塩田紳二の CrossPadファン倶楽部

【前編】CrossPadのここがイイ!

 '98年3月に北米で発売され、11月には日本でも販売されることになったCrossPad。現在はパソコンショップの周辺機器売り場で普通に見かけるようになったが、CrossPadは外見だけではなかなかその使い勝手がわかりにくい。そこで、'98年春にCrossPadを購入して以来、常にCrossPadを携帯する塩田紳二氏にその魅力や使い勝手を語っていただくとともに、日本IBMでCrossPadを担当されている竹村氏にインタビューを行なった。


■CrossPadのどこが便利なの?

米Crossと米IBMが共同開発したCrossPad本体
CrossPadに付属している専用のペン。普通の100円ボールペンと比べると、かなり軸が太め
 '98年11月、ボールペンで有名なA.T.Cross(記念品なんかでもらったことあるでしょ。金や銀のボールペン。あのCrossです)の日本法人であるクロス・オブ・ジャパンと日本アイ・ビー・エムの連名になるプレスリリースが出た。

 '97年秋のCOMDEXで発表されたCrossPadがようやく、日本で正式販売されることになったのである。今は無き、SuperASCIIの休刊を告げる6月号で、通販で入手したCrossPadを紹介した(この号は、ほとんどの記事が最終回ということもあって、あまり目立たなかった。こんなもの紹介したから休刊になったんだろうって? 残念、すでにCrossPadの記事を書いていたときには休刊は決まってたのです)。COMDEXでの発表以来、ずっと、Crossのコンピュータ関連製品のホームページであるCross Pen Computing Groupのページと、Micro Ware Houseのページをチェックし続け、発売と同時に注文、4月中旬に入手したのをそのまま、SuperASCIIの編集部へ持っていて、どこでもいいから紹介させてと書かせてもらったのが、その記事である。

 と、私個人は、ひッじょぉに気に入っているCrossPadだが、ご存じない方には何のことだか、さっぱりわからないと思うので、ごく簡単に解説したい。なお、IBMのサイトにも製品情報がある。正統な解説をお望みな方はこちらを。

 CrossPadは、通称「Protable Digital Notepad」という。つまり、Notepad=ノート=帳面なのである。「帳面」とは何かといえば、何かを書き込む場所である。CrossPadは、中におそらくマイクロプロセッサが入っているのだろうが、いわゆる処理をしてはくれない。単に記録するだけである。平たい、板のようなもので、その上に日本で俗に言うレポート用紙が付いている(サイズとしてはレターサイズ。これをノートパッドというらしい。輸入物の店にいくと、日本では考えられない品質の紙でできたものがたくさん売られている。大きさはほぼA4である)。ここに、付属の専用ペンで書いていくと、それの筆跡をCrossPadは記録してくれるのである。


 パッドというぐらいなので、紙は何枚もある。厚みがあるのにきちんと筆跡が取れるところが、単純な感圧方式や普通のタブレットとは違うところだ(ただ、ペン先のスイッチの関係か、ちょっと筆圧がいる。筆者は、筆圧が軽いほうなので、ちょっと苦労する。筆圧の高い、太い字を書く人には最適かも)。なんでも、電波を使っているらしいのだが、詳細はよくわからない。ただ、このためペンはちょっと太目で、電池内蔵のため、ちょっと重い(このCrossPadはなぜか替芯を内蔵できるくせに、このペンを内蔵するところがない。ペンを無くすとただのクリップボードにしかならないのだが)。それで、紙をめくったことは検出されないので、やはり付属のペンで、下のほうにある「窪み」の1つを押す。すると小さな液晶部分のページ番号が1つ増える。これで次のページに書く準備ができたわけだ。あとは、また書くだけだ。パソコンのペイントやドローソフトのような消しゴムの機能もなければ、線の太さを変えることもできない。だって、付属のペンの先は普通のボールペンなんだもん。ただ、書くだけだ。失敗したら、グチュグチュと線を引いて消したことにしておく。

本体の下の方にアイコンが並んでいる。このアイコンの上には窪みがあり、この窪み部分を専用ペンの先で押すことでコマンド入力する。ボタンは右から、決定、キャンセル、ページ送り、ページ戻し、メニュー(PCへの転送、ブックマークの挿入、メモリのクリア、メモリの残量表示ほか)、キーワード設定の機能を持つ。メニューボタンは押すたびにメニューが切り替わるので、希望の処理が中央の液晶部に表示されたところで決定ボタンを押す。操作法法は非常にシンプルだ

 さて、このCrossPadにはCD-ROMも付いてくる。これは、パソコン用だ。CrossPadにはCD-ROMドライブなんてものはついてない。付いているのはシリアルインターフェースである。

 このCD-ROMには、IBMの開発したINK Managerというソフトが入っている。Ink Managerの動いているパソコンとCrossPadを専用のケーブルで接続して、クロスパッドの下の「窪み」の1つを使ってデータを転送する。すると、レポート用紙に書いたものがそのまま、Ink Managerのページに表れる。もちろん、CrossPadでページを分けて書いたものは、別のページになる。このInk Managerでも、マウス(タブレットがつながっているとGoodなのだが)でさらに書き込んだり、消したり、さらには線を太くするなんてことも可能。

 なんで、こんなものが便利なの? と思われる方もあるかもしれない。筆者は、日常的に仕事にワープロを使っているが、やはり手書きのメモもする。あるいは考えをまとめるために、紙に絵を書くこともある。また、打ち合わせもする。しかし、打ち合わせのときにノートパソコンのキーボードは、あまりに操作に熱中してしまい、どうも議論に身が入らない。なので、いままでは、近所のダイエーで5冊300円で買ったノートを持ち歩いていた。仕事中に電話を受けることもあるし、電話で取材することもある。こういうときには、やはり紙にメモである。さすがに質問し、人の話を聞きながら、キーボードは打てない。CrossPadは、こうした手書きの作業をすべてデジタルデータに変換して、パソコン上に保存できる機械なのである。

 電話を受けて、手近にあった広告とか、煙草の包装とか、包み紙の切れっぱしなんかにメモしたことはないだろうか? 筆者は良くやるので、引き出しの中に、中身は大事だが、一見、ゴミとしか見えないものがたまっていく。これを床に落とすと、どうみてもゴミにしか見えない。なので大切に保管する。すると、ゴミを後生大事に保管する奇妙な人物ができあがる。CrossPadは、そういう筆者を、ゴミのようにしか見えないものを保存しなければならない人生から開放してくれた。あぁ、ありがたや、ありがたや。

RFトランスミッター内蔵のペンで紙の上に書くと、CrossPad本体に軌跡データ(ベクトルデータ)が記録される。1ページ書いて約20KB。内蔵メモリは1MBなので、ざっくり言って50ページ分のデータが記録できる。これを付属のケーブルでPCに転送すると、走り書きメモもデジタルデータとして残せるのだ

 CrossPadは、PilotとかHPのLXシリーズとかのコンピュータとは違うので、あのように熱烈なファンを作ることはありえないだろう。しかし、筆者は、この下敷きのような存在感と形状のマシンが非常に気に入っている。Pilotなどは、使っていると、やっぱり、メニューが使いにくいとか、電卓を替えようとか、最初のうちは環境構築だが、なんだか、しまいには、使うことよりも環境構築することが目的のようになってきてしまって、やれ、SnapConnectだのPHSだの、Code Warriorまで買い込んでしまったし、最近では、Pilotで見やすいように逆にOutlook側の住所録データを変更する始末。果ては、Pilotの上下スクロールボタンを、横に付けられないかと秋葉原で小型のスイッチを物色したり、機種交換して廃止になっているソニー製の携帯電話についているジョグダイアルを付けられないかと特殊ドライバを買いに行くまでに至っては、果たして使っているのやら、使われているのやら、まっ、これはこれで楽しいんですけど、時間に迫られた仕事をする身では、そういう欲望と戦いつつも、使わなければならないわけで、ある意味であまりに苦しいわけである。これに対してCrossPadは、そういう色気がまったくなく、単なる帳面に徹している部分、ほんとうに「道具」といえる雰囲気があり、安心して使える。本来、道具とはこういうもので、パソコン業界でいう、「ツール」には、何か、少し軽いものがあるような気もする。

 なお、国内で販売されるものでは、付属のInk Managerは日本語化されているようだが、日本語の文字認識はできないようである。もっとも、英語版でも、テキスト入力可能な部分に日本語を入れても問題がなかったので、単なる表示やメッセージの日本語化のみであろう。そうだよなぁ。文字認識まで入れて半年で日本語化なんてあまりに早いと思ったよ。というのは、このCrossPadは、認識率を上げるために、マニュアル(これもリーガルパッドサイズ)の後半が、「ペン習字」になっているのである。中学生でやった、あの英語の文章を手本どおりに書く、あれである。これを一通りやると、認識率が良くなる。だが、アルファベットは、続け字を考慮しても、そうたいしたデータではないと思うが、漢字となるとねぇ。まさか、第1~第2水準全部書き取りなんてことはないだろうからねぇ。文字認識の日本語化はいつのことでしょうか。

付属のInk Managerでは、転送したベクトルデータを拡大・縮小したり、一覧表示したりできる。キーワード(英語しか認識しないが)を埋め込んでおけば、目的のメモを探すのがかなり楽になる



■CrossPadのさらなる使い方

米国で発売されたCrossPad XP(左)は初代CrossPadに比べてかなりコンパクト。CrossPadは普通の鞄に入れるにはぎりぎりかちょっと大きめだが、CrossPad XPは普通の鞄に余裕で入るサイズ。付属のペンも少し軽くなり、ペンホルダーも付いた
 ありきたりの話をしていては、つまらないので、CrossPadのさらなる使い方などの話をしよう。まず、製品だが、すでに米国では、一回り小さなCrossPad XPという製品が出ている。CrossPadのパッドがレターサイズ(8.5インチ×11インチ。21.6cm×27.9cmほぼA4)でそれより一回り大きいので、大きさは、ちょっと手に余るものがある。机の上におけば、かなりの範囲を占有してしまう。キーボードがなれば、机に置いてもかまわないのだろうが、残念ながら、商売柄キーボードを置かないわけにもいかない。このXPは、パッドが6インチ×9インチ(15.2cm×22.9cm。B5よりも小さい)と小さく、いわば、メモ用紙サイズのものだ。ここ、半年ほど、CrossPadを持って、あちこちの出版社へ打ち合わせにいったが、多くの場合の感想は「ちょっと大きいですね」である。もっとも、最近なぜか、担当の編集の方が女性ばかりという事態になってきたので、そのせいもあるかもしれないが。だが、我々が一般に使っていたレポート用紙はA4ではなく、B5のものだったように、CrossPadのレターサイズというのは、日本人の感覚からするとちょっとでかい。ほんとうは、こっちのXP(こっちはペンホルダーも付いている!)のほうを日本で発売して欲しかったのだが。ただし、このXPとレターサイズのCrossPadは、大きさが違っているにも関わらず値段は同じである。

 もうひとつ、CrossPadには、Ink Managerが付属するが、筆跡情報(INK DATAというそうだが)は、図形(クリップボード経由ではビットマップで、ページ単位ではPostScriptなどでのエクスポートが可能)かもしくは、付属の文字認識ソフトによるテキストという形でのエクスポートしかありえない。というのはINK DATAを含むInk Managerのデータファイル(NBK:ノートブックファイル)は特殊な形式なので、そのままでは、解釈できるソフトが他にないからである。このINK DATAだが、ペンの紙の上での軌跡なので、たとえば、一定の様式のある用紙の上で書いたものと様式データを組み合わせることで、データの自動入力なんかが可能になりそうだということぐらいは、誰でも考えつくところ。そうしたソフト開発はできないのか? というとできるのである。

 IBMの研究所のサーバーから、Javaで書かれたSDKという形で、INK DATAを活用するためのツールが入手できる。

 ここには、サンプルとして、Ink Manager互換のJavaで書かれたプログラム(KitchenInk application)もあり、前記のフォーム入力などを試してみることも可能だ。また、旧版のInk Managerでは不可能だった、INK DATAのベクトルデータとしての取り出しなども可能だ。だが、このKitchenInkサンプルのすごいところとは、ビットマップイメージをINK DATAの背景に持ってくることができることだ。

 よく、貰った資料に直接メモすることがある。CrossPadの上に資料を置いて、メモすれば、メモ部分は、たしかに記録されるが、資料自体がないと、このメモは無意味である。たとえば、資料の中にある単語を丸で囲んで、線を引き出して、メモを書いたら、やはり資料も同時に見えないとだめだろう。Java版Ink Managerではこれが可能である。これで、資料をあとからイメージスキャナででも取り込めば、ちゃんとした記録が残せるわけだ。

KitchenInk applicationでは、ビットマップイメージをINK DATAの背景に持ってくることができる(右)。たとえば、記者発表会などで、CrossPadに資料を載せてメモを書き込み、あとでそのカタログをスキャンして統合することもできるのだ。メモは印刷物に注記の形で記入することも多いわけで、(スキャンは面倒だが)これができるとかなり使い道が広がる

 Cross Pad付属のInk Managerは、1.0、1.1、1.5とリリースされており、このJavaによるSDKを使うためには、1.1が必要。また、Javaなので、JDKとかSWINGとかのモジュールもどっちゃりと必要である。このあたりが、Javaのネックで、ちょっと面倒ではあるが、すべてインターネットからダウンロードが可能である。なお、このSDKの動かし方だが、Java側の設定が若干面倒なこともあり、リクエストがあるようなら、続きとして解説したい。

 筆者のところでは、1.5もダウンロードしてみたが、どうも1.1とはデータファイルの形式が違うようである(ただし、1.5には、新しくINK DATAのビューアーソフトが付属している。Ink Manager 1.5からメールを送信すると、このビューアーとINK DATAがともに添付ファイルとなるようなので、ビューアー自体は再配布可能なものと

思われる)。  Java版のSDKは、1.1版が動作していることを前提としており、データ転送や文字認識(英語)の機能は、Ink ManagerのDLLを呼び出して使っているようである。なので、いまのところ、1.1からバージョンアップはしていない。また、このSDKのいいところは、サンプルを動かすのにJavaのインストールとSDKのインストールだけが必要で、Javaのプログラミングは必要がないことだ(ただし、Ink Mangerは必要)。また、既存のInk Managerの代わりにKitchenInkを動かすための方法なども解説されている。本物のInk Managerに比べると、文字認識機能まわりのユーザーインターフェイスなどが弱いが、どうせ英語しか認識しないので、日本人にはあまり問題にはならない。

 また、SDKは、最近C++のものもリリースされたが、これにはINK DATAの表示などの機能はない。どちらかというと既存のグラフィックアプリケーションなどからINK DATAを扱うためのものか。なので、C++でプログラミングできない人はもちろん、そういう動作環境を用意できない人にはあまりうれしくないものである。バックグラウンドにグラフィックを引けるとかの機能もあるので、CrossPadを持っている人は、Java版SDKを入手されるのはいかがだろうか?

 ちなみに、この製品は、IBMとCrossの共同開発なのでCrossPadなのだそうだ。IBMが作ればThinkPadで、Crossと一緒ならCrossPadというわけか。Cross Pen ComputingGroupの他の製品にはiPen(PC用タブレット)やDigital Writer(PDA用スタイラスの付いたCrossのペン)など、筆記用具にちなんだ名前が多い。そういえば、IBMって「国際事務機器」なんだよねぇ。「文房具」に「事務機器」じゃ、ビジネスショーの端っこの小さなブースがいっぱいあるところみたいだけど、次回のビジネスショーでは大きく出して欲しいなぁ。

□クロス・オブ・ジャパンと日本アイ・ビー・エムのプレスリリース

http://www.ibmlink.japan.ibm.co.jp/cgi-bin/PREScgiDep.pl?docid=PRES1170&caps=N&perc=90&keywords=
□CrossPad製品情報
http://www.ibm.co.jp/pc/vlp/vhcrp8b/vhcrp8ba.html

<後編に続く――後編では、日本アイ・ビー・エムの竹村譲氏にCrossPadについてお伺いしたインタビューをお届けします>

[Text by 塩田紳二]


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