ここ数週間、何人かのノートPCを企画や開発している人たちとミーティングを持った。2007年はWindows Vistaが発売され、2006年から「今年こそは」の声が聞こえていたものの、まだハードウェアにはその意気込みが伝わるような製品が出てきていないと感じていたこともあり、いろいろな意見を交換したのだが、その中で感じたことを記しておきたい。 それは、PC開発に関する“ギアチェンジ”の必要性だ。市場の環境や技術トレンドが変化してきたのだから、ここらで1つギアを落として、商品の付加価値を高める手法について見直してみてはいかがだろう。 ただし、スムーズなギアチェンジのためには、PCを企画/開発する側だけでなく、消費者側の意識も変わらなければならない。 ●白物家電や自動車で起こったこと 直接、PC業界と比較することはできないが、白物家電や自動車といった業界は、PCよりもずっと早い時期に、製品の成熟期を迎えている。いずれも十分に家庭に普及している上、製品としての寿命も長い。定期的な買い換えサイクルの中で、いかに製品としての魅力を引き出すかが勝負だ。両方の業界を担当した記者などとの話はひじょうに興味深い。 たとえば白物家電は'90年代半ば以降、製品の普及と成熟が進み、業界全体として伸び悩んでいたという。筆者は専門記者ではないが、たしかに当時、どの製品も同じように見え、また壊れない限りは買い換える必要性も全く感じなかったように思う。 しかし2000年前後を境にして、白物家電は変わった。当時は思いもつかなかったようなアイディアを技術の進歩で実現しながら、冷蔵庫も、洗濯機も、電子調理器具も進化し、今も新しいアイディアの実現や既存機能の改善が繰り返されている。 各社が持っている要素技術が、ハイテクとは無縁の存在と思われていた白物家電に積極的に導入されはじめ、製品そのものの魅力が高まっていったからだという。それぞれの製品の主な機能が変化しているわけではない。しかし、性能や使い勝手、付加的な機能要素が大幅に変わった。 進化の余地が無さそうな分野でありながら、製品と製品に対するニーズ、それに実用化を待つ要素技術を突き合わせることで、思いもよらない化学反応を起こすことに成功したわけだ。 一方、自動車に関しては、ここ数年、以前よりも買い換えサイクルが伸びる傾向が強まっているそうだ。新車を購入しても、初回車検前後には新しい車へと乗り換える人や、帳簿上の簿価がゼロとなる6年周期での買い換えをする人は減り、10年以上、同じ車に乗り続ける人が増えているという。 もちろん、幅広いユーザーがいる自動車だけに、一部分だけを取り出せば、他にもいろいろな消費者動向の動きがあるようだが、買い換えサイクルが伸びているというのは、全体的な傾向としてあるようだ。 消費者自身の車に対するスタンスが変化してきたことや、以前よりも自動車の完成度が上がり、不満を感じにくくなっていること、それに登録から10年以上経過した車検は1年ごとという10年車検制度がなくなったことなども原因だろうが、自動車メーカーも、以前ほど短いサイクルで目先を変えて売るといった商品だけでなく、長く愛着を持って乗れる製品作りへと変化を付けてきているように思う。 欧州車のように5~6年ごとに、全力投球のフルモデルチェンジを行ない、それを毎年、少しづつ改良していくというスタイルを取る国産メーカー(あるいは車種)はまだ少ないが、これらも今後は少しずつ見直しがされているくのではないだろうか。対象ユーザーごとに、開発のサイクルは最適化されるのが良いと思うからだ。 車種によっては従来の国産車的サイクルがしっくり来るだろう。一方、欧州的なモデルサイクルが似合う車種もある。 ●進化の速度に合わせた“スローな”PCを さて、PC業界を見渡すと、まだまだユーザーは“目新しさ”を求める傾向が強いという意見をメーカーの商品企画担当者から伺った。たとえば新入学や就職シーズン向けに、子供、学生、新社会人たちにアピールする製品を作るには、いかにもその時期、その年に発売されたという目新しさが、スペックだけでなくデザインや機能などにも盛り込まれていなければ、店頭での販売実績につながりにくいという。 同様の傾向は、少なからずファミリー向けのPC(といっても、パーソナル化が進んでいるので、家族のためのPCというのは有名無実化しているが)にも言えることかもしれない。 しかし、今やPCを使えない人はほとんどいなくなってしまった。小学生時代からPCの教育が行なわれている現在、「PC初心者」という言葉も意味をなさなくなりつつある。もちろん「俺はPC初心者だ」という人はたくさんいるのだが、Webやメールぐらいは使っている人が多いし、そもそもキーボード操作も流ちょうだったりする。コンピュータとしてのPC技術に詳しくなくとも、道具としてのPCを使いこなしていれば、それは初心者とは言わない。 ほとんどの人が、PCという道具を使い、何らかの作業をしていること。さらにノートPCの性能向上、価格下落などもあってPCのパーソナル化も進んだこと。これらを合わせて考えれば、計算機としてのスペックはともかく、デザインや使い勝手、品質感などに関して、もっと落ち着いて設計された道具が欲しいと思う人も増えてくるのではないだろうか。 PCのパフォーマンス向上ペースがややスローになってきたのだから、それに合わせてスローなPCライフに合わせた製品が企画されてもいい。たとえば5年と言わずとも、3年ぐらいは基本デザインを変更しないつもりで、ありったけの設計パワーを注ぎ込み、それを毎年改良しながらコストを落としていく。 発売直後はコスト面で厳しいが、製品のライフタイムサイクルで考えると十分に元が取れる。そんな思想のもとに、そのメーカーが提供できる最高の製品を購入できる環境ができれば、PCの買い換えを何度か経験してきた敏感なユーザーは反応してくれるように思う。 もちろん、PC業界の動きがスローになったとはいえ、何かのタイミングで大きな変化、進化を迎えるときは今後も少なからず訪れるだろう。一番近い将来としては、45nmプロセスを用いたプロセッサが潤沢に供給されるようになる時期が、それに該当するだろう。 それはメーカーも承知している。ならば2008年あたり、ゆっくりと腰を落ち着けて、長期間プラットフォームとしてユーザーから支持を受けられるような製品を企画できないものか。 実はこの話題では、各社から共通の答えが返ってくる。(あまり前向きなものではないのだが)PC事業に責任を持つ人物の任期が1~2年しかないという問題だ。つまり、数年先を見据えたプラットフォームの構築よりも、任期中の業績の方が大切ということだ。しかし、それではあまりにユーザーが不憫ではないか。 安価になったとはいえ、まだまだPCは高価なツールだ。ユーザーができることは、目先の機能を追わず、より長いスパンで製品の開発を行なっているメーカーを見定めることである。消費者が変わればPCベンダーも変わる。PCベンダーの意識を変えられるのは、結局のところユーザー自身なのだから。 □関連記事 (2007年3月30日) [Text by 本田雅一]
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