山田祥平のRe:config.sys

ISPとしてのMVNOがやって良いこと悪いこと

 プラスワン・マーケティングがMVNO事業の「FREETEL SIM」で、メッセージング系アプリのデータ通信量を0円にするサービスを開始した。どんなにLINEでメッセージをやりとりしても、パケット料金がかからないというこのサービスだが、本当に手放しで歓迎すべき内容なのだろうか。

メッセージングがタダでできる

 FREETELが新たに提供するサービスの対象アプリは、現時点でLINE、WeChat、WhatsAppの3種類だ。日本で恩恵を受けるのは、圧倒的にLINEユーザーということになるだろう。同社によれば、画像のやりとりなどが多く、1GB/月を使う人も少なくないらしい。そのパケット料金が0円になるというのは大きい。ただし、非課金通信の対象となるのは、LINEの場合、LINEトークのコミュニケーションのうち、テキストメッセージ、画像、スタンプだけだ。音声については対象外となる。発表即日からこのサービスが開始され、同社が提供する全種類のSIMについて適用される。

 同社によれば「本サービスは、プラスワン・マーケティング株式会社が独自に提供するものであり、各メッセンジャーアプリケーションを提供する事業者との協業サービスではありません」としている。例えば、Amazonと協業して、プライムの会員向けに、そのサービスのパケット課金をゼロにするといった形態のサービスではないという。同社増田薫社長の話では、そういうアイディアもあるなら検討したいと前向きの姿勢を見せていたが、少なくとも現時点では、いわば勝手割り引きだ。

 このサービスを実現するためには、やりとりされている通信内容を調べて、通過するパケットのデータを吟味する必要がある。同社は以前から、iPhoneユーザー向けのサービスとして、AppStoreダウンロード時のパケット料金が無料になるSIMを提供していたが、今回のサービスはその延長線上にあるものだと言える。そのサービス開始時にも多少の懸念を感じてはいたのだが、今回、その範囲が一気に拡大した。

 通過するパケットのデータを調べることを、ディープ・パケット・インスペクションの頭文字をとってDPIと呼ぶが、同社ではこの手法でパケット課金の有無を決めているという。今回のサービスでは、LINEサービスとのやりとりに使われるパケットから、テキストと画像、そしてスタンプについてのパケットを選別し、それをカウント対象外とするような処理が必要だ。

 ネットワークについての技術的な話題に必ず出てくるのが、ISOとITU-Tによって策定されたコンピュータネットワーク標準のOSI参照モデルだ。通信の機能を第1層の物理層から第7層のアプリケーション層までに分割するが、一般的なDPIが第3層程度までの検査をするのに対して、LINEサービスのテキストと画像、スタンプのみを課金から除外といったことをしようと思うと、7層までそっくり調べる必要があるかもしれない。

 同社ではありえないと否定するが、この利用状況の情報は、たとえ匿名であっても、なんらかのかたちでマネタイズできるほどの価値を生み出す可能性もある。

無料の魅力

 コンテンツプロバイダとネットワークサービスプロバイダとしてのMVNOが協業し、各種のサービスを提供しようとすると、ネットワークの中立性が議論されることがある。特定のコンテンツプロバイダに有利になることをネットワークサービスプロバイダが実践してしまうことで、著しくほかのコンテンツプロバイダが不利になってしまうという可能性を踏まえた理屈だ。

 その一方で、Googleが、ユーザーが受信したメールや予定情報を検索し、Google Nowにフライトの予定やホテルへのチェックイン情報や次の予定への移動についての情報を表示するのを気持ちが悪いと感じる方が少なくないと聞く。ぼく自身を含めてそういうことを気にしないユーザーは、便利さを素直に受け取るが、便利さ以上に覗き見されている印象が強いのだろう。

 今回の同社のサービスは「便利」を通りこして「無料」なのだから歓迎感は強そうだが、やはり手放しに喜んでいてはいけないと思う。JR東日本がSuicaの利用情報を社外に販売開始しようとしたときに個人情報保護の点でケチがつき、販売中止になってしまったケースを思い出してしまう。現在は、自分のSuica番号を申請することで自分のデータを販売対象から除外できるようになっているように、今回のサービスもオプトイン、アウトをユーザーが自分で決められるようになっていれば、余計な心配がなかったのではないだろうか。

自分の通信を把握されるということ

 現在のMVNOは、ISPを兼ねている。ISPはユーザーとユーザーの間に立って、透明な存在であるのが理想だ。そこにいるのに、そこには何もないというのがいい。

 その昔、P2Pファイル共有トラフィックが、ネットワーク帯域を占有することが問題になったときに、プロバイダは二分された。往来するパケットのプロトコルを調べ、P2Pについてのみを規制対象にしたところと、ISPは透明であるべきを御旗にこの規制をしなかったところだ。

 たとえば、2003年のニュースを振り返ると、ぷららネットワークスのプロトコル規制IIJの15GB/日送信制限といったものが見つかる。

 また、最近では、OCNが「インターネットを快適にご利用いただくための取り組み(2016年6月1日開始予定) として、ネットワーク輻輳が発生した場合に、通信量が特に多いユーザーの通信速度を制御するといった発表あった。

 通信内容に関わらず平等に制限を受けるのと、特定の通信を規制されるのとでは、おそらくは後者の方が多くのユーザーが恩恵を得るに違いない。ただ、個人的には前者を支持したいと思う。今回のOCNのケースでは流れるパケットのプロトコルは無関係だ。しかも、オマケとして、これまであった30GB/日までの送信制限を撤廃することも宣言されている。クラウドの浸透で、上り下りのトラフィックの区分けが以前とは雰囲気的に変わってきている今、これは素直にうらやましい。

 FREETELの今回のサービス開始は、刹那的に見ればとても嬉しいサービスだと受け入れられるだろう。そして、多くのユーザーが恩恵を被る。増田社長も、ニーズに合ったサービスを提供するために、第二弾、第三弾と拡充していきたいとしている。

 それをユーザーがどのように受け止めるのか。そのムードには注目しておかなければなるまい。通信内容によってサービス料金が左右されるということは、いつでもサービス遮断ができるし、その準備があるということだ。そのリスク面をユーザーは真摯に受け止める必要がある。

(山田 祥平)