元麻布春男の週刊PCホットライン

Netbookの生きる道




●IDFでは目立たないNetbook

 2008年のヒット商品ランキングといった企画があれば、おそらくその上位に入りそうなのが低価格ミニノートPCだ。少なくともIT分野に限定すれば、相当上位に入るのではないかと思う。実際、量販店に行っても、売り場には売り切れや次回入荷未定といった文字が目立つ。出荷数量がどれほどかはわからないが、売り場の広がり方から見ても、この種の製品が好調であることは間違いない。

 Intelは、このミニノートPC分野でもサプライヤとして大きな存在感を持つ。同社は、低価格ミニノートPCをNetbookとしてマーケティングしており、この夏に向けて発表された製品の多くは、同社のAtomプロセッサとその推奨チップセットである945GSEを採用している。主要なライバルであるVIA C7Mプロセッサ採用のミニノートPCは完売が目立つなど入手性が低下しており、この分野に占めるNetbookの比率は上昇する傾向にある。

●MIDに秘められた大きな構想

Netbookの話題を取り上げたのはMobility GroupのDadi Perlmutter副社長

 ところがIDFの会場でNetbookはそれほど目立たない。同じAtom搭載の製品でも、キーノート等で取り上げられる機会が多いのは、よりアプライアンスに近いMIDであり、コンコースの目立つ場所を飾るのもやはりMIDだ。少なくとも次世代へのロードマップが紹介されるMIDに対し、次世代のNetbookについて語られることはほとんどなかった。

 テクニカルセッションにしても、NetbookおよびNettop(Netbookのデスクトップ版、こちらはわが国ではほとんど見かけない)関連のセッション数が3つなのに対し、MID関連は4つ。大きな差ではないように見えるが、市場で売れている数を勘案すると、MIDの方が優遇されているのは明らかだ。

 なぜMIDが優遇されるのか。放っておいても売れるNetbookをことさらプッシュする必要はない、ということもあるだろう。が、それ以上に重要なのは、MIDがIntelにとって新しい市場、すなわち新しい成長の機会を提供してくれるものである、ということだ。

 そう遠くない将来、PC以外のさまざまなデバイスがインターネットに接続されるようになる。その時に、デバイスのネットワーク接続エンジンとして、市場の中心的存在になりたいというのがAtomの野望だ。同じ組み込み用途でも、たとえば自動車エンジンの制御といった産業用途は、Atomの直接のターゲットではない。インターネットとの接続性の部分にこそ、インテルアーキテクチャ(IAつまりx86互換)の強みが発揮できるというのがIntelの考えのようだ。

AtomベースのMID(OQO製)で動作する「World of Warcraft」のデモを見るAnand Chandrasekher副社長(右) Atomのウェハを持つChandrasekher副社長。この写真でさえAtomのダイサイズの小ささが分かる

 こうした組み込み用途のプロセッサは、現在Intelが圧倒的な強みを発揮するPC向けプロセッサに比べ単価は安い。が、その一方で圧倒的に大きな市場規模を持つ。Atomは最初から低価格帯で戦えるように、消費電力を抑えると同時に、トランジスタ数を抑え、コストを抑えるよう設計されている。

 また組み込み用途では不可欠な、SoC(System on a Chip、特定の用途を想定し必要な機能を1チップに統合した製品)のコアとなることも想定されている。先日ネットワークアプライアンス用のSoCである「EP80579」(この製品自体はPentim Mベース)を発表した際に、Intelは次世代の製品ではAtomをコアに採用すること、現在15種あまりのAtomベースのSoC製品が開発中であることを明らかにしている。

 同様に、コンシューマー向けのSoC製品であるCE 3100(これもPentium Mベース)の後継製品となるSodavilleも、Atomベースになると発表されている。

 MIDは、こうした組み込み用途での利用を想定した一種のパイロット製品であり、戦略製品だ。お手の物のPCエコシステムの延長線上で事業展開を行えるNetbook/Nettopとは重みが違う。おそらくIntelは、Netbook/Nettopのためなら、わざわざAtomを新規開発することはなかった。MIDとその先に広がる組み込み市場を新しい成長分野にするためにこそAtomを開発したのだ。

 それでもNetbookやNettopの事業を展開するのはなぜか。Atomの性能レベルが、PC的な利用にも耐えられる水準に達した、ということもあるのだろうが、重要なポイントは製品(Atomブランド)の知名度を上げることと、既存のPCエコシステムを利用できるNetbook/Nettopは市場が早く立ち上がる、ということだろう。いくら将来を見据えた戦略製品であっても、赤字を垂れ流し続けて良いわけがない。将来を見据えつつも、今日の糧を稼げなければ、事業として続けていくことは不可能だ。

 もう1つは、Classmate PCのような、新興国の教育用途向けなど社会貢献の側面だ。初日の基調講演でも分かるように、Craig Barrett会長は以前から教育分野に熱心に取り組んできた。Classmate PCのような用途があることは、経営判断(企業のイメージアップなど)を別にしても、Intelの背中をいくぶんか押したのではないかと思う。

●Netbook差別化の方針

 逆にNetbookやNettopの市場を創出することには、ある種のリスクを伴う。Intelの牙城の1つである既存のPC市場を侵食する可能性があるからだ。もともと、小型で携帯性に優れたPCに対する需要の大きなわが国では、一部そういう動きも見られる。

 これを回避するため、IntelはNetbookの取り扱い、方向性のガイダンスに注意を払っている。既存のノートPCと、性能面、機能面での差別化を図るのはもちろんのこと、見た目でも違いがハッキリと分かるようにすることが求められている。

バリューノートPCとNetbookの棲み分け。Netbookは低価格化で差別化を図るべきだという 左からMID、Netbook、ノートPCの違い。Netbookはインターネット接続を前提にしたコンシューマー向けシンクライアントのような位置づけである
Netbookのディスプレイは10.2型以下であることが推奨される。12型以上の液晶ディスプレイの採用は、混乱を招きかねず、むしろディスプレイの小ささをアドバンテージにすべきだという NetbookはHDDより低価格な小容量SSDの採用が推奨されている

 現在、市場にはさまざまなミニノートPC/Netbookが市販されているが、エントリークラスのノートPCとの差別化を図るためIntelは、いくつかの条件を挙げている。ディスプレイを大きくし過ぎないこと、HDDよりも小容量SSDを採用すること、価格をさらに低く抑えること、Web中心でアプリケーションの追加インストール等はあまり考えないこと、シングルスピンドル(光学ドライブを搭載しないという意味)であること、などだ。手っ取り早くいうと、高性能化を図るより、低価格化を行なえ、という方針らしい。市販の製品の中では、ASUStekのEee PCがIntelの言うNetbookに一番近い存在だ。

 とはいえNetbookやミニノートPCをどんな仕様にして売るかはOEMの判断であり、OEMを動かすのはユーザーの動向だ。どんな製品にいくら出すのか、それを決めるのは消費者である。Intelのコンセプトに賛成するも良し、多少高くなっても実用性の高いミニノートPCを求めるのも良しだ。むしろバリューノート最強を唱えるのもアリだし、日本型の高性能モバイルPCにこだわるのももまたアリだろう。その中から次のPCの姿が見えてくるに違いない。

□関連記事
□Iネットブック/UMPCリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/link/umpc.htm
□IDF 2008 レポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/link/idf.htm

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(2008年8月23日)

[Reported by 元麻布春男]


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