後藤弘茂のWeekly海外ニュース

【年末特別編】


ジョブズ氏、Appleに帰る

Appleが期待するジョブズ効果は何か。ジョブズ復活劇の裏側

 自らが創立した米Apple Computer社を追われてから11年。米コンピュータ業界の伝説のひとりスティーブ・ジョブズ氏は、古巣に帰ってきた。電撃的なApple-NeXTの結婚というニュースとともに。そう、今回の買収劇で、もっともクローズアップされたのは、買収によるOS戦略や技術的なポイントなどではなく、「ジョブズ氏の帰還」という事実だった。それだけ、Appleにとってジョブズ氏は特別な存在であるわけだ。

 よく知られた話だが、ジョブズ氏は、スティーブ・ウォズニアック氏と一緒にわずかな資本金と自宅ガラージをもとにAppleというコンピュータ業界のトップメーカーのひとつをスタートさせた。そして、それ以来8年間、Appleを追われるまで、この特殊な会社で、進むべき方向を示すビジョナリとして君臨した。彼の強力なビジョンがMacintoshという魅力的なマシンを生み出したのは言うまでもない。

 そして、彼は今、帰ってきた。何をするために?

 ...そう、ジョブズ氏は、一体、Appleで何をするのだろう?

 じつは、米NeXT Software社の幹部たちはそれぞれAppleのなかでそれなりのポジションを割り振られたのに、ジョブズ氏の買収後の肩書きは明確になっていない。アメリオ会長兼CEOのアドバイザー的立場になり、さまざまな決定に関与することになると発表されただけだ。経営陣、つまりAppleのボードメンバーに入るというアナウンスもされていない。これは一体、どうなっているのだろう?

 ニュースサイトの記事を眺めていると、その背景がある程度は見えてくる。いくつかのニュースは、AppleとNeXTのこの慌ただしい買収交渉のなかで、ジョブズ氏がAppleのボードメンバー入りを求めないという申し出をしていたと伝えている。発表後のインタビューでも、自分は単にパートタイムのアドバイザーだと強調したと書かれている。つまり、ジョブズ氏が経営陣入りせずに、アドバイザーというあいまいな立場になったのは、ジョブズ氏の意志であるらしい。

 その理由は、想像がつくような気がする。85年にAppleを出たとき、ジョブズ氏は同社のボードメンバーや出資者と対立、追い落とされる形だった。対立のポイントは、ジョブズ氏がビジョンばかり追いすぎ、頑固で傲慢な態度を取ったことにあったとよく言われている。泥仕合だからことの真偽はわからないが、Apple経営陣には、まだジョブズ氏に対する警戒心が残っている可能性は高い。そこで、ジョブズ氏は、その警戒心を解くために、経営に直接参画しないことを表明したと考えることができる。つまり、自分の存在がApple-NeXT交渉の障害になるということを意識して、ジョブズ氏は自分がアドバイザー以上にはならないと宣言したのではないだろうか。また、逆を言えば、ジョブズ氏は、そこまでしても、なんとしてもAppleに復帰したかったということになる。

 では、Appleはジョブズ氏の復帰で何を得るのだろう。それは、魅力的なビジョンを提示できるビジョナリだ。

 アメリオ氏は有能な管理者であることをこれまでに立証したが、ビジョナリではないことも改めて示した。しかし、他の企業はともかく、Appleという企業だけは、先導するビジョナリがいなければならない。それは、Appleにビジョンがあると思うからこそ、忠誠心の高いユーザーや先進性の強い開発者がこの会社についてくる、という構図があるからだ。

 ジョブズ氏の復帰は、今のAppleに欠けている、この部分を補完できる。事実、ニュース記事を読んでいると、アメリオ氏はジョブズ氏が才能豊かなビジョナリであることをしきりに強調している。きっとアメリオ氏は、買収交渉中の何回かのミーティングで、NeXTを加えたAppleの未来を描くジョブズ氏のビジョンを見せつけられたのだろう。そして、そのビジョンに感銘を受けたから、NeXTと組むことにしたのではないだろうか。

 その才能を、今後、ジョブズ氏はApple社内外に対して示して行くに違いない。というか、それを期待されているのではないだろうか。Appleに加われば、立場はともあれジョブズ氏はどこへ出てもビジョンを語るだろうし、ジョブズ氏が語ればマスコミも誰もが取り上げるだろう。そうすれば、Macintoshの未来を強くポジティブに打ち出すビジョンが、広く知らしめれれることになる。その宣伝効果をNeXTの価値に加えれば4億ドルは安い買い物だ。

 そして、ジョブズ氏と氏の示すビジョンは、Macintoshを愛着を持つユーザーにとっては強力なメッセージになるだろう。彼らの多くにとっては、まだジョブズ氏はヒーローなのだ。そして、そのビジョンによって、ユーザーがAppleの未来を信じ、ロイヤリティが高まれば、開発者も鼓舞される。そうなれば、サードパーティに、新OSへの移行などのこれから先のハードルを越えさせることができるというわけだ。実際、Adobeなど古くからのAppleコミュニティの一員だけでなく、Netscapeなどがいち早く新OSに支持を表明するというウワサが流れている。そうした反応をうまく引き出せれば、ジョブズ効果があったことになるだろう。

 ここで面白いのは、アメリオ氏がいくつかの記事のなかで「ジョブズ氏が欲しいからNeXT買収したのではない」と強調していることだ。きっと、誰もが同じことを思い、ジョブズ氏とNeXTの技術とどっちが欲しかったのかと質問したに違いない。NeXTの技術と製品が重要なのは確かだが、ジョブズ氏というのも重要な買い物だったのではないだろうか。

 だが、もちろんビジョンだけでは製品はできない。そのビジョンに裏打ちされたモノをいつ見せることができるかが問題だ。また、ジョブズ氏という、強烈な個性を、アメリオ氏など今のAppleの首脳陣がうまく乗りこなすことができるかどうかもわからない。

□参考記事
【12/21】米Apple、4億ドルで米NeXT Softwareを買収、ジョブズ氏も古巣に復帰
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/961221/apple.htm

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('96/12/24)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp