森山和道の「ヒトと機械の境界面」

Preferred Networks、パーソナルロボットに進出宣言

〜「お片付け」の先に見る未来

 2018年10月、幕張メッセで行なわれた「CEATEC 2018」で、機械学習技術をコアにしたスタートアップ・株式会社Preferred Networks(プリファードネットワークス、PFN)が「全自動お片付けロボット」を披露した。これまでおもにBtoB事業を展開している同社だが、今後、BtoCも視野に入れて、「パーソナルロボット」の実現を目指すという。

 株式会社Preferred Infrastructure(PFI)からスピンオフしたかたちで2014年3月に設立されたPFNは、2015年から産業用ロボット最大手の1つFANUC(ファナック)と協業していた。展示会でもよくデモンストレーションを行なっていた、ばら積みピッキングである。

 2018年4月からはファナックの製造業向けプラットフォーム「FIELDsystem(FANUC Intelligent Edge Link & Drive system)」上のアプリケーションとして実装されている。

 また、2017年10月にはファナックのワイヤカット放電加工機の加工精度を高める「AI熱変位補正機能」や、射出成形機の予防保全機能を、2018年4月にはサーボモーターの制御パラメータ調整を簡単に実現する「AIサーボチューニング」の一環としての「AIフィードフォワード」機能などを発表している。

 さらに2社に加えて日立製作所とも組んで、エッジデバイスにAI技術を活用した「インテリジェント・エッジ・システム」の開発に取り組むという発表も2018年初に行なっていた。

 このような協業による各種成果が具体的に上がっていたこともあり、ロボットに関して記事を執筆している筆者は、PFNのロボットへの取り組みは、基本的に手堅い、製造業向け産業用ロボットに深層学習技術を導入することにフォーカスしているものと思いこんでいた。産業用ロボットの世界は業界全体のかたちや利益構造がはっきりしているからだ。

 だが今回のパーソナルロボット開発を目指すという発表で、どんどんロボット関係者がPFNに参画していた理由の一端が明らかになった。まさか、まだなにもかたちになっていない家庭用ロボットの領域にも進出しようとしているとは思ってもいなかったが、トヨタが100億円以上を出資し、日本唯一の「ユニコーン」企業として各方面から注目されている技術系スタートアップならではの挑戦とも言える。

 実際、今回のお披露目により、同社への注目はさらに高まることになった。ここでいったん、レポートしておきたい。

 なお、Preferred Networksからの本件プレスリリース、ならびに同社によるより詳細な解説は下記のとおりだ。手っ取り早く確実な情報を知りたい方には、こちらをご覧になる方をおすすめしておく。

全自動お片付けロボット。さりげない、止まらないデモを実現

デモの全景

 今回のPFNのデモは、ロボットがリビングルームを模したブースの床に撒き散らされたおもちゃや文房具、タオルや靴下などを拾い上げては所定の場所に再収納していくというものだ。

 ロボットのハードウェアは、トヨタが以前からロボットコミュニティに研究用として提供しているプラットフォームロボット「HSR」を用いており、PFNが開発したのはロボットの動作アルゴリズム部分だ。センシングはロボットだが、データの処理は、ロボット本体ではなくサーバーで行なわれている。

 モデルの精度を上げる学習では、基本的にはたくさん正解データを作って、それを学習させることになる。学習にはPFNが持つ研究開発用スパコン「MN-1(エム・エヌ・ワン)」が用いられている。「MN-1」はNTTComグループのマルチノード型GPUプラットフォームを使っており、2018年3月からはNVIDIA Tesla V100 32GB GPUが採用されている。

 そしてできたモデルをサーバに置いて認識と制御を行なっている。今は学習にスパコン、そしてサーバーを使って認識をさせているが「将来的にはエッジ側でいろんなタスクができるようになる。そのためにもどんどん計算能力を上げる必要がある」とのこと。

 なおPFNは2018年に行なわれた機械学習コンペティションのプラットフォームKaggleの物体検出コンペティション「Google AI Open Images - Object Detection Track」にチーム「PFDet」として出場し、準優勝を獲得している(454チーム中で2位)。今回の片付けロボットにもその研究成果が投入されている。

 さてロボットは床上の物体を自らのカメラを使って認識し、その物体属性に紐づけられた場所に片付けにいく。靴下は洗濯物かごに、ペンはペン立てに投入していく。物体の認識、ロボットアームを使ってピックアップするときに持つべき場所を人間が指定する必要はない。拾い上げる順番や、拾い上げるための経路生成もすべて全自動で行なわれる。動作はきわめてスムーズで、滞りがない。速度もおそらくHSRのハードウェア限界近くまで出しているように見えた。あまりにさりげない。ロボットが床上の物体にアプローチするときのパスも本当になめらかだった。

 しかもPFNのデモは連続で行なわれていた。プレゼンテーションタイムはあるものの、それ以外のときにもずっとロボット自体は動き回っており、ルンバが床掃除を連続で行ない続けるように、ひたすらHSRが床上のものを片付けていく。

 工場で使われている産業用ロボットは正確無比かつ高速に動き続くことができる。それは、「ワーク」と呼ばれる対象物が、基本的にはどこにあるのか正確に決められているからだ。工場では基本的には、寸分たがわず同じ場所にワークが置かれるように、環境側に治具などを使って工夫が凝らされている。だから産業用ロボットは正確かつ高速な作業が可能なのだ。

 だが、家庭内で同じものが同じ場所に正確に置かれるなどということはありえない。照明条件も部屋によって異なる。ロボットは、変化し続ける環境下で、どこになにがどのように置かれているかをセンサーを使って認識し、どのように掴むのかを考えなければならない。

 今回のデモではロボット自体も移動し続けているし、床上の物体位置や、テーブル自体やテーブル上のペン立て位置は固定ではない。深層学習を使うことでシステムの「目」が良くなったことが、なによりも今回のデモを支えている。単なる物体認識だけではなく、どこになにがどう置かれてるかを認識することまでできるようになっている。システムが今どこになにが置かれているかをリアルタイムに認識している様子はビジュアライズされていて、iPadで見ることができるようになっていた。

システムの認識状況
iPadを使って、ARで見ることもできるように工夫されていた

 PFNのデモブースの特徴は、天井があることだ。もともとの学習環境に近づけるためだろう。カメラは天井にもつけられていた。拾ったものを投入するカゴやペンたてなどの位置などは天井のカメラで見ているのかと思ったが、そうではないとのこと。

 あくまで、拾うべき対象物をロボットがうろついて探しまわるのではなく、デモの見栄えをあげるために、連続してロボットが次々と拾い上げるようにするための補助用としてしか用いておらず、基本的に物体へのアプローチと片付けにはロボットに搭載されたカメラのみしか使ってないとのことだった。

PFNブース。デザインを手がけたのはデザイン・エンジニアリングで知られるTakram
デモ空間には天井が設けられている
天井の照明とカメラ
ハードウェアはトヨタのプラットフォームロボット「HSR」

 もちろん、天井からの照明は影ができないように工夫されているようだった。そのあたりの作り込みは、それなりに苦心したのではないかと思う。だが靴下やタオルのような柔軟で不定の物体も、見るかぎりでは、ほとんど問題なく認識されていた。ちなみに、布が折り重なっていても認識できるという。このあたりはさすがとしか言いようがない。

 壁の上部には距離画像センサーが1つ埋められていた。これは人間動作の認識用だ。ロボットは物体を拾ったら基本的に、事前に物体に紐づけられている場所に片付けに行く。だが、物体を片付けている最中に、「それはおもちゃ箱に入れて」と指示すると、指示されたところに片付けに行く。音声指示で割り込み指示ができるのだ。

 さらに、特定の場所を言えばそこに片付けに行くだけでなく、「それはこっちへ入れて」と指差しすると、指示されたところに片付けにいく。絶対座標や場所名でなくても「こそあど言葉」のような曖昧な自然言語を使ってロボットに指示を随時出せるところがおもしろい。「これからは言葉による指示がもっと当たり前になる」という。

壁には1つ距離画像センサーが埋められており、人の動作認識に使われていた
Preferred Networks 知的情報処理事業部 事業部長 海野裕也氏

 ブース解説を担当していたPFN知的情報処理事業部 事業部長の海野裕也氏は、これを「耳に関する技術」だと説明していた。家庭用ロボットのハードウェア・ソフトウェアができたとしても、産業用ロボットのように専用コントローラやプログラミングをしないといけないようでは本当の意味で家庭で使えるロボットにはならない。人間がロボットに与える指示をどうやって出すのか、それをロボットがどう理解するのかといった、いわゆるユーザーインターフェイスの技術は、つねに技術普及の鍵を握っている。

 PFNでは人間が自然言語で喋ってロボットに指示を与え、ロボットが自然言葉の意図を理解して、それに応じて作業をする技術を開発している。あるいは指差しジェスチャーやタブレットを使うことで、直感的な指示をロボットに与えることができるという。曖昧な自然言語による指示を、ロボットが実行する具体的な作業に落とす部分にも深層学習の技術が使われている。

現実世界の情報をデータ化して計算機内で扱えるようになる

ロボットが普及することで実世界のデジタライズが可能になる

 海野氏は「単にパートナーロボットが出てくるだけでなく、それが当たり前になったときに起こる変化がもっと重要」と語った。

 ロボットが作業すると、その結果はログに残る。つまり片付けロボットは、部屋になにがどのように置かれているかをデータとして持つことになる。日用品にセンサーがついていなくても、現実世界のなかでロボットが動き回ることで、それらの位置情報が取れるようになるわけだ。

 これまではコンピュータ内部の情報だけの共有にとどまっていたが、今後もしサービス用のロボットが普及すれば、現実世界で起こっているさまざまな物事のデータを整理された形式で持てるようになる可能性がある。

 たとえば家庭内のものがどこにあるのかも、システムに聞けばすぐに場所を教えてくれる。ロボットが現実世界の情報を整理して教えてくれるようになるかもしれない。このように「リアルの情報がデータ化されてコンピュータが扱えるようになる」と、今はまだ誰も想像していないような新しいアプリケーションが出てきて、これまでとは異なる未来が現われる可能性がある。

Preferred Networks 代表取締役副社長の岡野原大輔氏(右)と、同取締役CTO奥田遼介氏(左)

 プレスプレビューでの説明会で、PFN代表取締役副社長の岡野原大輔氏は、「現実世界の問題をAIがどのように解くのか。お掃除はいろいろなタスクを含んでいて奥が深い。モノを拾いあげて運ぶことができれば、色んなものを運んだり、片付けたり、準備したりできる。いろいろな問題をロボットで手がけることができるようになる。だから片付けは一番最初にやるべきタスクだと考えた」と述べた。

 現実世界のデータは、まだほとんどデジタル化されていない。だが物流分野ではすべての動きがトラッキングされているように、コンシューマ環境でもデジタル化が進めば、そこに効率化・最適化をかけていくことができる。岡野原氏は「抽象化された世界に対して、処理をかけやすくなる」と述べた。

 BtoC分野への進出についは「C向けはやらないと決めていたわけではない。機会があれば提供していきたいと思っていた。ただし技術的な大きなギャップがある。B向けなら決められた環境、制限された環境で技術を使えるので導入は早い。だがコンシューマ向けは誰でも使えるようなところまで成熟しないと使えない。ピッキング、プレーシング、コミュニケーション技術については実用化が近づいたので、コンシューマ向けを進めた」と述べた。

 また、パーソナルロボットを選んだ理由として「われわれのミッションは現実世界の問題をAIで解いていくこと。これからは現実世界をセンシングして、認識して、考えて、アクチュエーションすることが必要。これはロボットそのもの。今回のロボットは個体として見えるが、コンピュータはネットワークでつなぎあえる。『広い意味でのロボット』を私たちはこれから提供していきたいと思っている」と述べた。

2020年には家庭用ロボット開発環境の提供を目指す

2020年には家庭用ロボットの開発ツール配布を目指す

 記者たちからは当然、実用化時期についても質問がとんだが、「実用化時期はできるだけ早くとしか答えられない」とのことだった。ただし「2020年くらいに少なくともアプリケーション開発ツールの提供は実現していきたい」とのこと。

 家庭用にはいろいろなタスクがある。岡野原氏は「数社で全部のアプリを作るのは無理。個人も含めた多くの人がタスク処理を開発できるようになればさまざまな問題が解けるようになる。今はまだ想像もしていないアプリケーションが登場してくると期待している」と述べた。とくに、「今はまだ、掃除や料理など、いま家にある仕事をロボットがサポートする流れだが、将来は、まだ家のなかで起きていない、新しい仕事やタスクが生まれてくるだろう」と続けた。

 たとえば、加湿器のフィルタ掃除や水入れをするといったタスクがあったとして、どこのフィルタをどのように操作するべきか、メーカーがロボット向けにアプリを配信すると、人はなにもしなくてもロボットがそれをメンテナンスしてくれるようになるかもしれない。岡野原氏は「ロボットが家のなかで動作できるようになれば、いろいろな仕事ができる。開発環境を提供してパーソナルロボットを盛り上げていくことが普及のためには絶対に必要なこと」と語った。

 将来的には、さまざまな会社や研究機関ともパートナーを組み、ハードウェアの機能開発にも関わって、実際の課題を解決するロボット開発を目指したいと述べた。

講演「すべての人にロボットを」 パーソナルロボットへの道

Preferred Networks 代表取締役社長 最高経営責任者 西川徹氏

 CEATEC 2018の1日目の10月16日には、「すべての人にロボットを」と題して、Preferred Networks 代表取締役社長 最高経営責任者の西川徹氏が講演し、「パーソナルロボット」への取り組みを宣言。これからBtoBだけでなくBtoCを含むさまざまな領域への進出するという意思を改めて発表した。こちらもレポートしておく。

 同社がロボットに取り組みはじめたのは3年半前の2015年。産業用ロボット最大手のファナックとの提携からである。ファナックの工場で、同社のカンパニーカラーである黄色いロボットが、やはり黄色いロボットをほぼ全自動で正確に作り続けている様子に西川氏は強い衝撃を受け、「そのあまりの技術の高さ」を見て、ロボット事業への参入を決意したと振り返った。

 それ以来、とくに力を入れているのは、物をつかむこと(ピッキング)。単純だが、ロボット実用化の課題の1つだ。西川氏は100円ショップにも売られている「お助けハンド」とペットボトルを使って、物をつかむことの難しさをデモした。人間の手は、いとも簡単に物体を掴むことができる。だがロボットの手は自由度もセンサー類も、出力トルクも制限されている。少ないセンサーと自由度、トルクでものを掴むためにはどうすればいいかが重要な課題だ。実際、制限された状況でも、工夫次第でものを掴むことは可能だ。

 西川氏は「普段、人が無意識にやっていることをルールに落とし込むことが重要」だと強調し、この難しい課題を解くためにディープラーニング(深層学習)の技術を活用したと紹介した。

 前述のように、PFNが最初に取り組んだ製造業の課題はバラ積みのピックアップだ。工場などで、バラバラに積まれた部品をピックアップして移す作業である。従来のロボットでは、人が細かく取り方を教える必要がある。掴む対象物にどういった特徴があるか、そしてその特徴を使って、どういった部分を掴めばいいのかといったことを人が事細かにプログラミングで教える必要があった。「ティーチング」と呼ばれる作業だ。それをPFNは深層学習を使って半自動化することを試みた。

 ロボットは最初はアームをランダムに下ろして対象の部品を掴みにいく。当然、掴めるときもあれば失敗することもある。成功と失敗、それぞれの状態を画像で蓄積し、どういう状況なら掴みやすいかを深層学習で学習していく。およそ5,000データ、8時間分くらいのデータを使うと、取得率9割に達するようになった。これによってロボットのティーチングの手間を大幅に下げることができる。

 これは1種類のものがさまざまな置かれ方をした場合の話だが、さらに次は、さまざまな種類の物体が雑多な置かれ方をした場合のピッキングに挑んだ。コンビニ倉庫を想定し、さまざまな商品が異なる置かれ方をした場合でも柔軟につかめるようにした。しかも学習したときとは異なる物体、未知の物体であっても上手につかむことができるようになった。つまり学習に使ったデータだけはなくて未知データに対しても対応できるようになり、高い「汎化」性能を得ることができた。

 続けて西川氏は、別の研究例を示した。音声でロボットに対して指示を与え、そのとおりにロボットが物体を移動するというものだ。しかも「輪ゴムの箱を右下に動かしてください」とか「マスタードのボトルを斜めの箱に入れてください」、「コーラの缶を右端に集めてください」といった、一般的な会話(自然言語)で人間同士がするような、相対的な位置関係の指示に対して適切に反応することができる。

 この技術デモの重要なポイントは、さまざまな言い方をしてもそれに対応できることだ。人によって状況の認識は異なり、指示の仕方も異なる。だがそのような認識の多様性に対応することができるようにするための技術だ。

 西川氏は、「さまざまな状況にロバストに対応できる力を持つ」、すなわち特定の状況だけではなくさまざまな状況に対応できるようになる、このような汎化性能を活用することで、ロボットを一般化していき、さまざまな状況で使えるようになるのではないかと考えていると述べた。

 西川氏らは、ロボットが汎化していく歴史は、コンピュータが普及していった歴史と同じような過程をたどるのではないかと考えているという。昔のメインフレームコンピュータは大きく、特別な存在だった。おもな用途も、かなりかぎられた商用・科学技術計算だった。それがミニコン、オフコンと小型化するにしたがい、やがてさまざまな企業が活用できるようになった。

 さらに個人用のマイコン、ホームコンピュータが登場した。最初は特別な存在だったコンピュータだが、どんどん安価かつ小型化することによって民主化され、一般的になった。いまでは誰もがスマートフォンを持ち、多くの人がコンピュータなしでは生きていけなくなっている。

 ロボットも同じような歴史を辿ると西川氏らは考えているという。既存の産業用ロボットだけでなく、工場の柵を飛び出て活躍する協働ロボットが登場している。ロボットを使ったプログラミング教室も盛んであり、ホビーロボット、教育用ロボットも普及をはじめている。ロボットに対する一般認識もだいぶ変わってきていると考えているという。

 では次に来るのはなにか。西川氏は「自明だ」と述べて「パーソナルロボット」だと続けた。ではなにがパーソナルロボット普及のキーとなるのか?

 PCの場合は、優れたOSを使うことでさまざまなハードウェアを抽象化できたことが普及の鍵となった。コンピュータやデバイス別に一個一個、都度都度、個別にプログラミングする必要がなくなったからだ。抽象化によって、一度書いたプログラムをほかのコンピュータでも同じように動かせるようになった。

 では、ロボット普及において必要なものはなにか。PFNでは「多様な環境への一般化」だと考えているという。ロボットは実世界を認識して、実世界に対して影響を与える機械だ。環境ごとにチューニングしなければならないようでは、なかなか普及しない。もし環境を抽象化して一般化することができれば、一度プログラムを書けばさまざまな状況で使えるようになる。そうなるとロボットは一気に普及する可能性がある。

 ロボットの多様な環境への一般化において、重要な技術が深層学習だ。ロボットと深層学習の技術を融合させることでさまざまな環境に対応できるロボットを実現できるのではないかと考えているという。

深層学習が状況にロバストに対応できる力を与える
多様な環境への一般化

 だがロボットは一般社会ではあまり普及していない。まだまだ技術が追いついていないからだ。ロボットが実用化する社会が実現しつつあるんだということを示すためにPFNが発表したのが「お片付けロボット」だ。物が散らかった部屋を外出中にロボットが片付けるような利用シーンを想定している。片付けというアプリケーションは研究レベルでは行なわれているが実用レベルには程遠く、一般イベントで連続デモされるようなことはあまりない。よって、ロボットが役に立つ存在になりつつあることを示すためには片付けが良いと考えたのだという。

 PFNでは同社の丸の内オフィスの地下にあるロボット部屋に実験用の居住空間を作ってテスト空間とし、トヨタの研究用プラットフォームロボット「HSR」を使った。まず最初は人の遠隔操作でHSRを操って片付けを実行してみたところ、「できなくなはい」と考えたという。プロジェクトチームにはロボットはもちろん、音声認識や自然言語処理、HCI、ネットワークなどさまざまなプロフェッショナル30名程度を集めた。

最初は人がロボットを操作して、可能性を確認した
各分野のプロを集結させた

 家庭用片付けロボットを実現する上でもっとも大きな課題はさまざまな環境に対応しなければならないことだ。工場や物流現場などでロボットを使う場合は、さまざまな環境チューンを行なうことができる。だが一般家庭ではそれは不可能であり、さまざまな環境への適応が重要だ。ではどのように対応したのか。照明条件や場所などさまざまに環境を変えて、物体自体もさまざまな置き方をさせて、大量の学習データを用意して、学習させて、汎化させたという。

 環境変化に加えて、物自体の置き方もさまざまとなると、データ量は爆発的に増えてしまう。だが大量のデータを並列計算機で処理するのはPFNが得意としているところだ。もちろん単純に計算パワーだけに任せるのではなく、データ処理のノウハウも必要であり、作成モデルや運用ノウハウなどを駆使して大量データ学習を行なったという。

さまざまな状況のデータを用意して学習させた
PFNのスパコン

 片付けは、物体の種類ごとに指定された場所に置くだけでなく、たとえばスリッパは向きをそろえるといったこともできるし、棚に物を置くときには姿勢を保つように、やさしく置くこともできる。開発当初は認識精度も上がらないので失敗していたが、深層学習ベースの認識技術の正確性をどんどんあげていき、さまざまな物体を正確に掴むことができるようになったという。

 また、機械がものを片付けると、どこに片付けたかも検索できるようになる。ロボットを使うことで、現実世界自体を検索できるようになるわけだ。また、片付けを実行している最中にジェスチャーや音声で割り込み指示を出すこともできる。西川氏らは音声認識によるユーザーインターフェイスは重要になると考えているという。

 今回の取り組みによって、家庭内のいろんな状況に対応できること、家庭内でロボットが活躍できる可能性を示すことができたのではないかと考えていると述べて、今後、料理の手伝いや配膳、片付け、家の中のものを探して取って来るような作業のほか、洗濯、折りたたみ、収納、見守りなどさまざまなアプリケーションを実現していきたいと考えていると語った。

 そのために、さまざまなロボットアプリケーションを作るための開発ツールも提供していく予定だ。「開発者を巻き込んで強大なエコシステムをつくるのはとてもエキサイティングだし重要だ」と考えているという。西川氏は「今回の展示をスタートとして、ありとあらゆるところにロボットが存在している世界を実現していきたいと考えている」と述べて講演を締めくくった。

さまざまなアプリケーション開発ツールの提供を行なう
PC、スマートフォンに続く新たなコンピュータ産業としてのパーソナルロボット立ち上げを目指す

パーソナルロボットが活躍する未来を創造できるか

PFN「お片づけロボット」

 PFNの「お片づけロボット」のデモは、画像認識や音声認識、自然言語処理、ロボット、ネットワーク通信など、さまざまな技術の合わせ技だ。ある程度の環境の作り込みはあるものの、とにかく、止まらないデモを実現した点は、本当にすばらしい。繰り返しになるが、なにしろ、劣悪な通信環境で知られる展示会場で、プレゼンテーション時だけではなく、本当にずっと動き続けているのである。それを支える個々の技術、そして統合力はすごい。

 もちろんトヨタのハードウェアも立派だが、PFNは個別の技術だけではなく、ロボットにおいて重要なインテグレーションと安定性においても、十分な力を持つことを内外に示すことに成功したと言える。

 なにより、デモとしてのさまざまな作り込みに力を注いだ点も含めて、ロボットをやるんだという気持ち、そこに対する本気が感じられた。ちなみにCEATECでのデモの様子はYouTubeのPFNチャンネルでライブ中継もされていたので、興味がある方はアーカイブをご覧いただきたい。

 一方、今後、パーソナルロボットが普及をはじめるという見解についてはどうかというと、こちらはなんとも言えない。ロボットもやがてはコンピュータのように産業用から一般用途へと広がり、身近な存在として民主化されて、さまざまな用途に使われるようになるだろうという見方は、じつのところ、かなり以前からある。

 前回のロボットブーム、すなわち2005年の愛知万博(愛・地球博)の頃にも言われていたし、その前の産業用ロボットが普及・飛躍した1980年代にも同様の「やがてパーソナルロボットの時代が来る」といった論調は存在した。当時は「マイロボット」と呼ばれていたりしたのである。

 では、深層学習の実用化によって、今回こそは本当にロボットは高度な認識能力を持ち、構造化された環境で動作する産業分野での応用を超えて、パーソナル化していくのだろうか。そこがなかなか見えない。どちらかというとロボット関係者ほど、そこには疑念を抱いているのではないだろうか。ロボットは、そんなに簡単に進化しようがないハードウェアだからだ。

 ロボットはインテグレーションされたシステムであり、システムの性能はどこかに律速があると、そこで決まってしまう。そしてハードウェアはソフトウェアと違って簡単なアップデートは難しい。どんどん進化していくための経済的な合理性を持つ道筋も不透明だ。

 なにより、ロボットをパーソナル化するためのキーとなるアプリケーションの姿がなかなか見えない。今日までで家庭への本格導入が成功したロボットはiRobotの「ルンバ」に代表される掃除ロボットだけだ。PC普及のカギはビジネスでは表計算やワープロ、ホビーではゲームだったが、それと同じような役割をはたす、ロボット普及のためのキラーアプリが見えていない。

 今回PFNが片付けをやってみせたのは、まず家庭内で物品を操作する第一歩として取り組んだというだけであって、そのまま片付けアプリの実用化を考えているとは思いにくい。では実際にはなにをやるのかというと、そのじつは同社にもまだ見えていないのではないだろうか。実際に家事の自動化を考えるならば、まずは既存の家事を徹底的に分解して、整理し、ロボット化できるものを抽出する必要がある。

 ただ、いろいろと懸念はあるものの、筆者は今回のデモには本当に感銘を受けた。これが新しいはじまりであることを強く期待しているし、楽観してもいいのではないかと思った。まずは、現在の技術でできることをとことん突き詰めてほしい。そのあとで初めて見えてくる世界もあるはずだ。すばらしい未来を創ってほしい。