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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

AMDとIntelのGHzレースは、今年後半に再び逆転


●CPUがデノミに

 今週からCPUのパフォーマンスの単位が変わった。800MHzは0.8GHzに、500MHzは0.5GHzに、デノミネーションが起こる。

 損をしたような気分……確かに。別に意味はない……ごもっとも。ともあれ、単位は変わり、これでステージは変わる。来年の今頃になれば、そろそろショップとかでの表記もGHzに変わり始めるだろう。来年の年末商戦時期になると、米国で1,000ドル近辺、日本で15万円クラスのパソコンでさえGHzの大台に乗ってしまい、完全にデノミ状態になるに違いない。

 この節目のクロックにどちらが先に乗るか、今回は、それが熾烈なレースを呼んだ。結果は、知っての通り、発表ベースでは鼻の差でAMDが勝った。

 Athlonプロセッサ1GHzの発表会の冒頭では、「またAMDが勝ってしまった」と、のっけから日本AMDの堺和夫代表取締役社長は言ってのけた。じつに嬉しそうだったが、それもそのはずだ。AMDはIntelとの息をのむような激しいせり合いを切り抜け、1GHzゴールをものにしたのだから。このあたりの背景は、7日付けのこのコラム「1GHz一番乗りでIntelとAMDが壮絶なつばぜり合い」に推測を交えて書いたとおりだ。


●月面着陸と1GHz

 AMDは、この1GHz一番乗りにひたすらこだわった。それは、1GHzという切りのいいクロックが、象徴的な意味を持つからだ。もはや、850MHzや900MHzでは、メディアも大きく扱わないし、人の関心も引きつけない。しかし、1GHzとなると、単位が変わっただけで、ぜんぜん意味合いが違ってくるし、人の印象にも刻まれる。

 AMDのプレスリリースは、アナリストのコメントでこのポイントをじつにわかりやすく説明している。すなわち「どんな小学生も、ニール・アームストロングが初めて月面を歩いた人で、エドマンド・ヒラリーは初めてエベレスト登頂を果たした人だと知っています。しかし、同じことを2番目に成し遂げた人が誰かを覚えている人はいません。本日の1GHz AMD Athlonプロセッサ発表によって、AMDの名前は永遠に記録に残ります」

 まあ、プロセッサの1GHzが月面着陸に匹敵する偉業かどうかはさておき、AMDがPC業界にとって大きな一歩を記したのは間違いがない。


●紙のPentium III 1GHz?

 AMDが1GHz先着にこだわったのは、もうひとつ重要な理由がある。それは、Intelの1GHz Pentium IIIプロセッサ発表がマーケティング戦術的な色彩が濃いからだ。AMDの発表会で、日本AMD取締役の吉沢俊介氏は、同社の1GHz発表が紙の上だけのものではないという点を強調した。これは裏返せば、ライバルの発表は紙の上だけの実体を伴わないものだと指摘していたわけだ。

 実際、PC業界関係者からの情報を総合すると、当初の1GHzチップの出荷量ではAMDとIntelでかなり差がつきそうだ。Intelも出てはくるのだけれど、AMDほどの量は出せない。実際、リリースでもIntelは限定量の出荷だとしているのに対して、AMDはあくまでも量産だとしている。AMDにしても1四半期分、1GHzの発表を前倒しにしたわけで最初は量が採れないはずだが、Intelは2四半期分も前倒ししているために量の確保は相当にきつい。

 もっとも、Intelは、黙って量産出荷できる時まで発表を待っていれば、否応なしにAMDに負けてしまっていた。そこで今回の限定数だけを出荷するという奇策で、発表だけはほぼ同着に持ち込んだわけで、これはこれでいいのだろう。AMDが、Intelの1GHz発表を紙の上だけと遠回しに揶揄するのには、こうした背景がある。

 そんなわけで、AMDとしては自分たちの方が数を出せるのに、Intelに発表だけを先にやられてはたまらないと思ったに違いない。それが、1GHz先乗りへの固執となったわけだ。ただし、モノがほとんどないのに発表するのは、別にIntelだけのワザではない。AMDもAthlon発表時に、まだ出荷態勢になかった650MHzを発表してしまった。これは、この時のIntelの最高クロックが600MHzだったので、それを上回るクロックでの衝撃的なデビューを果たしたかったからだろう。この時のタイムラグは、今回の1GHzよりずっと短いが、発表を前倒しにするという手は、CPU業界では今回に限らず行なわれている。


●CPU競争は駅伝

 では、1GHzレースで、どうしてIntelがAMDの後塵を拝することになってしまったのか。AMDの吉沢氏は、この状況を駅伝に例えてうまく説明している。

 すなわち、AMDは第6走者(K6ファミリ)から第7走者(Athlon)にタスキがわたっているのに、Intelはまだ第6走者(P6コア=Pentium Pro/II/III)が走っている。AMDの方は走り始めたばかりでまだまだ余裕があるのに、Intelの方はかなり疲れが見える状況なのだという。

 これは、ある意味で真実だ。IntelはCPUの開発戦力の半分をIA-64に割いてしまったために、P6コアの後継開発が遅れてしまった。そのため、P6コアに拡張を重ねて使わなければならなくなった。つまり、第6と第7の2つの区間を第6走者がひとりで走っているのだ。そのため、さすがにP6コアのアーキテクチャ的な古さは隠せなくなってきている。

 ただし、これでAMDが優位に立ったかというと、そうでもない。Intelには、今年第4四半期に次の走者「Willamette(ウイラメット)」が控えているからだ。Willametteは1.3GHzと1.4GHzでスタート、来年頭には1.5GHzにクロックを引き上げる。さらに、来年末には2GHz近辺までクロックが上がってゆくはずだ。このあたりの推測は「来年末、Willametteは2GHzに到達する」に書いた通りだ。

 そして、来年後半からは、さらにWillametteを次世代の0.13μm銅配線プロセスに移したバージョンが待っている。これは、Northwoodというコードネームでウワサされている製品だ。製造プロセスが1世代進化すると、クロックは1.5~1.6倍になるとすると、この次世代Willametteのクロックは3.2GHzに達することになる。


●Willamette対Athlonではクロック優位が逆転

 Willametteは、徹底してクロックを引き上げることにこだわったアーキテクチャであるため、Athlonがクロックレースで勝つことは難しいだろう。Athlonは、クロックを高める一方、クロックあたりのパフォーマンスを高めることも狙ったアーキテクチャだからだ。そのためクロックだけで競争した場合、Willametteに追いつけない可能性が高い。これは、Pentium IIとK6の時の関係と同じで、クロックレースは再び逆転してしまうことになる。

 しかし、Willametteはクロックを高めることに徹底しているため、クロック当たりの性能は、Athlonより低い可能性がある。特に、Athlonは浮動小数点演算ユニットを大きく強化しているため、x87浮動小数点演算命令での性能差が開く可能性もある。実際、Intelの出しているWillametteの最適化の手引きでは、x87命令の代わりに新しいSSE2命令を使うことを推奨している。つまり、x87ユニットはあまり強化されていない可能性がある。

 そのため、一般的なベンチマークでは、意外とAthlonがWillametteに対して健闘するかもしれない。例えば、Willametteの1.4GHzに、Athlonの1.3GHzが勝つというケースもあるかもしれない。だが、その場合、AMDは、現在のクロックを強調したマーケティングから再び方向転換をしなければならなくなる。つまり、「1GHzだ! やっぱり高クロックはいい」といったあとで、今度は「でもやっぱりクロックじゃないよね、実性能だよね」と言い直すという矛盾を抱えることになる。


●ユーザーの関心はクロックにはない

 もっとも、それ以上に問題なのは、もう世間ではCPUのクロックなんて、それほど関心事ではなくなっていることかもしれない。はっきり言って、先週末の話題の焦点はプレイステーション2であり、その背後でつばぜり合いしていた1GHz競争なんて、まあ、ごく一部の人たちの間以外では話題になっていなかったように思う。ほとんどの人にとって、GHzなんて「いったい何に使うんでしょうね」の世界だ。

 CPUメーカーにとって真の敵は、このユーザーの「性能への充足感」だ。ユーザーが今の性能に満足してしまうと、より高性能で高マージンのCPUを買ってくれなくなる。そうすると、どんどん利益が削れて行って、今の性能競争を支えているハイペースの投資ができなくなる。そして、IntelとAMDがクロックレースに明け暮れている間に、まさにそうしたユーザーのクロック離れが起き始めているかもしれない。


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(2000年3月10日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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