大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通は、なぜ年末商戦にネットブック投入を見送ったのか?
〜五十嵐本部長に聞く、富士通のPC事業戦略




 富士通が年末商戦向けの秋冬モデル、12月19日から発売した春モデルで、ネットブックの投入を見送った。その一方で、サブスクリーンによる「タッチスクエア」機能を新たに搭載し、水冷ノートPCとしたNWシリーズを投入。地デジ対応モデルやダブル録画モデルを拡充するなど、付加価値路線を強化してきた。富士通は、なぜネットブック投入を見送ったのか、付加価値路線を強化した意味はなにか。富士通のPC事業への取り組みを、富士通経営執行役ビジネスパーソナル本部・五十嵐一浩本部長、三竹兼司本部長代理に聞いた。


−−12月19日から春モデルを発売しました。しかし、このなかにはネットブックがありませんでした。一方で、LOOX Uを89,800円(注・WEBMARTの直販価格)という戦略的な価格設定とした。国内PCメーカーのネットブック投入が相次ぐ中、なぜ、富士通はネットブックをラインアップしなかったのですか。

五十嵐 最大の理由は、いま、富士通がネットブックを投入すべきタイミングではないと判断したことです。安いというのはわかるが、それだけで本当にいいのか。また、購入者の対象も現段階では明確とはいえない。そんな中で、富士通が安いだけのPCを投入しても、ユーザーを混乱させるだけではないでしょうか。いまのネットブックの用途は、インターネットのサイトを見たり、メールに使うというものです。エクセルの細かい図表を見るのには適していない。プロモーションが中途半端になり、ネットブックの用途に関して、きちっとしたメッセージが伝わらないままに、売り始めると、必ず間違って購入してしまったというユーザーが出てくる。

三竹 それと、5万円PCか本当に安いのかという議論もあります。10万円以下でノートPCが購入できる時代になり、しかも、量販店ではポイントを活用すれば、さらに安く購入できる。ノートPCとしての機能を備えたPCを購入した方が、コストパフォーマンスが高いという判断も働くのではないでしょうか。

富士通経営執行役ビジネスパーソナル本部・五十嵐一浩本部長 富士通ビジネスパーソナル本部三竹兼司本部長代理

下位モデルで89,800円とより低価格になった「LOOX U」

五十嵐 各社が横並びの仕様となるネットブックを「me, too」の形で投入するのではなく、富士通の特徴を生かせる製品として、対象が明確な層に対して販売する。その点で、LOOX Uを積極的に販売するというは、当社の事業として明確なスタンスが打ち出せる。もともと700ドルで発売したいと思っていた製品ですから、それに近づく形で製品投入できたと考えています。

−−すでに欧州市場向けにはネットブックを発表しています。日本でネットブックを投入するには、どんな環境が整うことが条件となりますか。

五十嵐 日本市場向けにネットブックをやらないといっているわけではありません。チャンスがあれば投入する準備は整っています。小学生がお年玉で一番買いたいものにパソコンがあがっている。5万円ならば、それを現実のものにできます。ただ、小学生が本当に使えるものではなくてはならない。家庭の2台目パソコンでなく、個人の2台目パソコンとしてのターゲットが明確にでき、小中学生が使えるものを、この価格で出せるようにするということが必要でしょうね。また、個人の2台目パソコンというのであれば、複数のパソコンのデータをシンクロナイズできなくてはならない。こうしたことも考えた上で、ネットブックを出していきたい。Atomのプラットフォームが進化するタイミングや、利用対象が明確になった段階で、日本への市場投入を図りたいと考えています。

−−すでにネットブックは、ノートPC市場の25%を占めています。他社の投入も相次いでいる。焦りはないですか。

五十嵐 焦りはまったくありません。むしろ、しっかり市場を捉えないと失敗することになると考えています。そして、付加価値の提供できる部分で製品投入をしていきたい。付加価値という観点では、新たに投入した「BIBLO NWシリーズ」による提案が、春モデルでの大きなポイントといえます。

−−サブディスプレイによるタッチスクエアの搭載には驚きました。

タッチスクエアが特徴的な「FMV-BIBLO NW」シリーズ

五十嵐 これは入力方法の進化だと捉えてもらえるといいでしょう。PCの入力方法は長年に渡り、キーボード、マウス、タッチパネルなどに留まり、イノベーションといえるものがなかった。技術屋からみれば、何か新たなデバイスはないかという模索が続いていた。一方で、PCで、TV映像やDVDの映像をフル画面で視聴したり、Vistaで提供されているガジェットをもっと効率的に配置したいという要望もあった。こうした使い方において、操作性で大きな革新をもたらすことができるのが、タッチスクエアだといえます。指一本で画面をスライドしたり、映像を見ている際に、操作画面をタッチスクエアに表示しておくということも可能になります。

−−今後、この機能を搭載した機種は拡大していくのですか。

三竹 今回新たに投入したNWシリーズは、ノートPCのメインストリームであるNFシリーズとは別の製品ラインとして、きっちりとプロモーションしていく考えです。今回の新製品の反応次第ですが、富士通といえばタッチスクエアという形にまで展開できたらいいと思っています。

五十嵐 この機能は、将来的には、海外向けPCにも搭載することが考えられる機能だと思っています。

キーボードに工夫を凝らした「らくらくパソコン」

−−入力という点では、先に発表したらくらくパソコンも、キーボードのキートップを視認しやすいように色分けし、主流となっているローマ字入力を行ないやすい環境としましたね。

三竹 初心者の方々は、キー入力が難しいと思っているまだまだ人が多い。らくらくパソコンは、シニアという意味ではなく、初心者に広く使っていただけるPCとして、随所に工夫を凝らしています。まだ爆発的に売れているというわけではありませんが、年2回程度のモデルチェンジを続けながら、継続的に取り組んでいきたいと思っています。

−−2008年の富士通のPCを見ると、ターゲットを明確にした製品が増えたような感じがしますね。

五十嵐 これだけPCが多様化してくると、それぞれの利用シーンにあわせた最適なPCが必要になってきます。LOOX Uでも、TEOでも、らくらくパソコンでも、とにかくターゲットを明確化し、そこに富士通ならではの付加価値を載せていく。そこに差別化ができるポイントがあります。

−−付加価値ということに、例年以上にこだわっているようにも感じましたが。

五十嵐 もちろん市場で差別化するという点での付加価値戦略はありますが、もう1つ社内的な事情を加えれば、先頃発表した富士通シーメンスの100%子会社化も影響しています。富士通シーメンスは、欧州市場を主なターゲットとして展開していますが、どちらかというとPCそのもの付加価値で勝負するよりも、コンフィグレーションやソリューション提供、サービスの観点で、企業ユーザーに高い評価を得ている。付加価値は、ソリューション部分にあるのです。合理的であり、製品企画や生産に手間をかけない富士通シーメンスと、製品にこそ価値を込め、数多くの工夫を随所に盛り込む富士通とではモノづくりの考え方に大きな差がある。

 これまでは、両社のシナジーという点はあまり追求してこなかったが、今後はそれを本気で考えなくてはならない。両社の良いところと、悪いところをしっかりと切り分けて、富士通が持つ日本発の付加価値を、もっと追求していかなてくはならない。言い換えれば、欧州のユーザーにも日本発の価値を知ってもらう機会ができたともいえます。

三竹 企業向けPCでは、どちらかというと合理性が求められますが、コンシューマPCの領域では、日本発の付加価値が重視されると思っています。これを海外に持っていくことも考えたいですね。日本のPCにはこだわりがありますし、あの手この手で工夫をしてから市場に投入する。LOOX Uのように小さくしたり、新たに投入したNWシリーズでタッチスクエアを搭載したり、水冷にしたりといったことも、日本発ならではのこだわりだといえます。

−−日本にも合理性を追求したPCの投入が考えられますか。

五十嵐 それは今後の検討課題だといえますが、確実なことは、これまで以上にさまざまなバリエーションを持った製品を投入できる土壌が整ったことです。必要性があれば、富士通シーメンスの手法を持ち込むという選択肢も出てきたわけです。

−−富士通シーメンスとの関係強化によって、現在、国内生産しているものを海外生産することもありますか。ノートPCは島根県の島根富士通で、デスクトップPCは福島県の富士通アイソテックで生産していますね。

五十嵐 島根富士通で生産しているノートPCの一部は海外に輸出しているものもありますが、今後、海外事業が拡大する上で、増えた分を海外で生産する可能性はあるかもしれません。ただ、いまは部品の7〜8割はドル建てで取り引きしていますから、国内生産とはいえ、円高の影響はあまり受けなくなっている。むしろ、物流コストや品質の差を考えれば、国内生産の方が適している。しかも、需要の変動にあわせて、アクセルを一気に踏んだり、ブレーキをかけたりといったことがコントロールしやすい。その点では、国内生産の優位性を感じています。

−−2008年の富士通のPC事業を振り返っていただくと、どんな1年だったといえますか。

五十嵐 市場全体を見ると、価格下落が進展したこと、また、オリンピック需要期に落ち込むコンシューマPC市場が、堅調に推移したことなどがあげられます。オリンピックの影響を受けなかったことは、PCが多くの人にとって必要なもの、また楽しむためのツールとして定着したこと、なくてはならないものになった証左ともいえるのではないでしょうか。言い換えれば、機能やデザインを含めて、PCに対する個人の要求が広がり、工夫すればするほど認めてもらえる状況が定着したともいえる。

 一方で、個人の嗜好や要望を敏感に感じとらなくてはならないですから、メーカーにとっては、覚悟して製品企画をしないとすぐに負けてしまう時代がやってきた。メーカーからのお仕着せではなく、ユーザーが自由に選べるような提案が必要であり、富士通の2008年のPC事業への取り組みは、それを狙ってやってきた。ただ、もっとスピードをあげてやっていかなくてはならない。まだまだ富士通は、一歩遅れているという反省があります。

−−年間のPCの出荷計画を下方修正しましたね。

五十嵐 2008年度の出荷計画は、当初は、全世界930万台としていたもを10月時点で880万台としました。2007年度実績が881万台ですから、ほぼ前年並みとなります。下期からの世界的な景気低迷の影響があります。とくに企業系PCでの減速が原因です。

−−2009年は、どんなポイントに力を注ぎますか。

五十嵐 1つは「グローバル」です。すでに多くの国でPCを販売していますが、本腰を入れてビジネスができているかというと、胸を張っていえない国もあった。どこにいっても一定レベルのサポートを受けることができる体制を作らなくてはなりません。加えて、中国や東南アジアなどの成長市場におけるビジネスを強化したい。

 2つめは日本発の価値をもう少し広めたいという点です。グローバル戦略とも連動しますが、富士通のPCの価値はどこにあるのかということを、世界に向かって訴求していくことも必要です。

 3つめが、ワントゥワンの特徴を持った製品をもっと強化していきたい。個人においても、企業においても、PCがどんな風に使われているのか、どんな要求があるのかを調査し、その上でターゲットを明確化したPCを投入したい。初心者向けであるらくらくパソコンの進化、健康や旅などにもフォーカスしたコンシューマPCも必要だと考えています。社内では、技術者に製品企画を担当させたりといった人事ローテーションを行なうことで、アイデアを実現しやすい環境も構築していきます。

 そして、最後に総合ITベンダーとしての特徴を打ち出した製品提案をすることです。とくに、セキュリティについては、徹底して極めたいと考えています。情報セキュリティの観点から、企業からPCを持ち出してはいけないということが言われているが、それでは企業の生産性が落ちるだけ。安心して持ち出してもらえるだけのセキュリティを実現したPCを世の中に送り出したい。これは、PCメーカーとして、2009年には必ずや成し遂げなくてはならない使命だといえます。

□富士通のホームページ
http://jp.fujitsu.com/
□製品情報
http://www.fmworld.net/fmv/pcpm0812/biblo_loox/lu/
□関連記事
【12月15日】富士通、XP搭載で10万円を切る「LOOX U」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1215/fujitsu1.htm
【12月15日】富士通、水冷/サブディスプレイ搭載の16型ノート「FMV-BIBLO NW」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1215/fujitsu2.htm
【11月5日】富士通、Fujitsu Siemens Computersを100%完全子会社化
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1105/fujitsu.htm

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(2008年12月24日)

[Text by 大河原克行]


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