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DVD-RAM分裂!? ゆらいできたDVDの夢

●DVDが描いた夢

 それは急なできごとだった。今から約2年前の'95年9月、次世代の光ディスクの標準を巡って争っていた2陣営が融和、統一規格での製品化を目指すことを発表したのだ。これが、DVD規格の誕生だった。

 その直前まで、東芝、松下電器産業を中核としたSD陣営とソニー、フィリップスを中核としたマルチメディアCD(MMCD)陣営は熾烈な覇権争いを繰り広げていた。'94年後半から激しくなった次世代光ディスク開発競争は、95年に入り2陣営の対立に発展。SD陣営には日立製作所やパイオニアといった大手のドライブや家電メーカーが集結、一方MMCD陣営はコンピュータ周辺機器メーカーの支持を取りつけて睨み合っていた。両陣営とも製品化を急ピッチで進めており、このまま進めば、互換性のない2規格のディスクが世に出るという情勢だった。

 それが、2年前の合意で、大きく流れが変わった。2陣営が規格を統一することで、VHS対β戦争の再現は未然に防がれ、かつてない業界大同団結が製品化前に行われることになったわけだ。

 このDVD統一規格は、ご存じの通り家電とコンピュータの両方の世界にまたがるが、とくにコンピュータ業界では夢のメディアとして期待が盛り上がった。それは、DVD-ROMドライブだけでなく、互換性を持ったDVD-R(ライトワンス)、DVD-RAM(書き換え可能)ドライブを早期に製品化するとされていたからだ。この場合の互換性というのはPDのようにCD-ROMは読めるがPDのメディアはCD-ROMドライブで読めないという上位互換ではなく、DVD-RAMやDVD-Rで書き込んだメディアは、DVD-ROMドライブでも読めるし、家電プレイヤでも読めるという双方向の互換性だ。これが実現すれば、ディスクの互換性の壁が一気に消え去ることになる。

 このように、DVDでは家電からあらゆるコンピュータ用途まで、次世代のメディアを全てDVD系で統一するという壮大な構図が描かれた。そして、業界は一致団結してその普及を目指す……はずだった。つい最近までは。

●旧MMCD陣営の造反?

 すでに報道されているように、ソニーと蘭Philips Electronics N.V.社、米Hewlett-Packard社は、DVDと同サイズでディスクの片面容量が3GBの書き換え可能型光ディスクの規格を、欧州の規格審査機関「ECMA」に、5月14日に申請していたことを明らかにした。DVDフォーラムでは、7月末に「DVD-RAM 1.0」を策定したばかりだが、ソニー規格はそれとは互換性がないという。つまり、事実上DVD-RAMの対抗規格と見られるため、DVD-RAMの分裂、旧MMCD陣営の造反と受け止める見方も強い。

 だが、この新規格は、じつはギガバイトクラスの次世代ディスクを巡って今年に入り活発化している動きのひとつに過ぎない。ソニー・フィリップスの動きはDVD-RAMと直接ぶつかり、またMMCD陣営の離反と映るために、騒がれているだけだ。すでに、次世代ディスクでは、日立マクセルや三洋電機、富士通などが開発している片面6GBの光磁気ディスク「ASMO」、NECが開発している片面5.2Gバイトの「MMVF」など、同サイズのメディアを使った新規格が相次いで名乗りを上げている。いったい、DVDで次世代ディスクを統一をするという美しい構図はどこへ行ってしまっただろう?

●戦略が狂ったDVD

 一見、DVD構想からの離反と見えるこうした動きが活発化している背景には、DVD戦略の読み違えがある。

 DVDの当初の戦略は次のようなものだ。民生用に映画コンテンツを起爆剤としてプレイヤーを一気に普及させる。そして、その量産効果で部品コストを下げ、DVD-ROMドライブも高性能CD-ROMドライブと代わらない価格で提供できるようにする。さらに、普及したDVD-ROMドライブを土台に、それと互換性を持ったDVD-RとDVD-RAMを浸透させる。また、民生機器とコンピュータ用ドライブがそれぞれのメディアを読めるようにすることで、家電とコンピュータの相乗効果によるソフトの充実を図る。

 その当時、つまり'95年前半から中盤にかけては、メーカーは読みとしてCD-ROMドライブの高速化はせいぜい8倍速で止まり、そのあとは、8倍速CD-ROM相当の性能も持つDVD-ROMが入れ替わるというシナリオを描いていた。2陣営に分かれていた時は、'95年中の製品出荷を目指していたわけだから、これも現実的なシナリオだったわけだ。また、この時点では、ハリウッドもかなり乗り気のように見え、映画コンテンツが一斉に登場すれば、家電での魅力も出せると期待されていた。

 ところが、のっけからその目算は狂ってしまった。大同団結以降は、規格化が難航、製品計画は遅れ遅れ(もともとの製品計画もちょっと無茶だったが)になった。そして、ご存じの通り、待ちに待ったDVD登場も、あっけないほど地味なものになり、発売後半年以上経った今でも、その影は薄い。家電とコンピュータで一気にブレイクするという、当初のシナリオはどっかへ吹き飛んでしまったようだ。

 それにはいくつか理由がある。 1つ目は、規格や特許料の徴収方法などを巡ってメーカー間の対立が始まったことだ。これに関しては、何度も新聞などで報道されているが、ようは製品が出たあとに徴収できるロイヤリティを巡る戦いが始まったということらしい。こういう製品の場合、おいしいのは製品販売で直接得る利益よりむしろロイヤリティで、それをより多く得るためには、自社の特許技術をより多く規格に織り込み、さらに自社技術の特許料を高くする必要がある。

 2つ目は、一部のメーカーにとっては製品化を急ぐ理由がなくなってしまったことだ。2陣営に分かれていた時には、相手より先に製品化するためにどちらも必死になっていたが、今となってはそこまでする必要がない。

 3つ目は、ハリウッドとコンピュータ業界の綱引きの結果、DVD映画タイトルが出遅れてしまったことだ。DVDは映画を起爆剤にするため、ハリウッドの映画産業のバックアップが欠かせない。しかし、ハリウッドとしては、自分たちの資産をデジタル化することは、劣化のないコピーができる可能性を生むわけで、DVDに対して厳重なコピー防止策を求めた。ところが、コンピュータ業界はDVDのソフト再生を視野に入れていたため、専用チップなしでもプロテクトをデコードできるようにすることを求めた。これでゴタゴタした結果、映画コンテンツの出足がくじかれてしまったわけだ。

 4つ目は、PCの低価格指向が強まり、DVDコンテンツの再生に、専用チップ(MPEG2/AC3デコーダ)を使ってコストをかけていいという考え方が馴染まなくなってしまったことだ。MMXの登場もあって、PC業界はDVDのソフト再生をという方向に向かい始めている。そのためには、DVDをネイティブでサポートするWindows 98とPentium II、動き補償を取り込んだグラフィックスチップ、AGPがおそらく必要になる。つまり、それが揃うまでは、PC上でのDVDもブレイクしない可能性がある。

 こうした状況のため、今のところDVDは家電でもコンピュータ用でも魅力をうまく出せていない。新技術の出だしはこんなものという見方もあるが、最初に描いた夢が壮大だったために、ちょっと肩すかしを食らったような状況だ。そこで、DVDのブレイクは97年クリスマスでも無理で、98年クリスマスからが本番かも、という見通しまで聞かれる状態になってしまった。

●DVD-RAMのオルタナティブを求める動き

 さて、もともとDVD-RAMは、DVD-ROMのインストールベースが急拡大したら、その土台の上で普及させるという戦略だった。ところが、パソコン上でDVD-ROMの普及に疑問符がついてくると、DVD-RAMの戦略まで揺らいできた。そこで出てきたのが、DVD-RAMのオルタナティブもありうるという考え方だ。

 これは、「PCに必要なのは、読み出し専用のROMドライブではなく、むしろ読み書き可能なマルチメディア時代の大容量フロッピィディスク。ならば、DVD-ROM→DVD-RAMという戦略に乗らなくても、RAMドライブで優れた規格を出して事実上のスタンダードを確立してしまえばいいのでは」という発想だ。まあ、そこまで野心を膨らませてはいないかも知れないが、少なくとも、DVD-RAMにスキを見つけたと考えたのは確かだろう。

 実際、DVD-RAMは規格自体にも、それなりに弱点がある。ひとつは、現行の第1世代DVD-ROMドライブとの互換性が取れないことだ。DVD-RAMのメディアは、DVD-RAM対応の次世代DVD-ROMドライブでないと、読み出すことができない。

 この最大の原因は、DVD-RAMではランドグルーブ記録方式を取っていることだ。ディスクの溝(グルーブ)だけでなく山(ランド)と部分にも記録するランドグルーブでは、トラック幅を実質的に半分にすることができる。面記録密度を高めるにはいい方式だが、その反面、ヘッドの制御が複雑になるという難点もある。特に、DVD-RAMでは1週ごとにランドとグルーブを移動するので、制御が複雑だと言われている。つまり、DVD-ROMドライブもそれに対応しなければならないとなると、コストアップにつながる可能性があるわけだ。

 ソニーは、これに対して、ランドグルーブを使わない方式を支持してきた。今回の規格のポイントはどうやらそこにあり、DVD-ROMとの互換性が取りやすいことを売りにする可能性が高い。しかも、容量は第1世代DVD-RAMの2.6GBよりもやや大きい。もし、うまく支持を集めれば、実質的にDVD-RAMの座を奪うこともできるかも知れない。

 もうひとつの弱点は、容量がDVD-ROMより小さいことだ。じつは、東芝などDVD-RAM推進陣営は2段階で考えている。まず、既存のノウハウをベースに2.6GBのDVD-RAMを実現して、その次に4.7GBの次世代DVD-RAMを実現するというステップだ。東芝に以前インタビューしたときは、ランドグルーブ方式をプッシュするのも、近い将来に大容量化をしやすくするためだと明言していた。

 ところが、DVD-RAMは規格策定でもたついてしまった。そこで、その間隙をついて、新技術で一気に大容量を狙おうという発想が出てきた。それが、ASMOやMMVFという規格だ。これらの規格の基本にあるのは、'98年から'99年になると、もはや2.6GBでは中途半端な容量で魅力となり得ないという発想だ。こういう発想的はうまくするとかなりの支持を得る可能性がある。

 また、光磁気方式のASMOは、DVD-RAM構想の登場で打撃を受けたMOの巻き返しという意味もある。MOは、日本でこそある程度は普及したが、米国市場では鳴かず飛ばずで、そこへPDやDVD-RAMという話が出てきたおかげで、次世代の標準メディアとは目されなくなってしまった。しかし、MOの光磁気方式というのは技術的な蓄積があり、DVD-RAMが採用する相変化より、大容量化も(当面は)やりやすいのではという見方は以前からあった。また、ASMOでは、シークタイムも短くして、DVD-RAMが苦手なランダムアクセス性能を高めている。こうした規格は、CD-ROMやDVD-ROMとの互換を取るとしても上位互換で読み出せればいいと考えていると思われる。

 というわけで、パックスDVDできれいに収まるかと思われた次世代大容量ディスクの世界は、またもや混沌としてきた。しかし、大同団結後のDVDを見ていると、かえってこの方がいいのかも知れないとも感じさせられる。少なくとも、新しい技術、新しい発想は次々に出てくることになる。おそらく、DVD-RAMの製品化や次世代DVD-RAMの開発もピッチを上げざるをえないだろう。

('97/8/15)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp