【コラム】


スタパ齋藤

月1回連載:スタパ齋藤のパソコン的衝動買い的日常コラム

第7回:電子辞書はSIIのTR-9700でキマリ!!




■日本語ってステキ

 改めて考えてみると、日本語IMEというのは非常に便利だ。というか、コレがないと、日本という環境でコンピュータを利用することが非常に難しくなる。IMEが死んだ時のことを考えてみてくれ。

 メールは "KONNICHIHA.IMA IME GA SHINDE IMASU.YOMINIKUKU TE GOMEN NE" みたいな、一見どこの国の言葉かわからないようなメッセージを送るハメになる。ホントにそうなった時など、あーどうして俺は英語圏に生まれなかったのだろうかー生まれてたらデフォルトでインターネット読めまくりで英文書けまくりでIMEのコト気にしないでもバッチグーだったのに〜、とか真剣に思ってしまう。ちなみに俺は、日本語IMEが死んだ時もそうだが、単に舶来製品のマニュアルを読んだ時とか、英語のWebページを読んだ時にも、どーして俺は日本人でアメリカ人やイギリス人ではないのかー、とイヤンな感じになる。

 が、日本語IMEが普通に使えている時は、まったくフィーリン'グッドであると同時に、日本人であることにある種の優越感をおぼえたりもする。

 というのはまず、日本語は非常に繊細な表現が可能であること。語彙の多さ、表現の文法的多彩さ、日本語表現に用いる文字だってやたら多い。同じ言葉を書き表すにも、漢字とひらがなとカタカナでは、かなりイメージが違ってくる。それだけ表現に細かなニュアンスを与えられるのだ。例えばホレ、貴方とアナタとあなたでは、かなりイメージが違うではないか。文字が26コ+αしかない英語圏だとyouだけだ。ふっ文化が浅いぜ、と優越感を感じる。

 それから、日本語の情報圧縮率の高さ。これは表現の繊細さや言葉の多さからくる利点だと思うのだが、特に漢字の情報圧縮性の高さは偉大だ。例えば、我々は一文字の漢字だけで、その意味するところや、情景や、音、肌触り、そしてさらには色や匂いまでも感じたりなんかする。たった一文字、2バイトだ。英語ではこうはいかない。

 他にも約256種類ほど日本語の優位さがあるのだが、まあその話は割愛するということにしておいて、とにかく、俺はかなり日本語が好きなのである。なので、本屋に行くとすぐに日本語関連の辞書なんかを買いたくなって、買って、結局は枕とか高さ調節用敷紙になったりしがちだ。だって、紙の辞書って検索しづらいんだもーん。検索性自体は低くはないのだが、検索に時間がかかってたまらんのだ。


■日本語が引ける電子辞書

 というわけで、俺のメインマシンには必ず、電子辞書の類がインストールされている。現在はアスキー『辞典盤Pro』だ。

 これは、EPWING1.0準拠の渋いヤツであり、広辞苑とリーダーズ英和辞典が1枚のCD-ROMに収められた凄いヤツであり、ライター家業には役立ちまくりの偉いヤツだ。電子辞書のメリットも大いにあり、語句で引けるのはもちろん、後方一致(コトバの後ろっ側がキーワードに一致する語句だけ表示するアレ)で引けたり、語句の意味の文章内からも引けたりする。その柔軟さを一度味わうと、部屋にある紙の辞書を全部燃やしたくなるという便利さである。

 が、ある時は、コレが使えねえ存在に思えたりもする。
 辞書というのは、日常便利である上に、マメに使うようにするとけっこうおもしろくなる。テレビを見ていて、アナウンサーが聞き慣れない言葉を使ったりしたとき、速攻で辞書を引いてみると、ほほぅそういう意味なんだァ〜と感心したり、ケッ言葉間違ってんじゃねえよプロかよホントによォなどと悪態をついたり、あるいは言葉のより深い意味を知れたりして、常々楽しめる。

 が、コンピュータの電子辞書だと、この“速攻で辞書を引く”とか“常々楽しむ”ということがやりづらい。コンピュータの電子辞書を使うには、まずコンピュータを起動したり、スリープ状態のコンピュータを叩き起こしたりするという些細な手間がある。この、些細だけど、辞書を引く気を萎えさせる手間が曲者だ。「引きたい」と思った瞬間に辞書を引き始められないと、あ〜やっぱどうでもいいや〜という怠惰な精神が素早く発生してしまうのである。

 だから、そーゆー使い方をする場合は、コンピュータ上の電子辞書よりも、紙の辞書の方がイイということも多いわけだが、紙の辞書だとパラパラめくるという最悪な手間がある。そこで便利なのが、電子辞書専用機、というか、電源を入れた瞬間引き始められるハンディな電子辞書だ。


■電子辞書にもいろいろあるが

 俺は10年ほど前、編集者という疲れる仕事をやっていて、ややもすれば現在より辞書を引く回数が多かった。担当した記事を全部読んでコトバの間違いがないかチェックしたり、よりナイスなキャッチフレーズを編み出したり、もちろんコトバが正しい意味で使われているかどうか確認したり、とにかく毎日辞書を引いていた。

 そんな状況で、いつも紙の辞書を引く面倒臭さを味わっていたので、いろいろと電子辞書を使ったりもした。が、当時の電子辞書はイマイチ感が高かった。語彙も少ないし、本文も少ないし、けっこうデカいし、文字を入力しづらいしで、ダメ感が強かったわけだ。

 ところがそれから数年すると、かなりイイのが登場した。型番は忘れたが、SII(セイコーインスツルメンツ株式会社)のハンディな電子辞書だったと思う。
 他のメーカーの電子辞書よりも抜群に使いやすく、マトモで、子供だましじゃなくて、使いモノになった。しかし、それは英語の辞書なのであった。でもヒジョーに使いやすかったので、よく使った。

SIIの電子辞書 TR-8000
標準価格35,000円

広辞苑第4版の文字情報を収録。語数約22万語
 あーこのくらい使いやすい日本語の辞書が出ないかなぁと思っていたら、知らない間に登場していた。これもやはりSIIの電子辞書で、型番はTR-8000。広辞苑を丸ごとカバーしている日本語電子辞書である。これは役に立ちまくりで、けっこう最近まで酷使していた。ひとつ残念だったのは、コレには英語の辞書が入ってなかったということ。

 上記の型番忘れちゃった型SII製英語辞書と、SII製TR-8000(広辞苑)をセットで使っていて思ったのは、あー2台持ち歩くのはかなりヤな感じだなぁということ。なので外出時はザウルスに搭載されている辞典機能(国語辞典、漢和辞典、英和辞典、和英辞典)を使った。このうち特に便利なのは、漢和辞典だ。辞書中最も引くのがかったりいとされている漢和辞典だが、ザウルス上の漢和辞典はまったく理想的な検索性を持っていて、何と、漢字のパーツから文字を探し出すことができる。ヘンとかツクリとか、そーゆーコトではない。漢字を形作るパーツをペンで入力すれば、同じカタチのパーツを含んでいる漢字を一覧表示してくれるのだ。もちろん、画数や読みでも検索できるが、読みも画数もわからないような……例えばうろ覚えだけどその漢字の一部分のカタチはハッキリ覚えているような時に、怒濤的に役立ってくれる。ザウルスの辞書は全体的にかなり便利に作られているのだが、SIIのハンディ機に比べると、語彙も本文も少ない。この簡易的な側面が残念と言えば残念だ。


SIIの電子辞書 TR-9500
標準価格43,500円

広辞苑第4版 22万語、英和9万語、和英7万語、類語3万語を収録。
幅165×奥行き120×薄さ28mm、重量325g。
 そこへ現われたのが、SIIのTR-9500。広辞苑と英和・和英辞典を収めた電子辞書だ。1台で3冊分の辞書の能力。加えて、高い検索性。オマケに、慣用句検索や成句検索や類語検索ができ、さらには文字の拡大ができちゃったりする。またTR-8000に比べるといくらかスピードアップもしている。すげえ!! これだ!! これなんだよ!! そう思って速攻で買った。これはホントに非常に非常に非常に便利である。例えば、映画のビデオを見ていて、登場人物が聞き慣れない英単語を発した時に引く。テレビを見ていて、気になるコトバが出てきた時に引く。漢字が書けない時に引く。もはや、上記の型番忘れちゃった型SII製英語辞書とSII製TR-8000(広辞苑)は不要だ。この約12×16.5×2.5センチの板をもっていさえすれば、日本語に不自由を感じることはない!! と確信した。

 ところが、もっとスゴイのが出た。TR-9500の後継機(!?)のTR-9700である。




■SIIのTR-9700でキマリ!!

SIIの電子辞書 TR-9700
標準価格43,500円

TR-9500の機能はそのままに、さらにコンパクトにした最新機種。
幅126×奥行き105×薄さ21mm、重量215g。
 どこが凄いのかと言えば、小さいのだ。126×105×21mm。ウォークマン程度。重さは200グラム程度なので、バッグに入れて持ち歩いても全然気にならない。ノートパソコンのようにパカッと開く構造もちょっとかわいくて、超小型コンピュータのようなデザインである。キー配列(QWERTY)も、TR-8000の頃から比べるとかなり洗練されていて、とても使いやすい。キー自体はポケット電卓みたいな感じの小ささなのだが、不思議と打ちやすい。HPの100LXはキーがすげえ小さいけど打ちやすいが、あんな感じの不思議さがある。

 とりあえず非常に小さく、使いやすさはそのまま受け継いでいるので、もうこれしかないという感じだ。受け継ぎついでに、TR-9500の辞書的内容をほとんどそのまま受け継いでいる。速度もそのまま受け継いでいる。悪く言えば“TR-9500を小さくしただけ”の電子辞書なのだ。が、よく言えば“TR-9500の機能が圧縮された”ような 感じなので、なんつーか、日本語と英語の情報圧縮能力の違いのような、ちょっぴり嬉しい優越感をTR-9700から得られる。

 TR-9700の辞書としての内容は、広辞苑(岩波書店の広辞苑第四版を網羅・収録項目数約22万語)、英和辞典(研究社の新英和中辞典第6版を網羅・収録項目数約9万語)、和英辞典(研究社の新和英中辞典第4版を網羅・収録項目数約7万語)、類語辞典(ホートンミフリン社のロジェII ザニューシソーラスを搭載)の4つの辞書。
これに、慣用句や成句の検索機能、スペルチェック機能、ジャンプ機能(ハイパーテキスト的リンク)、電卓機能などが加わる。

 要するに、これ1台あれば、まあたいていの場面で、英語と日本語を引けるようになるということだ。なので、俺はいつもこの最強に強まった電子辞書専用マシンことTR-9700を使っている。


■欲を言えば……

 SIIの電子辞書には、かなり長い間お世話になっており、また、これからもかなり長くお世話になるような気がするのだが、欲を言えば、もっともっと変貌を遂げていただきたい。

 例えば、搭載する辞書の種類をもっと増やして欲しいということ。広辞苑や各種英語辞典は便利だが、さらにコンピュータ用語辞典とか諺辞典とか名言名句辞典とか岩波の情報科学事典とかも入れて欲しい。デフォルトで入れるのには問題があるというなら、辞書カードみたいなモンで後から付加できるようにして欲しい。中途半端な内容だと売れないような気がするが、しっかりした内容の辞書や辞典を電子化すれば、例え値段が紙の辞書の数倍しようとも、買い求める人間はいる。絶対にいる。俺が保証する。最低限、俺が1コ買うから、お願いですから作ってください。

 特に強く思うのは、ライターとして思うのだが、日本語の類語辞典を入れて欲しいということ。いや、“入れる”のではなく、日本語類語電子辞書として発売するのでもいい。角川の類語新辞典みたいなのを電子化してくれれば、俺の貧相な語彙にもちょいとばかりはバリエーションがつく。

 それから、辞書の一部分を切り出してスクラップブック的にメモれたり編集できたり、画面を分割して複数の辞書や言葉を同時に閲覧できるような仕組みを作り込んで欲しい。ハンディ電子辞書に対する紙の辞書のメリットは、同時あるいは瞬間的に別のページを見られたり、アンダーラインを引いたり(して辞書に情報を付加できたり)することだ。この良さを電子辞書にも取り入れて欲しい。

 そしてやはり、画面をもっと大きく、スクロール等をもっと速くして欲しい。TR-9700は320×80ピクセルの画面で、まあこれでも十分に使いモノになるのだが、320×240ピクセルくらいあって、しかもバックライトだったりすると、劇的に使い勝手が良くなるだろう。

 まあ、きっと、内包するデータの版権にお金がかかっちゃったりしている世界で、しかも非常にコンシューマ色の強い製品だから、電子辞書の理想像を追求しまくるのはキツいのかもしれない。でもやはり、一電子辞書野郎として、もっともっと高度な進化をして欲しいと強く思う俺であった。

□SIIの電子辞書製品情報ページ
http://www.sii.co.jp/cp/index.html

[Text by スタパ齋藤]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp