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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

X-Boxの勝算とプレイステーション2の死角


●ゲーム市場では新プラットフォームでも勝てる

 ゲームコンソール業界の新参者Microsoftに、はたして勝ち目があるのか? じつは、意外にありそうなのだ。

 PCの世界なら、これだけ出遅れてしまえば勝ち目は薄い。ところが、ゲームコンソール業界はPC業界とは違う。まず、プラットフォームの継承性はそれほど大きな要素ではないので、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)のプレイステーションという巨大な資産は、プレイステーション2(以下PS2)の成功を必ずしも意味しない。また、PS2自体にも、開発環境の面で大きな死角がある。さらに、Microsoftは、カネがモノを言うこの市場に、膨大な資金を投入できるだけの体力がある。

 PCでは、プラットフォームの継承性はもっとも重大な問題だった。エンドユーザーは同じアプリケーションを使い続けられることを望んでいて、継承性のないプラットフォームは成功できなかった。だからMicrosoftとIntelの世界が続いているわけだ。

 ところが、ゲームコンソールでは(少なくともこれまでは)そうではなかった。プラットフォームが変わるたびにそれまでの資産がご破算になり、勝者が変わる。それもおよそ5年というあわただしいサイクルで、新しいプラットフォームへ移ってきた。前の時は、プレイステーションが競り勝ったけれども、今回の勝負はまだこれからだ。PS2がプラットフォームとしての地位を確固としたものにするには、まだ時間がかかる。


●ハードルの高いPS2ゲームの開発

 それに、PS2では、プレイステーションの時のように、いろんなゲームが百花繚乱のように登場するというパターンにはなりにくい。それは、開発する側から見ると、PS2は、プレイステーションと比べてハードルが高いからだ。

 プレイステーションには、じつに多くのタイトルが登場した。クソゲーも多いが、誰でもひとつくらいは“はまる”ゲームがあるという世界であり、それがプレイステーションの魅力だった。だが、PS2ではそうならない。少なくとも、当面はPS2は大手の限られたソフトしかない状態が続くと言われている。それは、開発の難しさにある。

 プレイステーションでは、とりあえずSCEIから初歩的な3Dライブラリが提供され、それをベースにして、そこそこプレイステーションらしいゲームを作ることができたという。逆に、セガサターンやNINTENDO64はそうしたサポートが弱かったので、開発側は苦労をした。つまり、ハードウェアが見える方が(ゴリゴリにチューンできるので)開発しやすいというゲームコンソールの伝統的な考え方をうち破ったのがプレイステーションだったのだ。プレイステーションで、ゲームタイトルが多数登場した背景には、そうしたサードパーティに対するアプローチの違いがあった。

 ところが、今回、PS2では、そうした便利なライブラリはとりあえずまだ提供されていないそうだ。それなのに、ハードウェアは格段に難しくなった。以前このコラム【3月2日】「PS2の心臓Emotion Engineはこうなっている」で説明したが、Emotion Engineのプログラミングなんて悪夢に近い。あの、VPUのコードを効率よく詰め込むことだけでも大変だが、2つのVPUとCPUでの処理のバランスを取るのも難しい。Emotion Engineは、特殊なとんがったアーキテクチャで、アイデアは素晴らしいのだが、プログラミングの苦労は並大抵ではない。性能を発揮しようと思うと、優秀なプログラマがかなり時間をかけてEmotion Engineに習熟しないと無理だろう。


●ミドルウエアがカギを握る

 SCEIは、今回のPS2では、ハードウェアに関しては、驚くほど詳細な情報をソフトメーカーに公開したといわれる。幸い、ツールに関してはメトロワークスの「CodeWarrior for プレイステーション 2」があって、なんとかなっているので、力のある大手は、その情報を解析してゴリゴリと自前のライブラリをどんどんビルディングアップできるそうだ。そのため、大手は、しばらくして蓄積ができてくると、ある程度ラクにゲームを開発できるようになる。

 ところが、そうした力(開発リソースの余裕)のない中小はというと、これが苦しい。ライブラリがないので、最初のハードルが越せないという。

 おそらく、SCEIは今回は、サードパーティに声をかけ、彼らからミドルウエアが提供されるようにした。そのため、うまくミドルウエアメーカーがPS2市場でビジネスを成り立たせることができれば、ミドルウエアが揃い、この問題は解決する。しかし、SCEIがライブラリを提供するという、プレイステーション成功の要素のひとつだった部分を、自社の外へ出してしまったことは、PS2の大きな不安材料となっている。

 もっとも、SCEIはこれをわかっていてやっているのだろう。ライブラリに回す分の開発リソースを、eディストリビューション(コンテンツ配信)など、PS2の次の仕掛けための開発に回している可能性があるからだ。つまり、PS2は従来のゲームコンソールを超えたプラットフォームだとして、そのゲームコンソール以上の部分にリソースをつぎ込んで、次のステップでの飛躍を練っているという可能性がある。


●ハードルがぐっと低いX-Boxソフトの開発

 しかし、ゲーム市場に限って言えば、PS2での開発が、高度な職人芸を要求してしまうことは、後を追うX-Boxにとって有利に働く。それは、X-Boxでの開発がずっとハードルが低くなるからだ。

 X-Boxの実態はPCアプリケーションが使えないPCであり、開発者はDirectXとWin32 APIを使うことになる。DirectXは、性能や使い易さへの不満の声は多いものの、ともかくこれだけリッチなレイヤが被さってていることは開発者にとっては楽だ。米国に多いPC中心のゲーム会社にとって開発は簡単だし、PCゲームも容易に移植できる。新規参入にしても、ずっとハードルは低い。実際、MicrosoftはX-Boxの発表では、開発が容易なことに力点を置いて説明していた。

 これは、開発側から見るとリソースと費用を節約できることを意味している。もちろん、同程度の3Dグラフィックス能力なら、3Dデータを作り込む作業は同じなのでそこにかかるマンパワーは変わらないが、PS2で必要となっているライブラリを構築する手間はなくなる。つまり、いちばんクリティカルで優秀な人材が必要なところでラクをできる。

 それから、開発コミュニティの規模も違う。なんと言っても、ゲームプログラミングの世界は小さく、プレイステーション用ソフト開発の市場は小さい。そのため、ミドルウエアなど開発支援ソフトもビジネスが成り立ちにくい。ところが、X-Boxソフト開発の市場はWindowsソフト開発の市場と地続きなので市場が広く、開発用ソフトにしてもビジネスが成り立ちやすい。この点でもX-Boxは有利だ。

 それに、レイヤーでハードウェアを隠蔽して抽象化してしまうことは、ハードウェアの世代ごとの互換性も取りやすいことを意味する。


●がまん比べに必要な豊富な資金力

 ゲームコンソール市場では、もうひとつ、資金力が重要な要素を占めている。この世界では、プラットフォームは一気に立ち上げてスタンダードにしなければならない。そうしないと、ゲーム機の台数が少ない→ソフトメーカーがゲームを出さない→ゲーム機が売れないの悪循環に陥ってしまう。

 そのため、プラットフォームを成功させるためには、最初は持ち出しになっても格安でハードウェアを提供し、ゲームを早い時期に揃えてプラットフォームとしても魅力を出さなければならない。もし、ハードウェアが出だしで200ドル(2万円)の持ち出しなら、500万台売れば10億ドル(1,000億円)の持ち出しになる。さらに、ゲームタイトルを揃えるために、ソフト会社にコミットして制作を依頼すると、そこでもカネがかかる。

 つまり、軌道に乗せるだけで、膨大なコストがかかるわけだ。ゲームコンソールの戦いは、この最初の出血を耐えられるかどうかのがまん比べ的な側面がある。そのため、並の企業や並の決意では、この戦いを勝ち抜くことができない。だが、もし、資金力のあるMicrosoftが本気でこの市場に資金をつぎ込む気力があるのなら、がまん比べをしのぎ切れるかもしれない。

 こうして見るとX-Boxにも勝算はあり、PS2にも死角はある。しかし、そうは言っても、今のSCEIの勢いは強力で、しかもPS2をベースにした次の仕掛けへ向かって急いで進んでいる。Microsoftが対抗するのに間に合うかどうかはまだわからない。さらに、任天堂のDolphinとの三つどもえになるわけで、かなり苦しい。本当なら、もうひとつの勢力であるセガ・エンタープライゼスをX-Box陣営に引き込みたかったところだろう。

 いずれにせよ、X-BoxとDolphinの登場で、来年のゲームコンソール市場は大乱戦になる。

□関連記事
【3月2日】「PS2の心臓Emotion Engineはこうなっている」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000302/kaigai01.htm


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(2000年3月30日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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