笠原一輝のユビキタス情報局

「VAIO X」シリーズ開発者インタビュー(下)
~“プレミアムモバイル”を安価に提供するチャレンジ



 ソニーから発表されたVAIO Xシリーズは、内部コンポーネントにIntelのAtom Zシリーズを採用して省電力化し、11.1型というネットブックに採用されているものよりもやや大きめの液晶を採用しながら、薄さ13.9mm、最軽量構成で655gという薄型計量を実現したモバイルノートPCに仕上がっている。

 詳しい内容に関してはニュース記事レビュー記事を参照していただくとして、本記事ではその内部構造や設計時の苦労などに関してソニーの開発陣に聞いてきた内容をお届けしたい。その設計思想は、Atom Zシリーズを使って薄く、軽くを目指せばどこまでできるのかを、ストイックに追求したものとなっているのだ。

 参加者は7名。ソニー株式会社 VAIO事業本部 企画部 企画戦略部門 星 亜香里氏。ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ プログラムマネージャー 林 薫氏。ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ 電気系プロダクトリーダー 新木 将義氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ プロダクトマネジャー 柴田 隆氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ メカ設計担当 渡部 学氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ ソフトウェアプロダクトリーダー 市川 英志氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック 品質保証部 Xシリーズ QA担当 笠井 孝史氏。

 本稿は前編、後編に分かれているので、前編からご覧ください。

●VAIO史上、もっとも薄い液晶部分、カギは“秘密な”特殊シート

Q:液晶も相当薄くなっていますね。

ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ メカ設計担当 渡部 学氏

渡部氏:液晶部分の厚みは3.85mmになっています。VAIO史上もっとも薄いです。

新木氏:薄くしたから弱くなったりしたらそれは当たり前なので、薄いけど強いところを狙って設計しました。今回我々、ハイブリッド方式と呼んでいるCFRPをカバーに利用しています。通常CFRPはカーボンの層を積載して作っているんですが、今回のハイブリッド方式はカーボンの中間層に特殊なシートを入れることで、重量は軽くしているけど強度はきちんと出せるという仕組みになっています。

Q:確かに、従来のVAIO type Tに採用されていたものなどに比べると圧倒的に薄いですね。

林氏:強度を出すのに真ん中は強度にあまり影響しないんですね。そこで、真ん中に軽い素材を入れて、軽く薄いのに強いという相反する命題を実現しています

Q:その特殊なシートってのはなんなんですか?

林氏:素材は言えないんですが、カーボンよりは軽いものとしておきます。強度に1番貢献するのは厚みなんで、すべてをカーボンで積層していくのが1番良いんですが、コストもかかりますし、重さがでてしまう。そこで、中央に軽くて低コストの素材をいれるんです。これにより、重量は増やさずに剛性を確保できるのです。

Q:コスト的にはどのくらい違うんですか?

ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ プログラムマネージャー 林 薫氏

林氏:コスト的には従来とほぼ同等です。

Q:パネル自体には?

林氏:パネルそのものには特に手を入れている訳ではありませんが、構造という意味ではさまざまトライしています。

渡部氏:この製品ではフルフラット構造と言いまして、液晶の裏側には何も設けず、表側にも突起を作らない構造になっています。このため、液晶部分に圧力がかかっても全部平均してかかるようになるので、衝撃に強くなるようになっています。

 他社さんで取り組まれているボンネット構造みたいなやり方もあるんですが、どうしても構造で強度をとると、本当に力がかかった時にまず角が当たってしまう可能性があると考えているのです。ある程度までは防げるけど、本当に強くぶつかったときにはひどいダメージが起こると考えています。我々の場合は当たったとしても、衝撃が全体にかかる構造になっているので、ダメージが小さいと考えています。実際、150kgf耐圧試験をやっても問題ないように考えて設計しています。

Q:今回はどんな液晶パネルを使っていますか?

ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ 電気系プロダクトリーダー 新木 将義氏

新木氏:LEDバックライトのパネルを採用しています。画質的にはこのVAIO type Tと変わらないレベルを実現しています。しかし、それに比べると厚さと重さを25%削減しています。今回の液晶では液晶パネルの消費電力も削っていて、VAIO type Tに採用していたものよりもかなり低い消費電力になっています。どのぐらいとは具体的には言えないんですが、世の中のネットブックの約半分ぐらいです。バッテリライフを伸ばすことに最も寄与している部分の1つです。

林氏:やっぱりVAIO type Pに比べると液晶が大きくなってしまうので、消費電力的にはちょっと不利だなと考えていたのを、液晶でがんばって取り返してくれたので、VAIO type P並みか、それ以下に抑えてもらったので、今回のバッテリ駆動時間を実現できました。

Q:確かにPCの消費電力で液晶の占める割合は大きいですから、それが一般的なネットブックに比べて半分になるなら効果は大きいですよね

ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ プロダクトマネジャー 柴田 隆氏

柴田氏:ただしコストは数倍ですけど(笑)。SSDの高容量のモノを除くと、うちが使っている中でもっとも高いのが液晶パネルですね。

林氏:この11.1型という液晶は、最初にtype T(TXシリーズ)という製品で使って、あれからソニーオリジナル液晶として作ってもらって使っているんですが、結構こだわっています。持ち運べるぐらい小さいんだけど、これにあわせたキーボードサイズを考えた時にほとんどの人が不便を感じないサイズって考えると、11.1が最適だと考えていますので。

Q:アンテナはどこにありますか?

新木氏:アンテナは全部上に入っています。Bluetoothだけは横に入る形になっています。ワイヤレスWANが右側に2つ、無線LAN/WiMAXが左側に2つです。他のモデルだと、アンテナは上部と左右の3面を利用していましたが、今回は上部に集中させています。

林氏:やっぱり薄くしたいというのがありましたし、アンテナを3面にすると、液晶モジュール自体の強度が落とさざるを得ないんです。例えば、VAIO type Tの場合には、アンテナカバーが別パーツになっています。これはこの部分は電波を通す必要があったため、カーボンではない別素材を使っていたからです。これに対して、今回のモデルでは今回は電波を通すタイプのカーボン樹脂を利用しているので、一体化して強度を強くしています。

液晶パネルの天板。この写真では右下になる液晶左上部に無線LAN/WiMAXの2つのアンテナ、写真右下の液晶左上部にワイヤレスWANの2つのアンテナが入っている。Bluetoothのアンテナは写真の左真ん中あたりにある上がtype Tの天板、下がVAIO Xの天板
採用されているLEDバックライトの液晶。液晶そのものに突起物がないのが特徴

●スロットリングによる性能低下をさけるためアクティブクーリングを採用

Q:熱設計ですが、今回は空冷ではなく、ファンを利用していますね。

林氏:VAIO tyep Pの時には空冷でやっていたのですが、今回あまりに薄すぎてマザーボードからシャシーまでのクリアランスが全然ありませんので、熱を拡散させることができず、底面に熱くなる場所ができてしまう。そのため、ファンを内蔵させることにしました。VAIO type Pの場合にはまだ厚みがありますので空気が流れるのですが、このセットの場合にはほとんど空気が動くことが期待できませんので、強制的に排気する必要があると考えました。そこで、ファンメーカーさんを回りまして、今回世界最薄だと思われる、このファンを作ってもらいました。

Q:パッシブクーリング(ファンなし)にするのか、アクティブクーリング(ファンあり)にするのかは判断が難しいところですよね。ただ、ビジネス用途にも使われることが前提でしょうから、信頼性ということを考えるとアクティブクーリングは正しい判断ではないかと思います。

林氏:そうですね。もう1つの理由としては、パッシブクーリングでは場合によってはCPUにスロットリングがかかる場面も想定できるので、それを避けたかった、ということはあります。

市川氏:ソフトウェアを作る立場からも、アクティブクーリングにしてほしいという要望は出しました。

Q:ファンもものすごい薄さですよね。

柴田氏:VAIO type Tのファンも、設計していた当時にはすごく薄いと思って作っていましたが、本製品のファンをそれと比べると全然厚く感じます。我々がつきあっている国内のファンのベンダー様は何社かあるんですが、結局受けてくれたのは1社だけで、あとは全部断られました。

採用されている超薄型ファン。当然だが、これ専用に起こしてもらった専用品VAIO type Tに採用されていたファンもノートPC用としても相当にコンパクトだが、それと比べて圧倒的に薄くなっていることがわかる

Q:ACアダプタの容量がtype Pに比べて増えてしまっています。これはなぜなのでしょうか?

林氏:入れているモジュールが増えてしまったんです。それで電力計算してみると、どうもピーク時の電力が若干足りないとなり、新たに起こしました。

新木氏:type Pよりも大容量のバッテリを積んでいるので、そのままだと充電時間が長くなってしまいます。そこで充電時間短縮の為に電流値が必要となったため、ACアダプタが少しだけ大きくなっています。

Q:本当だったらPと同じACアダプタにしたかったところではないんですか?

林氏:正直に言えばそうですね。ただ、もうVAIO type Pがある程度できてしまった段階で、我々の製品向けにはちょっと足りないということがわかってきたので、苦肉の選択としてこちら専用のACアダプタを起こすことになりました。

Q:8セルのXバッテリですが、なんであのような形になったのでしょうか?

林氏:実は当初、Xバッテリは企画されていませんでした。2セルのSバッテリか4セルのLバッテリで完結したものを作りたいと当初は考えていたのです。4セルで10時間を実現できるので、これで十分だろうと。

 ですが、ある日、4セルで10時間なんだから8セルで20時間いけるんじゃないかと、いう意見が出まして、8セルで作ると1,050g、ほぼ1kgの重量で20時間が実現できるのではないかという話になったのです。その時にはもう金型ができあがっていて、形状はほぼ決まっていた頃だったので、エンジニアと相談したらもうできるわけないでしょうと言われちゃいました。

新木氏:現場は全員反対でしたね(笑)。

本体の金型が完成した後に追加で作られたというXバッテリ。裏面の上部でネジ止めして装着する

林氏:それでもどうしても作ってほしいということになりまして、なんとかねじ込んで作ってもらったのがこの形なんです。前に4セル、後ろに4セルという形になっているのですが、後ろに重量物がくるので、後ろ側にも固定する何かがないといけないんです。そこで、最小限の穴を作ってあげれば、ネジ止め式できると考えて、こういう形状になりました。

ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター VAIO設計部 ソフト3課統括課長(ソフト) 市川 英志氏

Q:Windows 7になってソフトウェア変わってますが、動画のデコーダはどうなっていますか?

市川氏:動画の再生に関してはOSの機能を使うようにしています。VAIO type Pのような動画のIntel製デコーダはプリロードされていません。このため、VC-1に関してはソフトウェアデコードになりますが、MPEG-4 AVCとMPEG-2に関しては従来通りハードウェアデコーダの機能を利用して動画の再生が可能です。
●ネットブックじゃ満足できない、もっとプレミアムなモバイルを提案してみたかった

VAIO Xの全パーツ。こうしてみると、汎用品が使われている部分はほとんどなく、端子やケーブルなどもほとんど新規に起こされたものが多い
ソニー株式会社 VAIO事業本部 企画部 企画戦略部門 星 亜香里氏

Q:今回の製品なんですが、液晶のサイズとかを考えると、VAIO type Tあたりとも競合するのではないかと思いますが、社内ではそうした議論はなかったんですか?

星氏:正直にいうと、少し悩みましたが、Core 2 Duoを使うと、どうしても1kgを超えてしまう重さになってしまうんです。多くのユーザーにとって、1kgを超えるPCを持って歩くというのは心の負担だと思うんです。特に女性にはそういう傾向が強いのだと考えています。PCを持って行くことが憂鬱になる可能性が高いと思うんです。

 そうなると、どうしても必要としている時しか持ち歩かない、という使い方になってしまうと思うんです。でも、今回の製品のようにここまで薄く、軽くということになれば、持っていることさえ忘れてしまうのではないか、そう考えれば差別化できるだろうと考えました。

Q:確かにそうですね。“がんばると”持ち歩ける、と“考えないでもカバンに突っ込んで”持ち歩けるには大きな差があると思います。

星氏:私も最初にスペックを聞いたときには、正直に言ってCore 2 Duoの方が処理能力も高いし、いいんじゃないのと思っている部分があったのは事実です。でも自分も含めて、使い方を考えると、心の負担にならない軽さ、薄さというのは非常に大事だと考えました。

 また、弊社の場合過去にX505のようなすごく薄く、軽くという製品に取り組んだりしましたが、当時のさまざまな事情からどうしても高いものになってしまいました。そうしたこともあり、薄い、軽いというのは高級品でハイエンドユーザーの方しか購入できないということになってしまっていましたが、今回の製品ではそうした課題を解決し、X505に比べればはるかお求めやすい価格設定になっていますので、実際にPCを持ち運んでいただいて、いつもPCと一緒にいて向き合っているという生活をしてもらうと、その便利さがわかっていただけるのではないかと考えています。

Q:確かにX505に比べて安価なのは事実ですが、市場の動向としては価格があの当時よりもさらに重要なファクターになりつつあります。特に昨年来、ネットブックのムーブメントが起きており。消費者も値段に対して敏感になっています。

星氏:そうですね、社内でもそれについてはかなり議論しました。

林氏:弊社でもTとかZとかは、プレミアムモバイルと呼んでいる製品の作りになっています。妥協しないモバイル環境のために、惜しみないリソースを投入した製品という意味になっています。今回の製品は、そうしたプレミアムモバイルと同じリソースを投入して製品を作っていますが、もちろんおっしゃるような状況もありますので、それをどれだけお安く提供できるのかということが1つのチャレンジだったのは事実です。お客様からすればそれでもまだまだ高いよ、とおっしゃられるかもしれませんが、私たち作る側の感覚とすれば、こういうものをこの値段で出すこと自体がチャレンジなのです。

Q:なるほど、そうした製品作りを市場に問うてみたいというのはありますよね。

星氏:そういう意味では、いまカテゴリー的には1番盛り上がっているネットブックと比べてみると、重さ、薄さで比較すると約半分なんです。そこをお客様にどのように評価していただくのか、それが私たちの課題の1つであると認識しています。今回、私たちにできたギリギリはここなので、それをお客様にどのようにうけとめていただけるのか、それによって次の展開も変わってくると考えています。

●やれるからやってみたというエンジニアの想いは市場で通用するか

 今回のVAIO Xシリーズの開発陣に取材してみて感じたことは、“我々はもっとやれるから、もっと攻めてみたい”というエンジニアの皆さんの想いだろう。これはおそらく日本のPCベンダーのエンジニアならみんな思っていることだと思うのだが、日本の小型化の技術を使えば、もっと先に行けるのに、もっと攻めた製品が作れるのにというのはよく伺う話だ。

 じゃあ、なぜそんな製品がどんどん出てこないのかと言えば、実際の市場環境がそれを許さなかったりするからだ。本インタビューでも最後の方で触れているが、今現在のノートPCの市場はネットブックの興隆という嵐は過ぎ去ったものの、その状況が固定しているという現状にある。つまり、もはやネットブックという低価格のトレンドは、トレンドではなくてそれが当たり前になってしまっているのが現状だ。店頭に行けば5万円も出せば、そこそこ小さくて、そこそこ使えるネットブックが購入できるという現状の中、本製品は店頭モデルで10万円ちょっと、VAIOオーナーメードの最小構成で89,800円の価格設定だ。果たしてそれがユーザーに受け入れられるのかどうかがポイントになるだろう。

 VAIO Xシリーズの魅力は、インタビューの中でも触れている通りで、ネットブックよりも圧倒的に薄く、軽く、バッテリ駆動時間も長いという点にあるだろう。そこをどのように店頭でアピールできるのか、そこも重要になるだろう。最後にソニーの星氏も言っているように、それが受け入れられるかどうかによって、メーカーとしても次の作戦を考えなければならないわけで、こうした製品が当たり前になってほしいと考える筆者としては、ぜひとも市場で受け入れられるといいなと思う。そうした想いはソニーだけでなく、他のPCメーカーの関係者も同じ想いではないだろうか。果たして市場の答えはどうなるだろうか。

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(2009年 10月 8日)

[Text by 笠原 一輝]