笠原一輝のユビキタス情報局

Windows Media Centerとアクトビラってライバル?



 筆者はこの連載でWindows XP Media Center Edition(MCE)をたびたび取り上げてきたが、その最大の特徴だったリモコン操作のユーザーインターフェイスであるWindows Media Centerは、Windows Vistaの家庭向けSKU(製品種別)のうち、Home PremiumとUltimateに標準で搭載されており、今後Vistaの普及とともに急速にインストールベースが上昇していくことになるだろう。

 筆者はこの連載で、Media Centerの特徴はTV録画や音楽、動画などの再生プラットフォームとしてだけではなく、メディアサービスのポータルとして利用できる「メディアオンライン」も、もう1つの特徴であると述べてきた。メディアオンラインサービスは2006年の春頃からコンテンツの数を増やしてきたが、Vistaのリリースにあわせて新しいサービスの提供も開始されており、今後より魅力的なサービスのプラットフォームになっていく可能性が高い。

 そのメディアオンラインだが、家電ベンダが共同で始めたサービスと今後競合していく可能性が高いと見られている。

●10フィート版UIのブラウザ扱いになるMedia Center

 本連載をご愛読いただいている読者であれば、Media Centerのアーキテクチャについては先刻ご承知だと思うが、初めて読む読者のためにもう一度説明しておきたい。復習だと思ってお付き合い願いたい。

 Media Centerを利用することで、ユーザーはさまざまな種類のコンテンツを再生できる。例えば、TVチューナを利用した録画したTV番組、MPEG-2やWMVなどの動画ファイル、MP3やWMAなどの音楽ファイル、JPEGなどの写真ファイルなどをリモコンを利用してブラウズし、再生できる。しかし、考えてみればこの機能は、Windowsに標準で用意されているWindows Media Playerと同じであると感じないだろうか? それは正しい考え方だ。そもそも、Media Centerは、Media Playerのリモコン版だからだ。

 図1はVistaにおけるメディアファイル再生のアーキテクチャだ。ご存じのように、動画や音楽の再生にはオーディオチップやGPU、TV放送の受信にはTVチューナカードを利用するが、Windowsでは専用のデバイスドライバを用意する。それらのハードウェアやデバイスドライバを利用して、実際にメディアファイルの再生を担当するのがWindows Mediaのエンジン部分(ここでは仮にWindows Mediaエンジンと呼んでおく)で、OSにあらかじめ組み込まれているこのコンポーネントが、実際のファイル再生などを担当している。その上にユーザーインターフェイスとして存在しているのがMedia Playerであり、Media Centerだ。

 これら2つの大きな違いは、利用用途だ。Media Playerがキーボード、マウスでの操作を前提としているのに、Media Centerはリモコンでの操作を前提としている。ユーザーが座る距離の違いで、前者を2フィートUI(画面から0.5m程度で操作することを想定するため)、後者を10フィートUI(画面から3m程度離れて操作することを想定するため)と呼ぶことが多い。

 このため、ライブラリやプレイリストの機能などはWindows Mediaエンジン側で装備しているので、Media Playerで見ても、Media Centerで見ても同じものを見ることができる。つまり、Windows Media エンジンにあるデータベースを、Media Player、Media Centerというブラウザでブラウズし、再生の指示を出している。そういう仕組みであると考えればいいだろう。

【図1】Vistaにおけるメディアファイル再生のアーキテクチャ

●オンラインコンテンツのポータルサービスとなるメディアオンライン

 図1で示したアーキテクチャは、基本的にローカルに保存されたコンテンツをブラウズする機能だが、Media Playerにも、Media Centerにも、ネットワーク上のサービスをブラウズし、ネットワーク上のコンテンツをダウンロードしたり、ストリーム再生する機能が用意されている。

 Media Centerのそうした機能に相当するのが“メディアオンライン”だ。メディアオンラインはMCEでも提供されていた機能で、Vistaでも同じようにサービスが提供されている。メディアオンラインのアーキテクチャは次のようになっている。

【図2】メディアオンラインのアーキテクチャ

 ユーザーがMedia Centerからメディアオンラインを選択すると、まずMicrosoftのWebサーバーに対してアクセスが発生する。すると、Microsoftが提供しているメディアオンラインのトップページが表示され、そこにはMicrosoftが認定したコンテンツプロバイダのページが表示される。こうした仕組みになっているため、いわゆる“勝手サービス”というのはメディアオンラインの場合はありえない(別の仕掛けを利用すれば不可能ではない。これに関しては後述)。

 ユーザーはリストの中からサービスを選ぶことで、コンテンツプロバイダのサイトに移動し、サービスを受ける。むろん、これら一連の流れは、ユーザーは意識する必要もなく、ユーザーのPCがインターネットにつながってさえいれば、リモコンで検索し、好みのサービスを受けることができる。

 サービスプロバイダは、Media Centerにアドオンとしてアプリケーションをインストールすることも可能で、それを行なえば、より高度なサービスを展開することができるほか、メディアオンラインに入っていないサービスプロバイダでも、独自にMedia Center用のアドオンを提供することで、メディアオンラインを経由しなくてもコンテンツ配信などのサービスを提供できる(これが別の仕掛けだ)。

 なお、従来のMCE 2005用のメディアオンラインのページとVistaのメディアオンラインのページは異なっており、MCE向けには提供されていたサービスが、Vistaでは提供されていないというこも実際にある(逆も存在する)。各コンテンツサービスの詳細は僚誌のBroadBand Watchの記事が詳しいので、ぜひそちらをご覧いただきたい。

□映画も、音楽も、ゲームもおまかせ!Vista標準搭載の「Windows Media Center」をチェック(BroadBand Watch)
http://bb.watch.impress.co.jp/static/vista/wmc/2007/02/14/

●プログラミングモデルの拡張でよりリッチなアドオンアプリケーションが可能に

 Vista世代のMedia Centerは、XP世代のそれに比べて大きな拡張が施されている。特に、アドオンアプリケーションの観点から見ると、次の3つの点が挙げられる。

(1)Media Center上でWPFアプリケーションが利用可能に
(2)Media Center Presentation Layerが利用可能に
(3)新しいプログラミングモデルMCML(Media Center Markup Language)に対応

 Vista世代のMedia Centerでは、Media Center上で走らせるアドオンアプリケーションとして、WPF(Windows Presentation Foundation)のプログラミングモデルを使って作られたアプリケーションを走らせることができる。プログラマはコンパイルの段階で、それを2フィートUIにするのか、それともMedia Center用の10フィートUIにするのかを選ぶことができ、これまでよりも容易に10フィートUIのアプリケーションを作成できる。

 Windows Media Center Presentation Layerは、Media Center版WPFのようなもので、Media Centerでもアニメーション、透過表示、3Dなどの機能を利用することが可能になっている。MCMLは、Windows Media Center Presentation Layerの機能を活用するアプリケーションを作るためのXMLベースの言語で、プログラマはもっと手軽に、WPFで実現されているより表現力豊かなグラフィックス表示などを利用できる。

ウェザーニューズが提供する“気象コンテンツ”

 これらの機能により、Vista世代のMedia Center向けアドオンアプリケーションは、XP時代に比べてグラフィカルで見やすいものになっている。例えば、ウェザーニューズが提供する“気象コンテンツ”は、WPFの機能を利用して、雨雲の動きなどを動画ではなくアニメーションで表示可能だ。

 今のところ、VistaのMedia Center向けに提供されているメディアオンラインのコンテンツは、XP世代と大きく変化はないが、こうした仕組みがすでに用意されているため、今後はよりリッチなアプリケーションが登場する可能性を秘めているわけだ。

□Working with Media Center Markup Language(Microsoft)
http://msdn2.microsoft.com/en-us/library/bb189823.aspx

●PCのリビング進出に対抗する家電陣営の“アクトビラ”

 こうした仕組みを採用したVista世代のMedia Centerだが、TVに接続して利用するタイプの製品も大手PCメーカーからの提供も開始され、今後PCのリビングへの進出はさらに促進されそうな勢いだ。ソニーの「VGX-TP1」や、富士通の「FMV-TEO」がそうした製品の代表例だし、NECや富士通は、30型を超えるような液晶TVにPCを統合した製品をリリース済みだ。

 こうしたPC業界側の動きに、家電ベンダ側も敏感に反応している。すでに、松下電器、So-net、ソニー、シャープ、東芝、日立の6社がアクトビラと呼ばれるポータルサービスを共同出資で設立し、サービス提供を開始している。アクトビラの詳細に関しては、僚誌AV Watchの記事が非常に詳しく報じているのでそちらを参照していただきたいが、ユーザー宅にあるTVがクライアントとなり、TVポータルサービスが提供するサイトに接続して、サービスを受けるという仕組みは、メディアオンラインと何ら変わるところはない。

 このサービスをして、家電ベンダがリビングルームに進出しようというMicrosoftの動きに対して強い警戒感を持っており、アクトビラはその表れだとする関係者は少なくない。確かに、やろうとしていることは、メディアオンラインと同じで、これまではTV放送というサービスのクライアントに過ぎなかったTVに、ネットワークサービスのクライアントとして機能を付与することで、TVの付加価値を高めようという意図があることは明白だろう。仮に、VGX-TP1のようなソリューションが普及して、PCをTVに接続して利用することが当たり前になってしまったら、TVは単なるディスプレイに過ぎなくなる。そうなれば、TVの付加価値は何もなくなり、あとは価格競争をするほかなくなってしまう。そこに、家電ベンダの危機感が表れていると考えるのは妥当なところだ。

□デジタルTV用ポータル「アクトビラ」がスタート-2007年度中にHDコンテンツのストリーム配信も(AV Watch) http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070207/actvila.htm

●参入のハードルが圧倒的に低いMedia Centerエコノミー

 しかし、1つだけTVとPCには大きな違いがある。それがPCの側はプログラマビリティを持ち、ユーザーが自分の意志でアドオンを追加可能であるのに対して、家電の側にはそれがないという点だ。

 アクトビラがやろうとしていることは、日本向け携帯電話のiモードやEZwebのようなクローズドなWebサービスの考え方だ。アクトビラの基本コンセプトは、アクトビラが提供しているコンテンツを楽しむためのプラットフォームというものだ。Webブラウザの機能も備えてはいるが、動画ファイルの再生は事実上できなかったりと、あくまでおまけの機能に過ぎない。

 これに対して、Media Centerも、メディアオンラインに関してはMicrosoftに認証されたコンテンツサービスのみしか利用できないので、この点はアクトビラと基本的な考え方に違いはない。しかし、メディアオンラインは確かにMicrosoftの認証は必要だが、Media Center用のアドオンソフトは誰でも作ることができる。そして、ユーザーが自分の意志でソフトを組み込んでさえくれれば、誰でもサービスを提供できる。つまり、(メディアオンラインは別として)Media Center向けのサービスはオープンなプラットフォームだ。

 クローズ対オープン、筆者の立場はもちろんオープンプラットフォームがよいというものだ。なぜか? それはインターネットの歴史を紐とけば、そんなこと説明するまでもないだろう。インターネットエコノミーがどうしてこんなに急速に巨大になったか、それは誰に対してもオープンで参入の機会が山のようにあったからだ。

 これから、新たにリビング向けにサービスを提供しようというベンチャー企業があったとしよう。その会社が、そのサービスをアクトビラに対応した家電向けに提供するか、それともMedia Center向けに提供するか、どちらを検討するだろうか。そんなの考えるまでもない。PCだ。いちいち事業会社と交渉しなければならないアクトビラに比べて、勝手にサービスを提供できるMedia Centerではハードルの高さは比較にならない。そのベンチャー企業が、2年前のYouTubeであり、7年前のGoogleであったとすれば……どちらの方が“エコノミー”として大きくなるかは考える必要もないだろう。

●今後TVはディスプレイになるのか、それとも強力なCPUを内蔵する道を行くのか

 正直言って、アクトビラとPCとでは全く勝負にならないと筆者は思っている。ではなぜ家電側はTVにプログラマビリティを持たせ、3年前のYouTubeや7年前のGoogleのように魅力的なプラットフォームにしないのだろうか?

 実はそこにTV業界が現在抱えている大きな構造的な問題が透けて見える。なぜPC側がプログラマビリティを持っているのかと言えば、PCが強力なアプリケーションプロセッサを持っているからだ。AMDのAthlon 64 X2なり、IntelのCore 2 Duoなり、PCのプロセッサはTVに内蔵されているアプリケーションプロセッサとは比較にならないほど強力だ。では、なぜTVにはそうした強力なアプリケーションプロセッサは内蔵していないのだろうか? 最大の理由はコストだ。

 今、家電ベンダ各社は、非常にシビアな価格競争を行なっている。そうした中でアプリケーションプロセッサにさけるコストはほとんどないと言ってよい。数十ドル、場合によっては100ドルを超えるようなPC用の高価なアプリケーションプロセッサを利用していては、とてもコストモデルにマッチしないわけだ。

 となると、やはりアクトビラのサービスが、今のところもっとも現実的な解ということになる。アクトビラのサービスは、言ってみればWebサービスだから、クライアント側にそれほど強力なアプリケーションプロセッサは必要ないわけだ。しかし、それではPCがリビングに進出してきたときに対抗することはできない、そうしたジレンマにTV業界は直面しているといえる。

 そもそも、今後“TV”というのが本当に必要なのか、最近よくそう思うことがある。TVというのはハードウェアとしてのTVで、すでにTV放送受信機能やゲーム、インターネットなどを1つに扱えるPCという機器や、ゲームコンソール、HDDレコーダなどが登場している今、ハードウェアとしてのTVは単なるディスプレイになるのがもっとも自然な道であり、それにあらがうことは不可能なのではないかと思う。すでに価格競争に陥っていることを見てもそれは明らかだ。

 もしそうではないと、家電ベンダが思っているのであれば、アクトビラのような“中間解”ではなく、PCに対抗できるような壮大なビジョンを見せてほしいと思う(Cellこそそうだと筆者は思っていたのだが……最近の動向を見ているとそれも難しそうな情勢だ)。もし、それができないというなら、中途半端な対応は結果的に家電ベンダのためにならないと思うのだが、それは余計なお世話というものだろうか。

□関連記事
【2006年4月12日】マイクロソフト、Windows MCEのオンラインコンテンツを拡充
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0412/ms.htm
【2005年10月27日】【笠原】Windows Vistaにみる“メディアセンター”の可能性
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1027/ubiq130.htm

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(2007年2月28日)

[Reported by 笠原一輝]


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