大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「ダイナブック株式会社」誕生の可能性も? シャープ傘下での東芝PC事業の行方

CEATEC JAPAN 2018のシャープブースに展示されたdynabook

 「ずっと使い続けているんですよ。ぜひ、これからも継続して、製品を作り続けてくださいね」――。

 2018年10月16日、千葉県幕張の幕張メッセで開催された「CEATEC JAPAN 2018」のシャープブースで、こんな声が聞こえてきた。

 シャープ株式会社は、東芝ブランドのPC事業を行なう東芝クライアントソリューション(TCS)を、10月1日付けで子会社化。

 それから約半月が経過したタイミングで、CEATEC JAPAN 2018のシャープブースに、「dynabook」を展示してみせた。目玉展示となる8K TVの近くにdynabookコーナーが置かれ、展示台越しには「SHARP」のロゴが見える。

 展示されていたのは、東芝ブランドのdynabook。声をかけられた説明員は、「はい、これからもがんばって作り続けます」と笑顔で答えていた。

過去にも大きな功績を残した東芝のPC事業

 シャープは、2018年10月1日付けで、東芝グループでPC事業を行なっていた東芝クライアントソリューション(TCS)の80.1%の株式を、40億500万円で取得し、子会社化した。

 東芝のPCは、日本のPCの歴史に大きな影響を与え続けてきた。いや、それどころか、世界のPCメーカーの勢力図にも大きな影響を与えた存在だった。

 東芝のPC事業の発端は、1981年に発売した8ビットパソコン「パソピア」シリーズが始まりだが、東芝製PCの存在を世界に知らしめたのは、1985年に発売したポータブルPC「T1100」だ。

 T1100は、日本に先駆けて、欧米市場で先行して発売し、ポータブルPC市場を開拓。その後も、世界のノートPC市場をリードし続けた。その実績は、13年連続での世界ノートPCトップシェアを維持したことからも裏付けられるだろう。

 日本では、1986年に「J-3100」を投入。これも日本市場に大きな影響を与えた。当時は、NECの「PC-9800」シリーズが独壇場だったが、IBM・PC互換機であったJ-3100は、その後の日本におけるDOS/V普及へとつながる、「98の牙城」に最初に風穴を開けた製品でもあったからだ。

 東芝がdynabookブランドのPCを初めて投入したのは、1989年に発売した「J-3100SS」だ。より軽量化されたdynabookの投入は、PC-9800の足下を揺るがそうとした。

 危機感を持った当時のNEC幹部は、対抗機の開発を指示。わずか3カ月半で「98NOTE」を市場投入してみせた。dynabookのインパクトの大きさを物語るエピソードだ。

 ちなみにdynabookのブランドは、パーソナルコンピュータの父と呼ばれるアラン・ケイ氏が提唱した理想のコンピュータである「Dynabook」にちなんだものであり、東芝はこれをブランド名に採用したのだった。

 その後、東芝は、1996年に小型ノートPC「Libretto」を投入。昨今では、TECRAやSatellite、Qosmio、KIRAといった製品群を投入し、東芝ならではの技術力を活かした製品を作り続けてきた。

 2010年度には、年間約2,500万台の出荷計画を打ち出すなど、世界のPCメーカーと伍して戦う、日本最大のPCメーカーの座を維持し続けてきた。

赤字の東芝PC事業へのカンフル剤

 だが、東芝のPC事業は、東芝の屋台骨を揺るがした不正会計処理問題の舞台となったことなどが影響して、事業規模を縮小。一時は、富士通やVAIOとの統合を模索した時期もあったが、それも頓挫した。

 2017年度実績では、180万台にまで規模を縮小。また2016年度には約5億円の赤字、2017年度には96億円の赤字を計上し、自立再生が限界に達していたとも言える。

 鴻海グループによって再生を果たしたシャープによる買収は、低迷した東芝のPC事業を生き返らせるカンフル剤になる。

シャープ 石田佳久 取締役副社長執行役員

 2018年10月1日以降、dynabook事業を役員として統括しているのは、シャープの石田佳久 取締役副社長執行役員だ。

 AIoT戦略推進室長と欧州代表の役割を担っているが、「ここ数カ月は、dynabookばかりに関わっている」(石田副社長)と笑う。

 石田副社長は、もともとソニーでVAIO事業を統括してきた経緯がある。

 「すでに、TCSの中に入って、商品やオペレーションに関するコストダウン活動を開始している。これは、シャープが数年前にやってきたのと同じことを、もう一度TCSで行なっている」とし、「コストダウン活動によって、ブレイクイーブン以上の業績は残せると考えている」と自信を見せる。

 だが、今後、成長戦略を描くとすれば、コストダウンだけでは済まない。

 「コストダウンだけでは、赤字の解消はできても、今後の成長にはつながらない。売上をどう伸ばしていくのか、新たな付加価値をどう乗せていけるかというところにかかってくる。現在、それを議論している」とする。

 そして、「TCSが持っているシェアは全世界でわずか1%。この市場において、シェアや出荷台数を増やすことは難しくない」と、成長戦略に意欲をみせる。戴会長兼社長も、「私は、10月12日に東京の豊洲にある本社を視察し、中期的な経営戦略や今期の計画、足元の業績等について経営幹部と議論した。そこでは、2018年度下期中に構造改革を必ずやり遂げ黒字化を達成するとともに、将来に向けた布石を打ち、2019年度からは成長軌道へと転換していくことを確認し合った」とする。

 とくに石田副社長が力を注いでいるのが、「両社の技術を融合した新たなビジネスの創出」、「TCSが持つ商材とシャープ独自のデバイスの融合による特長商材の創出により、グローバルに事業を拡大すること」といった、シャープとのシナジー効果の創出だ。

 ここでは、「シャープが持っている液晶やデバイス、センサー、カメラモジュールなどの部品をPCの製品化に活かすだけでなく、8Kや5G、AIoTといったシャープが持つ技術と連動させた、新たな商材の創出にもつなげたい。新たな商品ラインアップ拡大、販売地域拡大、チャネルの拡大などに取り組む」と意気込む。

 一方で、戴会長兼社長は、「TCSの新たな経営方針において、要になるのが、“One SHARP”である」とし、「ここには2つの意味があり、1つは、全社の経営資源を有効活用し、経営効率の向上を図ること。この方針に沿って、両社が国内外に保有する複数の営業・サービス拠点の統合について検討を開始した。同時に、経営管理手法やITシステムなどの経営インフラの統一、さらには成果を上げた社員に充分に報いる信賞必罰の人事制度の導入などにも着手している。

 もう1つは、事業間の連携強化によりシナジーを最大化し、事業を拡大すること。これらの取り組みを通じて早期黒字化を達成し、近い将来、ダイナブックを再びグローバルトップブランドの座に返り咲かせたい」とする。

今後のブランド戦略

 1つ気になるのは、今後のブランド戦略である。

 関係者によると、TCS買収のなかには、数年間に渡って、東芝のロゴを使いながら、PCビジネスが行なえる条件が含まれているという。今後も継続的に、東芝ブランドのdynabookをシャープが投入することができるというわけだ。

 つまり、ブランド戦略は複数の道筋がある。「東芝」のdynabookのままでいくこともできるし、「シャープ」のdynabookを投入することもできる。そしてもちろん、それ以外の選択肢もある。

 そのあたりは、現時点では、シャープはあまり明確にはしていない。しかし、これまでの発言をもとに、いくつかの推測が成り立つのも確かだ。

 シャープの石田副社長は、2018年10月15日に行なわれたCEATEC JAPAN 2018の同社ブースに関するプレスブリーフィングにおいて、記者の質問に答えるかたちで、次のようにコメントした。

 「現在、国内ではdynabookのブランドで展開しているものの、海外では、TECRA、Portege、Satelliteといったブランドを使用している。今後は、できるだけdynabookを前面に出したかたちで事業展開を行なっていく」

 つまり、石田副社長の発言からは、dynabookというブランドを中心に、製品づくりやマーケティング活動をしていくという意思が感じられる。

 この発言をもとに、関係者への取材などを通じてわかったのは、シャープでは、東芝ブランドも、シャープブランドも付けずに、dynabookブランドだけを付けて事業展開しようと考えているということだ。

 国内ではdynabookブランドを継続的に使用する一方、海外でも新たにdynabookブランドをつけた製品を投入して、PC事業を展開することを視野に入れているようだ。

 これまでは、欧米市場における商標の問題もあったようだが、その点も解決の道筋を探っているようである。

 一方で、シャープの戴正呉会長兼社長は、「シャープの管理力とdynabookの技術力を融合することで、1~2年で黒字化を果たす」と宣言するとともに、「TCSは独立性を維持していくことになる。そして、将来はIPOの可能性もある」との姿勢を示す。

東芝という社名をどうするか

シャープ 戴正呉 会長兼社長

 シャープ傘下ではありながらも、独立した企業として上場を目指すのであれば、当然、東芝クライアントソリューションという東芝の冠をつけた社名ではなくなるだろう。そのさいには社名変更しなくてはならない。

 では、想定される社名は何か。当然のことながら、「ダイナブック株式会社」という社名が、一番に推測される。

 ダイナブック株式会社は、あくまでも推測にすぎないが、これが実現すれば、かたちは違うものの、VAIO株式会社に続いて2社目となる、PCのビッグブランドを社名に冠した企業が誕生することになる。

 現時点でのシャープ幹部の発言を集めると、こんな方向性も感じられるのは明らかだ。

 シャープの石田副社長は、「シャープが、PC事業をどう育てるか、あるいはPCを使って、シャープ全体の事業をどう拡大するのかといったことについて、近いうちに別途会見を行ないたい」とする。それを裏付けるように、シャープの戴会長兼社長は、10月30日に社員にあてたメッセージのなかで、「具体的な経営方針については、11月下旬に開催予定の記者会見の場で、TCSの覚道清文社長から発表してもらう」としている。

 「dynabookを前面に打ち出す」と語るシャープのPC事業がどうなるのか。まもなくベールを脱ぐことになる。