後藤貴子の 米国ハイテク事情

ハイテクが引き起こしたカリフォルニアの停電

●安く豊富な電気を前提にしたアメリカンライフ

 米国に暮らし始めてすぐ、フロアスタンドを買いに行ったことがある。アパートの天井に電灯が備え付けになっていなかったからだ。電器屋であれこれ見て驚いたのが、照明器具の消費電力の高さだ。日本だと、電気代節約のために照明を蛍光灯にしている家庭が多いが、米国の電器屋で蛍光灯の照明はまず見かけない。電球やハロゲン灯が普通だ。ハロゲン灯になると、灯りにハエが触っただけでジュッと焼け死んでしまうほどの熱を発しており、もちろん消費電力も数百Wはある。

 文化評論ではよく、欧米の家庭が電球好きなのは、温かい色の光で陰影を楽しむためだ、とかと言われる。だが、それが意味しているのは、誰も消費電力を優先したりなどしないということだ。おまけに米国の場合、もっと電力消費量の多いヒーターやコンロも含め、全部電気という住宅やアパートも多い。私のいたアパートもコンロは電気だったし、安アパートにも関わらずバスルームに電気ヒーターがついていて、これがなかなか重宝だった。

 結局、そんなライフスタイルが可能なのは電気代が安いからなのだ。

 同時に、そうしたオール電気の生活は、電気の安定供給が信頼されている証でもある。ところが、その信頼が先日、崩れた……。そう、日本でも大きく報道された、シリコンバレーを含む、北カリフォルニアの停電騒ぎのことだ。

 この停電は、実際には停電と言ってもローリングブラックアウトといって、細かく分けた地域ごとに数十分ずつの停電を起こしていって全体の電力消費量を抑え、本物の大停電を防ぐための計画停電だ。また、北カリフォルニアでは前から何度も「停電注意報」が出されてもいた。それでも、住民にしてみれば、突然、停電が起きることにかわりはない。

●停電の根本原因はハイテクによる需要増加

 今回の停電騒ぎの直接の原因が、カリフォルニア州の電力料金自由化政策の失敗にあったのは、日本でも報道されたとおりだ。発電業者からの電力の卸価格が高騰したのに、小売価格は規制されたままだった電力会社が資金難に陥り、自社発電所用の燃料購入資金も底をつき、発電業者にも電気を売り渋られた。それで供給不足になってしまったのだ。

 だが、その卸価格高騰の理由は需給バランスの崩れにある。つまり、需要が増加しているのに供給がタイトだから、電気が値上がりしてしまったのだ。そして、最近の急激な需要増加の理由はパソコンとインターネットの普及にある。米国では家庭の50%以上にパソコンが行き渡り、今も増え続けているし、どのオフィスでも、パソコンその他のコンピューターがうなりをあげている。おまけに、例えば1.5GHz Pentium 4のTDP(サーマルデザインパワー)は54Wと、性能アップと共にコンピューター1台1台の消費電力もどんどん上がっている。

 さらに、シリコンバレーのある北カリフォルニアでは、「サーバーファーム」の集中がこの状況に輪をかける。

 サーバーファーム(サーバー農場)とは、データベースサーバーやWebサーバーが山のように置かれた、データセンターなどのIT関連企業のオフィスのことだ。サーバーファームは年中無休で電気を食う。その電力消費量は普通のオフィスの数倍から10倍以上だと言われる。

●停電の危険はどこにもいつでも

 電力消費が増えても、供給も増えるなら問題はない。だが、なかなかそうはいかない。カリフォルニアは環境問題に熱心な土地柄なので、新しい発電所を簡単に作れないからだ。最も電気を欲しがっているIT企業でさえも、「自分の家の裏庭」に発電所をとなると、首を縦に振らない。例えばCisco Systemsは新社屋そばの火力発電所の計画に、環境を悪化させると反対したという。

 そこでこれまでは、カリフォルニアの電力会社はオレゴンやネバダなどの隣接州から電気を買っていた。だが、それらの州でも好景気とハイテクブームのせいで電力消費が増え、よそに回せる量が減ってしまっている。

 これが意味するのは何だろう。

 一つ、それは、シリコンバレー周辺では、今のままでは停電はいつでも起こりうるということだ。実際、北カリフォルニアでは6月にも部分的な計画停電を余儀なくされたし、停電注意報はもう年中行事化している。

 二つ、それは、停電はバレー周辺だけでなく、米国中どこでも起きうるということだ。カリフォルニア近辺の州の例に見るように、米国中、どこでも電気の需要は増えているし、程度の差こそあれ、供給を簡単に増やせない状況も同じだからだ。

 三つ、停電にならないまでも、米国のあちこちで電気料金が上がる可能性があるということでもある。北カリフォルニアではすでに電力会社救済のために州政府が税金を投入しているので必至だろうし、停電の起きなかった南カリフォルニアでも、住民に電力料金値上げのお知らせが届き始めている。

 つまり、米国人の「快適な電化生活」や「スマートなハイテク社会」の足元が揺らいでいるのだ。Eコマースだ、ホームネットワークだ、ワイアレスだとはしゃいでいたら、その大前提である電気が足りなくなってしまったというわけだ。

●米国人の志向は省エネより電力増産か?

 では今後、米国のハイテク社会はどうなるだろうか。
 米国の場合、社会全体で省エネをといっても、そう簡単には進まないだろう。

 まず、パソコンやインターネットは、もう動かしがたい社会のインフラだ。これを今さら逆戻りさせることはできない。

 次に、それ以外の省エネを奨励しても、あまり期待できそうにない。なぜなら、米国人は「消費は美徳」に慣れすぎているからだ。特に電気やガソリンなどのエネルギーは、これまで安くてたっぷり提供されるのが当たり前だった。だから今よりちょっと電気代が高くなっても、彼らがライフスタイルを変えてハロゲン灯を蛍光灯に付け替えたり、電気ヒーターの代わりに灯油ストーブがブームになったりするとは思えない。自分の節約で家庭の電気代をやりくりしようというよりは、電力会社や自治体に抗議する方向に向かうのが米国人だ。

 ということは、消費者の抗議を受けて、基本的には米国は電気増産の方向に向かっていくだろう。火力や原子力は環境上の反対が大きいから、風力、太陽熱、地熱などの発電が進むかも知れない。

 それより前に、サーバーファームがバレー周辺からもっと電力の豊富な地域に脱出し始めるかも知れない。(全くの想像だが、ネバダ州のラスベガス近郊の砂漠などが人気になるかも知れない。砂漠でソーラー発電が出来るし、コムデックスでハイテク人種にはなじみのある場所だし、飛行場なども整っている。)

 もっとも、米国人が省エネが苦手としても、技術革新による省エネなら進むかも知れない。例えば実際、Crusoeのように、低消費電力のCPUはすでに登場している。企業も、この停電騒ぎを契機に、より省エネ型のコンピューターを導入するようになるかも知れない。

 ところで、これは対岸の火事かというともちろんそうではない。ハイテク化で電力需要が増えている状況は同じだから、日本でも電力不足の危機は起きうるだろう。

 むしろ、電力会社の力が強すぎ、企業の売電もうまくいっていない日本では電力増産は簡単にいきそうにないから、米国より問題は深刻になるかも知れない。すると、その解決策は、パソコンメーカーや家電メーカーの省エネ製品作りの努力に委ねられるのだろうか。それとも停電の危機が原発の発電量増加の口実にされるのだろうか。

(2001年1月23日)

[Text by 後藤貴子]


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