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後藤貴子の 米国ハイテク事情

ハイテク音痴のクリントンがハイテク経済を讃える理由

●ハイテクを礼讃、さらなる推進策を強調した一般教書演説

 「我が国はかつてない繁栄と社会的前進を体験している!」、「我々はニューエコノミーをうち立てたのだ!」

 自国経済の繁栄礼讃で埋め尽くされていた1月27日のクリントン米大統領の一般教書演説。その中で注目したいのが、米国の繁栄にハイテクがどれだけ貢献したかを明確にし、ハイテク促進策について触れた箇所だ。

 クリントン氏はIT(情報技術)産業が平均より80%も高賃金の職を創出し、米国の成長の3分の1に寄与したと讃えた。また、国民全体がデジタルエコノミーに乗れるよう積極的に政策を打っていく計画を具体的にいくつも打ち出した。学校・図書館をインターネットにつなぐプロジェクトの徹底、女性がハイテク職につくためのトレーニングの補助、新しく教師になる者全員へのコンピュータ教育トレーニングなど。さらに科学基礎研究への補助も増やす計画だ。



●ハイテク興隆で一番トクをしたのは誰か

 クリントン大統領が米国のデジタルエコノミーを讃え、それを強固にする努力を強調するのはなぜだろう。

 ハイテクのおかげで米経済が復活したのだから当然? それもあるが、ハイテク経済の繁栄でトクをしてきたのは、ほかならぬクリントン氏だからではないだろうか。さらにその推進策を掲げるのは、大統領三選禁止により今年が任期最後の政治家として、最後の一般教書でもう一度きちんと、「ハイテクを振興したおかげで、米国を世界一繁栄する超大国にした大統領」として自分を刻みたいからか……。人々の関心が次期大統領選に移るためにレイムダック(足の悪いあひる)と呼ばれる最後の1年を有意義に過ごすには、誰にも受け入れられやすく協力も得やすいハイテク振興策を推進するのはもってこいでもある。

 「“情報スーパーハイウェイ”の整備を」と自称ハイテク通のゴア副大統領と一緒に唱えてきたおかげで、クリントン氏には何となくハイテクに理解があるというイメージがある。だが、彼自身はじつは全くハイテクに明るくない。むしろ「ハイテクに不自由」を自認しており、このクリスマスにスタッフの助けを借りて、ようやく初めてオンラインショッピングしてみましたというフツーの人だ。もちろん'92年の大統領初当選時に、ハイテクがここまで発展すると見通せていたはずもない。政府の政策としても、暗号輸出規制問題や通信品位法で、ある意味で、産業成長の足を引っ張っていた面もある。
 勿論、クリントン政権が努力した面がないわけではない。例えば全米の学校をインターネットにつなぐプロジェクトでは、クリントン氏自らも実際に学校に赴き、汗を流した。でもこのプロジェクトには、そもそもハイテク業界も熱心だったし、教育改革というのは概して選挙民に受けがよく、政治家がやりたがることの筆頭でもある。ハイテク産業の興隆に、やっぱり米政府はたいして手を貸していない。

 ところがハイテク産業のほうは大統領に素晴らしいプレゼントをくれた。何もしない政府のもとで勝手に成長し、そのおかげで米国の景気はどんどん拡大。彼が一般教書で触れた失業率や犯罪発生率の低下などは、皆この好景気のおかげだ。自分の不倫問題さえも、好景気で気の良くなっていた国民に許され、致命傷にならなかった。

 つまりクリントン氏は、たまたま新興ハイテク業界トップらと同世代の若さだったこと、たまたまハイテクに力を入れていたゴア氏とコンビを組んだこと、たまたまハイテク産業興隆の時期に大統領だったことなどで、ハイテクを擁護し米国に好景気をもたらしたというイメージを得てしまった超ラッキーな大統領。デジタルエコノミーに力が入るのも当然なのだ。



●デジタルデバイドを克服しないと民主党は大変

 もっともデジタルエコノミー推進の政策には、民主党の意向も入っているかも知れない。

 例えば一般教書でクリントン氏は「デジタルデバイドを閉じよう」と訴えた。じつは、米国のこの新しい社会問題は、共和党より民主党にとって特に切実な問題なのだ。

 今、米国民を分けつつあるデジタルデバイド、つまり、インターネットへのアクセスやコンピュータを持ち、使いこなすことができる人とできない人との格差を放置するとどうなるか--米国がデジタルエコノミーで繁栄していけばいくほど、デジタルツールを使いこなせる能力(デジタルリテラシー)のない人は社会的弱者になってしまう。高賃金の職に就いたり、学校でいい成績をとったりできないし、ますます盛んになるオンラインでのショッピング、バンキング、各種情報サービスを利用することもできないからだ。ところが、民主党の支持基盤である貧困層、黒人層、女性層ほど、コンピュータやインターネットの使い方を覚える機会が少なく、デジタル弱者に陥りやすい。

 これまで民主党は、政治献金や政治運動の余裕がある中産階級を支持基盤に持つ共和党に対し、数の力で対抗してきた。だが、オンラインでの意見上申や抗議、オンライン投票などが政治活動の中心となれば、デジタル弱者である民主党支持者たちの政治力は今よりずっと低下してしまう。だから支持者らへの福祉政策というだけでなく、支持者らの政治力維持、つまり自分たちの勢力維持のためにも、民主党はハイテク教育の推進や公共のインターネット設備の充実などの策を取っておかないと、手遅れになってしまうわけだ。



●ゴア氏の思惑も?

 さらには一般教書には、次期大統領候補であるゴア副大統領の思惑も入っているかも知れない。大統領選を勝ち抜く資金集めのために、もっとハイテク業界の支援がほしいし、他の候補と差をつけるイメージ戦略としても、デジタルエコノミー推進の実行力をアピールしたいところだからだ。8年前や4年前と違い、今はどの候補も盛んにシリコンバレー詣でをしており、共和党のブッシュ氏などはバレーで相当の人気を得ている(ブッシュ氏はニューハンプシャーの予備選では別の共和党候補マケイン氏に負けたが、全国レベルではやはり本命と見られている)。基礎研究強化だの教師、女性のトレーニングだのと具体的政策が盛り込まれたのは、やはり、ただ「理解がある」という以上のイメージを目指したのだろう。

 いずれにしても、自信を持って新しい方向に進もうとしている米国の姿は、経済促進といって相変わらず土建行政を行なっている日本とは対照的だ。このぶんでは21世紀前半もパックスアメリカーナの時代になるのかも知れない。'80年代、米国が経済の基盤を転換させていた時期に、日本はその狭間でちょこっと世界一の繁栄を味わった。だが米国の転換が終わってみると……日本は結局また後ろを走っていたといえそうだ。

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp