笠原一輝のユビキタス情報局

NVIDIAのフアンCEO、Android 4.0/Windows 8対応を大いに語る
~Denverは世界初の64bit ARMプロセッサに



NVIDIA 共同創始者・CEOのジェン・スン・フアン氏

 NVIDIA 共同創始者でCEOのジェン・スン・フアン氏は、CESが開催されているラスベガスにあるホテルにおいて報道との会見に応じ、同社が開発中のARMマイクロプロセッサの開発計画“Denver”(デンバー、開発コードネーム)の進捗状況、そしてTegraプロセッサへのLTEの統合などについて答えた。

 同氏によれば、現在Tegra 3プロセッサとLTEのベースバンドチップの動作確認を行なっており、今年(2012年)の後半に対応ソリューションとして投入される。さらに2013年にはLTEをネイティブで統合したTegra 3後継製品をリリースするという。また、Denverは64bitのARMプロセッサとして開発中で、同じく2013年にリリースすることを目指して開発を続けているとした。

●急速に立ち上がるAndroid 4.0の市場、タブレットの成長は続く
開幕前日に行なわれた記者会見で、ASUSTeK CEO ジェリー・シェン氏(左)とASUSのTegra 3搭載7型タブレットを紹介するフアン氏

 NVIDIAが開幕前日に行なった記者会見では、昨年(2011年)の末に発表したタブレット向けクアッドコアSoCであるTegra 3にフォーカスし、説明を行なった。

 フアン氏は「AndroidタブレットはHoneycombで非常によいスタートを切っただけでなく、Android 4.0でスマートフォンとタブレットのプラットフォームが1つとなり、ソフトウェア開発者にとって、より魅力的な環境となり日々成長を続けている。iPadがそうであったように、Androidも普及度が上がっていくことで、開発者はそこから利益を上げられるようになり、さらに対応アプリケーションが増えていくだろう」と述べた。

 さらに同氏は「そうしたソフトウェアの充実に加えて、Androidタブレットも第2世代となり、Tegra 3を搭載したASUSTeKの7型タブレットは米国で249ドルという価格で提供されることに象徴されるよう、今後さらに消費者が購入しやすい価格になっていくだろう」と、Android 4.0タブレットが多数市場に投入されることで、部材の調達価格が全体的に下がっていき、価格下落が起こるだろうと予測した。

 そして、「そうした良い循環により今後もタブレットの普及は進んでいくだろう。すでに昨年、タブレット市場はこれまでのどのデジタル家電よりも早い勢いで立ち上がった。今後もそれは続いていくだろう」という認識を語った。


●Windows 8はWindows 95のように世界を変える

 フアン氏は、Android 4.0がタブレットの普及に弾みをつけるのと同じように、Windows 8の登場も、タブレットの普及に弾みをつけることになるだろうと指摘した。「歴史を振り返れば、Windows 95の投入により、PCはビジネスのデバイスから、コンシューマのデバイスへと変貌を遂げることができた。一方、Windows 8は、PCとスマートフォンの中間に位置するデバイスへ、Windowsを広げる役割を果たすだろう」と、これまではPCに限られていたWindowsが、モバイル機器へ展開していくことになるという認識を明らかにした。

 その上で、ネットブックのブームが短期間で終わったことについても触れ「ネットブックをユーザーが持っていても、アプリケーションソフトウェアを簡単に入手する手段が提供されていないかった問題があった。しかし、Windows 8ではWindows Storeから簡単にアプリケーションを入手することが可能となる。また、Microsoftはソフトウェア開発者の事実上の標準であるVisual Studioという大きな武器を持っており、この点も開発者にとっても大きな魅力になっている」と説明した。

 CESにおいてNVIDIAは、ガラスケースの中という制約はつくものの、Tegra 3を搭載したWindows 8試作タブレットをブースに展示した唯一のARMプロセッサベンダーだった。他のARMプロセッサベンダーは、講演の中で公開することがあっても、ブースに展示することはなかった。つまりNVIDIAはほかのARMプロセッサベンダーに対しての優位性を大いに示すことができたと言えるだろう。

ガラスケースの中に入れられて、Tegra 3搭載タブレットで動いていたARM版Windows 8。いずれも動いているようには見えたが(画面は切り替わっていたので)、実際に触って動作を確認することはできなかった

●Tegra 3のLTE対応は今年後半に、LTE内蔵版Tegraは来年にリリース予定

 続いてフアン氏は、Tegraの弱点とされるモデムの非統合問題、そしてTegra 3がLTEモデムと組み合わせで提供されていないという質問に答え、「確かに現在Tegra 3は3Gモデムとの組み合わせだけで提供している。それは現時点では、LTEよりも3Gのニーズの方が圧倒的に多いからだ」とながらも、「もちろんLTEの対応も進めており、今年の後半には、Qualcomm、ルネサス、ST-Ericsson、Infineonと続く形で、各社が提供するLTEモデムと組み合わせてTegra 3を提供する予定だ」とし、今年の後半までにLTEモデムチップとの動作確認を終了させ、Tegra 3上でLTEを利用可能にするとした。

 「確かにLTEモデムの統合面ではQualcommなどに遅れをとっているのは事実だ。しかし、逆に我々はクアッドコアで先行している」と指摘し、Tegraが今のところモデムを1チップに統合していないのは、“優先順位の問題”であると説明。また、「我々も2013年にリリースする新しいTegraにおいてLTEモデムを統合する計画を持っている」とプランを明らかにした。

NVIDIAが昨年9月に行なった投資家向けの説明会で配布した資料。2013年にはWayneとGreyという2つの次世代Tegraが投入されるが、そのうちGreyがLTEモデムが内蔵される製品となる

 なお、このことはすでに昨年の9月に投資家向けに行なわれた説明会で説明されており、2012年には現行Tegra 3の改良版になるKal-El+(カルエルプラス)を投入し、2013年にNVIDIAは開発コードネームでWayne(ウェイン)とGrey(グレイ)という2つのTegra製品を投入するが、このうちGreyにはLTEモデムを内蔵することを明らかにしている。NVIDIAは昨年の5月にイギリスのモデムチップベンダIcera(アイセラ)社を買収しており、Greyにはその技術を利用してモデム機能が実装されることになると見られている。


●ARM版Windows 8に必要なモノは、ARM版のMicrosoft Office

 集まった報道陣からは「IntelがMotorola Mobilityとの契約を勝ち取った件についてどう思うか」という質問も出たが、フアン氏は「私は競争を非常に大事なモノだと思っている。現在でもプロセッサ市場は非常に激しい競争が繰り広げられており、優れたプロセッサ技術をもった2社が激しく競争するのは良いことだ」と、歓迎の姿勢を見せた。

 だが同氏は、スマートフォン市場においてはARMの優位性は揺るがないだろうという確固たる見解を強調した。「x86がスマートフォンになぜ必要なのかという点は大きな疑問だ。一般消費者にとって重要なことは、プロセッサのアーキテクチャではなく、そのデバイスを買うことで何ができるのかということだ。現在多くの開発者がARMに最適化したソフトウェアを作っており、ほとんどがそれで満足している。現時点でのスマートフォンでのx86のシェアは1%より遙かに小さく、これからも急には増えないだろう。そうした時に、開発者がわざわざx86に最適化したソフトウェアに投資し、それを作るのだろうか。これは技術的な問題ではなく、ソフトウェア開発者の視点の問題だ」と述べ、Intelがスマートフォン市場でx86プロセッサの普及を目指したとしても、ソフトウェアの互換性と、ソフトウェア開発者のモチベーションの2つの問題があると指摘した。

 しかし、同じ問題は、x86のシェアが圧倒的なWindowsにおいて、ARM陣営に起こる問題でもある。というのも、Windowsの世界ではx86の普及率が当初は圧倒的で、ARMプロセッサに対応したデバイスはまさにゼロからの出発になるからだ。Windows 8の特徴であるMetro UIに対応したアプリケーションはプロセッサの命令セットに依存しないが、現在のWindows 7までで一般的に使われているWin32アプリケーションは、ARM版Windows 8では動作しないからだ。

 この点に関してはフアン氏は「Windows 8では確かにその点が問題になる。現時点でMicrosoftはARM版のMicrosoft Officeについて何も語っていないが、私は必ずこれが必要になると考えている」と述べた。

●Denverは2013年に出荷予定、世界で最初の64ビットARMプロセッサになる

 最後にフアン氏は、NVIDIAが昨年のCESのプレスカンファレンスで構想を明らかにしたDenverに関しても進捗状況を説明した。

 「昨年我々はこのイベントでDenverの構想を明らかにした。なぜあのタイミングだったかと言えば、1つにはNVIDIAがx86プロセッサをリリースするといった噂話が乱れ飛び、それを打ち消す必要があった」と述べ、NVIDIAとしては長期的にARMアーキテクチャのプロセッサにコミットメントしていくことを強調するために計画を明らかにしたと説明した。

 さらに、「もう1つの理由として、ARMとの広範な提携により、ARMと64bit命令セットであるARMv8の開発を行なっていることが挙げられる。このため、ずっと秘密を守り通すのが難しいと考えていたからだ」と述べ、そのためにARMがARMv8を発表するのに先立ってDenverの計画を明らかにする必要があったのだと説明した。

 現在NVIDIAではARMv8の開発をARMと協力して行なっており、そこには数百人のエンジニアが割り当てられているという。「ARMアーキテクチャの世界でも、電力効率を維持したまま性能向上を求められるようになってきている。Denverはサーバー、スーパーコンピュータ、次世代ノートブックPC、タブレットなどの性能が必要とされる領域がターゲットになる」と述べ、Denverで、現在x86プロセッサの牙城と言える、サーバーやノートブックPCなどの市場にも積極的に打って出ていく姿勢を明確にした。

 Denverの出荷時期については「我々はDenverを2013年に出す」と述べ、来年にもDenverに基づいた何らかの製品を発表するだろうという見通しを明らかにし、「Denverは世界で最初の64bit ARMプロセッサになるだろう」とNVIDIAが先頭ランナーを走っているということを強調した。

バックナンバー

(2012年 1月 16日)

[Text by 笠原 一輝]