後藤貴子の 米国ハイテク事情

iPhone訴訟でCiscoとAppleが狙うモノ




●消費者市場への思惑が引き起こした両社の対立

右がAppleの携帯電話「iPhone」、左がCisco傘下のLinksys製「iPhone」

 “CiscoとApple、訴訟から一転、包括的提携へ。iPhoneブランド携帯機器を共同開発!”

 失礼、これは全くの架空噺だ。だが、今年はこんなシナリオが絶対にないとは誰も 言い切れないのではないか。

 なぜなら、Cisco SystemsとAppleは、iPhoneという、1つの商品名だけを取り合っているわけではない。では何を取り合おうとしているのかというと、それはデジタルホームだ。両社は、このもう1つの“エマージング市場”で協力するか競争するかの選択を迫られているのだ。だから同様に、次のような過激シナリオでさえも、起きうるかもしれない。

 “Cisco、Appleに対して敵対的買収を仕掛ける!”
 “Apple、名より実をとる、iPhone名を捨てて予定通り携帯電話発売へ”

●リビングルームに道を付けたCisco

 通信業者や企業向けネットワーク機器メーカーCiscoと、iPodやMacのApple。一見すると、商売の土俵はまるで違うように見える。だが、市場が重ならなかったのは、Ciscoがデジタルホームへの進出を決める2、3年前までの話。その後、Ciscoは進出に必要な技術・製品を持つ会社の戦略的買収を繰り返し、大きく変身した。ことに転機となったのは、2005年11月のScientific Atlantaの買収だ。

 Scientific Atlantaは、CATV用STB(セットトップボックス)の大手メーカー。よく知られているように、米国の大多数の家庭はCATVに加入し、CATV会社配布のSTB経由でTVを見ている。Scientific Atlantaを手にしたCiscoは、米国中の家庭にVOD、VoIPなどのサービスを提供する能力を持つことになった。また、先立つ2003年には無線ルータなどの家庭向けネットワーク機器メーカーLinksysを買収してあり、2006年暮れに米国で出されたCiscoバージョンのiPhone(携帯型IP電話機)もLinksysが開発している。

 このような能力をつけたCiscoは、2007年のCESで、デジタルホームのリーダーを目指す、と宣言した。同社によれば、ネットワーク技術のリーダーである同社こそが、デジタルホームの覇者にふさわしい素質がある。なぜならデジタルホームの成功には、PC、TV、DVR、電話などさまざまなデバイスのネットワークへの接続が欠かせないから、と言う。

●PC企業はデジタルホームの魅力に抗えないが……

 Ciscoの主張は一理ある。でもMicrosoftもIntelも、それからだいぶ前にはOracleなども、同じように自社の技術的優位を理由にして、自分たちがデジタルホームを担うと言ってこなかっただろうか。“デジタルホームの主導権”、“リビングルームの覇権”−−多くの大企業がこの言葉にそれほど群がるのはなぜなのか。

 それは、二重の意味でリビングルームが“これから”だからだろう。最初に来るのは無論、飽和したPC市場に対する新市場という意味での、金額的な魅力だ。でも意外に大きいのは、まだ何も固まっていない、これから道をつけられるという、フロンティアの魅力ではないか。それは初期のPCが持っていて、今は持っていないものだ。だから米国のIT企業では、技術者もマーケティング・ガイも企業トップも、好きなように絵図を思い描いて、ついハマってしまうのだろう。

 だが、いくらデジタルホーム市場が素晴らしいフロンティアであっても、実際に消費者の相手をして、心をつかめるIT企業はなかなかいない。MicrosoftやIntelもうまくやっているとは到底言えないし、もともと消費者に馴染みの薄いCiscoも厳しいだろう。「難しいことはわからないけど、何かよさそう」「カッコイイ」という期待感(デジタルホームではイメージが最重要だ)を広い世代の人々に持たせられるのは、カリスマJobs氏に率いられた今のAppleくらいのものではないか。

 だからこそ、CiscoはAppleと組みたかったのだろう。

●CiscoとApple。組めば最強!?

 実は、両社はパートナーになれば、互いの弱点を補い合い、強みを生かし合って、デジタルホームの推進力となれる可能性がある。

 上にも書いたように、Ciscoの弱みは、ネットワークを支える技術力はあっても、そのネット上に構築するサービスやコンテンツのレイヤーが薄いことだ。CESで同社は、デジタルホームは単独企業では成し得ないとして、パートナーシップの必要性を強調したが、それも自社の問題点がわかっているからだろう。

 それに対して、Appleの強みはまさにCiscoが弱い部分にある。“i”製品/サービスやMacを持ち、PixarやDisneyのコンテンツを自由に使いやすく、消費者向けのマーケティング力も抜群だ。ただし、Ciscoのようなネットワーキング力はない。

 CESでCiscoは、無線LANでエンターテイメント機器がシームレスにつながった「コネクテッドホーム」をデモしてみせた。車載プレーヤーで音楽を聴いていたユーザーが車から降りると、携帯電話で音楽の続きを聴き続けられる。家に入って携帯電話をクリックすると、音楽を聴きながらTVでそのビデオクリップを見られる、というものだ。そのプレーヤーがAppleのスタイリッシュで使いやすいiPod(やiPhone)だったら、消費者がとびつく可能性は高くなる。

 Appleもまた、DVRのApple TVやビデオiPod、iPhoneで、ビデオをどこにでも持って行けるライフスタイルを描いている。それらの機器がScientific AtlantaのSTBやLinksysのルータと簡単に連携するなら、絵図の実現はやはり容易になりそうだ。

 また、シリコンバレーでの歴史の長いこの大企業2社ががっちり協力ということになれば、サービスプロバイダなど他の企業も乗って来やすいかもしれない。

 実際、CiscoはAppleに提携を持ちかけていた。Ciscoサイト上の幹部のブログによれば、告訴前のAppleとの交渉のゴールは、「どう協同しiPhone商標を共有できるか」ということで、Appleもそのゴールを支持しているように見えたと言う。「根本的に、我々が欲しかったのはオープンアプローチだ。我々の製品が将来(Apple製品と)相互運用(interoperate)できることを望んだ」。

 ここで言う“相互運用性”の中身は不明だが、最強の製品/サービスをと考えるならば、Ciscoは次世代iPhoneやApple TVの共同開発くらい深いレベルを提案したかもしれない。

●だがAppleの思惑は?

 しかし、その後の経過からは、Appleはその提案を蹴ったように見える。プロプライエタリな世界を作りがちな同社の思惑は、Ciscoとは違ったようだ。

 もともとAppleが消費者の支持を集める個性的な製品が出せるのも、その体質のおかげという面もある。Ciscoとは組まないで、単独でデジタルホーム覇者を目指すことを決めても不思議はない。また、組むとしてもあくまで消費者の目からはAppleが前に立つのでなければ、という条件付きだったかもしれない。

 では、Appleはデジタルホーム市場攻略について、どうする気なのだろうか。また、iPhone名はどうするのだろうか。(1)実はCiscoと組みたいか、(2)Ciscoは眼中にないか、で変わってくるだろう。

(1)Ciscoと組みたい場合

 この場合、iPhone発表は、消費者マインドへのAppleの浸透ぶりをCiscoに改めて見せつけるのが目的だったことになる。先に書いたように、Apple最大の強みは消費者の心をつかんでいることだ。Jobs氏が壇上で「これがiPhoneだ」と言いさえすれば、AppleのiPhoneが消費者にとってのiPhoneになる。たとえ法的にCiscoが勝ったとしても、同社はもはや今までのコードレスIP電話をiPhoneとして売り続けられはしないだろう。(Ciscoも内心ではそれがわかっていたからこそ、12月に駆け込みで自社製iPhone新製品を出したのかもしれない。法的実績作りと、12月に他社が使った商品名を1月に使いはすまいという見通しからだ)。

 AppleのiPhone発表がそういう目的だったとすれば、商標侵害訴訟は長く続かないだろう。例えば、AppleはCiscoの許可を得てiPhone名を使用し、両社はさまざまなクロスライセンスや共同ブランドのサービスなどを発表するかもしれない。もっとも、提携が長く続くかどうかは別問題で、やはりそのうち、路線対立して、たもとを分かつかもしれないが。

(2)組みたくない場合

 この場合、AppleもCiscoも独自の製品を出していくだろうが、両者とも弱みはそのまま残る。CiscoはAppleと友好的に組めないとなれば、別のパートナーを探すかもしれない。Fortune 500によれば、2005年のCiscoの収入は248億ドルで全米企業中83位、市場価値は1,330億ドルもある(Scientific Atlanta買収前の数字だ)。買収なども、Appleではさすがに難しいが(Appleは収入139億ドルで159位、市場価値は551億ドルとCiscoの約半分の規模)、小規模の企業ならどうにでもできる財力はある。

 一方、この場合の商標訴訟の行方に関しては他の報道がいろいろ予想をしている。Appleは戦術として、携帯電話であるAppleのiPhoneと無線LAN機器であるCiscoのiPhoneは違うと主張するだろうとか、iPhoneはすでに一般用語であると主張するだろうとか。それはどうなるかわからない。

 AppleはiPhone名を禁止される可能性もあるが、それは織り込み済みかもしれない。

 というのは、Jobs氏にとっては、交渉の決着がついていないからといって、人々の期待が最高潮に達している2007年のMacWorldに新製品を発表しないという選択肢は考えられなかっただろうからだ。同様に、新製品をコードネームで発表してせっかくのインパクトを損なうことも考えられなかっただろう。それにJobs氏にはもう1つ、発表を急ぎたい理由があった可能性もある。Appleでは過去に、幹部のストックオプションを有利にするためのオプション付与日の不正操作(バックデーティング)があったことが分かっており、2006年暮れは、それにJobs氏が関与していた疑いが取り沙汰された。Jobs氏はiPhoneの発表で、ネガティブムードを一掃したのかもしれない。こういったことがあの発表の理由だった場合、いったん最高のインパクトでiPhoneを発表した以上、今度は製品を市場に出すことを最優先にするという可能性もある。

●デジタルホームを目指すプレーヤーはほかにも多数

 いずれにせよ、米国ではXboxシリーズが成功したMicrosoftも捲土重来を狙っているし、ケーブル会社や、再び巨大になったAT&T(Apple版iPhoneの独占キャリアでもある)も、デジタルホームを見据えている。ユーザーインターフェイスやコンテンツ部分で影響力の強いGoogleなどと誰がどう組むかの懸案もある。AppleやCiscoも、互いだけを見ているわけには到底いかない。


□Appleのホームページ(英文)
http://www.apple.com/
□iPhoneの製品情報(英文)
http://www.apple.com/iphone/
□Ciscoのホームページ(英文)
http://www.cisco.com/
□Appleに対する商標権侵害訴訟に関する記者発表(英文)
http://newsroom.cisco.com/dlls/2007/corp_011007.html
□関連記事
【1月11日】米Cisco、Appleの「iPhone」を商標権侵害で訴える(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070111/cisco.htm

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(2007年2月1日)

[Text by 後藤貴子]


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