山田祥平のRe:config.sys

【特別編】Nexus 7でわかるGoogleのマルチデバイス戦略




 「Nexus 7」は、Googleが世に問うタブレットカテゴリのリファレンス、Pure Googleデバイスだ。Jelly Bean、すなわち最新のAndroid 4.1を搭載した7型スクリーンのタブレットで、ASUSとの協業によってハードウェアが提供される。今回は、その背景について考えてみることにしよう。

●7型スクリーンのサイズ感

 Nexus 7は、7型スクリーンというサイズ感から、Kindle Fireに真っ向から立ち向かうデバイスだとされることが多いようだ。その価格も199ドルとKindle Fireのそれと同じに設定されている。出荷時のホームスクリーンも、音楽やビデオ、雑誌や書籍といったものへのアクセスを誘うウィジェットで埋め尽くされ、まさに、コンテンツ消費用のデバイスに仕上がっている。

 この手の端末につきもののカメラも、前面カメラはあるが背面カメラは搭載されていない。前面カメラは顔認識でロックを解くフェイスアンロックのためなのだろう。Jelly Beanでは、ロック解除のためにまばたきを必須にするオプションや、メガネをかけた顔、かけない顔、明るい場所、暗い場所など、複数の顔を記憶させることができるようになっている。

 そして、さらにいうなら、3GやLTEといったWAN接続機能も持たず、通信はWi-Fiに限定される。もちろん通話もできない。

 それでも、この7型スクリーンというサイズ感は手に馴染む。背面はエンボスっぽいテクスチャを持つ摩擦係数の高い樹脂で覆われ、つかんだ手が滑りにくいようになっているのも功を奏している。落としやしないかとひやひやすることはなく、手でつかんでいて、なんとなく安心感がある。傷つけてしまう気がしないというラフさは悪くない。お気に入りのケースをあてがったり、ポーチに入れて持ち歩くといったことではなく、むき出しで使おうという気になるアメリカンな雰囲気だ。

 重さは340gと、特に軽いわけでもなく重いわけでもない。見かけから期待できるそのまんまの重量だ。ハードウェア自体から受ける印象は精密機器というよりも日用品といったところだろうか。ちょうど、スマートフォンを覆うリアカバーが最初からついているというイメージだ。だから、この製品はハダカで使うのが似合っていると個人的には思う。

●どの電話より大きく、どのタブレットよりも小さい

 それにしても、Googleは、なぜ、このデバイスにWANアクセスの機能を持たせなかったのか。もちろん、コストのこともあるだろう。それに、少し、キャリアとの距離を置くことで、Googleがやりたいことをやりたいようにするという思惑もあるかもしれない。

 少なくともいえるのは、このデバイスのオーナーは、必ず、スマートフォンを別に持っているということだ。もちろんPCだって所有しているに違いない。

 10型前後のスクリーンを持つデバイスを持ち歩いて使うには、ある種の覚悟が必要だ。NECや東芝のデバイスのように最軽量クラスのものでも500g以上ある。iPadにいたっては600gを大きくオーバーしている。こうなると、片手で支えて操作するには、それなりに大変だ。だから、これらのデバイスは、ほとんどの場合、外に持ち出されることなく、リビングルームなどで使われることになってしまうわけだ。

 だが、340g、しかもラフに扱っても平気そうな外観から、カバーをつけることもなく、正味の重量のまま、このデバイスは外に持ち出す気にさせる何かを持っている。

 ただ、外に持ち出したときに、いつもWi-Fiが使える環境であるとは限らない。でも、テザリングができるスマートフォンが手元にあれば、カンタンにインターネットにつながる。そこが前提なのだ。

 スマートフォンとNexus 7の組み合わせでは、NFCを使ったAndroid Beamも役に立ちそうだ。スマートフォンでWebページを開いて見ていて、小さな画面にまどろっこしくなったなら、Nexus 7と背中合わせにくっつけるだけで、そのときスマホで見ているページをNexus 7に送ることができる。逆に、Nexus 7で見つけたレストランに電話をかけたいなら、その電話番号をスマホに送ればいい。スマホがNFCに対応している必要があるが、少なくともFeliCaを必要としない欧米では、今後の端末のほとんどが搭載することになるだろう。

●ChromeあってこそのNexus 7

 Nexus 7は、Google謹製のブラウザであるChromeとの関係を抜きにしては語ることのデバイスではないだろうか。

 今、Chromeは、マルチデバイスでの使い勝手を高めることに極めて熱心だ。ブラウザにログインするという概念を実装し、同じアカウントでログインしているすべてのデバイス間で、さまざまな情報が共有される。ブックマークなどはもちろんとして、そのとき開いているページそのもの、そして、そのページが戻る先、進む先までもが共有される。Android Beamは、1人で操作するには、ちょっと面倒な点もあるが、Chromeのデバイス間同期はきわめてカンタンだ。もちろん、「Pocket」(以前のRead It Later)のようなユーティリティを使えば、さらにスマートにサイト情報を共有することができる。そして、これこそが、2台目以降のデバイスとしてNexus 7を持ち歩く気にさせる動機になっている。

 Nexus 7は、Kindle Fireキラーとされているようだが、実のところは、タブレットの定番としてのiPad、強固な牙城を築いているiPhoneを補う、追加デバイスとしての思惑の方が強いのかもしれないと感じている。決して置き換えではない。なぜなら、iPadのユーザーが感じているかもしれないiPadでは重く大きく、iPhoneでは軽いが小さいという悩みを解決しようとしているからだ。まさに、Google+である。

 GoogleはiPhone用やiPad用で使えるiOS版のChromeも提供を開始した。Nexus 7は、Androidスマートフォンのユーザーのみならず、iPadやiPhoneのユーザーにとっても魅力的なデバイスとして目に映るかもしれない。そして、あわよくば、次の機種変更時にはiPhoneではなく、Androidを選んでもらえるかもしれない。

●Nexus 7が見せるマルチスマートデバイスの世界

 つまり、Nexus 7は、Googleにとって、Chromeの戦略を具体的に示すために、どうしても必要なデバイスだったのだ。そこにあるのは、根こそぎ市場をさらう荒々しさではなく、共存の思想だ。追加のデバイスだから廉価でなければならないし、廉価だからといって処理性能には手を抜くこともしない。Pure Googleデバイスは、ショーケース的な意味合いも強いからこそできることなのだろう。

 ぼくは、PCはかけ算だとかねてから信じていた。100の力を持つ据え置きPCと、50の力を持つモバイルPCの2台を併用すれば、その便利さは100+50=150ではなく、100×50=5000となる。その考え方は間違っていたとは思わないが、環境が整わず、なかなか世の中はそちらの方向には動いてくれなかった。ようやく、クラウド整備とUltrabookの浸透などで、その兆しが見え始めたところだ。

 Googleは、そんな状況の中で、個人がスマートなデバイスを複数台所有し、それらを併用する世界が、どれほど暮らしを豊かにするのかを具体的に見せようとしているのではないか。Nexus 7の使命は、実はそこにあるんじゃないかと思うのだ。