後藤弘茂のWeekly海外ニュース

NVIDIA CEOが同社の“CPU戦略”を語る



●ARMアーキテクチャを軸にするNVIDIA

 NVIDIAは、同社の“CPU戦略”を明らかにし始めた。GPUではなくCPU、つまり、GPUに統合するCPUコアのアーキテクチャについての方向性だ。NVIDIAは、9月中旬に米サンノゼで開催した技術カンファレンス「GTC(GPU Technology Conference)」で、ARMコアを包括的に使う戦略を示した。その中には、ハイエンドクラスのGPUにARMコアを統合するビジョンも含まれる。NVIDIAは、ARMコアをモバイルだけでなく、広く活用しようとしている。

Jen-Hsun Huang氏

 NVIDIAのJen-Hsun Huang(ジェンセン・フアン)氏(Co-founder, President and CEO)は、ARMを選んだ理由を次のように説明する。

 「企業としてのNVIDIAのCPU戦略はARMアーキテクチャだ。我々は、すでにモバイル向けSoC(System on a Chip)の「Tegra」にARMコアを搭載している。今後もARMコアで行くだろう。

 我々はARMを選んだ。その理由は、ARMが世界で最も急速に成長しているCPUアーキテクチャだからだ。そして、ARMこそAndroidを初めとする、今日の世界で最も重要なOS群が選んだCPUだからだ。さらに、世界の他のどんなCPUよりも多くのアプリケーション開発者がARMにいるからだ。我々はARMを選んだ。それは、ARMが未来のCPUだからで、過去のCPUではないからだ。

 非常に論理的だと思うが、どうだろう。x86の伸びは緩やかだが、ARMの伸びは急激だ。どっちのカーブがいいかは明白だ」。

 NVIDIAは、ARMコアをモバイル向け製品Tegraファミリに統合。NVIDIAにとっても新市場である携帯デバイスを切り開くために、ARMの波に乗ることにした。モバイル市場へは、Intelもx86ベースのAtomファミリで切り込んでいる。Intelもまた、この市場での急成長を狙っている。しかし、NVIDIAのHuang氏は、今年6月のCOMPUTEX時に、モバイルではARMが有利だと力説した。

 「x86はPCのためのアーキテクチャだ。PCはこの先もずっとx86に留まるだろう。なぜなら、x86以外のアーキテクチャに移る理由がないからだ。全てのx86アプリケーションをPCから(他の命令セットアーキテクチャへ)移すコストは、CPUの価格の利点を超えてしまうだろう。だから、PCアーキテクチャをx86から変更する理由がない。ちょうどメインフレームやミニコンアーキテクチャが、未だに変わらないように。

 その一方で、x86をモバイルにもたらすコストも、また大きすぎる。なぜなら、モバイルには、すでにARMがあるからだ。AppleはARMをどこにでも使っている。我々もARMを広く使っている。Nokiaだって他の何百という企業がそうだ。だから、業界がARMから他の何かに移ろうとしたら、そのコストは決して小さくない。また、ARMで悪い理由は何も見当たらない。

 組み込みCPUでは、他にMIPSアーキテクチャもあるが、ことモバイル市場では、MIPSはx86と同じ立場にある。x86とMIPSとの唯一の違いは、MIPSの方が安いことで、タダで手に入ることすらある。しかし、モバイルでは、ARMがはるかに先行している。

 モバイル産業では、多くのソフトウェア開発者がARMをベースに開発をしている。カリフォルニア州のOS(AndroidやiOS)だけでなく、誰もがARMをベースにしている。ミドルウェア企業、コンサルタント、アウトソーシング企業、モバイル産業ではどこにでもARMのインフラが確立している。

 だから、この市場で、1社がx86で成功を望んだとしても、残りの何億ドルもの産業全体がx86の成功を望んでいない。モバイルにおいては、x86の利点が見当たらず、逆に不利な点が見える。x86へ移行するコストは高い」。

●ハイエンドGPUにもARMコアを載せる

 モバイル向けTegraではARMコアを積極的に採用(Tegra 2は3個のARMコアを搭載する)するNVIDIA。では、ハイパフォーマンスなGPUコンピューティング製品などの場合はどうなのか。ハイエンドGPUへのCPUコアの統合は、どんなビジョンなのか。

 「今すぐに、ではない。ARMは、最も急速に伸びていて、OSとアプリケーション開発者から最も支持されている。とはいえ、いまだARMはコンピューティングの面ではパフォーマンスが低すぎる。我々はそれを考慮しなければならない。

 我々はARMにパフォーマンスを3倍向上してもらう必要がある……おそらく、2~4倍の間というところか。ちょっと(見積もるのが)難しいところだ。いずれにせよ、もし、ARMをサーバーや大きなコンピュータに入れようとするなら、SPECint(整数演算ベンチマーク)での性能を伸ばす必要がある」。

 ARMの現在のコアでは、整数演算パフォーマンスが不足していると指摘するHuang氏。Tegra 2が採用するARM Cortex-A9を基準としていると推測されるが、現在の2から4倍のパフォーマンスが達成できなければ、GPUへの統合はできないと言う。大きな障壁は、パフォーマンスであり、ARMアーキテクチャ自体は問題ではないと見ているようだ。では、ARMのパフォーマンスが今後数年で必要レベルに達するなら、GPUへとARMコアを統合するのか。

Tegraの特徴

 「その通りだ。それから、我々がどの時点で(ARMコアを)必要とするようになるかも考慮しなければならない。64-bit(アドレッシング)も必要だ。

 統合する時期については、5年以内なら疑問はないが、1年以内なら可能性はない。その間のどこかだ……いや、10年以内なら確実(definitely)で、5年以内なら多分(probably)、1年以内は確実にない(definitely not)としておこう」(Huang氏)。

 NVIDIA関係者は、GPU側でドライバソフトウェア(ランタイムコンパイラ)やOSを走らせる可能性を数年前から示唆してきた。ATI Technologiesでも、AMDに統合される前に、同じような可能性を示唆していた。CPUコアを統合すれば、GPUコンピューティングでは、GPUだけでノードを構成できるようになる。また、ARM側も、3-wayスーパースカラで8命令発行のOut-of-Order実行(60命令ウインドウ)の「ARM Cortex-A15」を発表。ARMの方向性とNVIDIAの要求は、リンクしているように見える。

ARM Cortex-A15のパイプライン
PDF版はこちら

●パーソナルコンピュータを再定義するNVIDIA

 GPUへのARMコアの統合は、もちろんGPUコンピューティングとモバイルデバイスの中心に考えての戦略だ。この2つの市場に注力するNVIDIAは、Windows PC産業でのグラフィックス製品の市場を失って行くのではないだろうか。しかし、Huang氏は、それは考え方の違いだと否定する。

 「そう(PC市場を失う)は思わない。私は、TegraがNVIDIAにとって最も急成長している“パーソナルコンピュータ”ビジネスだと考えているからだ。これら(Tegra搭載デバイス)は、全てパーソナルコンピュータだ。だから、GeForce(ビジネス)に、Tegra(ビジネス)が加わることで、(NVIDIAのパーソナルコンピュータビジネスは)成長して行くだろう」。

 Huang氏はパーソナルコンピュータという市場自身が、現在のフォームファクタのPC中心のものから、新しいフォームファクタのデバイスへと移って行くと考えている。その結果、新しい定義のパーソナルコンピュータ市場で、NVIDIAは成長して行くと見ている。今年6月のCOMPUTEXでのインタビューでも、Huang氏はタブレットが世界で最も大きなコンピューティング分野になると予測。将来、“ホームコンピュータ”は、ほとんど全てタブレットに置き換えられてしまうと語った。そのビジョンは、今も明瞭なのだろうか。

 「タブレットとPCの比較をしてみよう。タブレットは、ディスプレイの背後にあるコンピュータだ。それに対してPCはキーボードの下にあるコンピュータだ。PCがキーボードの下に(基板を配置)しなければならない理由は、(チップの)発熱にある。PCは熱いから、ヒートシンクやファン、ヒートパイプなどが必要で、そのために(本体が)厚くなる。

 今後のコンピュータ、これはSoC(System on a Chip:ワンチップコンピュータ)になるが、タブレットのようにディスプレイの裏になる。キーボードの下には何もなくなり、キーボードは単なるプラスチックのピースになってしまう。そうした未来では、タブレットはラップトップPCになる。なぜなら、タブレットにキーボードをつければ、ラップトップになるからだ。家ではタブレットをドックして、大きなディスプレイに表示させれば、(タブレットは)デスクトップになる。メディアプレーヤーにもなる。

 予測をしよう。5年以内に、(記者会見の場に)誰1人としてPCを持って来なくなるだろう。これは、非常に予測が容易だ。3年以内なら、あなた方(記者)のほとんどはPCを持っていないだろう。1年以内なら、何人かは持っていないだろう。だから、5年が、(現在の)PC産業の全ライフとなる。実に危険な時代だ(笑)」(Huang氏)。

●x86バイナリ互換性から抜け出すコンピュータ産業

 タブレットが、モバイルコンピュータとホームコンピュータに置き換わって行くと見るHuang氏のビジョンには揺らぎがない。しかし、PC産業は、長い間、x86命令セットの上で繁栄してきた(例外もあるが)。Huang氏のビジョンは、x86のバイナリ互換性の重要性を否定するものだ。それについて、Huang氏はソフトウェアのモデルが変わったと指摘する。

 「昔々、バイナリ(互換性)は非常に重要だった。なぜなら、新しいソフトウェアは店からボックスで買っていたからだ。そして、そのソフトウェアを、自分のPCの寿命の間、つまり、3から4年使っていたからだ。

 ところが、今日では、アプリケーションは無料だ。無線でダウンロードして、(試してみて)気に入らなければ捨ててしまう。(ソフトウェアの)使い方は(昔と)非常に異なる。そのため、今日、x86のソフトウェア互換性は全然重要ではない。なぜなら、アプリケーションはアプレットとなり、いつでも(ダウンロードで)手に入るようになったからだ。

 レガシーアプリケーションは、サーバールームでしか重要ではない。コンシューマに取っては、もはやレガシーは重要ではない。例えば、現在、最も急速に成長しているパーソナルコンピュータはApple(iPad)だが、(Macintoshの)レガシーアプリケーションは全く走らない。非常に面白い時代だ。世界は変わった」。

 ソフトウェアがx86に依存しなくなり、非PCへと広がって行き、その結果、パーソナルコンピュータが変わる。このビジョンは、目新しいものではない。それどころか、x86の上で栄えてきたMicrosoft自身が、10年も前に全く同じビジョンを発表している。当初、NGWSと呼ばれていたMicrosoft.NETのビジョンは、ランタイムソフトウェア(JITコンパイラ)「CLR(Common Language Runtime)」ベースへと移行し、Windows(ライブラリ)をランタイムの上に再構築しようというものだった。

 .NETではハードウェアを隠蔽することで、同じコードが、あらゆるデバイスで走るようにする。それによって、既存PCだけでなく、携帯機器も含めたあらゆるデバイスへとMicrosoftの“.NETプラットフォーム”が広がる。Microsoftのこのビジョンは、大幅に実現が遅れてしまっているが、じわじわと進んでいる。NVIDIAは、Microsoftがどう動くと見ているのだろう。

 「Windowsについては、未来を知ることはできないが、MicrosoftがARMをライセンスしていることは注目すべきだ。これは論理的だ。なぜなら、Microsoftはソフトウェア企業だからだ。そして、将来最も大きなソフトウェアワールドになるのは、ARMだ。

 信じられないかな? x86はここ(PCの世界)だけ、ARMはこっち(非PCの世界)だ。Microsoftは、今は、ここ(非PC)では活躍しておらず、こっち(PC)でプレイしている。それが現状だ。だから、(ARMが)急速に伸びるなら、そこに投資するのは論理的な判断だ。最もスマートな企業はARMに投資をするだろう、x86ではなく」。

 Microsoftは、もちろんARMワールドにも.NETのフレームワークを移植している。そして、NVIDIAは、Microsoft自身が発売したARMベース製品である「Zune HD」にTegraを提供している。Microsoftの脱x86の動きでは、NVIDIAもパートナーを務めてきたことになる。NVIDIAは、Microsoftを含めたソフトウェア産業が、x86依存から抜け出しつつあると見ている。その波に乗ることが、NVIDIAのCPU戦略だ。