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東工大、分子にも周期律があることを発見、「分子の周期表」を作成

分子(ナノ物質)の周期表の一例。正四面体の構造を有する分子(同素体あるいは化合物)の周期表。従来の周期表と同様に「族」と「周期」がある。さらに、「類」と「種」によっても分類される。東京工業大学の広報資料(2019年9月2日付け)から

 東京工業大学(東工大)は、特定の構造を備えた分子の物理/化学的な性質が分子の原子数/電子数/元素の種類などによって周期的に変動する「周期律」を発見した。さらに、それらの特定の構造を備えた分子(「ナノ物質」)に関する「周期表」を作成した。新しい機能材料の発見や合成などを、この「周期表」が役立つと期待される。

元素の「周期律」と「周期表」

 本論に入る前に、従来の「周期表」がどういうものかを、おさらいしておこう。

 「周期表」は化学、物理学、生物学、地学、電子工学、機械工学、医学などの理工系分野では必須の道具であり、非常に良く知られている。

 「周期表」の元素配列を高等学校の「化学」の授業で暗記させられた読者は少なくないだろう。筆者の知る暗記用の文章は「水兵リーベ僕の船……」ではじまるものだ。最初の「水」が水素(H)、次の「兵」がヘリウム(He)、3番目の「リー」がリチウム(Li)、4番目の「べ」がベリリウム(Be)、5番目の「僕(ぼく)」は「ぼ」がホウ素(B)、「く」が炭素(C)、6番目の「の」が窒素(N)と酸素(O)、7番目の「船(ふね)」がフッ素(F)とネオン(Ne)に対応する。ここまでで原子番号が1番から10番までの元素(原子)が登場する。

 「周期表」の元になる原理は、元素(原子)の「周期律」である。物質の構成単位である「元素」は、「原子番号(厳密には原子核の陽子の数)」の順番にならべると物理・化学的な特性が周期的に変化する性質を備えている。この性質を「周期律(Periodic Law)」呼ぶ。そして周期律にしたがって元素を並べた一覧表が「周期表(Periodic Table)」である。「元素周期表(Periodic Table of the Elements)」と呼ぶことも多い。

化学者の国際団体である「国際純正・応用化学連合(IUPAC : International Union of Pure and Applied Chemistry)」が2018年12月に発表した最新版の元素周期表

「元素周期表」のはじまり

 「元素周期表」は19世紀において化学の発展とともに形成されてきた。最初に化学者が気づいたのは、原子量の異なる元素のなかに、性質の似ているものが存在していることである。初期には、たとえば塩素(Cl)とヨウ素(I)、臭素(Br)をはじめとする、3つの元素の組み合わせにおける類似性が1829年に指摘された。この類似性は「三つ組元素」と呼ばれる。

 1865年には、原子量の順番で「1番と8番の元素」、「2番と9番の元素」、「3番と10番・・・7番と14番」と音階のオクターブのように離れた元素の性質が似ていることが指摘された。この法則は音階との類似性から、「オクターブの法則」と呼ばれる。しかしこれらの指摘や法則は一部の元素だけに当てはまっていたり、原子量の大きな元素に対してはうまく説明できなかったことから、化学者のコミュニティには受け入れられなかった。

 現在の元素周期表の原典とみなされているのは、1869年2月にロシア帝国の化学者ドミトリ・メンデレーエフ(Dmitri Mendeleev、1834年生~1907年没)が考案した周期表である。メンデレーエフは原子量の順番に元素を並べると化学的な性質の似ている元素が周期的に登場することを発見し、それを1つの表にまとめた。そして同年3月には、学会設立直後のロシア化学会で、当時発見済みの63種類の元素すべてを記述した周期表を発表した。学会発表直後の反響は芳しくなかった。「三つ組元素」や「オクターブの法則」などと同様に、化学者のコミュニティは疑いのまなざしを向けたのである。

 ところが、大逆転が起こる。メンデレーエフの周期表には63種類の発見済み元素のほかに、未発見の元素がいくつか予測としてその性質とともに記述されていた。性質とは原子量、比重、比熱、密度、酸化物組成などである。そしてその後に発見された元素の性質が、メンデレーエフの周期表で「空欄(未発見)」で予言されていた元素と、非常に良く一致したのだ。

 この予測が的中したことにより、メンデレーエフの周期表に対する評価は一気に高まった。メンデレーエフが周期表で予測した元素には、1875年に発見されたガリウム(Ga)(メンデレーエフの周期表では「エカアルミニウム」と表記、ここで「エカ」とは周期表の同じ族で1つ下の位置にあることを意味する)、1879年に発見されたスカンジウム(Sc)(同「エカホウ素」)、1886年に発見されたゲルマニム(Ge)(同「エカケイ素」)などがある。

 なお初期の元素周期表は元素を原子量の順番に並べていたので、周期表と元素の性質に矛盾が一部あった(ヨウ素(I)とテルル(Te))。後に原子番号が発見されたことによって矛盾の原因が明らかになり、周期表における元素の順番は原子番号の順番に改められた。

「周期表」が表現する数多くの性質

 「元素周期表」の分類は横方向が「族(group)」、縦方向が「周期(period)」となっている。現在の一般的な周期表(長周期型周期表)は、1族から18族までの族と第1周期から第7周期までの周期で構成される。

 周期表で縦方向に連なる同族の元素は、類似の性質を持つことが多い。これに対して横方向に連なる同周期の元素は、あまり似ていない。例外として遷移金属とランタノイド系元素、アクチノイド系元素は、同じ周期で性質が似ている。

 また同周期の元素間では、1族から18族へと移行するにしたがって、原子半径が短くなり、イオン化エネルギーが大きくなり、電気陰性度が増加する傾向がある。

 周期表が表現するもう1つの重要な性質に、電子配置の違いを示す「ブロック(block)」がある。最外殻電子(価電子)が位置する軌道(s軌道やp軌道など)によって元素を分類する。sブロック元素(1s~7s)、pブロック元素(2p~6p)、dブロック元素(3d~6d)、fブロック元素(4fと5f)に分かれる。

 周期表の行列やブロックなどでは表現しにくい性質もある。たとえば金属と半金属、非金属の元素はマスの色で分けることが多い。結果としては斜めの階段状に区分される。気体と液体、固体の区別はさらに難しく、元素記号の文字色で区分けしたりする。

元素周期表の例。金属と半金属、非金属をマスの色で分類したほか、固体と液体、気体の区別(25℃、1気圧)も表示されている。千葉経済大学短期大学部の井芹康統教授が2018年6月に作成した周期表(PDFファイルへのリンク)

分子の幾何学的な対称性が周期律をもたらす

 話題を「分子(ナノ物質)の周期表」に戻そう。研究グループは、東京工業大学 科学技術創成研究院の塚本孝政助教、春田直毅特任助教(現 京都大学 福井謙一記念研究センター 特定助教)、山元公寿教授、葛目陽義准教授、神戸徹也助教らで構成される。

 東工大の研究グループは、幾何学的な対称性を備える分子(ナノ物質)に注目した。正四面体、正八面体、正二十面体といった構造は、幾何学的な対称性が高い。これらの構造体が備えるエネルギー状態(電子軌道)を記述する「対称適合軌道(SAO : Symmetry-adapted Orbital)モデル」を開発した。

 モデルの開発にあたっては、コンピュータによるシミュレーションと群論を組み合わせている。開発したモデルを使って正四面体などの分子(ナノ物質)を評価したところ、幾何学的な対称性によって複数の電子軌道が一定の法則にしたがうこと、すなわち周期律を備えることが明らかになった。

 なお、元素を形成する単原子は球形であり、幾何学的な対称性がもっとも高い。この幾何学的な対称性による電子配置の規則性が、周期律の起源となっている。

 東工大の研究グループは、幾何学的な対称性を備える分子(ナノ物質)の原子数や電子数、元素種などの要素ごとに周期律をまとめ、元素周期表と類似の「分子(ナノ物質)」の周期表を作成してみせた。

 具体的には、正四面体型(tetrahedral)の分子と正八面体型(octahedral)の分子、正二十面体型(icosahedral)の分子について周期表を制作した。「分子(ナノ物質)」の周期表は、元素の周期表と同じく、「族(group)」と「周期(period)」、「ブロック(block)」によって分子を分類する。さらに、「類(family)」と「種(species)」と呼ぶ新たな軸を追加した。「類」は分子を構成する原子の数、「種」は分子を構成する元素の種類を意味する。

幾何学的対称性を備える構造の電子軌道。左から球体(実際には存在しない)、正二十面体型、正八面体型、正四面体型の分子。東工大の研究グループが「Nature Communications」オンライン版で発表した論文「Periodicity of molecular clusters based on symmetry-adapted orbital model」(2018年8月19日発行)から
正四面体型分子の周期表。最上段は4個の原子で構成した分子、中段は10個の原子で構成した分子、最下段は20個の原子で構成した分子の周期表。右表中の分子(ナノ物質)は実際に存在する材料の例。東工大の研究グループが「Nature Communications」オンライン版で発表した論文「Periodicity of molecular clusters based on symmetry-adapted orbital model」(2018年8月19日発行)から

 作成した周期表には、すでに知られている実際の材料と、未発見の分子(ナノ物質)の両方が含まれていた。周期表における原子の数や元素の種類、元素の組成などの組み合わせには、無限に近い数が存在する。周期表の活用によって新しい機能を備える材料の発見が促進されることが期待できる。