【コラム】 |
●ベールを脱いだIntel740
米Intel社が、米Lockheed Martin社とAGP対応の3Dグラフィックスチップを共同開発すると発表したのは'96年5月。この提携は、PCのCPUとチップセットを握る巨人と、ハイエンド3Dチップメーカーの組み合わせとあって、当時大きな話題を呼んだ。Intelの強力な技術・製造力・マーケティング力に、Lockheed Martinの3Dグラフィックスでの技術蓄積がミックスされれば業界に大変動が起こる可能性もある、と騒がれたわけだ。そのため、当初は「Auburn」というコード名で知られていた共同開発チップの動向は、業界の注目の的になってきた。そして、あれから1年と9ヶ月。いよいよIntelが送り出す3Dグラフィックスチップ「Intel740」は、そのベールを脱いだ。
「3Dグラフィックスのクオリティ」 インテル日本法人は、Intel740の解説で、この言葉をしつこいくらい繰り返した。つまりは、それがIntel740の最大のアドバンテージであり、Intelの目指すビジュアルコンピューティングの重要要素というわけだ。このあたりは、ハイエンドのベンダーがパフォーマンスを第1のポイントとして打ち出して来るのとは対照的だ。
もっとも、それはIntel740の3Dグラフィックスのパフォーマンスが低いことを意味しているわけではない。Intelが発表したIntel740の3D Winbench '98の数値はPentiumII 300MHz搭載時で620(333MHzなら661)。3Dグラフィックスの場合は、どのフィーチャを効かせるかによってパフォーマンスがかなり変わるために比較は単純にはいかないが、Intel740のパフォーマンスが現在市場に出ているPC用3Dチップの中でトップクラスなのは間違いがない。しかも、Intel740の場合は、バイリニアMIPマッピングなどの処理の重いフィーチャを使った場合もパフォーマンスがあまり落ちないという特長もある。
ただし、Intel740の3Dパフォーマンスがいくら高いと言っても、それは現在発表されているチップと比較しての話。グラフィックスチップベンダーは今春以降、AGPの波が来てから2世代目のチップを発表し始める。そうした新世代チップと今年中盤以降競合した場合、Intel740がパフォーマンスでの優位を保ち続けるのは難しいかも知れない。Intelも、それがわかっているからこそ、クオリティという、より大きなアドバンテージを強調するのだろう。
●AGPを活かすことにポイントを置く
Intelが3Dグラフィックスのクオリティを上げるために採用したアプローチのひとつは「Precise-Pixel Interpolation (PPI)」だ。これは技術に新しい名前をつけるというIntelのいつものパターンで、サブピクセル単位で高い精度でインタポーレーションを行うと表現したほうが一般的だろう。ポリゴン内のデータの補間を行って中間データを埋める際に、1ピクセルよりも小さい単位で高精度に行う技術で、色の再現性を高くし、3Dグラフィックスのクオリティを上げることができる。
Intelのもうひとつの重要なアプローチは、AGPによるリッチなテクスチャだ。AGPを最大限に活かすというのは、Intel740の大きな特徴になっていて、アプリケーションが740に最適化されていれば、AGP 2Xモードの帯域のほとんどを使い切ることができると強調していた。Intel740ではAGP 2Xモード、Direct Memory Execution (DME)とside-bandアドレッシングなどをサポートしている。これらは、AGPグラフィックスチップでもサポートしていないチップがある。とくに、インテルが強調していたのはDirect Memory Executionだ。AGPでは、PCのメインメモリにグラフィックスチップが直接アクセスできる。Direct Memory Executionだと、大容量のテクスチャをメインメモリに置いて、それをビデオメモリにコピーしないで直接3Dオブジェクトに貼り付けることができる。Intelはデモで、32MBのテクスチャをDMEで貼り付けたり、DMEでもテクスチャ貼り込みミスなどが発生しないことを見せた。
●MPUを思わせるテクニック
また、AGPに最適化するためもあって、Intelは今回、Intel740の処理を細かなステージに分け、パイプラインを深くして各ステージが並列に処理できるようにした。Intel740では、長いパイプラインの上の方でテクスチャのリクエストを行ない、次々にステージを通って行っていよいよテクスチャを貼り込むという時になると、ちょうどテクスチャがメインメモリから読み出されて来るとインテルでは説明した。パイプラインをうまく使って、AGPのレイテンシを隠蔽してしまおうというわけだ。しかも、Intel740では、テクスチャのリクエストはアウトオブオーダー、つまり命令の処理順序に従わずに発行できる。こうした構成のため、Intel740は一部のAGPチップが持つ大容量のテクスチャ用バッファを持たない。
また、ディープなパイプラインと関連して面白いのは、Intel740では各ステージでどれくらいビジーかのステイタスをリアルタイムに見ることができる点。これを利用して、740が暇にならないようにトライアングルをホスト側から与え続けることができるという。
深いパイプラインにアウトオブオーダー実行、パイプラインを適切に埋めるスケジューリング。このあたりの技術は、どこかで聞いたことがある。そう、Pentium IIだ。もちろん、実際にはやっていることはかなり違うのだけれど、基本的な発想はかなり似ているような気がする。
●AGPのリファレンスに
さて、AGPに関しては、これまで「ローカルメモリの方が高速」とか「メモリの価格が下がってきているので意味がないのでは」といった非難を浴びてきた。この議論は、深いので避けるが、こうした意見が噴出した背景には、IntelがAGPだとこれができると明確に主張できるリファレンスがなかったというのもある。これまでのAGP第1世代のグラフィックスチップは、AGPをインターフェイスとしてサポートしても、AGPを活かす方向にはまだ向かっていなかった。AGPは実効は薄いけれども、対応するしかないという消極的な意見がチップベンダーでは多かった。
しかし、Intelは今回のIntel740の発表で、とりあえずAGPを布教啓蒙できる土台は手に入れた。Intelが望む方向に本当にAGPやグラフィックスチップの流れが進むかどうかはわからないが、IntelはAGPをアピールできる段階には入ったようだ。
●次世代3Dチップとの激しい競争に
では、実際にビジネスとしてはどうだろう。Intel740の34.75ドル/4,500円という価格は微妙なラインだ。これはnVIDIAのRIVAと同レベルで、オンマザーボードボードにはやや高すぎる。しかし、インテルではこの価格も下がる可能性も示唆しており、自社のマザーボードに載せてくる可能性も高いだろう。また、ファブレス(工場を持たない)メーカーがほとんどのグラフィックスチップベンダーにとって脅威なのは、IntelがPentiumの生産終了で空いてしまう0.35ミクロンプロセスの減価償却の終わったラインを使ってIntel740をがんがん生産できる点だ。メーカーによっては、Intelにかなり浸食されるところが出てくるかも知れない。
しかし、ハイエンドのグラフィックスチップベンダーは、Intelよりもずっとラジカルなテクノロジを用いてブレークスルーを狙っているところもあり、まだどうなるかわからない。Intel740のアーキテクチャは、3Dエンジンに関しては比較的オーソドックスなアプローチをしている。しかし、今年登場してくるチップには、根本から発想を変えた3Dエンジンを搭載するものも出てくる。たとえば、チャンキングなどTalismanのテクノロジの一部を取り入れたようなチップが登場するという。こうしたチップでは、高品質な3Dグラフィックスの実現に必要なメモリ容量やメモリ帯域も、従来の常識から変わってくる可能性がある。グラフィックスチップの流れは、まだどこへ向かうかわからない。
□参考記事
【2/13】インテル、3Dグラフィックチップ740を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980213/intel.htm
('98/2/13)
[Reported by 後藤 弘茂 ]