマイクロ波周波数の検出が可能となり、すでに1桁以上小型化することが可能だった。

 ただ、周波数シンセサイザやレーザーを駆動するためのドライバ回路といった原子時計の構成要素が、それぞれで非常に高い精度を求められることから、消費電力を下げることが難しく、原子時計全体の消費電力が小型機器に搭載するには高すぎる(数百mW程度)という課題があった。

 研究チームは、高精度ながら2mWという超低消費電力な周波数シンセサイザの実現と、新たな量子部パッケージによる温度コントロールの効率化により、60mWのULPACの開発に成功した。

従来品との比較

 今回開発されたULPACは、消費電力を大幅に削減しながら、大型の原子時計とほぼ同等の「1日で300万分の1秒以下」という精度を達成できる。電圧制御水晶発振器、周波数シンセサイザ、レーザーのドライバ回路、制御回路、セシウム133原子へのレーザー光照射を行なう量子部パッケージで構成される。

 前述のCPTを利用した原子時計では、セシウム133原子に2つの周波数のレーザー光を照射する。この2つのレーザー光の周波数差がセシウム133原子に固有の共鳴周波数(9,192,631,770Hz)に一致したときに、検出される光強度が最大となる。これを利用して、電圧制御水晶発振器を校正し、非常に安定した原子時計の基準となる周波数を作りだしている。

 周波数シンセサイザは、レーザー光の周波数差を0.3mHz以下の非常に細かい周波数ステップで変えるために用いられており、従来の原子時計では、50mW以上の大きな電力を占める構成部位だったが、ULPACでは周波数シンセサイザをCMOS集積回路で作りこむことで、消費電力を25分の1以下まで削減することに成功。2mWの低消費電力を達成したという。

CMOS集積回路

 さらに、新たな量子部パッケージの構造を採用し、ヒーターによる温度制御のさい、外部の温度が伝わりにくくなるような隔離機構を設けるとともに、パッケージ内部を金でコーティング。温度制御の効率を向上させることで、電力消費が大きくなりがちなヒーターの消費電力を9mWまで削減し、高安定レーザードライバ回路、高精度温度制御回路により、長期間での周波数安定性を改善した。

 このため、従来の周波数標準器では、消費電力と周波数安定度はトレードオフの関係にあったが、ULPACは良好な周波数安定度と低い消費電力を両立している。

 15立方cmというサイズで、105秒(約1日)の平均化時間で、2.2×10-12の長期周波数安定度を達成し、一般的な水晶発振器を搭載した時計と比べて、約10万倍正確な時計を実現した。

量子部パッケージ

 GPSなどの衛星測位システムでは、衛星間で時刻同期が必要で、そのさいに原子時計を用いることで、安定的かつ高精度な測位を実現している。汎用な小型原子時計が実用化されれば、自動車やスマートフォン、超小型衛星、携帯電話の基地局などのさまざまな機器で、同種の技術を利用できる。

 また、ビル屋内、海底、トンネル、橋梁など、GPSの届かない場所での大型構造物の高精度計測に用いる複数センサー間の時刻同期、複数の人工衛星を使った低軌道衛星コンステレーションによる地球規模インターネットの実現、自動車や航空機などの移動体における安定的かつ高精度な測位、それによる自動運転技術の実現などが期待されている。

 リコーでは、ULPACは、自動車やスマートフォン、小型衛星などさまざまな機器への組み込みが可能であり、IoTが支えるソサエティ5.0(超スマート社会)実現に貢献できるものとして、2024年を目途に販売開始を目指すとしている。