笠原一輝のユビキタス情報局

スマートフォン向けプロセッサを巡る状況の変化が見えたCES



 スマートフォン向けのIntelプロセッサをLenovoとMotorola Mobilityが採用するという発表(別記事参照)は、すでにARMアーキテクチャで決まりだと思われていたスマートフォン向けプロセッサ市場に、一石を投じる発表だったと言えるだろう。

 IntelにとってLenovoとMotorola Mobilityという2つのOEMメーカーを獲得したことは大きな前進とも言えるが、では今後それがほかのOEMメーカーにも広がっていくのかと言えば、実のところそんなに簡単な話ではないのも現実なのだ。

 そうしたCESで見えてきた、Intelのスマートフォン向けプロセッサを巡る状況や、それを迎え撃つ立場のARM陣営であるNVIDIA Tegra 3のスマートフォン対応などに関する話題を紹介していきたい。

●ようやくOEMメーカーを獲得することができたIntel

 昨年(2011年)の2月にバルセロナで行なわれたMWCは、Intel 社長兼CEO ポール・オッテリーニ氏が見た夢はまさに悪夢だっただろう。自身の講演後に行なわれたパネルセッションで司会者から「Intelベースのスマートフォンは出るとずっと言ってるけど、いつ出るんだい?」と厳しい質問を浴びせられ、その答えに詰まるという“屈辱”を味わったからだ(別記事参照)。

 正直にいって、これまでIntelのスマートフォン向けx86プロセッサビジネスは挫折の歴史だったと言ってよい。オッテリーニ氏は2010年のCESの基調講演(別記事参照)で、当時Moorestownの開発コードネームで呼ばれていたAtom Z600シリーズを搭載したスマートフォンを、2010年後半にLG電子が発売すると発表したのだが、その後LG電子はその計画をキャンセルし、結局Moorestownを搭載したスマートフォンが発売されることはなかった。

 しかし、今回Intelは、CESで発表したMoorestownの後継であるMedfieldことAtom Z2460は、LenovoとMotorolaという2つのOEMメーカーを獲得できた(別記事参照)。0から2が生まれたことは大きな進歩で、良い“初夢”を見ることができたであろう。実際オッテリーニ氏自身も「これまで長い道のりだった」と述べるなど、本人にとってもホッとしたというのが正直なところではないだろうか。

 PCメーカーでIntelに近い存在であるLenovoはともかくとして、大手スマートフォンメーカーであまりIntelとは接点が見いだせなかったMotorolaが、Intel製プロセッサを採用した背景には2つの理由が考えられる。1つは、Motorolaが昨年Googleの傘下に入ったことだ。以前の記事でも触れたとおり、IntelはGoogleのAndroid部門との接近を強めており、MicrosoftがWindows 8の開発者向けイベントをやっている期間と同時期に行なわれたIDFで、IntelとGoogleの提携が発表されたのは、IntelとGoogleの接近を象徴する出来事と言える。

 そして、もう1つは、純粋にビジネス上の決定で、IntelがMotorolaに対して魅力的なオファーをしたため、決定に至ったという可能性だ。Intelに限らず、プロセッサメーカーは、最初に採用してくれるベンダーに対して、価格や待遇などの面で魅力的な条件を出してくることは少なくない。特に今回は、ARMアーキテクチャのプロセッサが事実上の標準となっている中で、x86ベースのAtom Z2460の採用をしてもらうためには、ハードルは決して低くないと言えるだろう。従って、例えば、Intelがある程度開発費を負担するといったことを提供した可能性は十分ある。

Intel 社長兼CEO ポール・オッテリーニ氏オッテリーニ氏の基調講演で発表されたLenovoのAtom Z2460搭載スマートフォンK800。2012年の第2四半期に中国市場に投入される。液晶は4.5インチ、背面に800万画素のカメラで、HSPA+に対応(下り最大21Mbps)、無線LAN/Bluetooth3.0/GPSなどの機能を持つK800に搭載されていたAndroidのバージョンは2.3.7とGingerbreadベースだった
K800の内蔵されているメモリは1GBで、うち278MBはキャッシュに使われているK800の内蔵ストレージは10GBと表示されていたIntelとMotorolaの名前が並び立つというのは、オールドPCユーザーにはやや違和感がある組み合わせかもしれない……

●Intelアーキテクチャのスマートフォンにおけるアプリケーション互換性という課題

 LenovoとMotorolaという2つのOEMメーカーを獲得し、それをCESという絶好の場で発表することができ、巻き返しに成功したという印象を業界に与えることに成功したIntelだが、この先バラ色かと言えばそう簡単な話でもない。これからもIntelが解決していかなければならない課題がいくつかあるからだ。

 大きくいって2つの課題がある。1つはアプリケーションの互換性の問題だ。Androidでは、OSレベルでアプリケーションを命令セットから仮想化するDalvikという仮想マシンの仕組みが入っており、理論上はARMアーキテクチャであろうが、Intelアーキテクチャであろうが、同じプログラムが動作する。

 ところが、Dalvikを利用すると性能が出ない場合があり、直接プロセッサの命令セットを使うようにアプリケーションを書くことも可能になっている。GoogleからはAndroid NDKという開発キットが提供されており、それをアプリを利用して開発することが可能になっているのだ。

 だが、このNDKを利用してコンパイルされたAndroidアプリは、特定の命令セットアーキテクチャでしか動作しない。その場合はアプリ開発者にARM版だけでなく、x86版も用意してもらう必要がある。さらに、アプリとしては対応していても、インストール時にはねられる場合もあり、互換性の問題はIntel版Androidで今後大きな課題となる可能性がある。

 もっとも、こうした問題は時間とともに解決されることも事実だ。実際、GoogleはAndroidのIntelアーキテクチャの最適化についてIntelと協力して作業するとIDFで説明しており、今後アプリケーション開発者に対して、ARM/Intel両方に対応してほしいと呼びかけていくことなどで解決していくだろう。

 また、以前は新バージョンはARM版が登場してから、Intel版が登場するまでに非常に長い時間がかかっていたのに、今回のCESではIntel版のAndroid 4.0がすでにタブレット上で動作していた。ARM版Android 4.0タブレットがようやく登場したばかりだということを考えると、以前に比べてタイムラグは圧倒的に小さくなったと言えるだろう。

●PCよりもさらに難しいプロセッサのメリットを伝えるということ

 もう1つIntelに課せられた課題は、Intelアーキテクチャのプロセッサを採用することにどういうメリットがあるのかを、エンドユーザーに対して具体的に説明していくことだ。

 しかしこれは非常に難しい課題だ。今回オッテリーニ氏はAtom Z2460を搭載したリファレンスデザインのシステムを利用して、実際にデモすることでメリットを説明して見せた。ただ、内容としてはWebブラウザがスムーズに動くこと、同社の子会社であるMcAfeeのセキュリティソフトウェアが動作すること、3Dゲームが動くことだったが、現在のスマートフォンには当たり前の機能に過ぎなかった。

 わかりやすいメリットとして言えたのは、バッテリ駆動時間が挙げられる。同じバッテリを利用して同じ動画を再生し続け、ARMベース(と思われる)既存のスマートフォンよりも長時間利用できることを示して見せた。また、ブラウザやJavaの実行時間に関するベンチマーク結果を示し、他のARMベースのスマートフォンよりも高速に実行できると説明した。

Intelのリファレンスデザインを使ったデモでは高解像度でのWebブラウザ表示も楽々とこなせることがアピールされた3Dゲームをスマートフォンのモーションセンサーを利用してやっているところオッテリーニ氏の基調講演で示されたAtom Z2460のARMプロセッサなどと比較したベンチマーク結果

●NVIDIAのTegra 3搭載スマートフォンは2月のMWCでお披露目

 ベンチマークの結果を示し自社のプロセッサが他社よりも上回っていると説明するIntelの気持ちを筆者は理解できるが、マーケティング的な観点から見れば、賢いやり方だとは思えない。残念ながら、一般的なコンシューマユーザーは、ベンチマークの結果を気にしないからだ。

 一般コンシューマにメリットを説明するならもっとキャッチーなキーワードを多用していく必要があるだろう。それを上手くやっているのは、Intelと同じくPC用の半導体からスマートフォンビジネスに参入したNVIDIAだ。

 NVIDIAは昨年の末にTegra 3という新製品を投入し、盛んに“クアッドコア”というキーワードを活用している。ちょっと考えて見ればわかると思うが、“シングルコアだけど高性能です、なぜならこんなベンチマーク結果が出ています”と言われるのと、“クアッドコアでコアが4倍ありますから高性能です”と説明されるのは、コンシューマにとってどちらがキャッチーかと言われたら、言うまでも無く後者だろう。

 ただ、NVIDIAのTegra 3を搭載したスマートフォンは、今回のCESでは富士通が参考展示していた1製品だけだった。タブレットには多数採用例があったのに、スマートフォンに関してはそうではないのだろうか? この点に関して、NVIDIA Tegra製品マーケティング部長 マット・ウェブリング氏は「今回のCESではタブレットに焦点を当てている。というのも、スマートフォンの発表はMWCをターゲットにしているところが多いからだ」と述べ、Tegra 3を搭載したスマートフォンの発表は2月にスペインのバルセロナで行なわれる予定のMWC(Mobile World Congress)になると示唆した。

 また、NVIDIAはスマートフォン用にタブレット向けとは異なるSKUのTegra 3を用意する可能性が高い。実際、富士通のTegra 3搭載スマートフォンの説明書きには動作周波数が1.2GHzと、現在のTegra 3の1.5GHzに比べてやや低いクロックで表示されていた。タブレットやスマートフォン向けのプロセッサに複数のSKUが必要なことはウェブリング氏自身も認めており「記者会見で弊社CEOであるジェン・スン・ファン氏が述べたとおり、スマートフォンやタブレットにももっと多くの製品バリエーションが必要だ。そのためには、現在のように1つのSKUだけでなく、複数のSKUが必要になるかもしれない」と述べ、NVIDIAが将来複数のSKUを用意する可能性があることを示唆した。

 では具体的にどのようなSKU構成になるのかについてウェブリング氏はコメントを拒否したが、富士通の表示に書かれたようにクロック周波数を落としたバージョンや、PCのプロセッサでよく行なわれている手法としては内蔵されているコアの数を減らして出荷するなどの可能性が考えられるだろう。

 いずれにせよ、ウェブリング氏のコメントからも明らかなように、CESは前哨戦に過ぎず、スマートフォン戦争の本番は、2月にスペインで行なわれるMWCで、ということになるだろう。

富士通のブースに展示されたTegra3搭載のスマートフォン(参考出品)。4.6型液晶を搭載し、LTEに対応するなどのスペック富士通のスマートフォンの説明にはCPUが1.2GHzのクアッドコアだと書かれている。つまりTegra3には1.2GHzのSKUがあると考えることができる

バックナンバー

(2012年 1月 12日)

[Text by 笠原 一輝]