第76回 :Intel製超低電圧プロセッサの発表後も衰えないCrusoeの勢い |
日本で多くのOEMベンダーを集めたTransmetaは、某雑誌で年間トレンドランキングのトップ5に入る注目 (信じられないことにPCではなく一般誌でだ) を日本で獲得しているが、たしかにここしばらくは悪いニュースが続いた。株主でもあるIBMとCompaqがCrusoe採用を見合わせたため、特に米国のIntel派アナリストから「ホレ見たことか」という厳しい意見も出始めている。
実際のところ、Crusoeを採用しているPCベンダーは、TransmetaとIntelの両方に対して、どのような見方をしているのだろうか。Transmetaを採用するPC開発者の何人かに話を聞くことができた。
● 実はCrusoe機を作るのは難しい
CrusoeはPCチップセットのノースブリッジに相当する機能を内蔵したプロセッサであるため、チップカウントも減り設計はより簡単になっている……と考える人も多いだろうが、実際にはCrusoe搭載機の設計難易度はモバイルPentium IIIよりも遙かに高いのだそうだ。
なぜならIntelのチップセットは、メモリのアクセスタイミングなど、他チップと協調動作する部分に大きなマージンを取った設計を行なうことで、部品間の相性などの問題を解決している。ところが、Crusoeではメモリアクセスのタイミングが厳しい上、利用しているメモリのメーカーや品番ごとに、x86命令をエミュレーション実行するCMS (コードモーフィングソフトウェア) のリビジョンを変えなければ正常に動作しないこともあるという。
詳細な理由はわからないが、CMSがパフォーマンスを出すため、メモリアクセスタイミングに強く依存した動作を行なうのかもしれない。いずれにしろ、メモリのメーカーやロットを揃えられるメーカーでなければ、製造面でも若干の問題を抱える可能性があるわけだ。
加えて新参者のプロセッサを採用する場合には、避けて通れない詳細な動作検証のプロセスもみっちりと行なわなければならない。Crusoeを採用するために必要なPCベンダーの努力は、かなり大きなものになると言えるだろう。
それにも関わらず、これだけ多くのPCベンダー (COMDEX/Fall 2000では、Crusoe採用ベンダーにカシオも加わっている) が採用したのは、他に選択肢がなかったからに他ならない。もちろん、そこには小型のデバイスが受け入れられやすい日本市場の特質もあるとは思うのだが。
● 0.975Vで動作するモバイルPentium III
ところが米国市場においてTransmetaは、より厳しい目で見られている。IBMが採用を見送ったというニュースも、COMDEX/Fall 2000前の悪いタイミングで流れてしまった。その理由は6セルの大容量バッテリで8時間駆動を目標にしていたのが、6時間にしかならなかったためだという。
バックライト付き液晶パネル採用で1.5倍にもなればかなり良好な成績だと思うが、これが単なる言い訳だったことはすぐに判明する。COMDEX/Fall 2000で行なわれたIntelの記者説明会では、超低電圧版モバイルPentium III/500-300MHzのデモに使われたのが、IBMがCrusoeを搭載する予定だったThinkPad 240だったからだ。Intelによると、このモバイルPentium IIIが300MHzで動作する時の電圧は1Wをわずかに切る0.975Vとのこと。さらに、実際にこのプロセッサが出荷されるときまでには、0.95Vにまで下げられるようだ。
超低電圧版モバイルPentium IIIを搭載したThinkPad 240の試作機は、大容量バッテリー搭載時で6時間。これはIBMが目標に達しないとしてCrusoeを不採用にした成績と同じ数字である。つまり、IBMはバッテリ持続時間が思ったより伸びなかったからCrusoe採用を見送ったわけではないと考えられる。
● B5にはCrusoeは不要? そんなことはないというCrusoe採用ベンダー
Intelの変化は、この超低電圧版モバイルPentium IIIをリリースしようとしていることだけではない。これまでハイエンドで一本化されていたモバイルプロセッサを、ターゲットとするフォームファクターに合わせて別々に示し始めたことが大きな違いだ。
小型フォームファクター向けの超低電圧版モバイルPentium IIIも、今回は500MHz版をデモしてみせたが、ロードマップには来年後半に600MHzという数値が書き込まれており、2002年に出荷予定の0.13μ版低電圧プロセッサでは、700MHzを越えるクロック周波数に達する。
Intelは熱設計電力(TDP)の上限について語っていないが、超低電圧プロセッサの製品ラインはプロセッサ単体のTDPで8Wを越えることは今のところなさそうだ。この数値では、Crusoeが搭載されているような小型PCで冷却ファンを無くしてしまうことはできそうにないが、B5ファイルサイズクラスの薄型ノートPCならば、Crusoeを使わなくともファンレスを実現できるだろう。ロードマップを示したことにより、PCベンダーも採用しやすくなった。
このようなことから、僕はB5クラスのノートPCは、Intelもかなり巻き返しを計るのではないか。もしかするとCrusoeはインターネットアクセスデバイス向けでしか生き残れない可能性もあると考えたのだが、Crusoeを採用するPCベンダーに聞いてみると、これが全然そんなことはなさそうなのである。
もちろん、Intelのソリューションを全く意に介していないというわけではない。様子を見ているのである。最近のIntelは様々なトラブルで、すっかりオオカミ少年扱いになっているところがある。そもそも、Coppermine系のプロセッサは、需要に全く応えられていないとPCベンダーたちはこぼす。
そんな中、超低電圧版モバイルPentium IIIを、必要な数を適価で購入できるかどうか危ぶむ声がある。超低電圧モバイルPentium IIIは1.6V動作なら850MHz品として出荷できるほどの選別品で、それに低い電圧をかけることで消費電力を削減している。
しかしいくら低電圧という付加価値があるにせよ、最高500MHzの動作しか保証しないプロセッサをハイエンドの850MHz版と同じ価格で売るわけにもいかない。PCベンダーの懸念は、数が足りない時、Intelは価格の高い高クロック版を優先して出荷するのではないか、という疑いが生じているようだ。
「Crusoeの性能向上ペースが少しでも中断することになれば話は変わるが、今のままならばB5クラスでもCrusoeそのものを採用する意味は十分にある」とPCベンダーが話すのは、Transmetaが低消費電力専門のプロセッサベンダーだからだろう。
いずれにしろ、これまでは全く無視されてきた低消費電力の分野で、2つの企業が競争してくれることはユーザーにとって望ましいことだ。Transmetaがいなければ、Intelも超低電圧版モバイルPentium IIIなど開発しなかっただろう。今度は、Intelに刺激を受けて株式公開で資金を得たTransmetaに良い影響を及ぼすことを期待したい。次期主力プロセッサのTM5800は、来年の比較的早い時期に0.13μmプロセス、800MHzで登場してくるようだ。
[Text by 本田雅一]