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600MHzの次世代StrongARMで非PCマーケットに攻め込むIntel


●Intelが組み込み市場に今度こそ本気になった

 Intelは、PC以外のマーケットに、いよいよ本腰を入れ始める。PDAやハンドヘルドPCのような携帯情報端末、デジタルTV、インターネット端末といったデジタル情報機器のプロセッサ市場だ。この分野は、近い将来、PCの数倍の台数が出る巨大市場に育つ可能性がある。家電業界のビジョンでは、TV、ビデオデッキ、電話といったありふれた家電にも、くまなくハイコンピューティングパワーを持つMPUが入ることになっているからだ。

 Intelは、一昨年あたりからこうした組み込みMPU市場への取り組みをしきりに強調してきた。しかし、これまで、その戦略は現実味が薄く、成果も少なかった。それは、“タマ”がなかったからだ。Intelが狙うのは、組み込みMPUでも、ある程度のコンピューティングパワーが必要となる世界だ。しかし、その市場は、低価格で低消費電力ながらそこそこの性能を出す組み込みRISCプロセッサの独壇場で、性能比では高価格で高消費電力のx86が入り込めるすき間は小さい。


●次世代StrongARMの驚きのスペック

 だが、今のIntelは、強力なタマを持った。それは、組み込み向けRISCプロセッサ「StrongARM」だ。Intelは、先週、米国カリフォルニア州で開かれた「EmbeddedMicroprocessor Forum」で、第2世代のStrongARMのアーキテクチャを発表した。来年登場するこの新MPUコアは、動作クロックが最大600MHz、性能は最大750MIPSと、組み込みプロセッサの常識を凌駕する性能でありながら、消費電力は最小で40mW(150MHz時)と驚異的な低消費電力設計を実現するという。このスペックの通りなら、次世代StrongARMは、登場時点で、最強ランクのパフォーマンスと最低ランクの消費電力の両方を併せ持つことになる。

 また、Intelは、次世代StrongARMを0.18ミクロンで製造すると発表した。これは、Intelが組み込み向けプロセッサ市場に、今度こそ本気になったことを示している。

 Intelでは、これまで組み込み向けプロセッサは、減価償却が終わった古いラインで製造するのが常だった。最先端の製造プロセスは、常にx86系の最新MPUに回されてきた。ところが、次世代StrongARMの場合は違う。今年中盤からようやく立ち上がる0.18ミクロンで製造する。つまり、次世代のPentium III(Coppermine)と同じ最先端プロセスで製造されるのだ。これは、IntelがStrongARMをPentium IIIやCeleronと同列に置いた何よりの証拠だ。ちなみに、次世代StrongARMは、現在のStrongARM(SA-1系列)が製造されている旧DECのハドソン工場(Fab)ではなく、Intel本来のFabで製造される。

 さらに、Intelはプロセッサコアの開発体制も整えた。x86やIA-64系MPUと同様に、2チームの開発部隊を持ち、交互に新コアを開発する。2チーム体制を取ったことで、StrongARMの開発サイクルは2分の1になったことになる。具体的には、アリゾナ州チャンドラにあるIntelの組み込み製品開発部隊のサイトにあるチームが、今回発表された次世代コア(SA-2と呼ばれている)を開発。そして、もうひとつテキサス州オースチンの部隊が次々世代コアを開発するという。また、オースチンチームは、SA-2コアをベースとしたASSP製品(システムオンチップ)の開発も担当する。

 Intelはこの次世代StrongARMだけでなく、現行のStrongARMも強力にマーケティングしていくという。


●StrongARMに対する不安感を払拭

 先週の発表で、がぜん注目度の高まったStrongARMだが、これまでは不運なコースを辿ってきた。StrongARMは、英ARMが開発したARMアーキテクチャ(バージョン4)をベースに、旧DECがARMと開発した高性能な組み込みRISCプロセッサだ。ARM系プロセッサは、もともとMPUコアの小ささと低消費電力、それに多くのメーカーにコアをIP(知的所有権)としてライセンスするユニークな戦略で高く評価されていた。その性能強化版であるStrongARMは、Pentiumクラスの組み込み向けプロセッサとして、発表当時、注目を集めた。NC (Network Computer)が盛り上がった時は、NC向けプロセッサの最有力候補のひとつだった。

 ところが、'97年10月、DECが半導体部門をIntelに売却することを決定したために、StrongARMは宙に浮いてしまった。StrongARMの開発と製造の権利はIntelに渡ることになったのだが、政府の承認を得るまで約半年かかった。その間は、IntelもStrongARMの計画を公にするわけにいかず、当然、採用も進まなくなってしまったのだ。その間も、マスコミからは他社が作ったアーキテクチャのプロセッサを、どこまで推進するか疑問視する声が絶えなかった。オリジナルのStrongARM開発チームのスタッフが抜けたという報道も、StrongARMの先行きへの不安を増大させた。

 そうしたStrongARMに対する不鮮明感は、IntelがStrongARMへの強力なコミットメントを宣言した昨夏以降も続いていた。例えば、'98年10月のMicroprocessor Forum98では、Intelの発表会で、業界専門誌Microprocessor Reportの記者が、StrongArmチームの人材が抜けたIntelに組み込み向けプロセッサを本当に開発する技術があるのかと、詰め寄っているのを見たこともある。だが、今回の次世代StrongARMのアーキテクチャ発表で、Intelはそうしたムードにとりあえず終止符を打つことができた。

 まだ次世代StrongARMはアーキテクチャの段階で、チップができたわけではない。しかし、IntelはStrongARMに注力する姿勢を示し、Intelの姿勢と開発リソースを投入することも明確にした。また、StrongARMのアーキテクチャの発展を、組み込み市場で求められている低消費電力を追求するというアプローチで進めることも示すことができたのだ。


●高い性能/消費電力値

 次世代StrongARMの最大の特徴は性能/消費電力を、大きく高めたことだ。IntelのシミュレーションによるCPUコアと1次キャッシュの性能と消費電力は以下の通りだ。

【次世代StrongARM(SA-2)コア】

動作クロック 150MHz 400MHz 600MHz
MIPS値 185MIPS 500MIPS 750MIPS
消費電力 40mW 180mW 450mW
電源電圧 0.75V 1.3V

 これがどれだけ低いかは、同じ0.18ミクロンで製造する600MHzのPentium III(Coppermine)の消費電力が17W程度と予想されていることと比較すればよくわかる。特に、150MHz版の0.75V、40mWは驚異的だ。組み込みRISCプロセッサは一般に低消費電力だが、これは一桁違う。ちなみに、現在のStrongARMの単体プロセッサ製品「SA-110」の性能と消費電力は以下の通りだ。

【SA-110】
動作クロック 100MHz 233MHz
MIPS値 115MIPS 268MIPS
消費電力 300mW 1,000mW
電源電圧 2V 2V

 性能/消費電力をMIPS/mWで比較すると、SA-110/100MHzとSA-2/150MHzでは12倍も向上したことになる。


●Geyservilleと類似のアーキテクチャを投入

 この低消費電力を実現するために、Intelは独自のアーキテクチャを盛り込んだ。まず、ダイナミック・ボルテージ・マネージメントと呼ぶ機能により、CPUパワーが必要な時は電源電圧とクロックを上げ、必要がなければ電圧とクロックを落とすことができる。電圧は0.75ボルトから1.3Vまで変えることができ、その際に、通常のMPUで電圧を変える時のようなリセットは必要がない。つまり、OSやアプリケーションが動作したまま450mWから40mWまで切り替えることができるわけだ。

 この技術、どこかで聞いたことがある……そう、Intelが「Mobile Pentium IIIプロセッサ」に採用する「Geyserville」テクノロジと、基本的に同じアプローチなのだ。Geyservilleは、Intelが電源電圧を大きく変えてもそのまま動作できる半導体技術を開発したから可能になったわけで、それを基本的には同じプロセスで製造するStrongARMに応用するのは何も不思議ではない。

 また、新StrongARMでは新しい省電力モードも追加されている。Intelは、一般的なアイドルとスリープのモードのほかに、通常のプロセッサでは停止できないPLLを止めることができる、完全に停止状態のモードを持たせた。次世代StrongARMは、この状態から割り込みによって30μs以下で立ち上げることができるようになるという。例えば、ユーザーがタッチパネルを触ったり、キーボードを叩くと、PLLが停止状態から立ち上がるわけだ。「極端な話、キーを1回押すごとにクロックを立ち上げることもできる」(漆原秀樹氏、インテル第二営業本部コンピューティング・エンハンスメント・グループ、マーケティングアンドセールスマネジャー)という。また、クロックは動作に必要なブロックだけに供給される。


●性能強化は高クロック化が中心

 しかし、この消費電力機能の強化以外の点は、それほど驚くような拡張は行なわれていない。パイプラインをこれまでの5段から7段(整数演算の場合)へと深くして、より高クロック化しやすくした。また、パイプラインが深くなるのに見合うようにダイナミック分岐予測機能を搭載、キャッシュは命令32KB、データ32KB、ミニデータキャッシュ2KBと倍増させ、ライトバックもサポートした。つまり、高クロックへの最適化を中心にした性能強化がほとんどだ。そのため、SA-1と較べると、クロックに対する性能では9%程度しか向上していない。性能的にはStrongARMの高速版だ。これは、プロセッサコアの複雑化をできるだけ抑えたためだと思われる。おそらく、ダイサイズはかなり小さくできるのではないだろうか。また、アーキテクチャは最新のARMバージョン5互換になっている。


●StrongARMで狙う次世代携帯機器とデジタルTV

 Intelが、この次世代StrongARMで狙うのは、当面は現在のStrongARMと同じ領域だ。ただし、低消費電力とパフォーマンスを武器に付加価値を加えるという。

 例えば、StrongARMが伝統的に強い携帯機器では、音声認識とリアルタイムビデオなどのフィーチャを実現できるようにするという。無線通信インフラの広バンド幅化が大きなチャンスだと見る。また、インターネットアクセスや操作の快適度も高めるという。「実際のハンドヘルド製品で今使われているのは100MIPS程度のプロセッサ。200MIPSの性能を持ち、携帯機器で使えるプロセッサは多くない。しかし、次世代StrongARMなら処理が重くなった時だけ性能をアップさせることで、バッテリでの長時間駆動と快適な操作性を両立させることができる」と漆原氏は説明する。

 もうひとつ、Intelが次世代StrongARMで期待する分野はデジタルTVだ。デジタルTVやデジタルCATVを受信するTVやSTB(セットトップボックス)では、MPEG-2ビデオのデコードやインターネットアクセスなどの機能が必要になる。つまり、コンピューティングパワーは、いくらあっても足りないくらい必要になるからだ。

 このほか、米国で立ち上がる可能性のあるWeb電話やニーズの強い業務用ハンディ端末、あるいはI/OプロセッサやRAID、ネットワーク機器といったバックボーン系への適用も期待する。


●ARMアーキテクチャではIntelは後発

 しかし、Intelにとって、StrongARMは強力な武器である一方、なかなかやっかいな荷物でもある。それは、Intelのこれまでのビジネスモデルや強味が利かないからだ。

 まず、組み込み向けプロセッサの世界には、すでに強力なチップアーキテクチャが溢れており、競争が激しい。しかも、ARMのベースのアーキテクチャはIntelが開発したものではない。アーキテクチャのライセンス元であるARMは、他の半導体メーカーにもARMコアをライセンスしている。つまり、共通したOSや開発ツールなどが使える製品が、他のメーカーからも提供されている。これは、Intelがほとんど独占に近い状態で提供しているx86系プロセッサとは大きく状況が異なり、Intelが激しいコンペティションにさらされることを意味している。例えば、ARMがライセンスする次世代コアARM10は、400MIPS、300MHzで600mWだと言っている。アプリケーションによっては、十分競合レンジに入ってくる。

 だが、Intelはこの状況は、逆に同社にとってプラスに働くという。

 「386などの時とは逆で、IntelはARMというアーキテクチャを扱って日が浅い新参。だから、ARMの資産を引き継いでいることは利点になる。例えば、携帯電話ではARMアーキテクチャはすでに浸透しているから、入り込みやすいだろう。その中で、低消費電力に振るか、高性能に振るか、どちらでもStrongARMのアドバンテージが出せる」(漆原氏)という。

 つまり、Intelが新アーキテクチャの組み込み向けプロセッサを出すよりも、ARMに乗っている方が売りやすいと主張しているわけだ。

 ただ、そのアドバンテージもStrongARMコアをIntelだけが提供する場合の話だ。もし、ARMがStrongARMコアを他の半導体メーカーにサブライセンスできるとなると話は変わってくる。この点に関して、インテル日本法人は「IntelとARMのあいだでのライセンス形態は日本側では詳細がわからない」(漆原氏)とかわす。


●ASIC対応はIntelの弱点

 Intelにとって、もうひとつ難しい点は、現在、組み込み向けプロセッサはASIC(特定用途向けIC)コア化へと向かっていることだ。つまり、半導体メーカーがMPUコアやその他の半導体ブロック(マクロセル)を用意しておいて、機器に組み込みたいユーザー企業がそのセルを組み合わせ、あるいはユーザー独自のロジックも組み込んでワンチップのシステムLSIを作るという方向だ。半導体メーカーの大半が、今ではシステムLSIのASICを売り物にする状態にある。家電メーカーも、大量に売る製品では、ASICで自分の必要な機能やロジックを入れたチップを欲しいというニーズが非常に強くなってきている。

 それに対して、Intelは、自社の決めた機能を入れた汎用品(ASSP)を作り、それを大量に売るというアプローチでやってきた。システムLSI的な製品を作る場合も、あくまでもASSPとしてだ。「Intelは、ASICは経験があまり多くない。検討課題」(漆原氏)という。現在のStrongARMでは、プロセッサ単体のSA-110のほかに、ハンドヘルド機器向けの機能を集積した「SA-1100」を出荷中で、マルチメディア機器向けの機能を集積した「SA-1500 」を準備しているが、どちらもASSPだ。カスタム化は、とりあえず受け付けていない。Intelが、携帯機器とデジタルTVを大きなターゲットとしているのも、現在用意できるASSPが、この2分野向けであるという事情からだ。

 次世代StrongARMでも、両分野のASSPは用意するとしているが、応用分野を広げようとすると、さらにASSPを用意する必要が出てくるだろう。例えば、デジタルカメラなら、そのためのASSPといった形が必要になる可能性がある。また、IntelはASSPの機能を拡張するコンパニオンチップや、ユーザーがコンパニオンチップを開発できるように支援することで対応すると言うが、顧客の究極のニーズがワンチップ化だとすると、そうした対応では限度がある。

 特に、IntelがStrongARMで狙うと言っている携帯電話分野では、デジタル部分をワンチップにする方向で進んでいる。これは、実装面積や消費電力などの面で有利になるからだ。それに対してIntelは、「携帯電話ではひとつひとつの注文が大きいので、その場合にはカスタム化に応じる可能性もあるかもしれない」(漆原氏)と言う。

 組み込み向けプロセッサ市場は、このところIntelが力を入れてこなかった領域だけに、StrongARMといういいタマを持っていてもなかなか簡単には攻略できそうにない。しかし、それでもIntelはこの市場で一定のシェアを取らなければ、将来が危ういと考えたからこそ、StrongARMに注力しはじめたのだろう。

□Intelのニュースリリース(英文)
http://developer.intel.com/pressroom/archive/releases/em050399.htm
□Intelのニュースリリース(和文)
http://www.intel.co.jp/jp/intel/pr/press99/990506.htm


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('99年5月7日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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