後藤弘茂のWeekly海外ニュース


AGPとTalismanの行方が見えたMeltdown Tokyo

●Talismanリファレンスボードはキャンセル

 Microsoftの3Dグラフィックスハードウェアアーキテクチャ「Talisman」。これは、3Dグラフィックスを根本から再構築しようとするテクノロジであり、今から1年ほど前に発表された。3Dグラフィックスワークステーションレベルの性能を、通常のパソコンで実現することを目的とし、そのために従来の3Dグラフィックス技術とはかなり異なる方法論を採用したことで注目を集めた。この野心的な構想は、歓呼と(実現性への)不安の両面で迎えられ、そして、今年春までは、Philips Semiconductors社や米Cirrus Logic社など5社からなるチームが、複数のチップで構成するリファレンスデザイン「Escalante(エスカランテ)」の開発を進めていた。

 ところが、Talismanの存在を強調した「WinHEC」(4月に開催されたMicrosoftのハードウェア開発者向けカンファレンス)から1ヶ月半ほど経ってから、複数のグラフィックスハードウェア関係者が、Escalanteがキャンセルになったとささやき出し、実際にそのように伝えるニュースが米国のサイトに載り始めた。そして、今週水曜日に開催された「Microsoft Meltdown Tokyo 1997 記者技術セミナー」で、マイクロソフトのDirectXグループプログラムマネージャのMark Kenworthy(ケンワーシィ)氏は、Escalanteが解消されたことを正式に認めた。ただ、それはTalismanアーキテクチャを諦めたことを意味しているわけではないという。

 Kenworthy氏によると、「Escalanteは開発に長期間かかり、経済的に見合わないものになってしまった。その間に半導体の技術が進歩し(ワンチップに)大きな機能を取り込めるようになって来たために、シングルチップのアーキテクチャに変えることにした。それを今、各社が開発している。向こう1年間の間に、Talismanの全部かあるいは“一部”の機能を実現したチップが出て来るだろう」という。

●Talismanテクノロジはバラ売りへ

 実際、米Trident Microsystems社などは5月にTalismanアーキテクチャのワンチップを開発すると発表している。しかし、Microsoftはこの方針変更にともなって、Talismanのテクノロジのライセンス形態も変えたようだ。つまり、Talismanフルサポートのチップだけでなく、Talismanの技術の一部だけを取り込んだチップが実現可能になったのだ。これについて、Kenworthy氏は次のように語っている。

 「チップメーカーによるTalismanのサポートは、フルと部分的なものの2種類がある。というのも、Talismanは非常に多くの技術の集大成であり、その全てをサポートするのは大変だからだ。今は、チップメーカーはTalismanのなかから機能をピックアップできる。採用したい機能だけをいくつか選んで、自社のチップに組み込むことができる。すでに数社がそうしたチップを開発あるいは検討し始めている。また、完全にTalismanをサポートしたチップも登場するが、それは第2世代になるだろう。というのは、そうした(フルTalisman)チップはPentium Proよりも複雑なチップになるため、経済的な価格で提供できるようになるのは、半導体の製造プロセスが0.18ミクロンにならないと無理だからだ。(0.18ミクロンで製造できる)2000年になったら、30~40ドルのチップでTalismanを実現できると考えている」

 つまり、Talismanへのアプローチは2段階に別れるということのようだ。これは、現実的なアプローチだ。以前から、Talismanのフルサポートは、チップコストが高くなるために敬遠するメーカーが多かったからだ。たとえば、WinHECで、あるグラフィックスチップメーカーにTalismanのサポート予定について尋ねところ「3Dグラフィックスのアーキテクチャとしては素晴らしいが、グラフィックスチップに求められているのは3Dだけでなく、VGA互換性、2D性能、動画性能をバランスよく、しかも低コストに実現することだ。Microsoftは、そうしたPC用グラフィックスチップの実状を理解していないと思う」という答えが返ってきた。また、Talismanは3Dに特化していて、動画などを配慮していないと指摘する声もある。

●Pentium IIに迫る最新グラフィックスチップのサイズ

 Talismanが高くつくのは、そのロジックを実現するために必要なトランジスタ数が多く、ダイ(半導体本体)サイズが大きくなってしまうからだ。Talismanのドキュメントを見ると、メインの2チップだけでも、ダイサイズが128平方mmと80平方mm(いずれも現行のIntel MPUと同じ0.35ミクロンCMOS技術で製造した場合)となっている。これはそれぞれMMX PentiumとPentiumよりちょっと小さいだけだ。だから、フルTalismanのワンチップがPentium Pro(550万トランジスタ)以上になるというのもうなずける。

 PC用グラフィックスチップがMPUを上回るというのは、意外に聞こえるかも知れないが、じつはもう珍しいことでもなんでもない。現在の最先端ハイエンド3Dグラフィックスチップの搭載トランジスタ数は、すでに350万(Pentiumクラス、米nVIDIA社のRIVA128など)から650万(Pentium Pro/IIクラス、Number NineのTicket To Rideなど)に達している。ところがMPUは100ドル前後(Pentium)~500ドル以上(Pentium II)で売られているのに、グラフィックスチップの売れ筋は20ドル~30ドル。逆に言えば、このサイズのチップをグラフィックスチップとして受け入れられる価格帯にまで落とし込むには、製造プロセスが進化しなければならない。だから、フルTalismanチップは0.35ミクロンの次世代の0.25ミクロンでもまだ難しく、0.18ミクロンになる必要があるというわけだ。

 現状では高コストなTalisman。そのためにTalismanを敬遠する向きもある反面、Talismanの技術の一部なら取り入れたいという意見も多かった。Talismanの実像は複数の異なるテクノロジの集大成であり、それを切り分けることは可能だと言うわけだ。だから、グラフィックスチップ業界関係者のなかには、MicrosoftがTalisman技術を個別に提供する方向に向いたことを歓迎する声もある。

 たとえば、米Number Nine Visual Technology社のCEO兼会長のAndrew Najda氏は、「Talismanには魅力的な技術が多い。たとえば、3Dグラフィックスでスプライトのような効果を実現できる技術がある。この技術を使えば、動くモノだけをレンダリングして、背景はレンダリングし直さなくてすむ」「Talismanテクノロジの一部をピックアップできる新しい方式なら、Talismanのすべてを取り込んでトランジスタを無駄にしなくてすむので歓迎する。もし、Talismanの名前がなくなったとしても、その技術は実質的にDirect3Dの一部として残り、利用できるようになるだろう」と語っている。

 こうした流れを見ていると、どうやらTalismanは、Talismanという名前を冠した集大成アーキテクチャとしてではなく、Direct3Dの一部としてその技術がじょじょにサポートされてゆく可能性が高いようだ。実際に、すでにDirectX 5でもTalisman技術の一部がサポートされている。そして、チップメーカーの中にはTalismanをフルサポートするものもあるが、多くはその方向へは流れずTalismanをつまみ食いするようだ。Najda氏の言うように、おそらくTalismanという名前は消えて行くのではないだろうか。

●AGPのフルサポートはWindows 98待ちか?

 さて、Microsoft Meltdown Tokyo 1997 記者技術セミナーでは、Talisman以外にもさまざまなMicrosoftのマルチメディアAPI戦略/技術が発表された。詳細は広野氏のレポートを見てもらうとして、ここでは特に注目されるポイントだけをさらってみよう。

 ひとつはAGP(Accelelated Graphics Port)のサポートについて。AGPはソフトウェアでサポートされない限り、その利点を活かした使い方はできない。そのため、AGPのOSでのサポートは、AGP離陸のカギを握っている。WinHECでは、AGPがDirectX 5でサポートされWindows 98(Memphis)でも標準でサポートされることが予告された。DirectX 5ファイナル版がリリースされた今回は、それについてもう少し詳細が明らかになった。

 まず、Windows 95上でのAGPのサポートには、OSR2.1、DirectX 5、そして米Intel社の提供するVxD、AGP対応のドライバが必要となる。PCメーカーの場合は、これらは出荷する段階で揃えて出されることになるに違いない。ただし、Kenworthy氏によると、これでサポートされるAGPの機能は完全ではなく、AGPのフルサポートはWindows98/NT 5の上でしか実現されないという。

 「AGPのプロトコルはいくつもあるが、DirectX 5ではそのうちのひとつしかサポートされない。もっともパフォーマンスの低いものだ。つまり、高いプロトコルに対応したチップがその機能をフルに使うにはMemphisを待たなければならない。だが、(AGPの特長である)システムメモリに(グラフィックスチップが)アクセスできる機能などは、Windows 95プラスDirectX 5とMemphisで違いはない」とKenworthy氏は語っている。つまり、一部のチップメーカーが対応しているAGP 2Xモードなどは、使えない場合があるようだ。ただし、この件に関しては、まだMicrosoft側の言葉だけで、Intelに確認は取っていないので、確証はない。

●Direct3D対OpenGL

 また、今回目立ったのは、Direct3DとOpenGLを比較して、両者で性能差がほぼなく、ゲーム向けではDirect3Dが支持を得ているとしきりに強調したことだ。これには背景がある。じつは、1ヶ月半ほど前に有力な3Dゲーム開発者達が連名で、Microsoftに対してOpenGLをWindows 95/NTの3Dゲーム用APIとして推進するように求めるオープンレターを発表したのだ。その内容は、Direct3Dは使いにくくパフォーマンスにも問題があるので、ゲームにもOpenGLを使いたい。そのために、Windows 95で現在サポートされていないOpenGLのMCDドライバモデル(NTではサポートされている)をサポートして欲しいというものだった。

 しかし、Microsoftとしては自社が開発(実際には買収)した3D APIであるDirect3Dを中心に今後の3D戦略を建てているために、これは受け入れられない。そこで、今回、Direct3DがOpenGLに遜色がないことを強調したというわけだ。さらにMicrosoftは、Direct3DとOpenGLは対立するものではなく、OpenGLはWindows NTで業務用アプリケーションを、Direct3DはWindows 95がメインでコンシューマ向けでと棲み分けると説明。あくまでもコンシューマ向けはDirect3Dだとつっぱねた。これに関しては、まだひともめありそうだ。

●目立ったnVIDIAの新チップ

 ところで、Meltdownというのは、そもそもMicrosoftが各ベンダーに提供した互換性検証の場であり、グラフィックスチップ/ボードメーカー各社がテスト用のブースを開いている。そして、外部の記者にも一定時間、それが公開された。各グラフィックス関連メーカーの中で、今回目を引いたのは復活した米nVIDIA社だった。同社の最新チップ「RIVA 128」は、5GFLOPS(!)というとんでもない性能の浮動小数点セットアップエンジンを搭載、ピークで500万トライアングル/秒(アベレージ150万)の性能をカタログでうたう。確かに、デモを見ている限りでも目に見えて速い。

 しかし、性能より面白いのは、その戦略だ。同社は、一世代先の製造技術に合わせてチップを設計しているのだという。nVIDIAの戦略マーケティングのディレクタ、マイケル・W・ハラ氏によると「RIVA 128は350万トランジスタで約72平方mmのダイサイズで30ドル以下で提供する。これが'98年には0.25ミクロンが使えるようになり、ダイサイズは36平方mmになる。すると、現在S3やCirrus Logicが提供している20ドル以下の価格帯で販売できるようになる。その時になれば、当社はさらに700万トランジスタを使う次世代チップを開発する。RIVA 128を引きずらずに、ゼロからもう一度再設計するので性能はスケールアップする。おそらく2倍の性能にできるだろう。その新チップが0.18ミクロンが使えるようになる'99年には、20ドル以下の価格帯に降りてくる」という。

 しかし、ホントウにそれだけの性能の3Dグラフィックスが必要とされる時代が来るのだろうか。

□Microsoftが発表したTalismanの資料
「Talisman: Commodity Realtime 3D Graphics for the PC」
http://www.microsoft.com/hwdev/devdes/talisman.htm
□参考記事
【7/24】広野忠敏のMicrosoft Meltdown Tokyo 1997 記者技術セミナーレポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970724/meltdown.htm

('97/7/24)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp