山田祥平のRe:config.sys

Appleが挑むデジタル時代の偶然領域




 どこにでも転がっているようでいて、なかなか出会えないのが「偶然」だ。特に、この時代には、オンデマンドの傾向が強く、意図を明確にして探さなければ、その機会はさらに少なくなる。人は、偶然に頼らなければ、ごく狭い視野でしかものを見られなくなってしまう。それでは、人生、けっこうソンをするんじゃないだろうか。

●シャッフルが導く偶然

 Appleが、いつまでたってもiPod touchにアルバムのシャッフル機能を追加してくれないので、自分自身の音楽の聴き方がここ1年で少し変わってしまった。以前は、アルバム単位でシャッフルして聴いていたのだが、最近は、すべての曲をシャッフルして再生を続け、今は、この気分だという曲がかかったところで、その曲を含むアルバムを頭から聴くようなスタイルになった。再生中の曲から、その曲を含むアルバムを一気に開けるiPod touchならではのスタイルだ。あるいは、iPod touchを横にして、カバーフローを表示させ、チョンと指でフリックする。すると、パラパラとアートワークが流れていくので、これだというところで止める。まあ、故意の要素がずいぶん含まれてはいるが、手動アルバム単位シャッフルといったところだろうか。

 ぼくは、あまりマメな方ではないので、きちんと整理してプレイリストを作るというようなことをしていない。ほとんどすべてのプレイリストが、ライブアップデートされるスマートプレイリストで、「未聴の直近購入CD」とか、「1週間前」「1カ月前」「ここ半年」「ここ1年」といった名前のものが並んでいる。適当にそれらを選び、その中でシャッフルさせると、ある程度の期間に購入したCDの中の曲がヘビーローテーションで再生されていく。たまに、ポケットから本体を取り出し、ジャケットを眺めてみたり、アーティストの名前を確認したりしながら音楽を楽しむわけだ。ちなみに、ぼくにとって、アルバム名、アーティスト名、曲名のうち、もっとも重要な情報はアーティスト名で、次がアルバムのアートワークだが、iPod touchは、アーティスト名がとても小さな文字の上、ロックされた状態では、アーティスト名が表示されないのは何とかしてほしいものだ。

●メディアがもたらす偶然

 昔、せっせと輸入レコード店に通っていたころは、レコードを購入するという行為そのものがギャンブルみたいなものだった。今のように、そのレコードをその場で試聴できるわけでもなかったから、カンに頼るしかない。知っているアーティストと同じプロデューサーだからきっと音はこうだろうと想像したり、もっと広義にはレーベルが同じだから、音の傾向も似ているに違いないとか、知っているアーティストがバックミュージシャンとして参加しているとか、とにかく、自分の中に蓄積された情報を駆使して、レコードを選んでいた。若くてお金に余裕もなかったこともあるのだろう、そうやって選んだレコードが、もし、よかったりしたら、とても気分がよくなった。

 もっと消極的には、ラジオやテレビで偶然耳にした音楽を購入するというパターンもあった。聴いたときにしっかりとアーティスト名や曲名をメモしておき、次にミュージックショップに行ったときにそれを探せばいい。ただ、DJによる曲紹介というのは、たいてい曲がかかる前であり、終わりはそのままCMにというパターンが少なくなく、曲は気に入ったのに、何という曲か、誰が歌っているのかわからずイライラすることもあった。

●リアル店舗がもたらす偶然

 さて、今、音楽コンテンツを購入するという行為において、ぼく自身が頼りにしているのはAmazonでの通販と渋谷のタワーレコードだ。Amazonは知っているアーティストの新譜を予約して購入することが多く、衝動買いを犯す多くの現場はタワーレコードだ。

 Amazonからたまに送られてくる「以前に〜のミュージックをチェックされた方に」メールは、けっこうツボをついていて、つい、購入してしまうこともあるのだが、新譜の場合、その曲に対する情報が揃っていなくて、いったいどんな音楽なのか、わざわざ調べないとわからないことも少なくない。そして、そういうのに限って試聴することもできない。

 また、Amazonのサイトにおける音楽CDの紹介ページでは「あわせて買いたい」や「この商品を買った人はこんな商品も買っています」「この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています」といったレコメンドのリンクが配置されているが、その曲がすぐに聴けるものは決して多くはなく、ちょっとイライラさせられる。

 そんなこんなで、10日に一度くらい、タワーレコードのリアル店舗に出向き、ショップのプッシュする新譜を片っ端から試聴してみて、気に入ったものを買うというスタイルに落ち着いているのだ。

 リアル店舗での購入で困ることといえば、ロックだと思っていたCDがカントリーだったり、ポップスだと思っていたCDがジャズだったりする点だ。両方の売り場に置かれたものもあるが、このジャンル分け、もうそろそろどうでもいいんじゃないかなとも思っている。タワーレコードの場合は、3Fがポップ/ロック、5Fがカントリー/ワールド/ジャズの売り場なので、ぼくは、まず、5Fで何枚かCDを選ぶと、それを3Fに取り置き移動してもらい、自分が3Fに降りてまた何枚かCDを選び、まとめて会計する方法をとっている。

 偶然、いい曲に出会いにくいという点では、Amazon同様、iTunes Storeも決して誉められたものではない。ミュージックでジャンルを選び、表示されるアートワークを選んで試聴するという流れもあるし、選んだコンテンツに対して、「リスナーはこんな商品も購入」というレコメンドもあるが、まだわかりにくい。それは、いったい、何がいけないのだろうか。

●Geniusがもたらす偶然、あるいは、必然

 毎年恒例のiPodラインアップ刷新に伴い、iTunesがバージョンアップされてiTunes 8となった。その目玉機能がGeniusだ。この機能を有効にしておくと、ライブラリ内で何かしらの曲を選び、Geniusボタンをクリックすると、自動的にその曲をベースにしたGeniusプレイリストが作成され、また、Geniusサイドバーと呼ばれる右側の領域に、iTunes Store内での関連楽曲へのリンクがリストアップされる。

 機能をオンにすると、まず、手持ちのライブラリ内の情報をiTunesが収集し、それをAppleに対して送信する。手元の環境では初回の情報収集は2時間近くかかった。そして、そのデータを元に、Apple側が何かしらの情報処理をして加工済みのデータが戻ってきてローカルに保存される。GeniusプレイリストやGeniusサイドバーは、そのデータを基に生成されるようだ。iTunesのフォルダには、iTunes Library Genius.itdbという156MBのファイルができていた。バイナリなので、内容はよくわからない。

 結果としてプレイリストには、似ている曲が集められるわけでもなく、同時期の曲が集まるわけでもない。でも、突拍子もないチグハグなプレイリストになるわけでもなく、それなりの秩序があるように感じる。また、Geniusサイドバーに、おすすめとして、知らないアーティストがピックアップされていれば、それを開いてみると、新たな発見があり、これは買ってみようかという気にさせられる。個人的にはCDを手元に置きたいタイプなので、ここからAmazonにジャンプしてくれればどんなに良いかとも思うのだが、さすがに、それは無理だろう。

 iTunesがバージョンアップされてから、まだ、3日しかたっていないので、Genius情報もそれほど多くは集まっていないはずだ。想像するに、自分のライブラリとよく似た構成の音楽を持つユーザーが持っている曲などが、いろいろな角度から分析され、プレイリストやレコメンドの抽出が行なわれるにちがいない。このシステムが稼働して1年もたてば、相当、充実したデータベースができ、誰もが納得するようなものになるんじゃないだろうか。

 こうしてGeniusのレコメンドにしたがって、iTunes Storeの深い森に入り込んでいくと、本当にたくさんの偶然が落ちていることに気がつく。これは、iTunes Storeのトップページを自発的に開いたときの体験とはまったく異なるものだ。あれだけ頻繁にタワーレコードに立ち寄っているのに、どうしてあの時期に、このCDに出会わなかったんだろうと不思議な気分にもなる。おそらくは、ジャンルに対する先入観が売り場から足を遠のかせていたのだろう。そこでは、偶然がそぎ落とされていたのだ。

 それにしてもこれはやばいと思う。何しろ、この曲が気に入っているなら、きっとこの曲も気に入るはずという、かなり的中率の高いレコメンドが得られるのだ。本当にAppleの思うツボだ。

 Geniusは偶然を誘うが、それはある種の必然でもある。かつて、自分の知識を総動員して探し出していた能動的な偶然にも似ている。それを導き出すデジタルなアルゴリズムロジックの確立こそ、Appleの見つめる未来なのだろう。

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【9月10日】アップル、自動プレイリスト「Genius」搭載のiTunes 8(AV)
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080910/apple5.htm

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(2008年9月12日)

[Reported by 山田祥平]


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