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後藤貴子の 米国ハイテク事情

「Y2K」の教訓は何だったか

●Y2K空振りの意味

 Y2K問題では全世界が「狼が来る!」と騒いだが何もなかった。でも次に「狼が来る」と誰かが叫んだら? 日本は、米国はどうするだろうか。

 前々回のこの欄に書いたとおり、米国では年末にはY2K騒ぎはすっかり終息していた。「Y2Kがまだ心配? じゃあ新車をどうぞ」なんていうナンセンスCMも放映されていたほど、さむーいジョークネタだったのだ。

 だがそれは、米国では日本と違い、'98年夏から'99年の夏くらいまで延々とY2Kが論じられていたからだ。企業はY2K対策の進み具合で信用機関からの格付けを変えられ、CIO(情報担当重役)自らが奔走。政府も、各省庁の対策の進展を何度も国民に報告、外国の対策具合にまで口を出した。

 つまり、一般の人がY2K問題とは何かについて触れる機会は、日本よりずっと多く、長かったわけだ。そして大事なのは、その間も、米国社会のコンピュータ化、ネットワーク化がどんどん進んでいたことだ。コンピュータ社会になればなるほど、便利だが社会は新しい脆弱性を抱え問題が複雑になるということを、米国人はより肌身に感じさせられ、考えさせられていたのだ。

 米国でも、一般の人がY2Kに対してとった対策は、年末に銀行で預金残高を記録するだけとか過剰な人はシェルターを作るとか、様々だが、できる範囲のことでしかなかった。でもそれは、Y2K問題について自分たちなりに納得した結果だったように見える。シェルター作りに走るのも、米国では旧ソ連からミサイルが飛んでくるという恐怖は日本より大きいわけだから、それなりに理解できる。残高記録だけとか何もしないというのも、政府の「安全宣言」を信用して自分で判断してのことだったはずだ。

 一方、日本ではY2Kは長らくコンピュータ業界ネタでしかなく、年末ギリギリに突然、“国民的関心事”になった。だが、年末になって水や七輪を買い込む備えは、地震への備えと同レベル。6日付けの朝日新聞「天声人語」に、「水は買い込んだが、自分の会社のコンピュータは対策していなかった知人」の話があったが、土壇場にY2Kについて聞きかじった人の認識はこんなものだろう。何が原因で、どんなシステムに何が起こりうるか、それがどう大変かということは、ほとんどの人が考える間もなく、大事がなかったことで、「コンピュータがどうのと言っても結局、大丈夫みたい」ということだけを学んでしまった。そしてその状態のまま、米国のあとを追い、ネットワーク社会に突入していく。

 米国人はY2Kについてさんざん騒いだが、そのぶん、適切な備えについて皆が考えた。次にY2K並みに影響の大きい問題が出てきたときには、より冷静で素早い対処ができるだろう。だが、“無事だったY2K”が努力の結果だと知らないで「大丈夫なんだ」と思い込んだ日本人は? 次の問題では、もっとうろたえることになるかもしれない。


●米国で騒がれたのはテロ

 もっとも、米国が年末ギリギリまであわてふためいていたことがあった--「ミレニアムテロ」だ。

 '99年の秋にFBIはレポートを発表。人種差別主義者、右翼、カルト宗教などの団体が、ミレニアムの変わり目に騒乱を起こすかもしれないと警告を発した。例えばY2K問題がユダヤ人や共産主義者の陰謀であるとか、あるいはキリスト教で言う終末戦争が起きるとかいう理由をこじ付けて、テロを仕掛ける可能性が高いというのだ。

 FBIがわざわざそんな警告をする異例さは、そのまま年末の過敏ともいえるテロ対策につながった。
 私の夫はクリスマス前後に米国西海岸を旅行。ロサンゼルスで「maximum law enforcement」といういわば戒厳令体制に遭遇した。空港には警官があふれ、荷物もこれまでになく厳重にチェックされた。TVでは爆弾テロを計画していたテロリストがつかまったというニュースが流れていた。別のニュースでは、ある家族が借りていたレンタカーが原因不明の爆発を起こし、家族が前日泊まっていたホテルで爆弾が仕掛けられた可能性があるといって、ホテルの泊まり客が全員退避させられたり、爆発の起きたフリーウェイが閉鎖されたりしていたという。当局がいかにテロを怖れていたかがよくわかる。

 結局、Y2Kと同様、努力の成果でテロも未然に防がれた。だがコンピュータのバグは解決できても、無差別の銃撃事件や爆破事件が何件も起きてしまう社会の構造を解決することはなかなかできない。米国民はこの年末、それをあらためて思い知らされただろう。

□FBIのリリース
「The FBI today issued the following statement to clarify the "USA Today" story titled "FBI: Militias a threat at millennium:"」
http://www.fbi.gov/pressrm/pressrel/pressrel99/militias.htm
□関連記事
【'99年11月26日】後藤貴子の米国ハイテク事情
Y2Kカウントダウン:フツーの米国人はどうしてる
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991126/high03.htm
【1月1日】2000年問題、大きなトラブルなく順調 (INTERNET Watch)
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2000/0101/y2k.htm

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp