【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

ショウダウン:Microsoft対司法省-この週末が緊迫のヤマ場


●Microsoftと司法省が、ついに交渉のテーブルに

 ついに、米Microsoft社と米国司法省と各州の検事総長らが交渉のテーブルについた。現在、Microsoftの弁護士は司法省におもむき、和解のための交渉を行なっているという。司法省らがMicrosoftを提訴する、その直前での急展開。その行方を、PC業界は固唾をのんで見守っている。

 まず、最初に、今回の和解交渉の前後の状況を説明しておこう。これまで、このコラムで追ってきた通り、司法省と米国の10以上の州の検事総長は、Microsoftに対して、新たに反トラスト法違反の提訴を行なうことを決めていた。提訴は現地時間の今週木曜日(5月14日、日本では金曜日)、つまり、MicrosoftがOEMメーカーにWindows 98を出荷する前日に行なうことになっていた。しかし、この動きに対して、Microsoftはあくまでも和解の姿勢は見せなかった。Windows 98の出荷を、当初の計画のまま何ら変更を加えることなく、予定通り行なうつもりでいたのだ。そのため、5月14日には、両者が激突するのは必至と見られていた。

 こうした緊張が続いている間に、連邦控訴裁判所からは、昨年12月に連邦地方裁判所が出した仮命令がWindows 98に適用されないという判断が下された。そのため、日本では、これで司法省の提訴の問題も解決したという誤解もあったようだが、そうではない。これは今、司法省が提訴している、Windows 95に関する同意審決違反の裁判に関するものであり、司法省らが計画している新しい訴訟には関係しない。新しい提訴では、司法省らはより広範な反トラスト法違反を訴えると見られており、Microsoftにとっては、今抱えている裁判よりも、やっかいな裁判になる可能性が高かった。

 これが先週の終わりから今週木曜日にかけての状況だったわけだ。そのため、今週の中盤までの米国のニュースサイトでのWindows 98関連ニュースは、司法省の提訴がどこまで及ぶか、とくに、Windows 98の出荷の延期の仮命令を法廷に求めるかどうかに集中していた。言うまでもなく、司法省らがWindows 98の出荷の延期を求めた場合、Windows 98の6月25日出荷は危うくなる。

 しかし、今週に入ってからのニュースは、そのほとんどが司法省らがWindows 98の出荷停止までは求めない(求めることができない)だろうという内容になっていた。提訴するとしても、もう少しおとなしい内容で、Microsoftとの妥協点を見つけようとするのでは、と言われていたのだ。そのため、MicrosoftはWindows 98の前に立ちふさがるこの最後の難関も突破できるのでは、と見られ始めていた。

●提訴が取りやめられたわけではない

 そこへ突然の和解交渉の話だ。この発表は、木曜日の朝行なわれた。内容は、司法省とMicrosoftが和解交渉を木曜日から数日間行なうことと、その交渉中にMicrosoftはWindows 98を出荷しないし、司法省と州は提訴をしないという合意だ。つまり、「交渉のための休戦」合意を発表したというわけだ。期間は、とりあえず、Microsoft側は月曜までとしているが、もちろんこれは交渉の進展次第で変わる可能性はある。

 まず、この和解交渉の合意による影響は何があるのだろう。とりあえず、Windows98のOEM出荷は数日遅れたわけだが、これ自体にはほとんど何も意味がない。Windows98のリテール発売日6月25日はまだ40日も先で、これが30日を切ったら問題かも知れないが、この程度の遅れではまだ問題はないだろう。

 だからといって、今回の件が、Windows 98のOEM出荷が数日遅れただけで終わってしまったということではない。この交渉のあとに出てくる和解の条件によっては、MicrosoftがWindows 98を今のカタチのままでは出せなくなり、何らかの変更を加えるために出荷が遅れる可能性はまだ残っている。交渉が決裂して、司法省がさらに強い態度で提訴に望む可能性だってある。月曜までというのは、あくまで暫定であり、これで落着に向かったのではなく、緊迫した状況がまだ続いていると考えた方がいい。つまり、この週末は、Windows 98の運命を左右する重要な週末になるということだ。

●タイムリミット数時間前に、突然の和解交渉開始

 では、この和解交渉は、一体どちらの方向に向かっているのだろう。一体、有利なのは司法省と州なのだろうか、それともMicrosoftなのだろうか。そこで、重要となるのは、この和解交渉が、どちらから持ちかけられたかだ。

 これについては、ほとんどのニュースが、Microsoft側から突然持ちかけられたと報じている。Microsoftの発表では「政府との交渉を1週間に渡って続けてきた」となっているが、これには食い違いがある。「Microsoft in Last-Minute Talks ToStave Off Antitrust Assault」(The Wall Street Journal,5/14、有料サイト、http://www.wsj.com/ から検索)では、司法省の幹部がつっこんだ話し合いが始まったのは「一両日前」からだとコメントしている。1週間前というのは、Microsoftのビル・ゲイツ会長兼CEOが司法省の幹部と面会した時からを意味していると思われるが、これまでは、Microsoft側から妥協的な提案がなされたという報道は一切ない。

 「Microsoft to Delay Software, Start Talks」(Washington Post,5/15)によると、Microsoftは水曜の夜遅く、つまり休戦発表の前日までは、妥協の姿勢を一切見せなかったという。それどころか木曜の朝の段階でも、司法省のスタッフは提訴を発表するニュースコンファレンスの準備をしていたと同紙では報じている。それが急変したのは、発表予定時間のわずか3時間前だったという。このあたりからは、土壇場での急展開があったことがうかがえる。

 もう少し、内幕に迫った報道、たとえば「Gates Delays Windows Release,Temporarily Averting Lawsuits」(The Wall Street Journal,5/15、有料サイト、http://www.wsj.com/ から検索)などによると、Microsoft側からのアプローチがあったのは、Microsoftで法務を担当するビル・ニューコム上級副社長が水曜日に司法省の反トラスト局を統括するクライン氏に電話してからだという。そして、木曜の朝にはゲイツ氏が直接電話をして、今回の休戦が決まったらしい。これが本当だとすると、今回の和解交渉は、Microsoftが最後の最後で突然態度を変えたためということになる。

●Microsoftは「重大な譲歩」を申し入れたのか?

 では、もしMicrosoftが態度を軟化させたのだとすると、どうして突然こんな申し出をしたのだろう。一般的に考えれば、和解は申し入れた方が弱い立場になる。では、Microsoftに弱み、つまり、司法省らに提訴されたくない理由があるのだろうか。

 まず、気になるのは、州の検事局などからの情報として、今回の和解交渉に当たっては、まずMicrosoftから「重大な譲歩」が申し入れられたと報じていることだ。これは、「Microsoft in Last-Minute Talks To Stave Off Antitrust Assault」をはじめ、多くの記事が報じている。そうだとすると、譲歩の内容によってはWindows 98がそのまま出せないという可能性が出てくる。

 しかし、じつは各記事を読むと、この譲歩の申し出というのは、すべて情報ソースは政府側で、Microsoft側はそうしたコメントをしていない。政府側としては、提訴の中止をするからには、Microsoftからそうした申し出があったと言いたいと思われるので、割り引いて受け止めた方がいい。政府側に完全に有利に運んでいるという見方は早計だろう。

 実際、このMicrosoftからの重大な譲歩というコメント以外では、じつは和解交渉の中身に関しての報道は、現状ではほとんど中身がない。Wall Street JournalWashington Postといった新聞は、さすがに司法省からのリークをよく集めているのだが、今回に関しては憶測記事がほとんどで、皆目見当がついていないといっていい状況だ。

●まだ見えない交渉の行方

 とりあえず、現在考えられる大まかなシナリオを想定してみよう。 まず、1番目に考えられるのは、Microsoftが司法省に提訴されたくない重大な理由があったという可能性だ。つまり、大方の見方に反して、司法省はMicrosoftを追い込むだけの「隠し球」を持っていて、Windows 98を含めてMicrosoftの戦略を大きく揺るがすかも知れないという場合だ。そう考えると、Microsoftの土壇場での転換も説明がつく。司法省の提訴の意志がどれほど固いかを見極めて、どうしようもない場合は、最悪の事態を避けるために、譲歩をしようとしているという見方ができるからだ。ただし、これに関しては疑問もある。例えば、司法省はぎりぎりまで行動を起こさなかった。もし、司法省側が新しい提訴でMicrosoftを倒せるほど強力なカードを握っているなら、もっと前に行動を起こしてもおかしくないはずだ。

 2番目に考えられるのは、融和政策に切り替えた可能性だ。提訴されても何とか切り抜けられる自信はあるが、そこで被る社会的なイメージの悪化などを考えて、トラブルを避け歩み寄る路線に転換したというものだ。ただし、これは、Microsoftのこれまでの性格を考えるとあまりありそうではない。

 3番目に想定できるのは、これもじつはMicrosoftの戦術で、うまく司法省を押さえ込もうとしている可能性だ。つまり、Microsoftは司法省のカードはじつはそれほど強くないと見越していて、司法省のメンツを立てながら、実質的には自社に不利益にならないような和解条件を提示して話をつけようという可能性だ。

 もちろん、このほかにもまださまざまなシナリオがありうると思う。実際のところ、一体どう展開してゆくのかは、皆目見当がつかない状況だ。ともかく、ひとつだけわかっていることは、今週末が、Windows 98とMicrosoftにとって最大のヤマ場になったということだ。


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('98/5/15)

[Reported by 後藤 弘茂]


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