後藤弘茂のWeekly海外ニュース
バーチャルリアリティ脳ゲームがGPUカンファレンス「GTC」に登場
(2014/4/1 13:42)
GTCカンファレンスに登場した脳ゲーム
下の写真の左の人物は、Oculus Riftで脳の認知性能を拡張する音楽ゲームをプレイしている。写真の右の人物は、ゲームのプレーヤーの脳の活動を、Oculus Riftでリアルタイムにモニタしている。画面の左の映像が、プレーヤーがOculus Riftで見ているゲーム内の映像で、右の映像が観察者がOculus Riftで見ている脳内活動の映像だ。
NVIDIAが主催するGPU技術カンファレンス「GTC(GPU Technology Conference)」のキーノートスピーチで『ゲーム脳』が取り上げられた。と言っても、日本での議論のようなゲームが脳を劣化させるかという議論ではなく、ゲームを使って脳の認知性能を拡張しようという話だ。例えば、認知障害の患者に治療ゲームをプレイさせることで、認知能力を向上させる。そのための脳の解析とビジュアル化に、NVIDIAのGPUを使う。
先週、米サンノゼで開催(3/24~27日)されたGTCでキーノートスピーチを行なったのは認知神経科学(cognitive neuroscience)の研究者のAdam Gazzaley博士(Associate Professor, UCSF)。Gazzaley氏は記憶や認知に関わる神経メカニズムの研究を行なっており、現在は、認知機能を高める特製のゲームの実験を行なっている。Gazzaley氏の最新の成果の1つが、Oculus RiftとNVIDIA GPUを使った冒頭の「Rhythm and the Brain Project」だ。
人間の認知機能を維持して生活の質を高める
Gazzaley氏は人間の寿命が延びている現在、課題となるのは老齢時の生活の質の向上だと指摘。そのためには、年齢とともに低下する認知機能を効果的に拡張するアプローチが必要だと説明した。現在の薬品による治療では、個々の症状や特性に合わせたアプローチができないため、不十分だという。
Gazzaley氏は、認知機能を拡張する手段は色々あるが、脳に働きかけるという点で、TVゲームが有効だと語る。年を取った人向けにカスタム化したゲームを作り、それをプレイさせることで、認知障害を緩和したり、効果的な治療法を見つけるのに役立てようという。
Gazzaley氏によると、効果的な治療に必要なのは「標的化(targeted)」、「個別化(personalized)」、「集学的(multimodal)」、「閉ループ(closed-loop)」だと言う。現在の薬だけの治療では、脳全体に作用するため標的となる患部にだけ作用させることができず、患者に合わせたきめ細かな個別化も難しく、現状では薬以外の他の治療方法との組み合わせの選択肢が少なく集学的ではない。
脳活動のリアルタイム3Dモデル化を行なうGlass Brain
もっとも、病根の標的を把握するための脳の検査機器は発達し「functional magnetic resonance imaging (fMRI/機能的磁気共鳴画像法)」、「electroencephalography (EEG/脳波測定)」、「transcranial magnetic stimulation (TMS/経頭蓋磁気刺激)」などの機器が利用できるようになった。こうしたツールから得られたデータを使い、Gazzaley氏がディレクタを務めるNeuroscape labでは、Unity3Dで脳を3Dモデル化している。被験者1人1人の脳を個別にモデル化している。
この脳の3D可視化プロジェクトは「Glass Brain」で、NVIDIAが協力している。空間分解能の優れたMRIなどによって得られた高解像度のデータから脳の皮質部分の3Dモデルを高精細に構築。また、DTI(Diffusion Tensor Imaging)によって白質の部分の神経繊維を再構成。ここまでを、事前の被験者に対する検査で行なう。しかし、fMRIやTMSなどは装置が大きく、被験者の脳の状態をリアルタイムに計測し続けることには使いにくい。
そこで、Glass Brainでは、リアルタイムの脳の働きは時間分解能に優れた高精度EEG(脳波計)で検出している。脳波の性質上、高精度脳波計を使っても、どうしても空間分解能に限界がある。しかし、脳波は時間分解能は非常に高い。そこで、モデル化の段階では、他の機器によるスキャンで被験者の脳の高解像度のモデルを構築し、そこにEEGのデータを重ねることで、あたかも脳のリアルタイムの活動を、高解像度に検出できているように見せている。
Gazzaley氏によると、こうしたモデル化によって、脳の「可塑性(Plasticity)」が可能になったという。生物の大脳は、各ブロックの機能が決められているのではなく、新しい刺激や経験に対応して機能と構成を動的に変化させることができる。これが可塑性で、脳内を覗くことが可能になったことで、可塑性の仕組みの一端が解き明かされつつある。
Oculus Riftを使うバーチャルリアリティゲームNeuro Drummer
冒頭で紹介したデモは、このGlass Brainに、脳の認知機能を拡張する音楽ゲーム「Neuro Drummer」を組み合わせたものだ。この組み合わせがRhythm and the Brain Projectと呼ばれている。
Neuro Drummerは、Oculus Riftを使ったバーチャルリアリティゲーム。音楽に合わせてバーチャルドラムを叩いて、小惑星などのオブジェクトを破壊する。物理的なコントローラはローランドのシンセドラム「Roland Handsonic HPD-20」で行なう。小惑星を避けて破壊することが、脳のマルチタスク機能を刺激する仕組みとなっている。デモで見せたのは、現役のドラマーによるマスターレベルの設定のプレイだが、一般の老齢者用のレベルも用意されているという。
このデモのポイントは、バーチャルリアリティによって脳に強く働きかけるNeuro Drummerゲームによって認知機能を刺激し、ゲーム中の脳の活動をGlass Brainによってモニタすることで閉ループを作ることにある。ゲームに対するリアクションの脳活動を、バーチャルリアリティで観ることで、脳のどの部分が活性化されて、どの部分に問題があるかなどをチェックできる。それによって、脳の病気の標的化を個別化して行ない、ゲームや薬などさまざまな要素を組み合わせた集学的な治療を効率的に可能にする。
ゲーム自体は単純で、Oculus Riftの視界に小惑星が接近して来たら、それをリズムで破壊する。一方、観測者の方のOculus Riftには、その時のプレーヤーの脳活動が視覚化されて表示される。MRTとDTIによって事前に構成した高精度なプレーヤーの脳のモデルに、プレーヤーが装着している高密度脳波計からのデータを動的に組み合わせる。脳波の周波数の違いは脳に広がる波の色として表され、脳波の大まかな発生箇所が3Dモデル上の脳に示される。脳のブロック間を結ぶ神経繊維の白質は金色のラインで示され、脳の領域間の情報の移動の推測値が、金のラインの輝きで表される。脳の活動が活発化すると、金の輝きが強くなる。
認知機能を高めるゲームを開発
Gazzaley氏はこの他にもゲームを認知機能拡張に使ういくつかの試みを紹介した。1つは、Gazzaley氏の研究室で作った「Neuroracer」。どことなく、サイバーパンクSF小説の『ニューロマンサー(Neuromancer)』を思わせるタイトルのゲームだが、中身は非常に原始的だ。クルマをドライブさせて信号に合わせた行動を起こさせる。クルマの運転と信号の対応がマルチタスクになっている。実験では、70歳代の被験者に週に3回1時間ずつゲームをプレイさせることで脳のマルチタスク機能が20歳代並みにまで回復したという。
さらに、Gazzaley氏はこのアイデアを元に、ゲーム開発会社Akili Interactive Labsを共同設立。モバイル向けの、脳の健康維持ゲームの開発を始めたという。Akiliではモーションセンサーの技術を積極的に取り込むという。
Gazzaley氏はゲームに、Kinectのようなモーションセンサー技術や、Oculus Riftのようなバーチャルリアリティ技術が加わることで、さらに効率的に脳に働きかけることができるようになると言う。
Gazzaley氏によると、ゲームと脳観測を組み合わせたループは非常に有効で、将来的には脳波からのフィードバックでゲームを変化させて、特定の神経プロセスに影響を与えるようにできるだろうという。また、応用分野も、今後10年間で大きく広がり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や自閉症(Autism)、統合失調症(Schizophrenia)などの治療や緩和など幅広く適用できると期待しているという。
このキーノートスピーチでは、NVIDIAは実は脇役だが、GPUによる演算パフォーマンスとビジュアライゼーションの大幅な拡張が、さまざまな研究分野に影響を及ぼしていることを示している。GPUがアカデミアの世界にどんどん浸透していることを象徴するスピーチだ。
グレートフルデッドのドラマーがプレイ
このキーノートスピーチでちょっと面白かったのは、ステージでNeuro Drummerをプレイしたミュージシャンが、西海岸の老舗ロックバンド「グレートフルデッド(Grateful Dead)」の元ドラマーだったMickey Hart氏だったこと。Grateful Deadは日本でこそ知名度が低いが、ヒッピー文化を象徴するバンドで、米国では熱狂的なファン「Deadhead」に根強く支持されている。Hart氏自身、70歳とすでに老齢だが、Glass Brainで見えた脳は活発に活動してるように見えた。
Hart氏はテクノロジーに対して積極的にアプローチしており、2010年にはパルサーなど天体物理学の“音”(=パルスやノイズ)を取り入れた音楽を発表している。また、Grateful Dead自体が、インターネットが大衆化する前の時代に深く関わっている。最初のインターネットコミュニティと言うべきThe Wellは、Grateful Deadのニュースグループを中心に始まった。