元麻布春男の週刊PCホットライン

日立がHDD事業をWestern Digitalへ売却した背景



 日立製作所は3月7日、100%子会社である日立グローバルストレージテクノロジーズ(HGST)を、Western Digitalへ売却すると発表した。売却額は約43億ドルで、35億ドルの現金とWestern Ditigalの株式2,500万株(7億5,000万ドル相当)で支払われる。また、この株式取得により日立はWestern Digitalの株式10%を保有する筆頭株主となり、2名の役員を派遣する。

 ここ数年、日立にとってHDD事業(HGST)は、薄型TVと並んで赤字を生み出す悩みのタネとなっていた。HGSTは、2010年第4四半期にようやく短期黒字に到達したものの、市況により業績が大幅に上下するこの事業をもてあましているのは明らかだった。そういう意味では今回の売却は、それほど驚くことではないと言えるのかもしれない。

【図1】2010年4月の説明会資料より

 同様に、その売却先が同業大手のWestern Digitalになったことについても、それほど大きな驚きはない。図1は、昨年(2010年)4月に開かれたHDD事業説明会で使われたプレゼンテーションから抜粋したもので、HGSTと競合他社について比べた資料だ。下半分を占める各社の事業領域を比べた図の右端に、HGST、Seagate、Western Digitalの3社について、垂直統合ビジネスモデルと書かれている。これはこの3社が、HDDの基幹部品であるヘッドやディスクプラッタについて、しかるべき量を内製していることを意味している(ただし、いずれのメーカーも全量ではない)。

 つまり、HDD基幹部品を内製するHGSTが抱える、ヘッドやプラッタの開発や製造を行なう部門は、垂直統合モデルを採用するSeagateやWestern Digital以外の、Samsungや東芝には不要な部門である。実際、富士通がHDD事業を東芝に売却した時、富士通はプラッタ関連の事業を東芝ではなく昭和電工に売却している。東芝にプラッタ事業を引き受ける気がなかった、ということが理由ではないかと思われる。

 日立としては、社員の雇用を守るという意味でも、HGSTを細切れに売却するのではなく、一括して引き受けてくれるところを探したであろうし、そうなると引き受け手はSeagateかWestern Digitalのどちらかしかなかった。図1の上の円グラフを見ると、HGSTのシェアが東芝とくっつけば、30%前後のシェアを持つHDDメーカーが3つになり、バランスが良かったのにとか、日立と東芝が1つになって日の丸HDDメーカーが3強の一角を占めることができたのに、といったことを考えがちだが、そうなる可能性はほとんどなかったのではないかと思う。

 さて、Western DigitalによるHGSTの買収が成立するには、規制当局の許可が必要になるが、おそらく許可されないということはないだろう。買収後の市場シェアだが、Western Digitalの30.8%に、HGSTの15.6%が足し算されて、46.4%のシェアになることはまずない。これは、Western Digitalの経営陣や営業に問題があるのではなく、汎用部品の市場シェアというのはそういうものなのである。

 大手PCベンダーの多くは、供給を受ける電子部品の多くを複数のソースから調達する。それは、複数のソースを競わせることで、価格交渉を有利に進める狙いと、複数のソースから供給を受けることで、万が一不具合が発生した場合に、全部が影響を受けることを避けるためだ。1月末に発表されたIntelチップセットのリコールは、単一ソースに依存することの危険性を改めてアピールする格好になった。

 汎用品であるHDDの場合、Western DigitalとHGST、あるいはSeagateとHGSTのように、複数のソースから調達することが可能だ。上位企業による寡占化が進んでいるから、Western DigitalとHGSTから供給を受けていたPCベンダーは少なくなかったハズだ。この場合、Western DigitalとHGSTが一緒になると、供給元が1つになってしまうから、Western DigitalとSeagateから調達する、という形に切り替わっていく。

 そうしたこともあり、買収後のWestern Digitalの市場シェアは、2社の合計を下回ることになるだろう。そして、失ったシェアの多くはSeagateに流れることになるだろう。が、それでもこの図1でシェアトップのSeagate(2010年ではすでに2位になったというデータもあるようだが)を上回るHDD市場シェアトップ企業が誕生するのは間違いない。

 元々、半導体メーカーだったWestern DigitalがHDDメーカーになったきっかけは、HDD専業メーカーであったTandonを買収したことに始まる。Tandonは、PC向けの小容量HDDを主力にしていたメーカーで、はっきり言うとブランド的には二流だった。それが着実に力をつけ、旧IBMと日立製作所というメインフレーマーのHDD事業(HDDにおける一流ブランド)を買収するまでになったのだから、感慨深いものがある。

 日立やIBMに限らず、昔は一流のシステムベンダーは、HDDを内製しているのが当たり前だった。富士通、NEC、CDC、HP、DECなど、みなHDDを製造していた。今やHDDは専業メーカーの時代となり、システムメーカーを加えても、HDDメーカーは事実上4社(念のために書けば、Seagate、Western Digital、東芝、Samsung)に絞られた。おそらくHDD事業に新規参入する企業は現れないだろうことを考えると、4社からさらに絞られることはあっても、増えることはもうないだろう。こうしたことを考えると、HDD市場から“Hitachi”ブランドが消えたことが、一層感慨深く感じられるのである。