【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

PCのビジネスモデルをモバイルの世界に持ち込む
-Windows CEチームに聞く今後の展開-


●PCの世界で成功したビジネスモデルをモバイルの世界に持ち込む

ミッチェル  Windows CEが船出をしたモバイルというマーケットには、すでにかなり先を行くライバルたちがいる。言うまでもなく、米国の「PalmPilot」、日本の「ZAURUS」だ。彼らの市場シェアは大きく、それがWindows CEの「PCコンパニオン(PC Companion、Handheld PCやPalm PCなどWindows CE ベースのモバイル機器)」戦略に対する大きなクエスチョンになっている。

 しかし、米Microsoft社のWindows CEチームの目から見ると、今のモバイルの世界はまだ黎明期。現在トップを走っているランナーも、握っているのは潜在的なシェアのごく一部分であり、まだ勝敗を決するようなレベルに至ってはいないと映るようだ。Microsoftのコンスーマープラットフォームズ部門で携帯エレクトロニクス製品ユニットのディレクターを務めるビル・ミッチェル博士は、その説明のために、少々古い例を引っ張り出してきた。

 「ラップトップ市場ではかつてKAYPROというメーカーがあったことを憶えているでしょうか。でも、今は誰もKAYPROを使っていません」

 米KAYPRO社は、80年代半ばに先陣を切ってラップトップPCを開発、市場を切り開いたメーカーだ。ところがその後、東芝やCompaqを始めとする大手がラップトップ市場に参入、その結果、あっという間に凋落して倒産してしまった。つまり、今の米3COM社やシャープの成功も、まだ市場の一部を開拓したにすぎず、「この市場は、これから拡大していこうとしている段階。ある1社が勝ったとはまだまだ言い切れない」(ミッチェル氏)というわけだ。

 この部分だけを抜き出すと、ミッチェル氏がアグレッシブな人物に聞こえるが、実際にはそうではない。どちらかと言うと、穏やかな印象の研究者肌の人物で、だからこそ、余計に自信が感じられる。では、どうしてMicrosoftはWindows CE戦略にそんなに自信を持っているのか。そのポイントのひとつはWindows CEのビジネスモデルだ。

 Microsoftには、非常に得意なビジネスモデルがある。それは、自分たちが開発したOSを、複数のメーカーにライセンス。ライセンスを受けたハードウェアメーカー同士を激しく競わせることで、そのOSを搭載したデバイスの価格を下げ、機能を向上させ、ラインナップを充実させ、マーケットを開拓するというものだ。また、共通のプラットフォームができあがることで、ソフトウェアメーカーも次々にそのプラットフォーム用のアプリケーションを開発するようになる。「結果として、ハードウェアでもソフトウェアでも、幅広いチョイスをユーザーに与えることができるようになる。これが成功の要因になると考えています。Appleのニュートンの例のように、1社だけでOSとハードウェアを作り、長い間持続していくのは難しい」とミッチェル氏は語る。

 もちろん、これはMicrosoftがPCの世界で成功させたビジネスモデルだ。Microsoftは、それをそっくりモバイルの世界に持ち込もうとしている。複数メーカーが製造するIBM PC互換機の上に載ったMS-DOS/Windowsというプラットフォームが、結果的に他のPCアーキテクチャとOSを駆逐したように、モバイルの世界でもスタンダードになろうとしているようだ。


●Palm PCとPalmPilotはカタチは似ているがソフトが全く異なると主張

 とはいえ、今のWindows CEにとっては、まだまだライバルは大きな存在だ。とくに、米国では今年前半に登場する予定の、Windows CE 2.0ベースのPDAタイプのペン入力デバイス「Palm PC」は、PalmPilotの大きなシェアに正面切って挑むことになる。

 しかし、Microsoftのコンスーマープラットフォームズ部門でコンスーマーアプライアンスグループのプロダクトマネージャを務めるジェームス・D・フロイド氏は、この両者の性格と方向性は大きく違うと強調する。

 「Palm PCとPalmPilotは、フォームファクタ(形態)が似ているからよく比較される。しかし、ソフトは全くと言っていいほど焦点が違う。Palm PCでは、データ入力も多様な方法が選べるし、WordドキュメントやHTMLなどの文書をリッチなフォントで見ることもできる。機能的には、Palm PCの方が格段に豊富だ」

 Palm PCの方が機能がリッチというのは確かに真実だ。しかし、PalmPilotの成功は、必要な機能を絞り、価格を米国でコンスーマデバイスが売れるポイントだと言われる299ドル(今は199ドルから)に押さえ込んだことだったはずだ。それに対して、Palm PCはオーバースペックのように見える。

 これについてミッチェル氏は「299ドルは確かに興味深いプライスポイントだ。Palm PCのパートナーにも、299ドルくらいで出してくるところがあるだろう」という。実際、Palm PCが初めて展示された今年1月の家電関連ショウ「Consumer Electronics Show (CES)」でも、韓国系メーカーはPalmPilotに対抗できる値付けをすると言っていたので、これは間違いがないだろう。

 しかし、初期の段階では、PalmPilot並みの価格にするのはメーカーにとって苦しいはずだ。というのは、Palm PCはPalmPilotよりも高速なMPU、大容量のメモリを搭載している。つまり、機能がリッチな分だけ、ハードウェアへの要求が高く、それが製造コストを押し上げている。CESでは「PalmPilotの原価は100ドルをおそらく切っているが、Palm PCではどうしてもその2~3倍になってしまう」と漏らす韓国メーカーもあった。そのため、低価格モデルを投入するメーカーは、メモリの量を削減するなどの対策を考えている。また、Palm PCでは、大半のメーカーが予定しているバッテリの駆動時間がかなり短いが、これも高速なMPUなどのためだという。

 しかし、こうした弱点がわかっているはずなのにMicrosoftの自信はゆらがない。それはなぜか? それは、おそらく時間が自分たちの味方だと知り抜いているからだ。Windows CEデバイスのように、ほとんどが半導体でできているシロモノだと、半導体の微細化が進み集積度の向上と消費電力当たりのパフォーマンスアップが起こると、すぐにコストも消費電力も下がる。じつは、これも、Microsoftのいつものパターンだ。Microsoftは、最初はハードウェアのスペックぎりぎりのところでOSを作り、ハードウェアが進化してそのOSの力を軽快に使えるようになるまで待つ。おそらく、Palm PCも同じ展開になるのではないだろうか。


●Jupiterに関してはノーコメント

 さて、MicrosoftはH/PC、Palm PCと展開した次の戦略として、「Jupiter(ジュピター)」というコード名で知られるWindows CE版サブノートを用意している。Jupiterに関するウワサは、報道情報以外にも業界のいたるところから流れて来ており、もはや公然の秘密になりつつある。しかし、今回、Windows CE 2.0発表で来日したスタッフは、予期されていたJupiterに関する質問を「まだ何も発表していない」という紋切り型の回答でかわし続けた。Jupiterを開発しているメーカーの大半は日本と言われている。その膝元で不用意なことは言えないということなのだろう。

 Jupiterは、登場するとWindows 95ノートPCにもインパクトを与える可能性もある。しかし、この点については、Windows CEデバイスが現在のWindows 95ミニノート/サブノートと競合するような形態になった場合という仮定の話として答えてくれた。フロイド氏は、H/PCで机をゴンゴンと叩きながら、「まず、Windowsサブノートではこんな扱いはできない」と言い、またブートアップ時間がかからないことやバッテリで長時間駆動できるといった利点を挙げた。実際、ミニノートやサブノートをもって歩くユーザーの大半は、PCの機能がすべて必要なわけではない。むしろ、軽快さや長時間駆動が欲しいはずだ。こうした要件を満たしながらミニノートクラスのディスプレイやキーボードを備えるなら、PCユーザーの間ではかなり人気が出る可能性があるだろう。


●Javaとのつばぜり合いも始まる

 MicrosoftがWindows CE 2.0日本語を華々しく立ち上げた、その翌週、もうひとつのモバイル陣営が発表を行った。モバイル版NC (Network Computer)規格「Mobile Network Computer Reference Specification (MNCRS)」の最初のバージョンが公開されたのだ。これは、日本の非Windows CEメーカーなどが主軸となっているもので、JavaのWeb機器用APIサブセットであるPersonalJavaかJava Application Environment 1.1をベースとする(OSとMPUは何でもいい)。PCコンパニオンとは真っ向からぶつかる規格だ。だが、こうした動きをMicrosoftは「PersonalJavaはどこだ? 実際には、買うことができない」(フロイド氏)と一蹴する。

 確かに、PersonalJavaデバイスは、まだ半周遅れのところにいる。しかし、Windows CEの前には、このPersonalJavaがかなりいやな敵として立ちふさがり始めたのも確かだ。例えば、今年1月、Microsoftは米国最大手のCATV会社Tele-Communications(TCI)社と、TCIの次世代ディジタルSTB(セットトップボックス、TVに接続する機器)にWindows CEを採用するという契約を交わした。ところが、TCIはそれと同時に、米Sun Microsystems社とも契約、PersonalJavaをSTBに採用すると表明したのだ。

 この件についてミッチェル氏は「TCIはすべてのSTBにWindows CEを載せることを発表しました。そのなかには、PersonalJavaが走るSTBもあるかもしれない。しかし、PersonalJavaはすべてのSTBで走るわけではない。それは、PersonalJavaを使うにはより多くのRAMが必要となり、TCIは対応するためにはRAMを増やさなければならないからです」と、PersonalJavaの契約にあまり実効性がないことを強調する。つまり、8MB程度のRAMでは、Windows CE上でPersonalJavaの環境を利用するには不足すると見ているわけだ。しかし、TCIがJavaをMicrosoftを抑えるためのカードとして使ってるのも事実。Microsoftが今後Windows CE戦略を推進してゆくと、反Windows CEのためにJavaやPersonalJava(あるいは組み込み向けのEmbeddedJava)プラス各社のリアルタイムOSやJavaOSをかつぐ動きが活発化するのではないだろうか。


●組み込みの世界にPCの世界の利点を持ち込む

 MicrosoftはWindows CE 2.0を組み込み用のリアルタイムOSとしても売り込もうとしている。これはPCコンパニオンやマルチメディア機器(STB)とはまた違う流れで、より市場は巨大だ。しかし、組み込み市場には数多くのリアルタイムOSメーカーがひしめいている。はたしてMicrosoftは、この分野で勝ち目があるのだろうか。

 「2つのキーがあります。ひとつは、Windows CEにはWin32 APIのサブセットがあり、Visual Basic、Visual C++、Visual J++が使えること。つまり、Windowsプログラミングを理解している250万人の開発者が簡単にアプリケーションを開発できるわけです。もうひとつはPCの世界でコア技術として開発されてきたもの、たとえば堅牢なTCP/IPスタックなどがモジュラー化されて提供されることです」

 こう説明するのはミッチェル氏。Windows CE 2.0のこの2つのアドバンテージは、現状では確かに大きな意味を持っている。それは、米国の家電業界に、「コンバージェンス(Convergence、収れん=米国で家電とコンピュータの融合のトレンドを指すキーワードとして使われている)」の嵐が吹き荒れているからだ。コンバージェンスデバイスでは、GUIやインターネットアクセス機能、ディジタル動画などマルチメディアデータの処理などが必要になる場合が多い。ところが、家電メーカーやメーカーの家電部門の開発陣は、こうした機能の実装に関する経験が浅い人がほとんどだ。Windows CE 2.0は、そうした開発者に、手軽な回答を提供できる。PCライクな機能を提供しながら、ROM化が可能でメモリもCPUパワーもPCほど食わない。ちょうどいいと思ったとしても不思議ではない。

 実際、このコンバージェンスブームを見ていると、Windows CEは「いい時に、いい場所にいる」という印象が非常に強い。ちょうどWindows CEのようなOSが求められ始めた時に、登場してきたというわけだ。もちろん、だからと言って必ず成功するとは限らないが、少なくともチャンスは大きい。じつは、それがWindows CEとこれまでのMicrosoftの家電向けプロジェクトの大きな違いではないだろうか。

 PCコンパニオンでは、Microsoftがまずリファレンスをパートナーと開発、そのリファレンスをベースにしたものを各ハードウェアメーカーに作ってもらうカタチを取っている。それに対して、組み込みでは、Microsoftとメーカーが1対1で、メーカー側の要求に合わせてWindows CEを提供する。だから、さまざまなデバイスが登場する可能性がある。CESでは、レストランのオーダーキオスクやハンドヘルドGPSデバイス、インターネット/ディジタルTV用STBなどが展示された。だが、もっとずっと幅広い展開が、今後は予想される。たとえば、コンビニのマルチメディアステーション、パチスロやスロットマシン、多機能電話、それから最近増えている電子メール受信機能を持った携帯電話/PHS端末、ディジタルTV用STB...。ウワサになっているものだけでもかなりの種類にのぼる。

 しかし、こうした高機能化する情報家電や機器ではニーズがあるものの、それ以外の機器への組み込みとなると状況はちょっと違ってくる。組み込みの世界では、クリティカルな部分はアセンブラコーディングにして、できるだけ性能をチューンするというのがこれまでは当たり前だった。また、必要な機能も限られている。こうした用途では、Windows CE 2.0の利点はふたつともそれほど重要ではなくなる。このあたりがどう展開するかは、組み込みの実例が出そろってこないと、見えてこない。


●新フィーチャは組み込み向けから実現

 ところで、Microsoftは、昨年9月に開催された開発者向けカンファレンス「Professional Developers Conference (PDC)」で、Windows CE 2.0移行のバージョンで実現するフィーチャを解説している。例えば、英ARM社のアーキテクチャのMPU「ARM」「StrongARM」のサポートなどだ。しかし、これは今回のWindows CE 2.0日本語のには入っていない。どうなっているのだろう。

 「ひとつ明確にしておきたいのは、こういった新しいフィーチャは、組み込み用のWindows CEで最初に実現し、それを他のカテゴリのWindows CEにも広げるというステップを踏んでいることです。ARMとStrongARMは英語版ではすでにサポートしていますが、今回発表した日本語版で入っていないのはそうした理由です。組み込み用のMPUは、各社がどんどん新しい製品を出してきますが、それに対してどんどん移植してゆく予定です。また、(PDCで予告した)USBとFastIRのサポートなどは、まだ将来の機能で、これも、組み込みでこのフィーチャを実現し、それから広げる予定(Windows CE 2.0車載版Auto PCではUSBなどが予定されている)です。また(今のWindows CEのシェル以外の)シェルの開発も、それぞれのカテゴリ別にユーザインターフェイスを作っています。OSのアンダーラインの部分の拡張、DirectXやビデオ(再生)のサポートなどは、H/PCというよりマルチメディアデバイスに向けて進めています」(ミッチェル氏)

 このDirectXサポートで気になるのは、もちろんセガ・エンタープライゼスの次期ゲームマシンだ。マイクロソフトでDirectXのプロダクトマネージャを務めるケビン・バッカス氏は、DirectX Dayで来日した際に「DirectX on Windows CEはSEGAのコンソール用に作っている。おそらく、SEGAが発表するまでは発表しない」と言っていた。しかし、これに関して、今回Windows CE 2.0チームからは何もコメントはなかった。

 また、Windows CEではActiveXコントロールAPIのサブセットがサポートされているが、Windows CEではローダーがWindows 95/NTとは異なるため、たとえx86上のWindows CEであってもPC向けのCOMオブジェクトをそのままは実行はできないという。Windows CE 2.0用にリコンパイルする必要がある。また、Microsoftが米General Magic社に出資をしたことで、同社の持つ「Serengeti」と呼ばれる自然音声認識サービスとWindows CEの連携がウワサされているが、これについては「MicrosoftはAppleにだって出資している。まだマイノリティの資本参加に過ぎない」(ミッチェル氏)とコメント、明確にはしなかった。


●Windows CEは累積50万台を出荷と発表

 「50万台」

 この数字は、今回ミッチェル氏が明らかにした(じつはCESでもこの見込み数字を発表している)、累積のWindows CEデバイスの出荷数だ。50万と聞いて目をむいた人も多いだろう。日本でのH/PCの小売りでの状況を見る限り、この数字はにわかには信じられない。まあ、確かにメーカー発表の出荷数ほど信頼できないものはないが、それでもH/PCがある程度の成功を収めたのは間違いがない。それは、バーチカルの分野だ。昨秋のCOMDEXでは、海兵隊の将校がビル・ゲイツ氏のスピーチに登場、H/PCで配下の部隊に命令する様子をデモして見せた。また、Microsoftもバーチカルでの大量導入の事例を盛んに取り上げる。

 これには、こんな背景がある。日本でも米国でもバーチカルでH/PCのような携帯端末を求めるニーズは非常に高い。流通業、飲食業、卸売業、製造業、倉庫、保険・金融業、ガス・電力供給業など、じつに幅広い業種でデータの参照と入力を現場で行ないたいという要求だ。こうしたニーズに対しては、これまではいわゆる『ハンディターミナル』というカテゴリの商品が各社から提供されて来た。このハンディターミナルのほとんどは、プロプラエタリなアーキテクチャで互換性が薄く、OSもさまざまなリアルタイムOSやMS-DOSで、しかも価格が高い場合が多い。H/PCが、このマーケットで大歓迎されたのは言うまでもない。しかも、Windows CE 2.0からはVBが開発環境として使える。企業にとってみると、携帯端末用のバーチカルアプリケーションがインハウスで簡単に開発できるようになったわけだ。この利点は大きい。

 バーチカルにまず浸透して、それからホリゾンタルのパーソナルマーケットへ。おそらく、Windows CEのPCコンパニオンの発展はこの順番で起こるのではないだろうか。


□関連記事
Windows CE関連記事インデックス


お知らせ:来週は著者WinHEC取材のため、連載をお休みさせていただきます。代わりにWinHEC速報を予定しておりますので、楽しみにお待ちください(編集部)

バックナンバー

('98/3/20)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp