大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ようやく地デジチューナに踏み出したデルの勝算




 デルが、USBポータブル地デジチューナをバンドルしたPCを発売した。国産PCメーカーが地デジ対応を打ち出すなか、外資系メーカーであるデルの対応がかなり遅れていたのは事実だ。だが、今回の製品投入により、国内コンシューマPC事業においてデルが抱える最大の課題を解決した格好になる。実は、この取り組みにおいては、デルにとって異例ともいえる施策が相次いでいたのだ。

 10月11日、都内で行なわれたデルのPC周辺機器の記者発表の席上には、デル日本法人の上部組織であり、シンガポールに拠点を持つアジアパシフィック/ジャパン(APJ)の幹部社員が密かに参加していた。

 この日発表されたのは、液晶ディスプレイ新製品の「SP2208WFP」および「E248WFP」、インクジェット複合機の「オールインワンプリンタ 948」、そして、地デジチューナの「MonsterTV HDU」の4製品。だが、このなかで、APJが注目していたのは、地デジチューナだったといえよう。

この日発表された新製品群 B-CASカードサイズの外付け地デジチューナ 同社のノートPCと接続して動作

 液晶ディスプレイやプリンタは、米国本社主導のもとワールドワイドに展開する、これまでのデルの手法を踏襲したものだった。ところが、地デジチューナは日本法人が独自に企画し、日本市場向け専用に製品化したもの。地デジという日本固有の放送方式に対応したものだから、当然といえば当然だが、デル社内ではこうしたリージョン独自で製品を投入するという例は、まだ数が少ない。

 しかも、今回の製品はエスケイネットのロゴが入るが、デルのロゴは入らない。それでいて、PCにバンドルしてパッケージ製品として販売する。これも、従来のデルの製品戦略から見ると異例ではある。

 「デル専用の製品でありながら、サードパーティブランドを前面に出した。これまで投入していたワンセグチューナでは、起動するとデルのロゴが表示されたが、今回の製品ではこれも取りやめた。当社の今後のサードパーティ戦略の方向性を模索する取り組みともいえる」(デル広報本部)と位置付ける。

 デルにとって、周辺機器およびソフトウェアの品揃えは、日本におけるコンシューマ事業を拡大する上では必要不可欠なもの。特に、日本市場では、独自のソリューションが求められるなかで、日本のサードパーティーとの関係構築の敷居を低くする取り組みの1つ、とも捉えることができそうだ。

 APJの関心は、こうした日本独自の取り組みに対して、プレスの反応がどうなのか、という点にあったといえよう。

●意欲的なアタッチレートを目指す

 日本における市場全体のデジタルチューナ搭載率はデスクトップPCで24%。一方、ノートPCではわずか4%。これを、デスクトップでは20%以上、ノートPCでも20%以上とする目標は、これまでのゼロベースから捉えれば、かなり意欲的な目標だ。とくに、ノートPCでは、業界平均を大きく上回る搭載率への挑戦となる。

デル 正木龍士ブランドマネージャ

 デルのソフトウェア&周辺機器マーケティング本部ブランドマネージャ 正木龍士氏は、「コンシューマ向けノートPCおよびデスクトップPCにおいて、地デジチューナのアタッチレートを20%以上にしたい。すでに発売しているワンセグチューナでは、今年夏の実績でアタッチレート率が40%を記録しており、手応えはある」と、地デジチューナセット製品の販売拡大に期待を寄せる。

 これだけの意欲を見せる背景には、戦略的ともいえる価格設定が見逃せない。

 「国産PCメーカーの地デジ搭載モデルは価格が高く、デスクトップでは1チューナ搭載モデルで約20万円、ノートPCでは約19万円となっている。非搭載モデルと6~7万円の差があり、購入するのに高いという印象もあった。また、モデル数が多すぎ、どれを選択したらいいのかわからないという問題もあった。今回の製品では、他社の非搭載モデルと同等の価格にまで引き下げ、さらに、CPUをCore 2 Duoや、AMDのデュアルコアプロセッサにするなど、地デジを視聴するために必要なスペックの製品に絞り込み、その中から選択できるようにした。これまでの課題を解決することで、地デジ搭載PCの普及を加速できる」(正木ブランドマネージャ)とする。

●外付けにこだわる理由とは

 今回の地デジチューナ搭載PCでは、デルは、外付けにこだわった。

 「地デジ搭載モデルがないという状態は、国内でコンシューマPC事業を推進する上では歯抜け状態と一緒。いち早くこれに対応し、しかもコスト面でも優位性を発揮するには外付けの選択肢しかなかった」と、正木ブランドマネージャはその理由を語る。

 デルでは、約2年前から地デジモデルの製品化に向けて検討を開始。2006年11月から本腰を入れて、複数の企業と話し合いを開始していた。しかし、その多くの企業は、内蔵型を前提とした提案になっていた。

 残念ながら、今のデルの体制では、地デジチューナの内蔵化には時間がかかる。本体の仕様そのものにまで踏み込んだ開発には、米国本社との摺り合わせが必要になるからだ。しかも、異なる筐体ごとにモジュールを開発すれば、当然コストは上昇する。地デジという日本特有の機能を、複数のモジュールで実現するのは現実的に難しいのは自明の理だった。

 だからこそ、デルは外付けにこだわったのだ。

 「自宅にいるときは外付けで利用しながらも、モバイル環境ではオプションで提供されるモバイルアンテナを利用できる仕様とした。また、リモコンを添付することで、地デジ視聴時の操作性も高めることができた。外付けでありながら、操作性、利便性を損なわない工夫を凝らしている」という。

 だが、一方で、単体販売を行なわないという点にもこだわりを見せる。

 「あくまでも、デル製品をシステムとして購入する際の周辺機器という位置付けに徹する。単体で他社の製品に付属させるという考え方はない」と語る。

 デル製PC向けにターゲットを絞り込んだ周辺機器事業というスタンスには従来から変化はない。

●店頭販売を優先させた異例の取り組み

 もう1つ、異例の取り組みがある。

 それは、デルのオンライン直販よりも、ビックカメラ全国22店舗による店頭販売を先行させた点だ。

 ビックカメラでは10月13日からの店頭販売、デルでのオンライン直販は16日からとなる。直販指向のデルが、初めて店頭を優先させた製品ともいえる。

 「地デジへのアタッチレートを高めるには、いかに地デジ搭載PCの良さを知っていただき、そこに手を伸ばしていただけるかにかかっている。店頭においては、オンラインとは違った形での説明が可能となり、その良さを伝えることができる。店頭では、目標としている20%を遙かに超えるアタッチレートになる可能性が十分あるだろう」と、正木ブランドマネージャは、店頭での地デジ比率の上昇を見込む。

 ビックカメラでは、地デジパッケージモデルとして3機種を販売するが、売れ筋は15.4型ワイド液晶搭載の「Inspiron 1520」になりそうだ。そして、これまでビックカメラ店頭では扱っていなかった17型ワイド液晶搭載の「Inspiron 1720」も、今回の地デジパッケージとして新たに扱いが開始されることになる。

 もちろん、今後は、店頭販売契約を結んでいるソフマップでの取り扱いも行なわれるだろう。現時点では、その詳細については明らかではないが、ビックカメラでは扱っていないデスクトップPCなど、異なる製品の取り扱いも見込まれそうだ。

 これが実現すれば、デルのコンシューマ向けPC製品における地デジ比率の向上が、さらに加速するのは間違いない。

Inspiron 1520(左)、Inspriron 1720(右)とポータブル地デジチューナを接続してデモンストレーション

●外資系企業としてB-CASとの契約を締結

 実は、今回の製品発表は、一度、予定されていた会見が延期になった経緯がある。

 「苦労を100個挙げろと言われれば、確実に100個挙がる」と、正木ブランドマネージャは苦笑するが、会見延期の背景には、その時点で、いくつかのハードルを越えられなかったことが影響している。

 例えば、B-CASカードのメーカーへの提供は、国産メーカーが基本であり、外資系メーカーへの提供はこれまでには前例がなかった。その契約を新たに結ぶ上での手続きに多くの時間を要したという。

 手続きの時間を短縮するために、日本法人がB-CASと契約書を交わすことができる権限を社内的に獲得。それによって、米国本社とのやりとりを行なわずに、手続きを進めるといったウルトラCまでも導入した。

 また、発売直前まで、ワンセグチューナ機能も内蔵したものとしていたが、コストの兼ね合いなどからこの仕様を変更するといったドタバタの動きもあったという。

 だが、10月11日の発表では、「すべての問題をクリアした形で発表できた」と語る。

●コンシューマ市場におけるシェア拡大に直結

 デルの国内コンシューマ市場におけるシェアは第5位だ。

 今後、PC市場全体でのトップシェアを目指す上では、コンシューマ事業の拡大が必須となる。

 それに向けて、全世界規模でのグローバルコンシューマ部門の設置とともに、日本におけるコンシューマ戦略が、日本市場の特性をより理解した上での戦略へと進化している。今回の地デジチューナバンドルPCもその表れだ。

 そして、コンシューマ事業の加速を支えるソフトウェア&周辺機器(S&P)事業も、市場ごとの特性を生かした戦略へとシフトしている。

 今年(2007年)11月には、組織としては、従来通り、APJのS&P事業部門の元にありながらも、日本のS&P事業に独立性を持たせる仕組みへと移行する予定だ。

全出荷台数中、チューナバンドルモデルで2割を目指す

 「コモディティ化した製品では、世界共通の戦略が通用するが、S&P事業では、リージョンに根ざしたソリューション戦略が必要。APJという大きな枠組みではなく、各地域の特性を生かした製品戦略が必要になる。年内には新たなS&P関連製品投入はないが、新年度以降、コンシューマ事業を加速させるようなS&P製品群を順次投入していく」

 そして、この地デジチューナ戦略は、総務省が働きかけているデジタル放送受信用の格安チューナの開発に、いち早く連動したものと見ることもできる。

 最終目標とされる5,000円以下までにはさすがに到達はしないが、地デジパッケージモデルと同等仕様の製品との差額が約2万円であることを見ると、地デジチューナ単体の価格は、そのまま約2万円とすることもできよう。

 今回の地デジチューナは、日本市場向けの独自製品戦略を加速するための試金石の1つとなるのは明らかだ。

 「まずは、デルが、地デジチューナを投入したという点をメッセージとして発信する。それをベースに、さまざまなS&P製品との組み合わせによって、デルのコンシューマPCの魅力を訴求していきたい」と、正木ブランドマネージャは語る。

 社内では、「1億円をどう使うか」という議論を開始しているという。これは、デルのS&P製品の認知度を高めるための宣伝予算として仮に設定した金額であり、そこでどんな訴求が可能であるかを模索している。

 この1億円の宣伝予算が実現するかどうかはわからないが、宣伝広告費には厳しいデルには、これを議題にあげて、ブレインストーミングを行なうことすら異例のことだ。そうした議論が始まるほど、S&P事業をテコにしたコンシューマ事業の拡大に向けた施策が、あらゆる角度から練られているのだ。

 今回の地デジチューナバンドル製品の発表を取り巻く動きを見てみると、デルのS&P事業は、これからも異例続きの施策が出てきそうな予感がする。

□デルのホームページ
http://www.dell.com/jp/
□関連記事
【10月11日】デル、小型のUSB地デジチューナを個人向けPCとバンドル販売
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【10月3日】デル、PCの店頭販売をソフマップでも開始
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【7月26日】デル、デスクトップ/ノートPCをビックカメラで店頭販売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0726/dell.htm

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(2007年10月12日)

[Text by 大河原克行]


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