●ぬぐいきれない危機感
ここ数年、国内で出荷されるPCの数は増え続けている。普通に考えればPC業界にとってはめでたい限りで、その最末端にぶら下がっている筆者のようなフリーランスにとっても結構な話だ。にもかかわらず、筆者は現状に関して、ある種の危機感を感じている。今、PCを買ってくれている人のうち、どれくらいが将来もPCのユーザーとして定着してくれるのだろうか、と。
そもそもPCは、特殊な商品である。PCは個人が購入可能な低価格の汎用コンピュータだ。基本的に多用途であり、特に定まった用途があるわけではない。つまり、PCをどう使うかはユーザーしだいであり、ユーザーはPCというものにより積極的にかかわる必要がある。現在は、最大公約数的なハードウェアに、これまた最大公約数的ソフトウェアをプリインストールして出荷することが一般化しているとはいえ、用途に応じて自らがソフトウェアやハードウェアを構成する、というのがPCの本質だと思う。
PCベンダが出荷した後、ユーザーにより構成が変更される可能性が高いということは、ユーザーが高い自由度を持つということを示す反面、PCは常に不確定要素(不安定性)を持つことを意味する。PCが実際に使われる構成を、PCベンダは想定していないかもしれないからだ。いつまでたってもPCからユーザーサポートという要素がなくならないのも、自由と引き換えに不安定性を持つという、PCの本質にかかわるものだからだ。
●PCを使う2種類のユーザー
こうしたややこしいPCを現在購入している人は、大きく2つに分かれるように思う。PCでなければならない人と、PCである必要はないのにPCを買わされている人、の2種類だ。前者はPCで何かをしたい人であり、後者は何かをするのにたまたまそれがPCである人、と言いかえることもできる。インターネットを利用するのに、他に適切なデバイスがないから、ややこしいPCを使わされている人は、実はかなりいるのかもしれない。こうした人は、他に適切なデバイス、たとえばInternet Appliance(IA)などが登場すれば、PCを使うのをやめIAの利用者となるだろう。
冒頭で述べた筆者の危機感は、現在PCを購入している人のうち、どれくらいの割合がPCでなければならない人で、どれくらいがPCを買わされている人なのか、ということに起因する。Applianceは、基本的に単機能の専用機で、PCが持つ自由度はない反面、それがゆえにプラットホームとしては安定している。だが、用途が限定されたApplianceからは、新しい何かが登場してくる可能性がない。主観的な言いかたをすれば、Applianceには胸がときめかないのである。
特定の用途を満たせるという点で、Applianceは多くの人にとって十分なものかもしれない。汎用のコンピュータであるPCの市場は、きっとApplianceより小さいのだろう。だが、何か新しいものを生み出す力を持つのはPCだと確信する。もしPCがなかったとしたら、MP3に代表される圧縮技術を用いた音楽の流通やLinuxは誕生しただろうか。これらのものが登場するには、プログラマブルな汎用コンピュータであるPCの存在が不可欠だったハズだ。しかも、単に存在するだけでなく、誰もが利用できるよう安価に、広く流通していなければならない。多くのユーザーに使われる中で、優れたアイデアが生まれると信じるからだ。将来にわたってPCの市場規模を一定以上に確保することは、極めて重要だと思う。
そう考えて現状のPC市場を見た場合、果たして望ましい方向に進んでいるのだろうか。Applianceが登場したら消えてしまう“PCを買わされているユーザー”がいる対極に、PCそのものがPCを利用する目的になっている極めてマニアックなユーザーが存在する。筆者は、必ずしもオーバークロックが悪いこととは思わない。やりたければ自分でリスクを負える範囲でやれば良いと思う。だが、ユーザーとPCのかかわりが、オーバークロックばかりというのはイビツだ。
●PCも袋小路に向かうのか
おそらくオーバークロックを意図したものであろう巨大なヒートシンク、特殊な冷却デバイス等が、一部の販売店だけでなく、幅広く売られている様子を見ると、筆者はあるものとの類似性を感じずにはいられない。それはホビーとしての「オーディオ」だ。かつてオーディオフェアは、晴海の見本市会場を埋め尽くすほどの規模を誇っていた。それが今や、ビル内の会場で細々と続けられているに過ぎない。あれだけあったオーディオ雑誌の大半は、すでに消えてしまった。筆者の目には、現在PC向けに売られている特殊なヒートシンクや特別製のケーブルが、オーディオブーム末期の特殊なスピーカーケーブルにダブって映る。そして、その先は袋小路なのに、と思ってしまうのだ。
筆者がこうした危機感を感じるきっかけになったのは、大型PC量販店に併設されている書籍売り場のありさまだ。Windows 95がブームになった頃、大型量販店の書籍売り場は、お客でごったがえしていた。後発の大型店は、客寄せを狙い、こぞって1階に書籍売り場を設けたものだ。それが、今ではあの熱気がウソのように、まばらにお客がいるだけだ。中には1階から書籍売り場を移したり、売り場面積を縮小した量販店もある。
もちろん、あの頃と違い、今は情報を入手する方法が増えている。特にInternet経由で入手可能な情報量は飛躍的に増大した。わざわざ書籍を買わなくても、情報は入手できているのだ、という見方もできる。だが、筆者には、新しくPCを購入しているユーザーの多くが、かつてのようにPCに対して積極的ではないのではないか、PCを買わされているユーザーが増えている証なのではないかと思えてならないのだ。
(2000年7月19日)
[Text by 元麻布春男]