山田祥平のRe:config.sys

Officeがタダになって嬉しいのは誰か

 本当はOfficeなんていらないということに誰も気が付かないうちに……。もはやそう思っているとしか思えない。MicrosoftのOfficeに関するこのところの積極的な展開は、新生Microsoftの方向性を雄弁に語っている。

Office 365 Personalの衝撃

 Microsoftが、Office 365 Personalを発表した。1年間のサブスクリプション制で、年額69.99ドルまたは月額6.99ドルという価格になっている。これまでは、学生向けのプランを除けば、Office 365 Home Premiumが最安で、月額9.99ドル、または年額99.99ドルだった。なお、この新プランの誕生に伴い、Office 365 Home PremiumはOffice 365 Homeという名前に変わる。

 この価格なら利用してもいいと思うユーザーも多いだろう。ただし、PCまたはMac 1台でのみでしか利用できないので、5台までインストールができるOffice 365 Homeが、魅力だと思うユーザーも多いはずだ。たった3ドル違うだけで、ずいぶんできることに違いがある。むしろ、高いプランに誘導するための安いプランと言ってもいい。

 ただし、この新しいプラン体系は日本では利用することができない。日本はOfficeのプリインストール率が高い特異な国だということもあるが、米国におけるHomeおよびPersonalプランが仕事に使うことができない契約になっている点にも注意が必要だ。つまり、会社のメールの転送が許されていたとしても、その読み書きをOutlookではできないし、Wordで報告書も書けない。ちょっとしたきっかけで浮かんだメモをOneNoteで書き留めることもできなければ、交通費の精算のために利用した交通機関とその料金をExcelの表にしてもいけないのだ。もちろん、客先に移動する途中で、プレゼン資料に修正を加えるなんてもってのほかだ。

 これらのプランを利用している米国人が、本当にその契約内容を理解し、厳密に守っているかどうかは知る由もないが、とにかく契約上は仕事に使ってはいけないOfficeなのだ。

 仮に仕事にOfficeを使えるプランを選ぼうとすると、価格は月額12.5ドル、または年額150ドルのSmall Buisiness Premiumを選ぶ必要がある。このプランについては、日本でも提供されていて、その価格は、月額1,030円、年額12,360円となっている。価格設定当時の為替の影響なのだろう、米国プランより割安な印象さえある。

クロスプラットフォームに熱心なMicrosoft

 Windows用デスクトップアプリ以外のOfficeにも注目しておこう。Microsoftは、3月末にOffice for iPadを無償公開したが、こちらはOfficeファイルの閲覧だけが可能で、編集を可能にするためにはOffice 365のサブスクリプションが必要になる。もちろん、新たに発表されたOffice 365 Personalでも構わない。言うなれば、今回の新プラン追加は、Office for iPadのユーザーに向けた特別プランだということもできそうだ。ただし、日本のアップルアカウントではダウンロードができない。日本向けには提供されないiOSアプリなのだ。

 さらに先日、Microsoftは、Google Chrome向けのOfficeアプリを無償公開した。こちらはアプリといっても、Office Onlineで提供されるWebアプリとしてのOfficeアプリのランチャーにすぎないとも言え、フルスペックのデスクトップ版Officeアプリとはできることは異なる。ただ、競争力のあるプラットフォームの1つと言ってもいいChrome向けにOfficeを展開する方法を用意した点には注目しておく必要があるだろう。これは、勢いを増してきているChromebookで使ってもらおうという思惑もありそうだ。

 また、すでにAndroidやiPhone向けにもOffice Mobileが提供されている。現時点でないものというと、Windows 8のモダンUIに最適化されたOfficeアプリなのだが、すでにOneNoteは用意されているし、さらに、今後、タッチファーストの没入型UIを持つOfficeがリリースされることが、PowerPointのデモンストレーションの披露で明らかになった。

 こうして、Officeを使える環境はどんどん増えている。むしろ、Microsoftのホームプラットフォームに遅れを感じるくらいでもある。世間的にはMicrosoftのプラットフォームではあって当たり前、むしろ、他のプラットフォームに積極的になっている様子をアピールする方が、クロスプラットフォーム感が強くなるという戦略かもしれない。

日本のプリインストール傾向と、そのサブスクリプション化

 日本がOfficeのプリインストール率の高い国であることはすでに書いた通りだ。そのビジネスを維持するために、Office 365については、グローバルに対して、ちょっと異なるスタンスをとっているのが日本マイクロソフトの戦略だ。

 Officeは、プリインストールで購入する方が、パッケージを買うよりもずっと安い。それに、あって邪魔になるものではないし、何かの時に便利だろうと思うユーザーも多いはずだ。特に、年配の方はそう感じているケースが多いだろう。だから使う人も使わない人もOfficeに対してカネを払うのだ。日本マイクロソフトは、この戦略を再構築し、今後、欧米のようなサブスクリプション制に誘導しようとしているのかどうか。

 実は、Microsoftの本社は、日本においてプリインストールのビジネスモデルが成功していることを評価し、ユーザーの多様化に対応するための、それに代わる形態として、より柔軟な対応ができるサブスクリプション制を推進しようとしているのではないかという考え方もできる。

 PCベンダーに対して、プリインストールPCを用意してもらえるように営業攻勢をかけていくよりも、一定期間Office 365を無償提供し、その次にどうするのかを選ばせた方が結果として儲かるビジネスができるという試算が成立しているのではないか。

 事実、先日のBuildカンファレンスでは、9型以下の画面を持つデバイスに対してWindowsを無料にする施策が発表されたが、それに伴ってOffice 365を1年間無料で添付するという施策も発表されている。これによって、ベンダーが全ての製品にOffice 365を設定できるようになれば、ユーザーは購入後、自分に必要なプランを選択することができる。

 プリインストール率の高い日本に合わせて、各国でもそのための営業に力を入れることよりも、世界中のWindows PC全部にOffice 365という施策を実現する方が容易だ。そして、その営業先は、PCベンダーではなく個人なのだ。だからこそ、Windowsプラットフォーム以外でのOfficeの露出を上げる必要がある。Officeが生産的なツールである以上、他のプラットフォームでOfficeを使ったら、より生産性を高めることができるWindows PCが欲しいと思うに決まっているからだ。かつて、メーカー製のWindows PCには、山のようなアプリの試用版が入っていて、本当に幕の内弁当状態だった。実は、それらのソフトウェアベンダーは、プリインストールしてカネを得るのではなく、プリインストールしてもらうためにカネを支払っていたところも少なくない。つまるところは、広告出稿に近い状態だったのだ。

 Office 365のプリインストールが無償ならPCベンダーは協力するだろう。もしかしたらプリインストールすることで、これまでとは逆に、Microsoftからカネを得ることができるかもしれない。それは各社にとっても悪くはない話だ。

サブスクリプションで得をするのは結局Microsoft

 Office365は便利だ。特に、こういう商売をしていると、評価のために各社のPCをとっかえひっかえすることになる。その度にOfficeもテストするわけだが、ベンダーから貸し出されるPCにOfficeが必ず入っているわけではない。でも、5台の枠内とはいえ、PCごとにアプリの無効化、有効化が簡単にできるので、どんどんインストールして評価を進めることができる。使い終わったらWebでそのPCのOfficeを無効化し、Windowsを工場出荷状態に戻せばそれでいい。

 Office 365では、インストール時に、常に最新のOfficeがダウンロードされてインストールされるので、インストール後に大量のパッチを適用する必要もない。本当にラクチンで、こんなことならWindowsもそうしてほしいと思うくらいだ。

 エンドユーザーは、最新のOfficeを使うようになり、バージョンの断片化も抑止できる。誰もが同じバージョンを使える、というより、最新のバージョンしか使えないと言ってもいい。この4月、Windows XPと一緒に、Office 2003のサポートも終了したが、この方式のサブスクリプション制であれば10年以上にも渡って同じバージョンのアプリを使い続けられることも抑止できるだろう。

 その一方で、Windows 8.1 Updateは、適用しなければ、今後、Windowsの更新が受けられないことなどもアナウンスされている。ここにも断片化防止の意図が感じられるのだ。

 そして、最終的にはMicrosoftが得をする。デバイス&サービスカンパニーとしてのMicrosoftは、アプリとOSそのものまでもサービス化するための方法を模索しているのではないか。企業は放っておいてもOfficeをボリュームライセンスで買ってくれる。Microsoftが気にしなければならないのは今、コンシューマーなのだ。新CEOのスローガンは、「Mobile first、Cloud first」ではあるが、そこにはBYODを見据えた「Cosumer first」という考え方が背景にあるんじゃないだろうか。

(山田 祥平)