笠原一輝のユビキタス情報局

マルチベンダーSoC/OSへと大きく舵を切るMicrosoftを象徴するSurface Duo

Surface Duoを手に持ちプレゼンするMicrosoft CPO(最高製品責任者) パノス・パネイ氏

 Microsoftは、アメリが合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市の会場において記者会見を行ない、Surfaceシリーズの最新製品を発表した。そのなかで今年(2019年)の年末商戦向けの製品として「Surface Pro X」、「Surface Pro 7」、「Surface Laptop 3」を発表した。

 そしてその後半には、来年(2020年)の年末商戦(つまり1年後)向けの新製品として、2つの折りたたみ式2画面液晶ディスプレイのWindowsデバイスとなる「Surface Neo」と、Androidデバイス「Surface Duo」の開発意向表明を行なった。

 とくにSurface DuoはAndroid OSがクライアントOSとして採用されており、クライアントOSとしてWindowsにこだわってきたMicrosoftの大きな方針転換を象徴するデバイスとなっている。

 だが、マルチベンダーへと転換をしているのはOSだけでなく、各デバイスのSoCも同様だ。今回の15型「Surface Laptop 3」の一般消費者向けモデルには、AMDの第3世代Ryzen Mobileの「Microsoft Surface Edition」が、Surface Pro XにはQualcommとMicrosoftが共同開発した「SQ1」がそれぞれ採用されていた。

 ただIntelとの関係が切れたわけではなく、Surface Pro 7や、Surface Laptop 3の13.5型と15型の法人向けにはIntelの第10世代Coreプロセッサ(Ice Lake)が採用されているほか、Surface Neoには「Lakefield」が搭載予定など、IntelのCPUも使われている。

 このように、MicrosoftはOSもマルチ(Windows、Android)に、搭載するSoCもマルチ(AMD、Intel、Qualcomm)へと舵を切りつつあり、変わり続けるMicrosoftを象徴していると言える。

Surface発表会の会場にAMDのリサ・スーCEOやQualcommの幹部の姿が……

Surface発表会、ハンズオンの会場で米国のアナリストと談笑するAMD 社長 兼 CEO リサ・スー氏(左)

 今回の記者会見では、筆者的にはちょっと「へー」と思えることがいくつかあった。ご存じのとおり筆者はAMD、Intel、NVIDIA、QualcommといったPC関連の半導体を提供している半導体メーカーを日常的に取材している。そのため、そうしたメーカーの幹部や現場の担当者の多くとは顔見知りで、向こうがこちらを知らなくても、こちらは向こうのことを把握している。

 そうした筆者が今回Microsoftの記者会見を眺めていると、面白いことに気がついた。筆者が座った場所の斜め前を見ると、そこにはAMDの社長 兼 CEOであるリサ・スー氏が居た。その段階で、今回はAMDのプロセッサを搭載した製品が発表されるのだろうとは理解した。案の定、Surface Laptop 3 15型のコンシューマ向けモデルで第3世代Ryzen Mobile搭載の「Microsoft Surface Edition」が発表された。AMDにとってはMicrosoftのデバイスに入るのは、Xboxシリーズに次ぐデザインウインで、スー氏自身が推進してきた「カスタムチップ」路線が功を奏したと言えるだけに、さぞ見ていて気持ちよかっただろう。

 だが、現場に幹部を送りこんだのはAMDだけではなかった。QualcommもSnapdragon事業を統括するQualcomm Technologies 上席副社長 兼 モバイル事業部 事業部長 アレックス・カトージアン氏も出席していた。AMDのスー氏に匹敵するクラスの幹部であれば、Qualcomm 社長のクリスチアーノ・アモン氏ということになるが、上級幹部であるカトージアン氏自身が出席していたことを見れば、QualcommもMicrosoftの発表を重要なデザインウインだと認識していることは間違いないだろう。

 それに対して、筆者はIntelの幹部とまったく会わなかった。もちろん、筆者が気がついていない、あるいは筆者が知らない幹部が出席していたのかもしれないが、その2人に相当する幹部が見当たらなかったことからも、力の入れ具合が違うなと思わざるを得ない状況だった。

AMD Ryzen Microsoft Surface Editionは第3世代Ryzen Mobileと同じダイだがTDPは異なる

AMD Ryzen Microsoft Surface Edition、基本的なダイは第3世代Ryzen Mobileと同じ

 というのも、Intelにとって微妙だったなと思わざるを得ない理由は2つある。1つは、従来すべてのデバイスがIntel製のSoCだったのに対して、今回の発表ではAMDとQualcommの製品が採用されており、Intelの独壇場ではなくなったこと。そして、もう1つは今回の発表ではAMDとQualcommがそれぞれMicrosoft専用のチップを用意し、それに焦点が当たってしまっていたからだ。

AMD Ryzen Microsoft Surface Edition Surface Laptop 3 15型

 一般消費者向けのSurface Laptop 3 15型に搭載されているのは、第3世代Ryzen Mobileシリーズベースの「AMD Ryzen Microsoft Surface Edition」という製品になる。正しく記載すると、「AMD Ryzen 7 3780U Mobile Processor with Radeon RX Vega 11 Graphics Microsoft Surface Edition」(以下Ryzen 7 3780U)、「AMD Ryzen 5 3580U Mobile Processor with Radeon Vega 9 Graphics Microsoft Surface Edition」(以下Ryzen 5 3580U)という、長い名前の製品が採用されている。

AMD Ryzen 5 3580U

 この製品の正体は何かというと、今年1月のCESで発表された第3世代Ryzen Mobileのカスタム版だ。第3世代Ryzen Mobileは12nmのプロセスルールで製造される、Zen+コアのCPUが最大でクアッドコア構成になっている。また、Radeon RX VegaというGPUを搭載しており、CPUの名前がRyzen 7 3780Uであれば、後ろの数字はCU(Compute Unit)の数を示しており、11CUを搭載していることになる。Ryzen 5 3580Uであれば9CUだ。

 AMDの関係者によれば、このMicrosoft Surface Editionは第3世代Ryzen Mobileと同じダイを採用しており、性能は上位のRyzen 7 3700Uよりも引き上げられているという。その点に関してMicrosoftは「15型のSurface Laptop 3はディスプレイが大きく、熱設計の観点からは余裕を持てる。このため、ターゲットにしているTDPを引き上げている」とした。

 このRyzen Microsoft Surface Editionを搭載したSurface Laptop 3 15型版は、前世代となるSurface Laptop 2(ただし13型)に比べて同じようなバッテリ駆動時間で、性能は2.5倍になっていると説明しており、Intelの第10世代Core(Ice Lake)を搭載した15型の企業向けと13型は2倍と言っているのと差をつけていた。

Snapdragon 8cxをベースにしてCPUとGPUを強化したMicrosoft SQ1、7nmで製造される

Microsoft SQ1

 Qualcommの場合はもっと大きな変更が行なわれている。というのも、SoCのメーカーはQualcommでなくMicrosoftであり、製品名は「Microsoft SQ1」となっているからだ。MicrosoftとQualcommは両社が共同開発したと説明しているが、製品の構造を見る限りはQualcommのGPUがそのまま採用されており、実質的にはQualcommがMicrosoftの要望を聞きながら設計し、製造したと考えることができるだろう。

 Microsoftの関係者は製造プロセスルールを7nmと説明しており、ファウンダリーに関しては明らかにされなかったが、QualcommがPC向けのプロセッサであるSnapdragon 8cxの製造に利用しているTSMCで製造されていると考えるのが論理的だ。

 両社とも具体的には言及しないが、SQ1がSnapdragon 8cxがベースになっていると考えるのが普通だろう。言うまでなく、半導体をスクラッチから作るのはコストがかかるし、Microsoft SQ1に内蔵されているLTEモデムが、Snapdragon 8cxと同じSnapdragon X24 LTE modemとなっているのも、1つの傍証になるだろう。

CPUは8コア、3GHzで動作する
GPUはAdreno 685

 ではSQ1とSnapdragon 8cxは何が違うのだろうか。Microsoftの関係者によれば「SQ1の最大の特徴はCPU、GPUともに強化されている点だ。GPU単体で2TFLOPSの性能を発揮する」とのことで、Snapdragon 8cxのCPUとGPUを強化したものが「SQ1」だと考えて良いようだ(Snapdragon 8cxの性能自体は発表されていないのでどの程度の差かはわからないのだが……)。

 実際8cxのGPUはAdreno 680というブランド名だったのに対して、SQ1ではAdreno 685となっており、GPUのエンジンなどにも手が入っていることはほぼ間違いない。CPUに関してはどちらも8コアということしか実機ではわからないのだが、「Fabrikams XY9」という名前であることがWindowsのシステムのプロパティで確認されており、おそらくこれがCPUのコードネームなのだろう。CPUはSnapdragon 8cxのベースクロックである2.75GHzよりも高い3GHzで動作しており、CPU側の性能強化はそこにあると考えられる。

 Qualcommにとっては、このSurface Pro Xにより、同社製品によるWindowsデバイスではじめてのハイエンド仕様を得たことになり、PC市場では新しいアーキテクチャはハイエンドモデルで普及し、その後に下のクラスに降りていくというのが一般的。そうだと考えれば、Intelとの競争上このことの意味は小さくない。

Surface Neoでは3DダイスタッキングFoverosにより実現されるIntelのLakefieldを採用

Surface Neo、Windows OSであるWindows 10 Xが動作する

 Intelにとって今回のMicrosoftの発表で唯一の慰めになったとすれば、それは来年の年末商戦に投入される予定と開発意向が表明されたSurface NeoのSoCに、Lakefieldが採用されると発表されたことだろう。

Lakefieldを採用

 LakefieldはIntelが開発した3Dダイスタッキング技術「Foveros」を利用した製品で、22nmプロセスルールで製造されるAtomクラスのSoCと、10nmプロセスルールで製造される最新のCPU+GPUという2つのダイが3Dに積層されている。通常時は消費電力が少ないAtomクラスのSoC側で動作し、必要に応じて10nmのCPUとGPUが動作するという、スタンバイ時には低電力で、処理能力が必要な時はハイパワーで動作するため電力効率に優れた製品となる。

 Microsoftが発表した2画面のWindowsデバイスSurface NeoにはこのLakefieldを採用していると明らかにしたが、それ以上の詳細は明らかにはしなかった。また、Surface Neoそのものも記者会見の基調講演で動作している様子を公開したが、ハンズオンセッションでは触れない状態でしか公開しなかったため、Lakefieldがどんな状態で実装されているのかなどの詳細はわからない。

2つの画面で動作し、分離型のキーボードを備えるSurface Neo

 Surface Neoは2つの液晶ディスプレイを持っており、Windows 10 Xと呼ばれるWindows 10の新しいSKUで動作している。そのWindows 10 Xにより、新しいデュアルスクリーンの使い方を実現しているとMicrosoftは説明しており、その完成度がSurface Neoの出来の鍵を握りそうだ。

Windows 10 Xを採用

Microsoftにとっては必然だったSurface DuoでのAndroid採用

Surface Duo

 会場にいた関係者を何より驚かせたのは「Surface Duo」だ。Surface DuoはSurface Neoと同じく2画面のデバイスとなるが、OSはWindowsではなくGoogleのAndroidだ。MicrosoftはWindows 10 Mobileでスマートフォンを推進する戦略をとってきたが、この戦略は2017年に大きく軌道修正され、その後自社ブランドのLumiaも含めてビジネスとしては終了した。そのMicrosoftがGoogleのAndroidを採用したのだから、それは大きな驚きを持って迎えられるのは当然だろう。

Surface DuoのOSにはAndroidが採用されている、Google Play Storeのアイコンでわかる
Surface Duoも形を変えて活用できる

 Microsoft CPO(最高製品責任者)のパノス・パネイ氏は、なぜAndroidを採用したのかと聞かれたさいに、「Androidは数百万のアプリケーションがある最高のモバイルのプラットフォームだ。ユーザーのことを考えればそれを採用するのが当然だろう」と述べ、ユーザー体験を中心に考えた結果としてAndroidの採用に至ったと説明した。

Microsoft CPO(最高製品責任者) パノス・パネイ氏

 もちろんそのパネイ氏の言葉には嘘はないと思うし、その決断をしたMicrosoft幹部の自社の負けを潔く認めるには筆者は正直感服した。しかし、Microsoftにとってはそうした選択をするのは必然でもある。というのは、すでにMicrosoftにとってクライアントOSは、PC向けのWindows 10は別にして競争領域ではなくなりつつあるからだ。

 2014年にサティア・ナデラ氏がCEOに就任して以来、Microsoftはかたちを変え続けてきた。とくに大きいのはクラウドシフトを続けてきたことで、現在のMicrosoftの主要な競争領域はAzureブランドで展開しているパブリッククラウドサービスだし、Office 365やTeamsなどに代表されるクラウドベースの生産性向上アプリケーションなどだ。

 もともとSurfaceはPCのモダン化を実現する旗振り役としての意味をもって2012年に投入された製品だ。しかし、今やそれは位置づけを変えてきており、そうしたMicrosoftのクラウドサービス、具体的に言えばOffice 365やTeamsなどをよりよく使ってビジネスの生産性向上を実現しているツールのショーケースとしての意味合いが強くなっている。

 このため、Microsoftは同社のツールのiOS対応、Android対応を積極的に進めており、もはや両プラットフォームともにWindowsと同じように生産性向上のプラットフォームとして重要な位置づけになっている。そうしたMicrosoftにとってSurface DuoにAndroidを採用したのは、驚くべきことではなく必然だったと言える。

Surface Duo(左)とSurface Neo(右)、二つを手に持つパネイ氏、来年の年末商戦には投入される予定