森山和道の「ヒトと機械の境界面」

小さなロボットの視線や生物のような動きに感じる魅力の正体は?

~Parametric Moveトークセッション「動きのデザイン」

藤堂高行氏の「SEER」

 東京大学生産技術研究所 機械・生体系部門 山中俊治研究室 プロトタイプ展2018 「Parametric Move 動きをうごかす展」が、2018年6月8日(金)~17日(日)の日程で開催されている。入場は無料だ。

 6月10日にはトークセッション「動きのデザイン」が行なわれた。工業デザイナーで東大生産技術研究所教授の山中俊治氏が司会を務め、今回の展覧会のゲスト参加者で、人を見つめるリアルな小型人型頭部ロボットを製作したことでWeb上で話題を呼んでいるアーティストの藤堂高行氏と、山中研究室博士課程に在籍して3Dプリンタを使った生き物のような動きを示すロボットを作り続けている杉原寛氏とによる鼎談形式で、生命を感じさせるモノの動きについて対話が行なわれた。レポートする。

動きを支配する微妙な調整から立ち上がる生物感

 2013年に生まれた東大・山中俊治研究室は、東大生産研のさまざまな先端技術の研究者と一緒に、先端技術を使った新しいものを作って展覧会を開くという活動を行なっている。過去の展示については、これまでにも本誌でも何度かレポートしている。

 今回は動くものが対象。動くものを表現として作ると、細かいチューニングが重要になる。動き出すタイミングや速度、大きさ、応答時間、加速度や躍度、止まる瞬間のゆらぎなどだ。

 美しい動きを求めてクリエイターたちはチューニングを繰り返す。とくに生き物のような動きを見せるロボットの場合は、ほんのわずかな違いによって、生物感が生まれたり失われたりする。そういった微妙な調節の苦労を参加者たちにも肌で体感してもらうことを目指し、それぞれの展示物の動きをダイアルで微妙に調節できるようにして、展示会を行なったと紹介した。

 今回の展示物はすべてが動くもので、ダイヤルで動きを調整できる。実際にさわって動かしてみると、動きのなかに、ふっと強烈に生々しいものが立ち上がる瞬間がある。あくまで主観的なものである。だがそれを感じられるかどうかは、わずかなパラメータの違いのなかにあるのだ。その感覚を感じてもらうことがこの展示会の目的だ。

 藤堂高行氏による、人の顔を認識してそちらを見つめる小型ロボット「SEER(Simulative Emotional Expression Robot)」にゲスト参加してもらうことになった経緯は、山中氏が、藤堂氏がTwitterで公開した動画をたまたま見たことがきっかけ。実物を見て「シンプルな動きで、生き生きしたなにかを伝えられるロボットができることに驚きを感じた」という。

 一方、杉原寛氏による3Dプリンタを使った試みについては「3Dプリンタは“なんでもできるようで意外といろいろなことができない”製作手段」だと改めて紹介。一般的な3Dプリンタは現在の加工技術よりも2桁くらい精度が低い。そのためギアやリンク機構やベアリングを作って、そのまま単純に置き換えても、巧みな動きを見せるものを作ることは難しい。そこを突破することはできないかと考えて、杉原氏らは研究を行なっている。

一体成型で生物のように生まれる機械

山中研究室博士課程に在籍中のクリエイター 杉原寛氏

 トークはまず杉原寛氏によるプレゼンからはじまった。3Dプリンタは複数の部品で構成された部品を一体で作ることができる。杉原氏は、3Dプリンタを使って、生物のように最初から完成された姿で丸ごと作り出し、動けるものを作りたいと考えて「READY TO CRAWL」というシリーズの製作に取り組んでいる。単純な機構ながら、生物感のある有機的な動きを見せるロボットたちだ。

 最初の課題は3Dプリンタでどうやって滑らかに動く機構を作り出すか。リンク機構は部品の数が多くなってしまい、軸と軸受けのあいだに作られた隙間ががたつきの原因になってしまうので、そのまま置き換えるのは難しい。3Dプリンタの造形誤差を許容できるシンプルな機構が必要になる。

 そのために最初に考えた機構が「3DiimensionalCam」。実現したい3次元的な動きを、中心回転軸のカムの溝に刻み込むことで、単純な回転だけで、足の動きに変えることができる。杉原氏のロボットはこれによって、プリントしたあとには、モーターや電池などの電子部品だけをプラグのように差しこむだけで簡単に滑らかな動きを実現できるようになっている。

3Diimensional Cam
4種類の機構
ロボットの回転軸のなかに駆動用モーターなどが組み込まれている

 杉原氏は、今回の展示会のテーマについて「3Dプリンタを使う上では、動きをデザインするというより、滑らかな動きを実現できる機構を考えることになる」と語った。杉原氏のロボットは4つの機構をベースに、それらを掛け合わせて、波打つような体や足の動きを実現しているという。

 杉原氏のロボットは、モーターなどの駆動部分は綺麗に隠されていて、部品の形状からダイレクトに三次元の動きにつながっている。表現される動きそれ自体も滑らかだが、動きを生成する過程それ自体も滑らかなのだ。

柔軟な機構
ワイヤーを引っ張って柔軟構造を動かす
ユニバーサルジョイントや傾けることができる3Dカムなどを組み合わせて滑らかな動きを生み出している

目で語りかける、人を見つめる小型ロボット

アーティスト 藤堂高行氏。視線表現をテーマにして創作を行なっている

 アーティストの藤堂高行氏による「SEER(Simulative Emotional Expression Robot)」は、人の顔を認識して見つめる視線と、表情の表現力を追求した小型ロボット。眼球を仮想の注視点に向けて結ぶコントロールと、軟質弾性ワイヤー製の眉とによって、視線を表現する。

 藤堂高行氏はこれまでにも視線表現をテーマにして各種のロボットを作ってきた。その集大成として作られたロボットだ。なお「seer」には、見る人という意味もある。目は入力装置であるだけではなく、出力装置でもある。

 ロボットの各自由度を直接入力するのではなく、事前に作られた連動関係に対してパラメータを与えることで破綻のない表情を作り出すことができる。眉山の位置は眉の両端の回転を変えることで外側に寄せたり内側に寄せたりすることができる。

 アニマトロニクスロボットとは違って、顔の筋肉の動きを再現するのではなく、眉毛を線として捉えて、両端の回転軸を傾けることでベジェ曲線のようにカーブを描かせる。それによって漫画のように記号的な表現として、立体的な顔の表情を形成している。

 人型ロボットの議論でよく出てくるのが、ロボット工学者の森政弘氏が1970年ごろに提唱した「不気味の谷」現象だ。ロボットを人型に近づけていくと、人に近づくほど評価が高くなるのだが、あるところで逆に差異が際立って気持ち悪くなってしまうというものだ。だがこれは本当に「谷」なのか、と藤堂氏は疑問を投げかけた。

 藤堂氏がヒューマノイドを作ろうと考えた理由の1つは、2009年から2010年ごろに発表され話題になった、産総研の女性型ロボット「HRP-4C」や、大阪大学石黒研の「ジェミノイドF」の目の動きに不気味な印象を持ったことだったと振り返った。

 それらのロボットの動きは、首を動かしたときに一緒に目が振り回されているように見え、目が「なにかを見ている」ような印象を感じなかったことから、逆に強い興味を抱いたのだという。藤堂氏は京都市立芸術大学美術学部総合芸術学科を卒業後、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)に入り、視線をテーマにして作品製作に取り組んでいたからだ。

 AKB48のゆきりんこと柏木由紀さんの大ファンだった藤堂氏が、「全力で彼女をつくる」と題して「ニコニコ学会β」でゆきりんロボットこと「GAZEROID」を発表していた姿はいろいろな意味で、会場と、中継を通じて見ていた視聴者たちに強烈な印象を与えた。

 握手会の最中にじっと相手の目を見つめることでファンの心を掴んできた魅力を再現できないかと考えて、胸のなかにkinectを仕込んで顔を認識、首を傾げても目は空間上の仮想の注視点に対して角度を作って連動することで、相手を見つめている感じを実現しようとした。

 だが2013年の発表時には、怖いというコメントが多かった。また、藤堂氏自身は「見つめている」を実現しようとしたのだが「にらんでいる」というコメントも寄せられた。ただ一方で、硬い素材なので表情筋にあたるものはないにも関わらず、豊かな表情が鑑賞者側に読み取られていることもわかったという。

2013年のニコニコ学会βでの発表時の様子

 当初、「怖い」という印象を与えてしまったのは、眼球運動するときに、まぶたの追従がなかったからだ。上を向いたり下を向いたりするときに、まぶたを一緒に連動させるだけで、人に与える印象は大きく変わる。藤堂氏は実際にデモ動画を示して解説した。

 考え方としては普段のニュートラルな状態なときは、まぶたは脱力していて眼球運動に追従するように動く。つまり上を向くと上に、下を向くと下に動く。一方、相手を睨みつけるようなときにはまぶたに力が入り、能動的に動くのだという。つまり眼球の動きと瞼のあいだに自然な連動関係があれば、目つきがごく自然な印象になる。そこをあまり重視していないと悪くなってしまうというわけだ。

2015年のニコニコ学会βでの発表時の様子。まぶたの動きを追従させて不気味さを解消

 SEERではニュートラルなまぶたの位置を動的に設定して、そこに対してプラス・マイナスすることでまぶたの位置を与えている。また、顔認識については、以前はKinectを使っていたのに対して、今回は小型カメラを使って実装している。カメラの穴は胸部正面。ほかの穴とまぎれていて、目立たないように工夫されている。

「SEER」

 表情に関しては「SEER」でほぼ満足したという。今後はむしろ視線の関係性を、さらに1対多、複数人のあいだへと広げることのほうがおもしろみがあると考えているが、それをロボットで表現するかどうかはわからないとのこと。

 なお動作システムは「GAZEROID」のときから、ほぼ変わっていないそうだ。サイズが等身大ではなく小さく、成型色だけにした理由は「マネタイズを考えたため」とのこと。

 一方、小さいがキャラクターならではの人の心に訴えるものがあるとも思っているという。今後、同じシステムで巨人を作るといったことはやってみてもいいかなと思うと語った。

SEER側面
およそ1m先に注視点を設定し、そこに眼球の動きを合わせている
「SEER」のさまざまな表情
展示会では来場者が眉やまぶたの動きをコントロールできた

構造とかたち、動きのデザイン、模倣と機構の関係

東京大学 生産技術研究所 教授 山中俊治氏

 このあとのトークセッションは、「動きをデザインする」ことの意味の解体を目指して行なわれた。山中氏は最初に、解剖学者の養老孟司氏による、機能と構造は一体のもので1つのものの別な側面に過ぎない、時間軸上で見ると機能で、止まっているものを見ると形なのだという考え方を紹介した。構造と動きは不可分なのではないかと問うた。

 杉原氏は「生き物のように機械が生まれてきたらおもしろいということが根底にあり、できるだけ『3Dプリンタから出てきたかたちそのものが動き出す』ということをしたかったことから、結果的にかたちと動きが一体になった」と述べて、制約が多い3Dプリンタにこだわったことから機構の形状などシンプルなところに近寄る必要があって、結果的にこういうものができるようになったと語った。

 杉原氏の「READYTO CRAWL」シリーズは基本的に単純な回転から動きを生み出している。カム部分になめらかな曲面ががり、そこにボールジョイントがつながっていて、なめらかな動きが生まれている。それが独特な印象へとつながっているのではないかと述べた。

 藤堂氏は以前の展示会で杉原氏の作品を見て惚れ込んで、いろいろ2人で話し込んだという。杉原氏の作品は、いずれも自然物を模倣しているわけではない。だが昆虫や甲殻類を連想させるような動きをする。それがどのような順番で作られたのかと質問した。

 杉原氏はあくまで、どう機構的に滑らかに実現するかがメインであり、基本的に機構ベースで、「この機構を使えばおもしろい動きが作れる」と考えることから作り上げているという。生物っぽいところも、細かい動きを模倣するのではなく、漠然としたイメージ、すなわち「甲羅が重なり合って動くところが見たい」といった漠然と実現したい動きがあり、それを実現することで生まれていると語った。

杉原氏(左)と藤堂氏(右)と、それぞれの作品

 一方、藤堂氏の作品、とくに「ゆきりん」は似せようとしたところからスタートしている。ただしもともとは外装を似せることで作っていくことへのアンチテーゼとして視点の中心制御を考えたものであり、それを特定の人物に寄せてしまったことでコンセプト自体を埋もらせてしまったと反省を述べた。

 今回の「SEER」は、そのため、目力を前に出すアプローチをとった。あくまで、構造ではなく与える印象を近づけることを念頭において、逆算していくアプローチをとっているという。

 杉原氏はSEERを初めてTwitter動画で見たときは、ただ美しいなと思ったと語った。自然に、ロボットの感情みたいなものを感じたという。

 藤堂氏は「世界中から、あまり語彙力がない反応が帰ってくる(笑)」と語り、それを見ると、成功したんだなと思うと述べた。「SEER」は口と鼻はミニマルな表現だし、笑顔を出せない。それでも「かわいい」、「美しい」という印象を与えることができたのは、逆説的にキャラクターデザインに対するアンチテーゼが出せたかなと思うと述べた。

 藤堂氏は「人と人の関係をどうやって機械で再現するかということで視線を扱ってきた」と述べ、「眼球が対象と結ばれている。その連動関係を作ることで視線表現が生まれる。自分とコネクトしてきたという感覚が『生きている』という印象を作り出すのかなと思う」と語った。

 先行研究ではディスプレイ上で漫画のようなキャラクターの顔の表情を提示するようなタイプのロボットもあるが、「これが怒った顔、笑った顔のように言語的に定義することは拒否する。そうではなくて、パラメータの組み合わせであいだをグラデーションで描くことにこだわった」と語った。「印象を言語的に定義すると、逆にそうとしか読まなくなってしまう。それが、グラデーション豊かなものを見落とす要因になってしまう」という。

 また杉原氏はかたちについては「できるだけ無駄がないかたちを取るようにしている」という。無駄というのは「動くために必要がない構造」のことだ。最終的には作りたい動きがあって、そのための最低限の骨格だけを持つものができたら、それが自分のやってみたいことのゴールだと考えているという。

 藤堂氏は、杉原氏のシリーズ作品に対して、少しずつコンセプトは異なるが一連のものとして次々に生み出されていることは素晴らしいとコメントし、いろいろなものを作っていたときの楽しさを思い出すと語った。SEERの場合は完成形のイメージがすでにあり、それを実現するためにずっとパズルを解いていたような感じだったと振り返った。

藤堂氏「SEER」
杉原氏「READY TO CRAWL」

動くことで鑑賞者の主観のなかに立ち現われる生命感

SEERがこちらに視線を送る瞬間に、強烈な生命感を感じてしまう

 トークを聞きながら筆者が思い出していたのは、作家の森博嗣氏が『読書の価値』(NHK出版新書)のなかで書いている話だった。森博嗣氏はそのなかで、作品のゴールは読者の頭のなかだと考えていると述べている。つまり、作家が書くテキスト自体が最終出力なのではなく、それがきっかけとなって読者の頭のなかで描かれるイメージそれ自体がゴールだというわけだ。

 杉原氏の作るロボットの動きにせよ、藤堂氏のSEERの目線にしても、それが「クリーチャーっぽい」だとか、「こちらを見ている」と感じるのは、見ている側の主観でしかない。動きのなかになにかを感じるのはあくまで受け手の側、その主観なのである。その主観をどうやって掻き立てるかという問題なのだ。

 また、山中氏がトークの最初に指摘したように、その刺激は「動き」のなかにしかない。静止した状態では、どれだけ美しく魅力的にディスプレイされたり綺麗に撮影されていても、その魅力は存分には発揮できない。生き物のような動きは動きのなかにしかないし、SEERが一番生命感のようなものを放つのは、「視線」をふっとこちらに向けた瞬間なのである。

 動きは流れる時間のなかにしか存在しない。流れる時間のなか、クリエイターの作品に込められた魅力が鑑賞者の主観のなかに狙いどおりに結実したときに、人はあたかも生物を見たときのようなきらめきを人工物のなかに感じてしまう。それは一瞬だ。長く続くものではない。瞬間である。だが意外性と結びつくことで、実際の生物を見たとき以上の魅力にもなり得る。ここに人工物を動かすことのまだ突き詰められていない意義が隠されているのかもしれない。

会場は満席だった