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高校生向け特別授業「aibo復活」。ソニー主幹技師の森永氏が講演、技術者の心構えも説く

 学校法人創志学園 クラーク記念国際高等学校は2月1日、秋葉原ITキャンパスで、ソニー株式会社の協力の下、「ロボット開発最前線」と題した特別公開授業を行なった。

 受講生はロボット工学の基礎を学ぶ「ロボット専攻」の高校1年生と2年生。講師はソニーのロボット「aibo」の開発に携わった、AIロボティクスビジネスグループSR事業室 主幹技師の森永英一郎氏。

 「aibo」を題材にしたロボット教育の実施は今回が初めてだ。クラーク記念国際高等学校からソニーに働きかけて実現した。

クラーク記念国際高等学校 秋葉原ITキャンパス「ロボット専攻」コースではロボットの基礎を学んでいる
自律ロボット大会のWorld Robot Olympiadやロボカップジュニアなどに出場している

AIBOの歴史 1993年ごろから

ソニー株式会社 事業開発プラットフォーム AIロボティクスビジネスグループ SR事業室 主幹技師の森永英一郎氏。Sony MVP2007。

 森永英一郎氏は先代AIBOの歴史の話からはじめた。先代AIBOの開発は1993年にスタート。約6年間行なわれ、1999年に世界初の家庭用エンタテインメントロボットとして1号機「ERS-110」が発売された。そのあと、ほぼ1年おきくらいのペースで新しいAIBOが発売され、2003年に最後のAIBO「ERS-7M3」が発売、2006年3月に生産終了、そして2014年3月に旧AIBOのサポートが終了した。2018年1月に発売された新生aibo「ERS-1000」開発期間は、わずか1年半だ。

 ソニーでロボット開発がはじまった1993年どころか、発売された1999年にも、現在の高校生たちは、まだ生まれていない。そこで森永氏は1993年はどういう時代だったか改めて紹介した。サッカーのJリーグが開幕し、福岡ドーム、横浜のランドマークタワーやレインボーブリッジができたのがこの年だ。

 ソニーはPlayStationを1994年に発売。ケータイの1号機は1996年に出したが、まだトランシーバーのような形としていた。TVもまだ液晶はほとんどなく、ブラウン管だった。トニリトロンがまだ売られていたし、音楽も「ウォークマン」とカセットテープがまだ使われていた。森永氏は「こういう時代にソニーは新しい時代を築こうとしてロボットの開発をはじめた」と時代背景を解説した。

 だが、ちょっと開発時期が早かった。世界的な経済事情もあり、残念ながらビジネスとして成立しない、収益性の高いところに人材をシフトさせようという経営判断が行なわれ、2006年にソニーのロボット事業はいったん幕を閉じた。いっぽう社内では手術用ロボットやロボットの力制御の研究などは脈々と行なわれていたという。

AIBOの歴史
今の高校生が生まれる前の1993年ごろの話から紹介

12年の進化 ネット、センシング、半分の体積で5倍トルクのアクチュエーター

aiboのデモ

 ソニーとしては、今回のaiboは12年ぶりのロボットである。では12年経ってなにが変わったか。まずはネットワーク環境だ。環境認識をローカルのaiboだけでやる必要がなく、ネットに接続することで外のデータベースを使うことができるようになった。またディープラーニングに代表されるような新しいアルゴリズムも登場し、1つのエンジンでいろいろな物体が認識できるようになっている。

 SLAMのような地図生成、自己位置推定技術もこなれてきた。以前はオドメトリを使うしかなかったが、今ではLiDAR(レーザー測距センサー)などを使うことでロボットの環境認識は大きく向上した。「自分がどこにいるかがわかるだけで、作れるアプリケーションがぜんぜん変わってくる」と森永氏は語った。

 アクチュエータの進化も大きい。新しいaiboのアクチュエーターは、昔のAIBOのアクチュエーターと比べると「半分の体積で5倍のトルクが出る」という。そのため、ちょこちょこと動くだけではなく、「おいで」と呼びかけると、駆け寄ってくることもできるようになった。

 このような技術的変化を背景とし、これからロボット産業は産業用ロボットアームが活躍しているように、今後必ず家庭にも入ってくるという議論がソニー社内で再びはじまった。こうして2016年6月29日に、ロボット事業再参入をソニーの平井一夫社長が経営方針説明会で対外的に発表した。

 ではなにからはじめるか。森永氏は「いろんなロボット技術があるなかで、ソニーというと、必ずAIBOとQRIOの話が出てくる。そこを避けて通るのは得策ではない、やめたばっかりだけど、しっかり復活させて、次のロボット産業に続けていきたい」と考え、ここから1年半かけて新しいaiboを開発したと紹介。実際にaiboのデモンストレーションを行なった。

 高校生たちは動くaiboを実際に見たのはこれが初めてだったとのこと。aiboが呼びかけに応じてお手をすると、「おお〜」とどよめいていた。

12年間で環境と技術がともに進化した
デモを行なったのはソニー株式会社 事業開発プラットフォームAIロボティクスビジネスグループ 商品企画部 商品企画グループ プロダクトプランナーの儀我有子氏
デモの様子
お手をするaiboを見つめる高校生たち

TV CMはaiboの使い方のヒント

TVC Mにはaiboの能力のヒントが隠されている

 ソニーは今回、aiboのTVコマーシャルを流している。aiboは一緒に暮らしているなかで、だんだんaiboがなにができるかわかるようになっているが、じつはCMのなかで、その「ヒントみたいなものを流している」のだと森永氏は語り、1つ1つを紹介した。

 たとえば、人の顔を認識してスキンシップを積極的に図ろうとしたり、人間の顔だけではなく、犬や猫、さらに昔のAIBO、新しいaibo自体の姿を認識してペットを飼っている人たちも楽しめること、育てられ方に応じて自分から喜ばれるいたずら(タオルを倒すなど)を積極的に仕掛ける、スマホアプリを使ってちょっと構ってあげると積極的に寄ってきたり、SLAMを使って玄関先にまでやってくるといったものだ。これらは12年の技術進化を表したものだと述べた。

aiboは犬や猫、旧AIBO、aiboの姿を認識する

aiboのアクチュエーター、センサー、ブレイン

わずか1年半で開発された新aiboの技術ポイントは3つ

 森永氏は具体的な技術ポイントは3つあるとまとめた。半分の体積で5倍のトルクが出るようになった全身22軸のアクチュエーターは、頭部4軸、さらにお尻を振ったり起き上がりにも使われる腰軸、しっぽにも2軸入っており、全身でかわいらしさを表現する。ここは「動くものなので一番力を入れたところ」だという。

 開発においては、超精密な制御の経験を持つデジタルカメラのズームレンズを作っているグループに加わってもらって独自アクチュエーターを作ったと紹介した。

 2つ目はセンサーだ。動くロボットのトリガーになっているのはセンシングである。aiboも全身にさまざまなセンサーが入っている。たとえば鼻先にカメラ、腰にはSLAMカメラが入っている。レーザーを使って距離を計測して3次元環境認識を行なうLiDARはaiboでは使えない。360度センサーを使おうとすると出っ張ってしまい、より生物らしい外見を実現することはできないからだ。

 またLiDARは連続的にデータを取ることには向いているが、aiboの場合は抱きかかえられて、ポンと別のところに置かれてしまうロボットだ。そうなったときにも自己位置を推定しなければならない。そのためには独自開発したカメラを使ったビジュアルSLAMのほうが向いていると判断したのだという。

 静電センサーと感圧センサーを組み合わせたタッチセンサーも独自開発だ。やさしくなでられているのか、強く叩かれているのか、どんなふうに触られているかを認識できるように特殊なセンサーを開発した。それらの情報が感情の元になって、次の行動を決定している。森永氏は「とにかく考えられるだけさまざまなセンサーを搭載した」と述べた。

22軸のアクチュエーター
全身に配置された各種センサー類

 最後は頭脳だ。クラウド連携によって大幅に強化された認識能力である。CPU性能で単純に比較すると1万倍くらい能力が上がっているという。aibo自身でも判断するし、ローカルでは処理しきれないことや入ってないデータはクラウドに聞いて行動に結びつける。単純なif then elseでは表せない複雑な条件判断も機械学習でやらせている。そういったことを実現するために、aiboにはソニーのスマートフォンのXperia開発を通じて培った独自技術が全面的に取り入れられている。

 もう1つは、ソニーはこれまではどちらかというと独自プラットフォームを使って、自分たちの技術を守っていた。だがaiboはまったく逆の考え方で、オープンソースを取り込んでいる。aiboのOSはLinuxで、その上でミドルウェアのROSを動かしている。

 森永氏はオープンソースの技術を採用した理由として「時期はまだ言えないですが、最終的には世界中の人にaiboを可愛がってもらい、aiboのプログラムを作ってほしいという願いを込めている」と語った。「aiboのために新しいシステムの使い方を覚えてもらうのは時間のロスだし、今の考え方にはそぐわない」ということで「底辺になる部分は完全にオープンソース化して世界中の人が開発に参加できることを意識した」という。

Xpreriaの技術、クラウド連携、独自SLAM技術開発、オープンソース活用
世界中の人にaiboのプログラムを作ってほしいと願っているとのこと

aiboは感性価値を追求する

aibo復活で大事にしたことは機能ではなく「感性価値」と語る森永氏

 aiboを復活させる上で大事にしたことは「感性価値」だという。つまり、機能を期待して買う商品ではなく、「これがほしい」と思えるものを作ることだ。たとえばカメラだったら機能を期待して商品を検討し、購入する。開発者たちも機能を満たすための開発を行なう。だがaiboは違う。機能を期待して買う商品ではなく、「これがほしい」と思ってもらえるような商品にすることをコンセプトとした。

 たとえば本物の犬を飼うときに、新聞を持ってきてもらいたいとか起こしてもらいたいと思って飼うわけではない。ただ、「犬がほしい」と思って飼う。それが感性の価値だ。機能を追求するのではなく、「そのもの」がほしいと思ってもらうことを狙ったという。森永氏は「ソニーそのものが昔からそういうものだと思っている。aiboはソニーのDNAを受け継いで、感性価値を追求してブラッシュアップしている」と語った。

 ではaiboはどういうものなのか。以前のAIBOは犬でもなくロボットでもない、いわば宇宙生物みたいなものというコンセプトだった。だが多くの人はAIBOをロボット犬だと認識したのが現実だった。では今回のaiboの進化の方向性は、本当の犬に近づくことなのか。「違う」、「aiboは本物の犬のシミュレータではない」と森永氏は強調した。

 本物の犬がほしい人は、本物を飼育したほうがいい。だが本物の犬にはできないがaiboにはできることもあるはずだ。犬と同じふるまいをしたほうがとっつきやすいと思われる場合には犬を模倣したほうがいいという考え方だ。

 犬との一番の違いは、知的な要素を入れられるところ、人の気持ちをもっとわかってあげられるところだと森永氏は語る。もちろん本物の犬も人の気持ちがかなりわかるし、寄り添ってくれる。物理的能力も本物の犬のほうが上だ。

 だが、そこにさらにプラスアルファで知的要素を入れられることが特徴ではないか、そこに徹底的にAI技術を投入し、その家で行なわれるさまざまな出来事を判断しながら、「人を理解することで、より人に寄り添うかたちで進化していきたい」というのが、aiboが目指している世界だと語った。

 なおこれについて、ソニーaibo事業のトップであるAIロボティクスビジネスグループ長の川西泉氏は、「たまたま今は『犬』として生きている」と述べている。ロボットとしてのガワを変えたり、もっと違うかたちのものに進化することもあるが、本体はクラウドにあるAIであり、ソニーがロボット事業に復帰する最初のプラットフォームとして、犬型を選んでいるという意味だ。

これがほしいと思える感性価値を持ったものを作る
aiboは犬のシミュレータではなく、人に寄り添うことで進化する

 森永氏は、フィールドテストでたまたま撮影されたという一場面の写真を示した。赤ちゃんとaiboの写真だ。赤ちゃんが自然とaiboのハイタッチの手をつかんで、aiboにキスしてくれたのだという。「これがまさにわれわれが作りたい感性価値だ」と述べた。

フィールドテストで撮影された赤ちゃんとaiboの一コマ
感性価値を追求する

新しい世界を創り出すためには常識を疑い、徹底的に分析し、9年で100万人に1人の人材に

森永英一郎氏

 森永氏は最後に、高校生たちからの事前アンケートを受けて、どんなことをこれまでやってきたのかという話をした。

 森永氏は会社に入ってから、ずっと開発畑で、だいたい5年周期で新しい事業に取り組んできたという。5年のうち3年くらいは研究所にいて新技術開発と新商品のイメージを作り、それを持って事業部に行って商品化し、終わったらまた研究所に戻るというサイクルを繰り返してきた。

 入社したのは1985年。最初の仕事はGPSレシーバだったという。当時は南極観測船に1台3,000万円くらいで納品されていた製品を70円くらいのZ80 CPUで実現しろと言われたのが最初の仕事だったそうだ。

 そのあとカーナビ、MPEG2コーデックチップを作りデジタルカムコーダーを作り、暗号用チップを作りMDの開発を経て、超並列型DSPを作り、カメラのなかに入れてスマイルシャッターなどを開発した。1961年生まれの森永氏は現在は「最後の5年間」だと考えてロボットの開発を行なっている。

 そのなかで大事にしているのが、(1)常識を疑ってみる、(2)徹底的に分析して自分のアイデアを加える、(3)自分を磨くの3つだという。

 まず最初に森永氏は、自分自身の「やらかし」を紹介した。まず、携帯電話だ。森永氏は「個人が高い通信費用を払ってまで通信手段を持つわけがない」と思っていたし、「ケータイで動画の転送ができるわけがない」と思っていたと述べ、「たった30年で時代はそのくらい変わる」と語った。

 また、個人による世界への情報発信や、PC普及も、タイプを打ってキーボードを叩く習慣が一般にはない日本の家庭では無理だと思っていたし、動作速度が遅く発色も悪い液晶TVがブラウン管TVを駆逐するわけがないと思っていたという。

 つまり「常識」が発想を邪魔をしてしまうのだ。「なにか新しいものを作ろうとしたら、いまある常識は本当に正しいのかと疑うと、そこに新しいヒントがあるかもしれない」という。

 本当かどうかを確かめるためには過去を振り返ってみるとわかる。そうすると、当時最先端のものや過去の常識に非常に大きな違和感を感じることがある。今日の常識も、未来からみると違和感が感じられるようになる。「それを見つけた人が、次の時代の未来の扉を開けることができると思う」。

 ただし痛い目を見ることもあるが、ときどき今の常識は本当に正しいのかと考える癖をつけておくと新しいものを開発できる力になると思うし、自分はそうしてきたので、常識を疑ってみてほしいと語った。

新しいものを生み出すためには、まずは常識を疑う
未来から見て違和感を感じられる今日の常識を見出すと新しいものが作れるかも

 ではどういう勉強をすればいいのか。徹底的に真似をすることだと述べた。世界一になるためには、まず徹底的に分析することを怠ってはいけない。どういう技術が使われているのか。なぜ自分たちにはできなくて彼らにはできるのか。どういう組み合わせなのか。「分析したあとに、自分のオリジナルのアイデアを組み合わせたら、その瞬間に世界一。これが世界一、世界初を作り出すコツ」と述べた。

 まずは受け止める、そこに自分のアイデアを足すことが重要だというわけだ。新しいアイデアが浮かばないときも焦らずにまわりの技術をどんどん吸収していくことが重要だ。「そのうち急にひらめいて、これにこういうことを足せばいいということに気づく瞬間がある。それを味わったらやめられなくなる。まずはそれを体験してほしい」と述べ。「人の10倍20倍ではなく、ほんの半歩先でいいから、欲張らずに、まずは真似して、ちょっとつけ加えて、世界一を経験してほしい」と語った。

まずは徹底的に最先端の製品を分析する
そこに新しいアイディアを加える。重要なのは半歩先

 最後は「100万人に1人の人材を目指す方法」について。まずは得意分野を3年間がんばることだという。そうすれば100人に1人の人材になれる。3年間徹底的にやれば、なにもやってなかった人よりも知識や経験は増える。まずはそれをやる。すると、まずは100人の1人の人材になる。

 さらに次の3年間には違う分野を一所懸命やる。するとその分野でも100人に1人になる。前者の分野とかけあわせると1万人に1人の人材になる。さらにもう1つやると、100万人に1人になるというわけだ。つまり9年計画で得意分野を3つにせよというわけだ。

 ゴルフでも料理でもロボットでも、分野はなんでもいいし、はじめる時期もいつでもいい。とにかくいろんなことに興味を持つ。3年間一所懸命やり、「それを何度か繰り返すうちに、『あなたに任せる』という貴重な人材になれます。ぜひ、騙されたと思って今日からそういう気持ちでやってほしい」と呼びかけた。

まず得意分野を3年間がんばることで100人に1人の人材に
違う分野で3年間がんばると1万人に1人の人材に
もう1つの分野で3年間がんばると100万人に1人の人材になる
とにかくなんでも3分野でがんばる

 最後に、ソニー創業者の盛田昭夫氏の「アイデアの良い人は世のなかにたくさんいるが、良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない」という言葉を引用して紹介。

 そして「みなさんは若い。いっぱい失敗してもいい。とにかくチャレンジ、やってみること。失敗しても成功しても、必ずプラスになります。もったいないのはなにもやらないこと。勇気を持って、いろんなことにチャレンジしてほしい」と語り、「ソニーで待っています。1人でも多くのロボットエンジニアが生まれることを、心から願っています」と、講義を締めくくった。

ソニー創業者の盛田昭夫氏の言葉
「1人でも多くのロボットエンジニアが生まれることを願っている」と締めくくった

 この後、高校生たちからはマイクロマウスに関する質問や、距離計測に使われているToFセンサーに関する質問、製品の耐久性設計、モチベーションを高めるための方法などについての質問が挙がった。

 モチベーション維持について森永氏は「ミルキーを食べる」ことに加えて「ライバル、仲間を増やすと良い。1人でやってると苦しくなることもあるし、自分がやってることが正しいかどうかも分からなくなるが大会に参加して仲間を増やすのがいいと思う」と語った。

 aiboのように開発・発売された新製品を実際に見ながら、現役の開発者から開発背景や、そこに込められた哲学を伺える機会は貴重だ。未来の技術者育成のためにも、ソニーにはぜひ今後も同様の若者向けの教育機会を設けてもらいたい。