後藤弘茂のWeekly海外ニュース



WinHECレポート続報

「Windows PCのハード進化をMicrosoftが主導」

●Microsoftの対NC戦略がWinHECで浮き彫りに

 '95年秋、米国ラスベガスで開催されたCOMDEXで、ある公開討論が行われた。その様子を伝える記事「Industry divides over predicted death of the PC」('95/11/17,The Financial Times)がなかなか面白いので、ここでちょっと紹介してみたい。

 このCOMDEXは、米Oracle社のラリー・エリソン会長兼CEOがNC (Network Computer)構想を唱えて話題になりはじめた直後に開催された。討論でもWindows PCに対するNCのチャレンジがテーマとなり、記事の中でも米Microsoft社のビル・ゲイツ会長兼CEOがそれに猛烈な反論を加えている。たとえば、「(NC構想は)ラリーがこの5年間もたらしてきた見当はずれの見通しの最新版」と攻撃、NCがPCのオルタナティブとなりPCが消えて行くという見通しは「バカげたアイデア(stupid idea)」で「絶対起こらないこと」と一蹴、そして「6ヶ月後にどうなっているか見ようじゃないか」と言い切ったという。

 さて、あれから1年半。ゲイツ氏のNCやそれに類するコンセプトに対する姿勢はどう変わっただろう? 先々週開催されたWinHECのキーノートスピーチのあと行われたQ&Aでの、一連の質問に対するゲイツ氏の回答では、NCに対する同社の最新の姿勢が明確に映し出された。

●NCは非互換だとゲイツ氏は主張

 まず、最初の質問では、PCの複雑さに対する回答として提示されたNCを、ゲイツ氏がどう評価するかがズバリ質問された。

 それに対して、ゲイツ氏は、NCは明確に定義されたものではなく、また非互換だと応酬。その場合の互換性というのは、PCとの非互換だけでなく、NC同士でもメーカーによって互換がないことだと指摘して、(オープンプラットフォームのはずの)UNIXがメーカー間の差異によって互換性が弱められた事例を挙げた。そして、その上でMicrosoftは互換性を保った解決策を提示すると答えている。これは、明らかにWindowsPCをベースにしたNetPCを念頭に置いた答えだろう。

 さて、NCの互換性についてどう捉えるかはマチマチだが、Windowsの複雑さから逃れようというNCがWindowsと非互換なのは当然の話だ。逆に言えば、Windows PCであるNetPCは、互換性を断ち切ったNCほどすっきりしたTCO削減のソリューションにはなりえない。これは、米国の調査会社Gartner Groupが1月に発表したレポート「Gartner Group reveals new total cost of ownership study; Network computersgenerate 26 to 39 percent cost savings」などを見ても明らかだ。

 また、NCの基本的なコンセプトはWebブラウザの上でプラットフォームインディペンデントなHTMLやJavaプログラムを実行することで,ブラウザ下のOSやMPUの違いを隠蔽することにある。それによって、互換性のためにワンプラットフォームに縛り付けられた今のPC業界の構造から、メーカーやユーザーを解放するわけだ。だから、PCのような意味での相互の互換性がないというのはコンセプト上、当然のこととなる。

 ゲイツ氏は、NCが、メーカーの連携が不十分だったためにデスクトップ市場を取る好機を逃してしまったUNIXと同じ運命をたどると言いたいわけだが、HTMLやJavaといったインターネット/イントラネットスタンダードが確立している(しつつある)現在では、UNIXの場合のように非互換性が障壁になるとは一概に言えない。ようは、このコンセプトが受け入れられるかどうかで、これに関してはまだ決着はついていない。というか、結論が出るのはこれから先だ。オープンということで多数のメーカーが参入し、ユーザーが支持すれば大きな流れとなるだろうし、そうでなければしぼむだろう。

 もっとも、NCを推進する企業の足並みがそろわなければ、ゲイツ氏の指摘の通りUNIXの二の舞になる可能性も高い。NC推進企業各社はそれぞれ同じ市場を巡るライバルでもあるわけで、一丸となってコトに当たりにくい構造にある。NCがメーカーによる囲い込みソリューションになってしまうと、PCに対する競争力は持ちにくいだろう。

●WebTVはWindows CEデバイスへと

 NCについての質問に続いては、買収したばかりのWebTV Networksに関する質問が出た。ゲイツ氏は互換性が重要と主張するが、それならなぜ(Windowsと)互換性のないWebTVを買ったのかというクエスチョンだ。

 これに対して、ゲイツ氏は、「(PCでTVをみようとスピーチで言ったが)すべてのTVにパソコンが接続されるわけではなく、家庭向けの低価格の端末市場もありうる」と説明した。そして、WebTVにWindows CEを搭載する計画があることを明らかにして、PCのサブセットになるという将来像を示した。

 つまり、企業用NCとは異なる家庭用インターネット家電市場は、Windows 95/NTではなくWindows CEで開拓することを明確にしたわけだ。ただし、WebTVもWin32 API互換路線に組み込まれることで整合性を取った。一応、これで筋は通っている。これなら、「パソコンでTVを観る」という路線がコケたとしても、TV市場で巻き返せる可能性があるというわけだ。しかし、これだけでは、すでに独自路線を進んでいるWebTVをなぜわざわざ抱え込んだ(それも結構な金額を払って)のかは、説明されていない。別に、最初からTVメーカーにWindows CEを売り込んでもよかったはずだ。

 これについては、以前、米WebTV幹部にインタビューした時にもらったヒントがある。そのときは、Microsoftとの提携発表直後だったので、Microsoftにノウハウだけを取られてしまう可能性はないのかと聞いてみた。そこでWebTV側が明かしたのは、同社がTVでフリッカーを見事に除去する技術を含めて、TV向けに開発した各種技術を45のパテントで守っていることだった。「われわれは技術を守っている。だからMicrosoftも手が出せないので提携しようと持ちかけてきた」と言っていた。Microsoftは、おそらくインターネット家電の中では突出したWebTVの技術を取り込み、それを今後のWindows CE搭載インテリジェントTVの土台に据えるつもりなのだろう。

●NCよりライト(?)なWindows Terminal

 WinHECの直前、ゲイツ氏はMicrosoftがWindows Terminalに取り組んでいることを初めて明らかにした。そのため、WinHECでもWindows Terminalに関する質問が飛び出した。

 Windows Terminalについて、ちょっと簡単に説明しておくと、これはWindowsアプリケーションを上で走らせて、その表示だけを端末側に持ってくるX端末と同じコンセプトのマシン。NetPCの資料に登場するWindows Terminalは、4MB ROMに4MB RAMを搭載した500ドルからのマシンとなっている。ちなみに、このコラムでは、すでに2回、MicrosoftがWindows Terminalに取り組んでいる可能性があると指摘してきた。(「Windows TerminalもMicrosoftの戦略に入ったのか」「Windows CEデバイスでWindowsアプリを走らせるのが狙い?」)

 じつは、これまでもWindows Terminalというのは製品化されてきた。米Wyse Technology社の「Winterm 2000シリーズ」が典型だし、多くのNCが同様の方法でWindowsアプリケーションをサポートしている。基本的にはWindows PCであるNetPCに対して、アプリをサーバー上で動作させるWindows TerminalではOSはWindowsでなくてもよくなる。つまり、条件はNCとまったく同じになるわけだ。そこで質問も、NCとWindows Terminalはなにが違うのかという点を突いてきた。

 それに対するゲイツ氏の答えは次のようなものだ。「ローエンドデバイスが必要ならWebブラウザはデバイスに置くべきではない。Webブラウザは大きく、またどんどん変わりつつあるからだ」「われわれの提供するシンプリシティは、ビデオプロトコルを使うもので、ターミナルは非常に安価になる」

 つまり、MicrosoftのWindows Terminalはローエンド向けに絞り込んだソリューションであり、ローカルにはWebブラウザのような重いソフトウェアは置かないシロモノとなる。そして、Webブラウザを載せたタイプのNC(NCリファレンスプロファイル準拠のNCなど)は、ローエンドデバイスを求めるユーザーにとっては複雑すぎると言いたいわけだ。

 もっとも、この発言を額面通り受け取るのは考えものかも知れない。個人的な感想を言えば、Microsoftが近い将来、いまのNCと同じようなデバイスの戦略を登場させたとしても不思議はないと思う。

 というのは、この布陣だと、NetPCとWindows Terminalの間には、Webブラウザをローカルで実行する低価格イントラネット端末というNCと直接対決する戦略が抜けてしまうからだ。そして、これこそが今注目を浴びている新デバイスのカテゴリであり、大化けする可能性がある部分だ。もし、ユーザーがこうしたデバイスを求めていて、NCへの支持が急拡大した場合、今のMicrosoftの戦略では対応できない。

 ただし、NCと同じタイプのデバイスの戦略を発動させたら、Microsoftにとってアイデンティティの問題が生じるのも確かだ。NCの主張を100%認めたことになり、「stupid」と言ったのはどうなると攻撃されるのは目に見えているからだ。また、NetPC戦略との関係も微妙になってしまう。だが、それでも、MicrosoftはNCをやる可能性はかなり高い……と思う。そうした場合にメンツにこだわらずに、当初は猛攻撃した相手の主張や戦略を取り入れてしまうというのがMicrosoftのパターンだからだ。

 したたかに、悪く言えば節操なく戦略を変えるのが、この世界企業の怖いところであり、また嫌われる原因でもある。実際、冒頭の発言から今までの1年半の間にも、NCやインターネット家電に対するMicrosoftの姿勢はかなり変化してきている。あと6ヶ月後、Microsoftがどういう戦略を展開しているか、なかなか興味深いところだ。

('97/4/21)

□Financial Timesのホームページ
http://www.ft.com/
□Gartner Groupのホームページ
http://www.gartner.com/

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp