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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

なぜIntelがピアツーピア? それは、CPUパワーが欲しくなるから


●P2Pの話に終始したゲルシンガー氏のスピーチ

 これって何のカンファレンスだっけ?

 そう思ったのは、Intelのパット・ゲルシンガー副社長兼CTO(Intel Architecture Group)の「Intel Developer Forum(IDF)」(8月22~24日、米サンノゼ)でのキーノートスピーチの最中。P6(Pentium Pro/II/III/CeleronのCPUコア)アーキテクトのスピーチだというのに、CPUのテクノロジの話は一切登場しない。PCハードウェアの話すらしない。話す内容は、Intelのビジネスとは直接関係がない次世代ソフトウェアのビジョン“ピアツーピア(Peer-to-Peer:P2P)”だけ。あのゲルシンガー氏が、まるでMicrosoftやSun Microsystemsの幹部のように、ソフトウェアの今後について語ったのだ。

 Intelの次世代プロセッサや次世代ハードウェアのビジョンが見事に欠けた今回のIDFで、Intelが目玉として持ってきたのがP2Pテクノロジだ。誤解を生みかねないこの用語は、現在、セントラルホストを持たない分散処理型のアーキテクチャ全般を指して使われつつある。インターネット上での音楽ファイル共有サービス「Napster」が花開き、そして法的問題を引き起こしたことで、一躍脚光を浴びているが、考え方自体ははるか以前からあるものだ。

 Napsterはファイルの共有を実現するが、Intelもソフトウェア企業の多くと同様に、P2Pをコンピューティングパワーの共有まで広げたいと考えている。その意味では、P2Pは分散コンピューティングの新しい衣ということになる。また、Napsterは、インターネット上での個人ユーザー向けのサービスだが、Intelはソフトウェア企業の多くと同様にP2Pが企業ネットワークの新しいパラダイムにもなりうると考えている。企業ネットワークをサーバーへの集中型から、クライアントコンピュータへの分散型へ切り替えようというわけだ。


●「あなたはCPUパワーが欲しくなる」Intelの新しい呪文が“P2P”

 では、なぜIntelがP2Pなのか。それは簡単な話だ、Pentium 4が売れるようになるからだ。つまり、ハイパフォーマンスのクライアントPC向けCPUが売れるようになるのだ。単純化すると「企業ネットワークでP2Pを取り入れる→クライアントコンピュータに負担がかかる→クライアントコンピュータのCPUパワーが必要となる→よりパフォーマンスの高いCPUがサーバーだけでなくクライアントにも欲しくなる→Pentium 4が売れる」という構図となる。

 Intelのビジネスモデルは、依然としてハイパフォーマンスCPUが売れることで成り立っている。クロックの高いCPUほどマージンが大きいからだ。ところが、今では多くのユーザーはCPUパワーに不足を感じなくなってしまっている。これでは、低マージンのCPUばかり売れるようになって、現在の投資規模を維持するだけの利益を上げられなくなってしまうだろう。

 この問題は今に始まったものではなく、IntelはこれまでもハイパフォーマンスのCPUを必要とするアプリケーションを一生懸命プッシュしてきた。それは、例えばソフトウェアベースのビデオカンファレンスだったり、インテリミラーリングやウイルスチェックなどのバックグラウンドタスクだったりした。つまり、オフィスアプリケーションに必要なラインを超えてしまったCPUパワーを必要とするアプリケーションの普及を懸命に探っていたのだ。そして、その“CPUパワーが欲しくなる呪文”の最新のバージョンがP2Pだったというわけだ。


●きな臭いP2Pの今後の展望

 では、P2Pが、これまでのIntelの“CPUパワーが欲しくなる呪文”と同じように、的はずれな話かというと、そういうわけではない。分散コンピューティングは、ネットワーク環境の正常進化の先にあるもので、正しい道程だからだ。エンタープライズコンピューティングは、これまでの歴史でも集中と分散との間を振り子のように揺れて来た。そして、今回はP2Pで、サーバーへの集中から、再びクライアントへの分散へ揺れ始めたように見える。その意味では、Intelの今度の呪文は、基本的には正しい理解に基づいている。

 ただし、話はそこで終わるほど単純ではない。IntelはP2Pの例として、NapsterやSETI@homeプロジェクト、あるいはIntel社内のエンジニアリング部門でのCPUパワーのシェアリングなどを挙げた。こうした、専用のソフトやサービスでのシェアリングはこれまでもあったし、今後も続いてゆくだろう。

 しかし、問題はこの先、コンピューティングリソースをもっと自由にシェアしようという時のスタンダードがどうなるかだ。それは、分散コンピューティング環境のスタンダードの争いであり、次のレベルのOS戦争とも言える。Microsoftの「.NET」戦略も、基本的にそのラインにあるわけで、ソフトメーカー同士の、非常にきな臭い戦争が見えている。

 「Peer-to-Peer Working Group」まで設立したIntelは、その真っ只中に突っ込むつもりなのだろうか。


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(2000年8月28日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp