後藤弘茂のWeekly海外ニュース


NCはどこへ消えた?

静まり返ったNC (Network Computer)陣営

●昨年11月でパタっと止んだNCフィーバー

 NC (Network Computer)はどこへ行ってしまったのか?

 昨年、コンピューティングのパラダイムを変えるとあれだけ大騒ぎしたというのに、今はNCの姿がまったく見えない。昨年12月以降は、一時の盛り上がりがウソのように静まり返っている。NC自体も一般人の前には登場しないし、動向もほとんど聞こえてこない。米Oracle社、米Sun Microsystems社、米IBM社といったNCメーカー推進各社は、昨年12月ごろから突然だんまりを決め込んでしまったようだ。なにより、過激なMicrosoft攻撃がなりを潜めている。

 昨年10月から11月にかけて、NC陣営はMicrosoftに総"口撃"をかけた。たとえば、米Oracle社のラリー・エリソン会長兼CEOは自社イベント「Oracle OpenWorld」のスピーチで、「PCは過渡期の技術、大きくて複雑すぎた蒸気エンジンと同じ」とPCを切り捨てた。エリソン氏によると、コンピュータ業界は15年ごとに大変革が起こるという。1950年にはメインフレームが、1965年にはミニコンが登場、1981年にはIBM PCが姿を現した。つまり、1996からは、NCの時代が始まると主張したわけだ。

 だが、NC時代到来をリアルに感じる人はほとんどいない。業界人でない、ふつーの人なら、NCなんてほとんど知らないし、関心も持っていないのが現状だ。どうしてこんなに盛り下がっているのだろう?

●期待を盛り上げすぎた反動

 ひとつは、もちろん盛り上げすぎた反動だ。あれだけハデにぶち上げたのに、そのあとが続かずモノが出てこなかった。その結果、NC陣営の声も小さくなったので、尻つぼみになってしまったのだ。

 たとえば、Oracleは11月にOracle仕様のNCのハードウェアが出荷開始されたと発表した。しかし、NCサーバーソフトは、その時点で間に合わなかった。ネットワークに依存するNCの場合、サーバーがなければただのハコに過ぎない。NCのハードが用意できたと言っても意味はないわけだ。

 NCサーバーをトライアルユーザーに提供しているという現時点でも、OracleはまだNCサーバー登場と強力に打ち出して来ない。なんとなく、すっきりしない状況だ。そのため、一般社会は、Oracle NCが離陸したというイメージを持てないでいる。

 また、家庭用NCでは欠かせないサーバーサービスを提供するプロバイダも名乗りを上げたところがほとんどない。ホームユースでは、NCはNCサーバーでサービスを提供するプロバイダがいなければ、使えない。それがはっきりしない現状では、ホーム市場に本当にOracle NCが入って来られるのかどうかすら見通しがつかめない。

 また、NC推進各社は、昨年決めたNCの共通ガイドライン「NC Reference Profile」をじつは内部ではアップデートしている。仕様を協議する第3者機関の設立を図っていたはずなのだが、それもアナウンスされていない。

●企業向けNCはもともと地味な存在

 盛り上げすぎた反動が激しい原因には、そもそも企業向けNCというのが地味な存在だという要素も大きい。企業向けのNCは、電器店でバンバン売られるモノではなく、ベンダーやSI業者などを通じてシステムとして導入される形が主体となる。おそらく、当初はダム端末やX端末などの置き換え、1人1台のイントラネット端末としての導入、あるいはホテルのセットトップボックスなどの代替といった形で浸透し始めることになる。これはOracleの企業向けNCだけでなく、SunやIBMにも共通する。パソコンの必要はないが、安価な情報端末が必要な分野から浸透するというわけだ。結構、地味な存在なのだ。それを、あれだけガンガンぶち上げたから落差が大きくなったわけだ。

 また、こうしたデバイスには、トライアルフェイズが必要だ。大手顧客企業やSI業者などが試験導入、実地で検証するという期間が必ずある。NCの現状は、このトライアルファイズにさしかかったところで、本当に浸透するにはタイムラグがある。逆に言えば、あれだけあおったのは、トライアルをする企業ユーザーのNC期待ムードを盛り上げるためだったわけだ。

 だが、実際の導入となると、ハデな宣伝文句よりも、NC推進メーカーの姿勢や製品といった実質が問われる。NCメーカーは、NCによりコンピュータのトータルの所有コスト「TCO (Total Cost of Ownership)」を下げられるというのを切り札に迫るわけだが、企業としてはなかなか導入に踏み切れない。いくつかの不安材料があるからだ。

 企業の情報システム担当者にNCについて聞くと、決まって口にするのが「NCを導入しても、将来その製品が提供され続けるかどうかが不安」というポイントだ。NCがアダ花で終わってしまった場合、導入したシステムは時代から取り残されてしまうことになる。それだけの危険は犯せないというわけだ。

 運用実績がないことも大きな不安材料だ。これに関しては、OracleやSun、IBMといったNC推進メーカーが、自社内で実際にNCを使ったシステムを構築、それを大々的に発表して示す以外にはない。当事者が導入して実績を作れないものを導入するユーザーはいないだろう。

●不鮮明なロードマップ

 方向が定まっていないように見えることも、NCへの不安を増幅させている。たとえば、Oracleの場合、今後どう進展するのかのロードマップがあまり明確ではない。あるNCメーカーは「盛り上げるのはいいけれど、Oracleは何もマイルストーンが決まっていない。メーカーとしてはどうしたらいいのかわからない」とこぼしていた。

 また、Oracleに関しては、NCを企業とホームのどちらに先に売りたいのか、ARM版とIntel版の位置づけはどうなるのか、こういった路線もわかりにくい。じつは、直接聞けば、答えは返ってきたりするのだが、すっきりした路線を明確に公にすることがなかなかできないらしい。このあたりは、コンシューマ向け製品メーカーと大きく違う点だ。

 わかりにくいのは、IBMやSunでも同じだ。どのメーカーも、内部ではロードマップを持っていたとしても、その情報を積極的に公開しようという姿勢が薄い。そのため、先行きが不明瞭だ。

 IBMの路線が不鮮明な原因は、NC開発が複数の部門にまたがっていることにも起因しているかも知れない。たとえば、出荷を始めた最初のNC「Network Station」は、AS/400部門が開発したもので、先日Lotusphere 97で公開したLotusソフトをベースとしたNCは別プロジェクトだ。IBMはNC部門を作ったが、これでIBMのセクショナリズムの壁を取り払って明快な路線を打ち出せるのかどうかはまだわからない。

●TCO削減の方向は業界のコンセンサスに

 もっとも、NCメーカーの打ち出したTCO削減やネットワーク中心といった方向自体が間違えているわけではない。その証拠に、Microsoftでさえ、今やNetPCとZero Administration Windows構想として、同じダイレクションを戦略の中に取り入れている。これは、企業向けNCの突きつけたテーゼがMicrosoftにとって本当に脅威だったということを示している。

 また、企業の導入担当者の間で、依然として企業向けNCへの関心が高いのも事実で、米国の専門誌系ニュースサイトでは、NCを導入するかどうかといった記事をよく見かける。NCは、企業ユーザーの世界のものという本来の姿に戻ったとも言えるかも知れない。そして、米国の企業ユーザーの間では、NCはまだスタートしたばかりのアイデアというわけだ。

 結局、NCというのは、まだ揺籃期にあり、本当に受け入れられるかどうかがわかるには時間がかかるというだけ話だ。Microsoftが迅速に効果的な対抗策を打ち出せれば失敗するだろうし、そうでなければ市場にある程度は食い込むことができるだろう。本当にNCがパラダイムシフトを起こすとすれば、食い込み始めてからだ。NC陣営は、こうした現実と幻想の間のギャップをうまく埋めて、期待を持続させてゆく必要があるだろう。

('97/3/10)

[Reported by 後藤 弘茂]


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