笠原一輝のユビキタス情報局

会見では明かされなかったLenovo傘下になって富士通が得たものと守ったもの

会見では明かされなかったLenovo傘下になって富士通が得たものと守ったもの 富士通 代表取締役社長の田中達也氏(右)と、Lenovo 会長兼CEOのヤンチン・ヤン氏
富士通 代表取締役社長の田中達也氏(右)と、Lenovo 会長兼CEOのヤンチン・ヤン氏

 11月2日の夕刻に都内で行なわれた富士通Lenovoの記者会見が質疑応答に移ったときのことだ。司会に指名されたある記者は「今一度確認したいのだが、これによって両社は何を得るのか、とりあえず言ってるのか、本気で言ってるのかよくわからないので教えてほしい」とややイラだった感じで質問をした。両社が会見で述べたことは非常にありきたりのものだったため、そういった質問が出るというのは無理もないと感じた。

 だが、両社ともこの記者会見でははっきりと言えなかった本当に得る“モノ”はある。今回富士通とLenovoが、富士通クライアントコンピューティング(以下FCCL)を巡る取引でそれぞれ得たものは何なのか。

FCCLは独立して運営され、工場などの扱いも変わらないと何度も強調したLenovo

 記者会見でLenovoの幹部は「FCCLのビジネスは変えない」と何度も繰り返した。Lenovo側は、CEOのヤンチン・ヤン氏、上級副社長兼CFOのワイミン・ウォン氏、上席副社長兼APAC担当プレジデントのケン・ウォン氏が出席したが、ヤン氏は「FCCLはLenovoから独立して運営される」と、ワイミン・ウォン氏は記者会見の質疑応答で「FCCLのブランドを変えたり株式の比率を変えたりする予定は今のところない」と述べ、ケン・ウォン氏は「FCCLの生産体制などには変更がない」と強調するなど、FCCLは独立した事業体であること、そしてFCCLのブランドや株式の比率、さらにはFCCLの現在の生産体制には変更がないことを強調した。

 人が変わっても同じ説明をするということは、今回の新しい合弁会社の設立という取引の鍵がそこにあるということだ。

 今回の取引のアウトラインは別記事(Lenovoが富士通のPC事業を支配下に。FMVブランドはNECに加え継続)でも紹介しているとおりで、富士通の子会社であるFCCLに、Lenovoと株式会社日本政策投資銀行(DBJ)が新たに出資し、Lenovoが51%、富士通が44%、DBJが5%を出資比率になるという点にある。

 富士通はその譲渡代金として255億円をLenovoから、DBJから25億円を受け取る。これだけを見れば、シンプルにいって富士通がLenovoに対して経営権を譲渡した、つまり、Lenovoが事実上FCCLを傘下に収めた取引だと言ってよい。たとえ両社が新FCCLを合弁会社と呼ぼうが、実体は単なるLenovoの子会社としか表現のしようがない。

 ただ、富士通は44%を維持し、さらに日本政府の政策投資機関であるDBJが5%を持つということに、違和感を感じる人も少なくないだろう。会社法の規定によれば、株式の過半を持っている株主が、株主総会で取締役などを自由に選任できる支配できるのは明らかだ。だから、FCCLはLenovoの子会社になった、そう判断するのが一般的なモノの見方だ。それなのに、DBJが5%を持ち、富士通が44%を持つ、その意味はなんなのだろうか?

会見では明かされなかったLenovo傘下になって富士通が得たものと守ったもの Lenovo 会長兼CEOのヤンチン・ヤン氏
Lenovo 会長兼CEOのヤンチン・ヤン氏

鍵となったのはFCCLの子会社の島根工場の扱い、その交渉に時間がかかった

 それを理解するには、そもそも富士通とLenovoの取引が、交渉開始が明らかにされてからなぜ1年もかかったのかということを理解する必要がある。

 富士通に近い関係者によれば、今回の、そして前回のVAIO、東芝PC部門との合併のときにも、ネックになっていたのは、富士通が島根に持つ工場施設(株式会社島根富士通)の扱いだったという。とくにVAIO、東芝PCとの合併のときは、VAIOが持つ長野県安曇野市の本社工場に、東芝は東京都青梅市の事業所と中国に持っている工場の扱いがまとまらず破談になったという経緯があった。

 今回のLenovoへの売却でもそれらの扱いが焦点だった。というのも、すでにLenovoの日本法人であるNEC・レノボグループは、NEC時代のPC事業から引き継いでいる山形県米沢市の工場があり、はたしてもう1つの工場を持つことが妥当なのか、それは余剰ではないかという議論があったからだ。

 富士通としてはPC事業はどこかに売却したいが、それらを潰してしまうとなると、雇用の問題などから非難の矢面に立たされることになる。なんとしてもそれは避けたく、工場の扱いは重要な条件だったとされている。

 今回の発表ではそれについては何も説明されていないが、Lenovoの幹部が「FCCLは何も変わらない」ということを盛んに表明したということは、そこはLenovoとの間で話がついたということだろう。そして、そのことを担保するために、政府系の金融機関であるDBJが5%持っている、そう考えれば説明がつく。

会見では明かされなかったLenovo傘下になって富士通が得たものと守ったもの 富士通クライアントコンピューティング(FCCL) 代表取締役社長の齋藤邦彰氏
富士通クライアントコンピューティング(FCCL) 代表取締役社長の齋藤邦彰氏

新生FCCLはLenovoの調達力を利用でき、Lenovoは富士通の看板を利用して官公庁や法人市場に展開

 では、仮にLenovoがしばらくは島根の工場に関しては何も変えないと約束したとして、問題はその“しばらく”というのがいつまで有効なのかということにあるだろう。

 この取引ではLenovoはFCCLの51%の株式を持つことになり、44%と33%を越える株式を持つ富士通が会社合併などの重要事項に対して拒否権を持つとしても、取締役の専任などは基本的にLenovoが自由に行なえるようになる。

 そこから先は率直に言って、FCCLの経営陣の今後の経営次第ということになるだろう。

 現時点でのFCCLはLenovoの子会社になったとは言っても、Lenovoの幹部達が明言したように独立して運営されることになる。FCCLが発売するPCのブランドは富士通のままであり、製品の開発もFCCLが川崎に持つ開発拠点にあるエンジニアが担当する。生産もデスクトップPCは富士通が伊達市に所有する富士通アイソテックに委託生産され、ノートPCはFCCLの子会社である島根富士通で生産される。

 FCCLにとってLenovoの子会社になるメリットは、Lenovoの持つ強い調達能力を利用できるようになることだ。というのも、PC業界ではメーカーの調達能力により部材の価格が決まってくる。CPUやOSの値段がその最たる例で、ティア1のOEMメーカー(Lenovo、HP、Dell、Apple、ASUS、Acer)と、ティア2以下のOEMメーカー(富士通や東芝などはこのグループ)では、価格が全然違うというのはよく知られている話だ。

 今回FCCLはLenovoグループの1社となることで、これからはLenovoの価格で部材の調達が可能になる。つまり、これまでの富士通のPC事業で課題とされてきた調達能力の問題がこれで解決されることになる。

 それにより、ビジネスを伸ばし、会社の価値を上げていけば、Lenovoとしても持ち株比率に応じて価値が増えたり、配当の形で受け取れるため、FCCLを今の形で残すことを認めるだろう。

 実際、Lenovoは買収した会社がうまくいってるかぎりはそのような形で残すことを認めてきた。ドイツのMEDIONなどはその代表例で、今でも独立した企業として運営されている。もちろん、今後数年の結果では、その逆となる可能性もあるわけで、FCCLの経営陣にのしかかるプレッシャーは並大抵ではないだろう。

 では逆に、Lenovo側のメリットはなんだろうか?

 それは“富士通”という看板を得たことにある。今回の取引で、LenovoはFCCLを事実上の子会社とした。そのFCCLは、コンシューマ向けのPCだけでなく、法人向けのPCも生産しており、富士通は企業への販売とサポートを行なっている。

 地方自治体などの官公庁、医療機関などでの“富士通”ブランドは非常に強力で、そうした市場は逆に言えばLenovoが弱かった部分でもある。Lenovoがこれまで強かった法人向けの市場は外資系企業などで、伝統的な国内の法人相手には苦戦してきた。しかし、これからはFCCLを利用してその市場を攻めることができ、その意味は決して小さくない。

会見では明かされなかったLenovo傘下になって富士通が得たものと守ったもの

55%がプレミアムPCとなっている日本市場、調達力向上で魅力的な製品作りがFCCLに求められる

 今後のFCCLだが、FCCLの齊藤社長は記者会見終了後の囲み取材で、「島根富士通の工場では、引き続きPCBの生産をはじめとした日本の強みとなる部分を活かした生産を行なっていく」と述べ、高密度実装基板技術など島根富士通の利点を活かすとしている。そのため、引き続き小型軽量のモバイルノートPCなどがFCCLから登場することは今後も期待できるだろう。日本のユーザーとしては、そこは安心して良い部分と言える。

 新生FCCLにとって重要になってくるのは、調達力という差がなくなったときに、本当に他社を上回る商品力を見せつけることができるかどうかにある。

 とくに日本市場は「日本はグローバルでは17%しかないプレミアムPCが55%を占める特別な市場。日本のユーザーは品質や価値を重視している」(Lenovo ケン・ウォン氏)とのとおり、プレミアムPC(1,000ドル=約11万円以上の価格のPCのこと)が市場に占める割合が世界で一番高い市場になっている。

 これまでAppleを除くグローバルのPCベンダーが、NEC PCやFCCLといったローカルPCブランドになかなか勝てなかったのはプレミアムPCのラインナップがあまり充実していなかったからだというのが衆目の一致するところだ。

 しかし、MicrosoftがSurfaceシリーズで日本市場に参入し、DellもXPS 13のようなプレミアムPCを投入するなどグローバルなPCベンダーも矢継ぎ早にプレミアムPCのラインナップを強化している。

 そうした市場環境のなかで、FCCLが次の“プレミアムPC”としてどのような手を打ってくるのか、筆者としては薄い・軽いももちろんよいのだが、それだけでなくSurfaceを越えるようななにかや、それを越えるような何かを期待せずにはおれない。

 いずれにせよ新生FCCLのお手並みを拝見したい。